2-4
「ちくしょう、ここでもないか……」
「メイは寒くて凍えそうなのです……」
文句言うな。
俺たちは雪の精霊たちを探していた。正確には彼女たちの住処を、だ。
昨日、ソフィアたちは雪の精霊を小瓶に回収していた。話を聞くと、精霊に案内させることで迷いの森は安全に抜けられるのだという。ならば一緒に脱出させてもらおうかと思ったが、昨夜の一件で気が変わった。そのため、自分たちで精霊を探しているというわけだ。
一応夜になったら合流するつもりではあるが、迷いの森であるため、合流できない可能性も高い。そのため午前中はワイバーンを狩って食料となる肉を確保した。そして現在に到るわけなのだが、一向に精霊たちが見付からない。
「いっそのこと、本気で森を焼き払った方が早いか……?」
「ご主人様、この森ってダンジョンじゃないです?」
「ほとんどダンジョンって言っていいけど、少し違うかな」
本来のダンジョンはダンジョン同士が交配して生まれる。しかし、ここはそんな自然発生的なダンジョンではない。精霊たちの魔法によって作り出された人為的なダンジョンなのだ。精霊の手だから作為的っていった方がいいかな? まあどうでもいいや。
「ダンジョンを……作る!? そんなこと可能なのです?」
「できちゃってるんだから、できるんじゃない?」
「そんな根拠です!?」
現実として起こっている以上、目を背けても仕方ないぞ。
実際は精霊魔法によるものだろう。これだけ雪が深いなら相当効果も上がるだろうしな。
左の義眼に内包されたスキルである〈情報開示〉を使ってみると、そこかしこからモンスターの存在を感知できる。しかし、実際にはいない。これはダンジョンの中特有の現象だ。
つまり、引っ掛かっているのはダンジョンの存在なのである。
「精霊魔法は強力だ。準精霊の力を借りて発動してるってのもそうだが、それ以上に精霊は強い」
自由に移動できず、下手をすればそのまま餓死してしまうか弱い存在。
その身体を構成しているのは魔力。
ゆえに、人間や魔族よりも余程魔法の威力が高くなる。魔力の扱いにかけて、精霊や妖精ほどうまく使える者はいないだろう。たとえ魔王が相手だとしても。
なんせ身体自体が魔力そのものなのだから、連中が魔法を使うというのは手足を自由に動かすのと同意。
「精霊魔法はまだほとんど解明されてないからな。勇者や賢者くらい稀少なロールだし。精霊使いのロールを持っていても、研究してやろうって相手だと準精霊も力を貸さないから」
準精霊たちと会話できるようになる固有スキルを持つのが精霊使いのロール。しかし準精霊たちは人間を利用して魔力を得て一人前の精霊になろうとしているのだ。
逆に人間に研究材料として利用されるのを良しとするわけがないのである。
ちなみに精霊使いのロールがランクアップすると、取引することで常に準精霊を連れて移動することができるようになる。環境に応じて威力が増減するものの、それでも精霊魔法は強力だから、一人前の精霊がどこまでとてつもない魔法を使えるかは考えるだけで恐ろしい。
「……まあそういうわけだから、このダンジョンは特殊な発生をしてるわけだ」
「ふむふむです」
「ダンジョンを外部から壊すことはできない。でも、ここの迷いの森ってのは精霊が魔法を使っているからであって、別にダンジョンの性質ってわけじゃない」
人工的に……人工的でいいのか? 精霊工的……どうでもいいわ、やっぱり。
人工的に作られたダンジョンというだけでも無茶苦茶だ。それなのに、ダンジョンにさらにそんな特殊な能力を持たせるのはさすがの精霊でも無理だろう。
「もともと森としてダンジョンが生まれていたのなら無理かもしれないが、後から生み出されたダンジョンなら話は別だ。あくまでも、ダンジョンとしての機能を持っているってだけなんだから」
ゆえに、俺のスキルを使うことで森全体を焼き払うことは可能だ。かなり疲れるだろうけれど、問題ではない。
「まあそれはそれで安心できる材料なんだけど……安心できない問題もあるんだよなあ」
「なんなんです?」
「このダンジョン、繁殖期ってあんのかな?」
あまりに特殊なダンジョン過ぎて、さすがにそこまではわからない。
これはゴーレムなどに命が宿るかどうかみたいな話だ。俺個人としては宿らないと思うけれど、別にそれは証明された事柄でもなんでもないわけで。
「繁殖期があったとしたら……門番がいることになる。精霊が人工的に作り出したダンジョンの門番とか、想像したくねえぞ」
うげえと嫌な顔を浮かべると、メイの方も同じようにしかめっ面をしていた。
レベル自体はダンジョンと同じだ。しかし、精霊の能力も兼ね揃えているとしたなら、それは恐るべき脅威となる。
このダンジョンのレベルは一九九。「太陽」たちにとって、モンスターが出て来ないというのは僥倖だったに違いない。あいつらもレベルが上がっていたようだったが、さすがに一七〇レベル台のモンスターが大量に襲って来たら死んでいただろうからな。
まして約二〇〇レベルの門番が精霊魔法を使うのだとしたら……俺のレベルがたとえ三〇〇オーバーだとしても、本気で戦わなければならないだろう。いくら俺のロールが勇者で一〇〇レベル以上高いといっても、種族の差は埋められないのだから。
実際、「強欲の魔王」は二九〇レベルだった。当時の俺は倍以上高かったのだけれど、それでも死闘になった。「強欲」のロールもステータスに影響はしていただろうが、単純な計算をすると、魔王のステータスは勇者の倍あるということ。レベルが高いからって余裕ぶっこいてると痛い目を見るのである。
だから悪魔との契約でこの義眼を手に入れたのは本当に僥倖だった。敵によっては隠蔽されていて視えない場合もあるが、敵のステータスを覗けることによって、レベル差があるからと油断せずに済むのだ。
「勇者のロールでもそこまでの差があるんですねえ……」
「魔族が人間を下等種族って言うけど、あながち間違いじゃないんだよな」
基本的に人間は蹂躙される側なのだ。それは絶対に変わらない。一部の特別なロールを持つ存在がそれを覆せているというだけの話だ。あとは数の暴力によるゴリ押し戦術だな。それくらいじゃないと、人間は勝てない。
「ま、休憩は終わりだ。精霊を探しに行くぞ」
「了解なのです! メイもそろそろあったかいお茶とか飲みたいのです」
「飲みてえなあ」
白い吐息を漏らしながら、雪を踏みしめ、蹴飛ばして先へ進む。
くるくると回転する吐息を見て、ふと「太陽」を思い浮かべた。俺が態度を変えてから目がぐるぐるしてたからな。
「英雄信仰」で勝手に夢見るのはいい。それで正義の心を手にし、困っている人を助けようとするのもいい。勝手に傷付き、勝手に喜べばいいさ。
でも、俺が「英雄信仰」を嫌う最大の理由はそこではない。
「恐怖心があるんなら、無理に戦う必要はねえってのによ」
勝手に「英雄」に憧れ、「英雄」なら逃げないと言って、勝ち目のない戦いに身を投じて死んでいく。それを「英雄」がどう思うかなんてまるで考えずに。
下手に俺が「強欲」という強大な存在を倒したから、人間は調子に乗ってしまったのだろうか。
人間は下等種族なのだ。余程レベル差がないと、絶対に生き残れない。
それを知らずに……知っていても、恐怖を覚えていても、戦いに赴く。
それは勇気ではなく蛮勇だ。無謀ですらある。何の評価もできない。
「『勇者』なら、勇気の意味を履き違えんなよ……」
一九九レベルのダンジョンなんて、俺の前では問題にもならない。たとえモンスターが現れたとしても、メイを連れて敵を殲滅できる。
でも、あいつらはそうじゃない。
たとえ一人生き延びれたとして、仲間を失った重みに人は耐え切れるのか?
耐え切れる人もいる。でも、耐え切れない人だって多くいる。
仲間想いで、優しい者ほど――心が砕けるのは一瞬なのだ。
「『英雄信仰』なんてクソッタレだ……」
険を寄せ、忌々しく呟いた。
◇◆◇◆
ソフィアが生まれた国はそれほど良い国ではなかった。恵まれた土地ではないのに税は重く、日々村人たちは手を泥で塗れさせていた。けれど、特に国に大して文句を言う大人たちはいなかった。税は重かったが、その使い道を知っていたためである。
国は「勇者」だけでなく、冒険者になるような優れたロールを持つ者を強く支援していた。それがこの国だけでなく、世界を救うと信じて。
農民なども含めた国民全員がなんらかの形で英雄の誕生を夢見、支援していたのだ。
教会が建造されるのはある程度の規模と人口のある街などに限られる。だが新たな「勇者」などを探すため、〈情報開示〉のスキルを持つ神父などが小さな村などを巡っていた。また、それは死者の葬送も兼ねており、護衛も必要となり、それなりの規模なため経済消費に役立っていた。
子供のうちはロールが安定しないというのは誰でも知っていることだ。おおよそ五歳から六歳くらいまでの間でロールは定着する。なので途中で勇者などの優秀なロールを持つ者がいれば、神父たちはスキルを行使してそのロールを定着させるのである。この場合は一人につきひとつのロールとなり、自然に定着させた場合はダブルロールやトリプルロールの可能性が生まれる。
ソフィアはこのロールの定着を行われなかった。
覚えている。五歳の誕生日の朝に、なんとなく違和感を覚えた。ロールの自然定着だった。それで勇者ロールを引いたのは天文学的確率といってよいだろう。
村に神父が回ってきて、ソフィアが勇者ロールを手にしていたと判明したとき、村はお祭り騒ぎになった。
でも、ソフィアはあまり嬉しくなかった。
他のロールはともかく、「勇者」だけは確実に首都近郊の修練場に送られる決まりなのだ。そしてそこで英才教育を施される。
仲の良い友達とも、近所のおじさんおばさんとも、大好きな両親とも離ればなれになってしまうのである。
『ソフィアが「勇者」として活躍してくれたら、おれたちは嬉しいな』
『ええ。ソフィーが活躍してたら、話もここまで届くわ。それをわたしたちは楽しみにしてる』
そんな風に両親は笑った。父はむずがるソフィアの頭を優しく撫でてくれた。
ひどく固くてゴツゴツした手だったけれど、ソフィアはそれが大好きだった。
その手の凹凸は畑仕事で作られたものだ。つまり、自分たちを育むために生まれたものだ。
自分を愛してくれている証拠が目で見れる気がして、ソフィアはその手で頭を撫でられるのがとてもとても好きだったのだ。
そんな二人が楽しみにしてくれて、嬉しいと言ってくれるのならば——否やはなかった。
両親の後押しもあって、ソフィアはようやく決心し、前向きな気持ちで修練場へ向かうことができたのだ。
修練場での日々は非常に過酷だった。会ったこともないひげ面の偉丈夫たちが低い声で唸り、脅される。何度も泣いたが、泣いても意味がないことに気が付いてやめた。
それよりも、笑うことにした。両親や村のみんなが喜んでくれる顔を想像して笑うのだ。みんなが喜んでくれると思えば、過酷な日々もそうではなくなった。
一年ほど経つ間に、それは周りの同じく「勇者」たちも似たようになった。みんな笑顔とはいかないが、家族や大切な人たちのことを想い、自分たちが強くなることで喜んでくれる人がいるのならと誰もが思っていたのだ。
「その中に、『英雄』さんがいたの?」
「いやいや、さすがにそれはないって。会ったことないって言ったでしょ?」
「では、どうして出身国が一緒だとわかったのです?」
「修練場って首都を中心にして東西南北にひとつずつあってさ、わたしは東のとこだったのね。それで、西の修練場に凄い才能の『勇者』がいるって言われてたの。ハッキリとはしてないけど、『英雄』の物語で同じ大陸出身だってハッキリしたからたぶん、その人なんだろうなあって」
「じゃあ、本当にその人だってわけじゃない……?」
「うん。まあね」
修練場では段階を積んで修行させられる。体力を作る訓練や剣を振る訓練、対人戦闘訓練など。十歳になる頃にはある程度の訓練を終了させるようになっていた。
そして、それからは動物やモンスターを相手にした訓練へ移るようになる。
この訓練は命の危険が伴うため、特にモンスターを相手としたものは頻繁に行われるわけではなかった。数ヶ月に一週間ほどだ。
しかし、それは誰もが楽しみにするイベントでもあったのだ。
なにせ、隣り合う修練場の「勇者」たちと巡り会うチャンスでもあったから。
北が東と組むときは南と西が、北が西と組むときは南と東が合同で訓練を行うことになっていた。
どのタイミングで修練場に送られるかは個人によって異なるため、歳上で弱い者もいれば歳下で強い者もいる。様々な出身の話など交流するための時間も設けられていたし、この訓練のときばかりはちょっと豪華なものも食べられたし、狩ったばかりの新鮮な肉なども食べられた。中には教官室から酒をくすねてきた「勇者」もいて、みんなで舐めるようにして悲鳴を上げ、それでバレて怒られたりもした。
十五歳になると成人の儀式を行う必要があるため、そういった者たちだけが首都に送られることになる。「勇者」の家族は国が護衛付きで首都まで案内し、ソフィアは十年振りに両親と再会した。
ソフィアは泣いていたし、両親も泣いていた。
父は頭髪が少し薄くなっていて、身体も小さくなっていた。母は少し身体が弱くなっていて、全体的に記憶よりもほっそりしていたようだった。
両親は涙ながらに笑顔を浮かべ、ソフィアを自分たちの誇りだと言ってくれた。
すごく嬉しくて、ソフィアも両親が自分の誇りだと言った。
言った瞬間に腑に落ちた。「ああ、自分はこの人たちのためにも、がんばらなければいけないなあ」と。
成人の儀式は一日で終わる。しかし家族との交流を取る時間は設けられ、翌日はまだ一緒に過ごすことができるようになっていた。仲の良い同い年の「勇者」たちと出会い、親たちも交流することができる。
そして別れの日がくる。両親は村へ、ソフィアは修練場へ。またみんな揃って泣いた。辺りにいる人も泣いていた。
だが、それは決して悲しい涙というわけではなかった。
涙はどこかあたたかくて、今でも抱きしめてくれた両親の体温を覚えている。
「うっ、うぅう……」
「そういう話、やめなよ……」
「二人とも号泣」
「アリアはそうでもない?」
「結構我慢してる」
「そ、そうなんだ……」
「というか、その話は卑怯。飛ばそう」
「ひどい!」
成人を迎えた後の「勇者」は合同訓練もなくなり、本格的に自分たちのパーティだけでモンスターと戦う訓練をさせられるようになる。毎回パーティはシャッフルされるが、数年以上共に訓練してきた仲間であるため、すぐに呼吸を合わせて戦うことができた。
また、旅に出ることも考え、野営の仕方などの知識も与えられる。これまでも知識は与えられていたが、それらは教官たちがいて初めてどうにかなる程度のものだったのだと思い知らされた。
自分たちだけで考えろと言われると、野営する場所を探すのも一苦労だ。野宿なのだから、寝る場所も確保しなくてはならない。それでいて、身の安全をある程度は守れる場所。水や食料となる動物のことも考えなくてはならなかった。
座学の方も一気に難しく、それでいて覚えることが増えた。これまで通りモンスターの生態やスキルなどを覚えるだけでなく、各ロールについての知識や固有スキルなどなど。仲間がどのロールだったらどういうパーティを組むべきか、どういうロールたちだとシナジーが取れるか、などなど。
より実戦的になる知識に、旅に出るのだという意識が追いついた。恐怖に震えそうだったけれど、笑みを浮かべてそれを押し殺す。
修練場を卒業する日がくると、全員同じ装備が配られる。最優秀成績者だけは皆より少しだけ上等な装備だが。
そして二つ名の授与が行われ、「太陽の勇者」がこの世に生まれた。
その頃には既に、ソフィアは旅の目的を決めていた。
即ち「英雄」と会うことである。
「『英雄』さんって、わたしより何歳か歳上だったんだよ」
「そうなの?」
「うん。同じタイミングで入ったかどうかはわかんないから、どれくらい先を行ってるのかはわかんなかったけど、それだけはわかった」
「まあ、修練場の話で『英雄』ってわかるくらい優秀ってのは納得だねえ。物語でも書かれてたし」
「ああ、修練場の話はほとんど省かれていましたけど……そうですね。伝説級の一流冒険者の方々に育てられたのでしたか」
「うん、そうだね。すごいよね! 孤児院で『勇者』ってわかってから、偶然そこにいた白金階級の冒険者一行に引き取られるなんてさ!」
「ロマン溢れ過ぎ。ファンタスティック」
「そりゃあ、修練場に入る頃には話題になるほど強いわねえ」
ソフィアが卒業して旅に出るより二年早く「英雄」は世に出ていた。しかし、当時は驚くほど「英雄」の噂がなかった。ソフィアは訝しみながら、旅をした。
真っ先に向かったのは故郷の村だ。知らない子供が増えていたり、仲の良かった幼馴染たちが結婚していたり、姿を消した者たちもいた。
ソフィアの母親もその一人だった。
父に話を聞くと、ソフィアが修練場へ旅立って数年して一気に身体を弱らせたのだという。それでも、成人の儀式で彼女に会うため、日々身体を懸命に動かして体力を維持していた。だが成長したソフィアと出会い、気が弛んだのだろう。その後一年もしない内に母は神の元へ旅立ってしまったのだ。
父を励ましながら二週間ほど故郷で過ごし、ソフィアはまた旅立つことにした。その間に独り身を貫いていた幼馴染に告白されたりもしたが、いつ死ぬかわからない身でそれに応えることもできないので断った。大切な人が知らない間に命を落としているという悲しさをソフィアは知ってしまったからだ。
村の人たちに「英雄」の話を聞いても、誰も知らないと言っていた。腑に落ちないながらも旅を続け、仲間と出会ったり、別れたりした。
その最初期に出会ったのがアイリーンで、途中で訳あって一時パーティを解散したが、約束通り合流してからはずっと一緒にいてくれている。
そのうちアリアと出会った。彼女はある国で義賊をしており、弱者から甘い汁を啜る連中の私財を盗んでは民衆に与えていた。権力者たちは怒り狂い、「太陽の勇者」を味方に付けようとした。
騙されて協力し、アリアを捕らえたものの、話を聞くとおかしい。ソフィアたちは権力者を詰問したところ、敵対することになった。色々あったが、その権力者たちは自分たちの罪が明るみに出た。一部で冒険者ギルドの権利を侵害していたことも大きかった。
冒険者ギルドを敵に回したことにより、周辺国も敵に回った。そうしてその国はようやく救われた。その恩義を返すという名目で、アリアが仲間になった。
それからメシアと出会う。
彼女はソフィアが「勇者」としてそうであったように、小さな村々を巡る神父の護衛役を「賢者」として務めていた。そこに協力するという依頼があり、ソフィアたちと知り合ったのだ。
わざわざそれが完遂するまで付き添ったソフィアたちと短くない旅の間に共感し、メシアも仲間として旅に同行してくれることになった。
「……色々あったねえ」
「アリアさんの話、私知りませんでした」
「昔の話」
「まあ、汚いこともしないと回らないことも世の中あるよ。あたしらはその力の使い方を誤らなきゃいいって話さ」
「……それもそうですね。極力! 極力そういうことはしませんけどねっ」
あはははと笑いながら、話が一段落する。
笑いながら、ソフィアは「英雄」の噂を耳にし始めたのはいつ頃だったかと思い出した。
おそらく、アリアと出会う前くらいからだ。
エルキア大陸に凄腕の「勇者」が現れた。彼は人々を助け、見返りを求めず、次から次へとモンスターや魔族を倒していった。
直感的に、それが修練場で聞いた西の「勇者」なのだと理解した。
負けていられないと思った。だから冒険者ギルドを通さない権力者の話を聞き、盗人を許せないと思ったのだ。
それに国を騒がす賊を「太陽の勇者」が捕らえたとなれば、故郷にまで話は行くだろう。それに「英雄」の耳にも入るかもしれない。そういった打算もあった。結果として、自分たちは騙されていたのだが。
しかし国の腐敗を暴き、冒険者ギルドも助けることになったおかげで想像以上の評価をされることになった。
それからも色々とこなしてきた。残念ながら「英雄」には会えていないし、「英雄」の活躍は「太陽」より遥かに大きく目覚ましいものだったが。
メシアを仲間にしたが、それには結構な時間を費やした。村々を巡る旅に最後まで付き添ったからである。その間にも「英雄」は活躍しており、教会の神父と一緒にいるおかげで話はよく伝わってきた。
不思議なことに、「英雄」のことを教会は有名になるまで認知していなかったという。それに、どこかの教会に顔を出したという話もないようだった。
それではレベルアップの儀式が行えないのでどういうことだろうかと悩んだが、神父曰く「神に愛されているのでしょう」ということらしい。レベルアップの儀式も、決して教会が必要だというわけではない。そういったスキルや魔具も、非常に貴重ではあるが存在するのだそうだ。おそらくはそういうことだろう。
ソフィアたちは現在の「太陽」パーティを結成し、「英雄」を追ってエルキア大陸へ渡った。けれど、この大陸は「強欲」が支配しているということもあって、非常にモンスターたちが強力だった。
腰を据えてレベルアップに励むべきだとアイリーンが提案し、不承不承ながら従うことにした。
そうこうしているうちに、「英雄」は「強欲」を倒した。
完全に出遅れた。もはや「英雄」は「太陽」の手も届かないほどの高みへ行ってしまったのだ。
でも、まだ諦めない。
「英雄」に負けないという目的は果たされなくなってしまったが、会って話すことくらいはできるはずだ。
そして、聞きたい。
彼から見て自分は――「太陽」はどうなのかを。
決して、聞いたことのない名前ではないはずだ。それくらいの活躍はしてきたという自負がある。
どれだけ必死に駆けても、手が届かないどころか背中さえ見えない存在。
でも、その存在は夢幻の類ではない。
いずれは追いつく。そして、肩を掴んでこっちを振り向かせるのだ。
そのときに驚いた顔をしていたなら、どれくらい痛快だろうか。
そんな夢を、ソフィアは抱いていたのだった。