2-3
「ご主人様ぁ。昨夜から一体、何怒ってるですか?」
眉を八の字に寄せ、メイが俺の後ろを付いてくる。
何も返さず、不機嫌なまま積もった雪を蹴飛ばすようにして歩いた。積もった雪は一体どれくらいの高さなのだろうか。もしもそのまま落ちたら窒息死してしまうかもしれない。それはいけないので、一歩ずつ蹴飛ばしながら歩いている。決して八つ当たりをしているわけではない。
「そんなにソフィアさんが昔のご主人様に憧れてたのがムカつくです?」
ぐるん、と勢いよく振り向く。そしてメイのサイドポニーを掴んだ。
「いだっ!? ち、ちょ、今日はマジで痛いのです!」
「黙れ。俺の過去について喋るな。もし連中に聞かれていたらどうする」
自分が不用意に口走ったと気付いたのだろう。メイは両手を口に当てて、申し訳なさそうな顔をした。
理解したようなので手を離す。数本、メイの髪が手のひらから零れていった。雪に落ちる瞬間、光の加減でしかわからないくらい僅かな光を放って魔力へと還元され、消えていく。
これはメイの本当の姿がドッペルゲンガーだからだ。肉体は魔力によって形作られたものであるため、その支配域——肉体——から離れれば魔力に還元されてしまうのである。
「……まあ、周りに気配はないし、雪は音を吸うから問題ないだろうがな」
「う、でも、ごめんなさいです」
「反省すればいい」
また歩みを再開させようとし、思っていた以上にメイが落ち込んでいるのを見て苛立った。ぎり、と歯軋りの音が聞こえる。
「はあ……」
今度は俺の頭へ手を伸ばし、そのまま拳を握った。
そして、自分で自分を殴る。
「ごっ、ご主人様!? 混乱なのです!?」
「うえ、さすがに俺。痛いな……」
けどまあ、多少はスッキリした。
メイは俺を心配していたのだし、これ以上苛つき続けるのは可哀想だ。
「……別に、ソフィアに苛立ってたわけじゃないんだ」
「そう……なのです?」
我に返ってから、自分がどれだけメイを無視して歩いていたか気付いた。雪を蹴って道を作りながらとはいえ、歩幅や体力の差がある。メイはこれだけ寒い環境であるというのに、僅かながら汗ばんでいた。昨日と違い、頬や耳、鼻の頭がピンク色なので体力は回復しているのがわかる。たぶん、俺も似たようなものだろう。
「俺がやってきたことは、まあ、『勇者』として褒められたことだと思う」
「話しか知らないですけど、メイもそう思うです」
困った人に手を貸し、嫌な顔をせず、お返しも求めない。
なんという立派な「勇者」だろう。聖者か何かかと思えるくらいだ。
徹頭徹尾、俺はそういった「勇者」として「英雄」でいた。
でも、ならば――それは本心からだったか?
「別に、助けたくなんかなかったよ。面倒臭いしな」
「そりゃそうなのです」
うんうん、わかるよと言いたいのか、メイは腕を組んで頷く。鼻で嗤うと、心外だという顔になった。
「けど、俺は一人だったからな。世間の風評を良くしておく必要があった」
野宿は基本的に危険である。アレはできる限り選択肢から外すべき事柄だ。どれだけボロかろうとも、たとえ馬の小屋であったとしても、野宿よりはマシなのだ。
行き着く村、町などで協力してもらえるよう、立ち居振る舞いには気を払い続けた。嫌な顔ひとつせずに困った人を助け、向こうからこちらへ摩り付いてくるように仕向けたのだ。
一人だからモンスター素材だって、そう沢山持ち歩けるわけじゃない。そもそも重くて動きが鈍ってしまうし。だから、そんなに金があったわけでもない。
冒険者ギルドで発行される階級証のプレートには、金を貯蓄させることができるようになっている。冒険者ギルド関連の場所だけだが、そこではプレートに記載された金額分、どこでも金を引き出したりできるようになるのだ。そういう意味では金があったともいえるかもしれない。
でも、店に金がないんじゃ引き出しようもない。たとえあったとしても、向こうがないと言えば引き下がるしかないのだ。あってないような金だった。
そういった事情もあって、町や村にやっとの思いで辿り着いても野宿をする羽目になったりした。
いくら「英雄の勇者」としてそれなりの評判を受けていたとしても、数日以上、下手すると十日以上も風呂に入らず、水浴びもせず、汗と垢に塗れた男を泊めてくれるところは少なかった。それが許されるのが宿だったのである。
不衛生にしていると、今度は病気に掛かりやすくなる。意外と知られていないけれど、不潔というバッドステータスもあるのだ。病気だけでなく、状態異常に掛かりやすくなる。
これは非常に危険だった。「強欲の魔王」の支配する魔都に近付くほど、通常攻撃に状態異常を付与してくる敵が増えていたからだ。というか、ほとんど。眠らされたら終わりだし。隻腕である以上、腕を麻痺させられると逃げるしかなくなる。毒は言うに及ばない。呪いだけは既に掛かっていたので問題なかった。衰弱や虚脱も厄介だったな。ステータスががくんと下がるのである。その分、それらの状態異常は掛かり難いのだが。
「今の『勇者』事情は違うです?」
「俺が『強欲』を倒したからな。『勇者』は魔王を倒せる存在なんだってことが明確になったことで、『勇者』を迎えるのがステータスになった町とかだってある。前よりは待遇も良いんじゃないか?」
俺が全世界の「勇者」が受ける待遇を良くしたようなものだ。以降、やたらとあちこちの村や町で「ウチで『英雄』様が買い物したぞ!」とか「この宿は『英雄』様が泊まった宿!」とかが看板になったりした。訪れた覚えのない場所などもチラホラあったが、まあ祭りには乗っとけという話だろう。どうでもいい。
かつての俺——「英雄」は確かに聖人君子かと思えるような行動を取っていた。それなりに評判も良かっただろう。
けれども、結局はそれだけだ。「優しい勇者様がいるらしい」くらいのもので、それ以上にはならなかったのである。
これは仕方ないことだ。直接助けられた者ならともかく、そうでない人からすれば「ふーん。で?」と流されてしまう。そも、その程度の評判なら俺以外にも似たような勇者は沢山いただろうし。
俺の名が大きく知れ渡ったのは「強欲」を倒したからだ。
そして「強欲」を倒した後、俺は「欠落」として行動していた。
ゆえに、俺は「英雄」としての恩恵など、ほぼ受けていなかったのである。
まあ、いい。それは、いい。
感謝されたくて人助けをしていたわけじゃない。そも、こちらも良い目を見ようと打算込みで行動していたのだから、そのことに関して怒ったりしているわけじゃない。
「じゃあ、そうしてご主人様が用意した道を歩いてるソフィアたちが気に入らないです?」
「そこまで言わねえよ。仕方ないことだとも思うしな」
俺が不愉快なのは、そこじゃない。
「『英雄』を祭り上げて、『勇者』とは斯く在るべし、みたいな感じになってるのが気に入らないんだ」
人も、国も、世界も、老いる。
不老の存在が有り得ないように、清いだけの存在なんてものも有り得ない。
どんなものも清濁併せ持っている。
それは大切なことだ。
夜の闇に怯えることで光のありがたみを知るように。空腹を知ることで無事に食事にありつけることを喜ぶように。痛みを知ることで、人を傷付けなくなるように。
そうして次の段階へ進む。人に優しくされたから、自分もまた優しくするように。
「今の『英雄』の風潮にはそれがない。全部『勇者』が背負って終わりだ」
魔王を倒して「欠落」になってから、「英雄」を祭り上げる風潮――いわゆる「英雄信仰」を知って愕然とした。
それにガッカリはしなかった。でも、驚愕はしたのだ。
「それはさ、つまり、人の悪い部分が際立ってるってことだろ?」
「えと……」
助けられること、施されることを当然と思うのはおかしい。そんな人間はあまりにも醜悪で、見ていて吐き気がする。
「欠落」になってしばらくしたある日、俺は人間を助けるべきじゃないのかもしれないと思った。
ある意味では魔王軍の方がまともだ。だって、力があるからそれで従わせ、自分は私腹を肥やす。弱肉強食の理屈でいえば余程まともなのである。
ただ、師匠たちの言った言葉が胸の内にあった。
悪い部分が際立って見える。どす黒く、救う価値もないように思える。
けれど、それだけじゃない。
人に限らずどんなものも、良いものと悪いものを両方とも持っているのである。
「勇者」にすべておんぶに抱っこ。でもそのおかげで平和な時間を過ごし、自分の子供に愛情を注げる者がいる。余剰分のお金ができて、教会に寄付する者がいれば、それで助かる孤児もいる。「英雄信仰」によって「英雄」に憧れ、困った人を助けようと正義に目覚める者もいる。
「だから『英雄信仰』は嫌いだけど、憎いわけじゃない」
完全に善、完全に悪というものはこの世にきっとありはしないのだ。もしあるのだとすれば、それは「強欲の魔王」が当て嵌まる。アイツはどう偏って見ても完全無欠の悪だった。カオスブラックではなく艶のないピュアブラックなのである。ピュアホワイトな俺とは対立して当然だったということだ。
「みゅみゅ……だとしたら、なんでソフィアさんにあんな冷たく当たるです?」
「…………」
ううん、どうしようかなあ。まあメイだし、いいかなあ……。
「あいつ、『英雄』を尊敬してるつってたな?」
「です」
「だから、色んな人を助けてるわけだよな?」
「ですです」
それは、いい。勝手にすればいいことだ。「英雄信仰」で人を助けようとする者が多いのは、まあいいことだと思うし。
「英雄信仰」が「勇者」の生き方を縛っているのではないかとも思うが、彼女の場合は自分から望んだことなので、そこは関係ないだろう。
「なんというか……こう……むず痒い!」
「ああ……」
「おまえ、わかるか!? わっかんねーだろうなあ! 昔自分がやった、しかも嫌々やってたこと、目ぇキラッキラさせながら『尊敬してる』とか言うんだぞ!?」
「恥ずかしいってことです?」
「違う! むず痒いんだ!」
ぞわぞわする。あまり側にいたくないと思ってしまった。だから遠ざけるような態度を取っていたのだ。
病は気からというが、その逆も然り。固い態度を取り続けていたら「英雄信仰」とかにまで意識が行って、勝手に不機嫌になったというだけである。だって気持ち悪いもんは気持ち悪いもん、アレ。
喩えとしてはアレだけれど、昨日石を投げてきた集団が翌日になって優しくしてきたらキモいし、何企んでんだって思って当然だ。そんな感じ。
「できれば今日限りで迷いの森抜けれねえかなあ。おさらばして二度と会いたくないんだよなあ」
「そこまでです!?」
「そこまでです」
嫌だ嫌だと呟きながら、また俺たちは歩き始めるのだった。
今度はメイがあまり離れてしまわないよう、意識を払いながら。
◇◆◇◆
「………………」
「…………ううん」
「……うーん……」
「…………うう」
雪の積もった道に四人分の足跡が残されていた。日中であるためか雪は降っていないが、時折木の枝に積もった雪が気温で溶け、バサッと音を立てて落下する。その度に三人は鋭く警戒するのだが、ソフィアだけは反応しなかった。
雪が積もって寒く暗い森の中、ただでさえ気分が滅入るというのに、余計に雰囲気が暗く沈んでいる。
その原因はソフィアにあった。
彼女は明るい。「太陽」の二つ名がピッタリに思えるほど根っから明るい性格だし、普段湛える笑みは日輪のように明るく温かい。泣いている子供も、ソフィアが笑顔で話し掛ければ笑うくらいだ。
そんな彼女がずっと顔を曇らせ、何も言葉を発しない。
これまで旅をしていて、こんなことは一度か二度しかなかった。
「ソ、ソフィー?」
アイリーンが話し掛けるが、ソフィアは反応しない。嘆息し、三人は目を合わせる。そして小声で話し始めた。
「ソフィーはどうしたのですか?」
「ううん、昨夜にちょっとね」
「あたしたちもよくわからないんだ。原因が誰かはわかってるんだけど……」
メシアは吐いたメイの世話があって、あのとき会話に加わっていなかった。だから知らないのだが、アイリーンとアリアは知っている。
しかし、何が起こったのかは今でもわからない。変化が劇的だったのに、どうして彼があそこまで怒ったのかはさっぱりわからないのである。
「……『欠落』さん、ですか?」
「ああ」
「ソフィーが『英雄』を尊敬してるって言ってから、様子がおかしい」
「何故、それで……?」
さあ、と二人とも首を横に振った。
ソフィアだけでない。このパーティの全員が……いや、世界中の冒険者たちの憧れなのが「英雄の勇者」だ。
彼がどのような人物であったかは定かでない。黒髪黒目で中肉中背ということだけが外見の情報だ。
しかし、人物像としては非常によく広まっている。
「話の感じでしたら、『英雄』様を『欠落』さんは嫌っている……と?」
「まあ、そういうことになるんだろうねえ」
「でも、わからない。『英雄』に嫌われる余地は、ない」
アリアの言う通りだった。
弱きを助け、強きを挫く。困っている者がいれば率先して手を貸し、そのことを誇るでも驕るでもなく、見返りさえも求めない。謙虚で人に優しく、常に他人を思いやり、穏やかな笑みを浮かべる好青年。
それが「英雄の勇者」だ。
彼の冒険譚などは書籍化されており、子供から大人まで幅広く親しまれている。まだ彼が「強欲の魔王」を倒す前から書籍化されていたということに、どれだけ数多の人々から親しまれていたのかが窺えた。
そんな伝説の人物が今も存在していると知った子供たちの目はきらきらと輝く。そして「強欲」を倒し、魔力が世界中にその事実を広めたとき、伝説は神話に近いほどの信仰心を抱かせた。それまで「英雄」に憧れたりしていた感情などは、それ以降「英雄信仰」と呼ばれるほど高まっている。
そんな「英雄」を嫌う人物がいるとは、とても思えなかった。
「何か……『英雄』とあったんでしょうか?」
「いや、どうだろう?」
「うん。わたしも、それはないと思う」
伝聞でしか知らない「英雄」に対し、彼女たちは「欠落」のことを少なからず知っている。
彼は決して善人とは言えないけれど、悪人でもない。あの純粋無垢なメイが奴隷という身分であるにも関わらず、主人である「欠落」を慕っているのがその証拠だといえるだろう。
それはメシアでも苦々しく思いつつ頷ける話なのだ。
本当に奴隷を粗末に扱っているのなら、あそこまで主人を慕うはずもない。以前に初対面だったときはともかくとして、今では無理に彼へ詰め寄ることは自重していた。
別段メイに変わった様子はないし、痩せたりもしていない。服だって、この土地に合わせてしっかりとした防寒着を与えられている。白色なのは迷彩となるからだろう。もしも奴隷を何とも思っていないなら、もっと派手な色の服を着せて敵の注意を彼女へ向けたりするはずなのだ。それをしていない以上、「欠落」は少なくともメイを大切にしているといえた。
「隻腕に隻眼……か」
「どうしたの?」
「いや……『欠落』さんてさ、強いだろ?」
アイリーンが同意を求めるように訊ねる。
アリアは戦闘が主としたロールを持たないため、「欠落」が強いのはわかるが、どこまで強いのか判断できない。彼女からすればアイリーンもソフィアもみんな強く思える。
しかし、賢者というロールを持つメシアは頷いた。
「ええ。正直、どこまで底があるのかわかりません」
「あたしもそう思う。でさ、そしたら……なんであの人、片腕と片目を失くしてるんだ?」
「それは……」
強力な魔物や魔族との戦いで損傷したのだとメシアたちは思っていた。しかし、スキルを使ったとはいえ、拳一発でドラゴンを宙に浮かせるほどの力の持ち主であることを考えると、わからない。
それにあのとき、彼は以前にドラゴンを倒したことがあると言っていた。少なくとも一五〇レベルは超えていると考えていい。さすがに一人で倒したわけではないだろうが、それでも「太陽」パーティの誰であっても敵わないくらいのレベルなのは間違いない。
そんな人物が、モンスターや魔族相手に腕や目を奪われるだろうか?
当然、ないことはない。十分に有り得る話だ。しかし、腑に落ちないのも確かなのである。
「それにあの人、冒険者登録できないって言ってたろ?」
「それは……クエストを期間内に達成しなかったのでは?」
白金階級を除いた五つの階級の冒険者は、一定期間以内にクエストを達成しなければ冒険者登録を抹消させられる。「欠落」は割と抜けているところがあると少ない会話でもわかる。それで冒険者登録を消されたのだと思っていた。
「それはまた再登録すればいいだけの話だ。説教はされるかもだけど、それ以上のメリットは十分あるはず。たしかに、おかしい……」
アリアも顎に手を寄せて考え込んだ。
「つまり……こういうことですか?」
そこまで来れば、メシアにも想像が付く。
欠けていたピースを想像力で埋めていくにつれて、恐ろしい絵が浮かび上がってきたのだ。
「以前、何か犯罪行為を起こし、冒険者資格を永久に剥奪された……と?」
「それくらいしか、考えられないんだよねえ」
「それと関連してるかはわからない。けど、『英雄』と戦ったことがある……? それで腕か目を奪われた……。だとしたら、一応、辻褄が合う」
「欠落」が冒険者登録をしない理由。そして腕と目を失った理由と「英雄」を憎んでいる理由。
すべてを一直線で繋ぐのであれば、「欠落」は冒険者にあるまじき行動を取っていた。それを諌めたのが「英雄」であり、戦闘になる。「欠落」は「英雄」に片腕と片目を奪われ、敗北。さらにはそれを冒険者ギルドに報告され、冒険者資格も永久に剥奪された。
そんな絵が浮かび上がる。実に「欠落」のイメージに合っていた。
「…………正直、どうだろう?」
「ありえなくもないと思うけど……ううん」
「『英雄』様ほどの力だと『欠落』さんを倒すというのも頷けますけど、『英雄』様がわざわざ心臓に近い左腕や眼球を狙うでしょうか? 少し、イメージとそぐわない気がします」
「まあねえ。でも『英雄』が本当に噂通りの人物なのかっていうと、あまり信じられないだろう?」
そう。「英雄」の人物像はあまりに聖人めいている。人間味がないのだ。だからこそ、物語の主人公としては適格なのかもしれない。
実際、聖騎士や守護者のロールを持つアイリーンからすれば、強敵を相手にして急所を狙わない戦いなんて考えられない。当然敵も急所は守るが、一撃で倒せるのであれば躊躇なくそこを狙うだろう。でなければ自分が死んでしまうのだ。
それだけならまだしも、自分が守らなければならない仲間たちまで危険に晒すことを考えると、戦闘で敵の急所を狙えるのに狙わないというのは有り得ない。
「逆に、『英雄』でもそこまでなり振り構わない戦い方じゃないと『欠落』さんを倒せなかったのだとしたら……」
「ああ、そうだねえ。わかる気がするよ」
彼は傲岸不遜な物言いをよくする。そして自分は強いと確信しているのが態度や口振りから覗く。「英雄」が本気を出さなければならないほどの相手だというなら頷ける話だ。
「それで……改心したということでしょうか?」
「ま、悪人って感じじゃないよねえ」
「善人でもないけど。義には義で応じる気がする」
昨夜のダンジョンの話は非常に良いものだった、とアリアは笑みを浮かべた。
「改心して、色んな国に仕えたとか?」
「そこまで歳行ってないように思いますけど」
「欠落」は外見だけで判断すると二〇代半ばくらいだ。過酷な戦闘によって少し老けたのだとすると、二〇代前半と考えられる。
「けど、国家機密レベルの情報を握ってるみたいだしな」
「ああ。ダンジョンの話ですね」
昨夜聞いたダンジョンについては、メシアも今朝になって仲間から聞いた。ダンジョンがモンスターだというのは信じ難い話だったが、突如発生する新しいダンジョンやアイテムがあちこちに新品で散らばっている理由など、これまで不思議に思っていた謎が解明されたのだ。まるで雷に打たれたような衝撃だったのを思い出し、ぶるりと身体が震えた。
「そうだとすると、頷けるよねえ。奴隷って高いでしょ」
「普通の農民だと、一生どころか二生三生しても買えないくらい」
「国から褒美として莫大な報償を得たということですか……たしかに……」
別段、彼が金に困っている様子もなかった。以前と比べると革鎧や片手剣が新しくなっていたし、防寒着は彼もメイも一級品だったのだ。軽く、身体の動きを妨げず、薄い。それでいて温かいというものである。
「っっっだああああああああっ!!」
「っ!?」
「!」
「ソ、ソフィー!? どうかしたのですか!?」
突如、これまで沈黙を守り続けていたソフィアが髪を両手でわしゃわしゃしながら大声で吼え出した。
「ああ、もう! わっかんない! なんであの人、急に不機嫌になったの!?」
「ず……ずっとそのこと考えていたんですか?」
「そう! わかんないことって、腹立つ! 何か悪いことでも言ったのかと思って謝ったけどはぐらかすしさあ! もうっ」
突然のことに目を白黒させるが、それでもリーダーが元気になったのは良いことだ。メシアもアイリーンたちも、それでこそ「太陽」だと微笑を浮かべる。
これまでの話などもあって暗かった雰囲気が一気に吹き飛んだかのよう。心なしか辺りが少し明るくなり、暖かくなったようにすら思えた。
「そのことでちょうど話してたんだけど……」
「ふんふん……」
アリアが簡潔にまとめ、三人の考察をソフィアに告げる。
「ふわー。すごいね、みんな。よくそこまでわかるもんだね」
「ソフィーだって想像付いてたんじゃないの?」
「いやいや、そこまで想像できてないよー。『英雄』さんと繋がりがあったのかなーとは思ってたけどさ」
てへへと頭を掻きながら苦笑するソフィアに、メシアは前から疑問に思っていて聞いていなかったことを訊ねることにした。
「ソフィーは、どうして『英雄』様をそこまで尊敬しているのですか?」
「んえ? なんで?」
「なんでって……」
物語として「英雄」の書物はある。それによって子供たちは憧れ、自分たちもいずれ大人になったら冒険者になろうと夢を見る。
そして成長していくにつれて現実を学び、諦めずに冒険者を目指すのは一割から二割くらいだ。数年以上生き残れる数となると、さらに減る。
「ああ、そういうことか」
ソフィアは少し控えめな笑みを浮かべた。その表情は「太陽」たる彼女には珍しいものだ。
昔大切にしていて、いつしか忘れてしまった宝箱を大人になってから見付け、微笑む感じに似ている。
「わたしと『英雄』さんは、出身の大陸が同じなんだよ」
大切な思い出の記憶を紐解くように、慎重に慈しむような口振りでソフィアは話し始めた。
ブックマーク登録が増えて嬉しいです。
この調子で頑張っていきます。