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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と迷いの森
15/129

2-1

「こんな花の蕾、何に使うんだ?」

「人間である『欠落』様にはわからないかもしれませんがねえ。今、コレは悪魔たちの間で話題になっているのですよ。品種改良して新種を作って売り出すだけで、笑いが収まらなくなるほどの財を生み出してくれるのです」


 いわば金貨の蕾ですね、と悪魔はキシキシと嗤う。やはりうまいな……。花開くのを待つわけだな?


「では、このアイテムに符合する契約を解除致します。よろしいですね?」

「ああ、こっちは準備バッチリだ。やっちゃってくれ」

「畏まりました」


 悪魔は今回、十五歳くらいの少女の姿で現れた。発展途上の胸が悩ましい美少女といえるだろう。

 そんな美少女の顔にはあまりに似合わない凶悪な笑みを浮かべ、悪魔は指を弾く。その瞬間、指が弾かれた音を掻き消してガラスが砕けるような音がした。


「……相変わらず、実感がないな」

「そうなのです?」

「そうなのです」


 メイが訊ねてきたので頷いておく。


「得てして、ふとした拍子に思い出すものですよ。これまで契約解除したときも、そうだったでしょう?」


 まあ、それはそうかも。基本的な感情を取り戻したときはわかりやすかったけどな。喜怒哀楽のうち、二つしか取り戻せていないときとかは大変だった。いっそ四つまとめて欲しかったくらいだ。だって、怒りが沸いた後に今度は哀しくなるんだ。それ病人じゃん。


「サルニア大陸でひとつ目ですか。今回、少しばかり悠長では御座いませんか?」

「……おまえ、俺と契約解除したいの?」


 悪魔は以前、細く長い付き合いが良いのだと言っていた。だが今の彼女の言い分では、俺に積極的に契約解除のためのアイテムを集めて欲しいようにも取れる。

 たしかに、悪魔の欲しがるアイテムが手に入るのだからそれも道理ではあるのだが……。


「いえいえ。以前申し上げた通り、『欠落』様がどこまでできるか愉しみにしているだけで御座います。エルキア大陸のときと比べ、遅い歩みですから」

「足手まといがいるからな」

「失礼なのです!」


 メイが怒ってくるが、はんと鼻で嗤っておいた。事実じゃねえか。

 まあそれはそれとして、俺のアイテム回収速度がエルキア大陸のときと比べて落ちているのは事実だ。

 これは最低限人里で生活するのが大丈夫になるくらいの感情を取り戻したことと、契約解除によるレベルダウンが怖いから。

 メイが足手まといなのは事実だが、俺のレベルが下がり過ぎて彼女を守れなくなるのも良くない。奴隷というのはお高いのです。大枚叩いて購入したからにはボロ雑巾になるまで使い潰す予定なのである。


「では、本日はこの辺りでよろしいでしょうか?」

「ん……まあ、そうだな。メイのレベルもこないだ上げたし。俺のレベルはまだ上がらないだろ?」

「そうですね……いえ、一レベルくらいなら上がりますよ? 契約解除でレベルダウンしましたからね。余剰経験値で上がりそうです」


 む、そうなのか。それは悩むな。


「いや、また今度でいいや。レベルアップの儀式は、一気に何レベル上がっても毎回同じ値段なんだろ?」

「左様で御座います。儀式自体に掛かる費用を請求するだけで、レベルアップ自体は『欠落』様御自身で手にした経験値ですからね」


 まあ、それなら次回に持ち越しても問題ないだろう。レベルダウンしたとはいえ、まだ三〇〇レベルは確保している。今のところ、この大陸では戦力的に困ってない。


「それでは、また御用があればいつ何時でも御呼び下さいませ」


 優雅に一礼しながら、優雅でない邪悪な笑みを浮かべて悪魔は去っていった。


「ご主人様。レベルダウンしたら、身体が重くなったりしないです?」

「あー、いや、それはないなあ。逆にレベルアップしたって、身体が軽くなったってこともないだろ? その瞬間、身体がレベルに適合してるって言えばいいのかな……」

「あ、たしかに。納得なのです」


 メイと朗らかに話しているが、そろそろモンスターが集まってくる頃だ。周囲にはお仲間らしきモンスターの死骸の山ができているし、こんな血生臭い場所にずっといても鼻が馬鹿になる。さっさと立ち去ることにしよう。


「ご主人様と一緒にいたら、メイは感覚がおかしくなってしまいそうなのです」

「失礼なこと言うなよ」

「そんなことないです。だってここ、ワイバーンの巣なのです」


 メイの言う通り、周囲に転がっている死骸はワイバーンというモンスターだった。


 ワイバーン。ドラゴンの翼と腕を一体化させたようなモンスター。ドラゴンと比べると二回りか三回りほど小柄だ。ちょうど一週間前にメイがドラゴンに変身したときくらいの大きさだな。

 だがドラゴンの近縁種なだけあって、〈ブレス〉を使える。ドラゴンの〈ブレス〉が火力重視だとすれば、ワイバーンの〈ブレス〉は連射速度重視である。一秒間に何連発も撃ってくる。ある意味では、単発に注意すれば済むドラゴンより厄介かもしれない。

 たとえるなら、ドラゴンの〈ブレス〉は深呼吸。対してワイバーンの〈ブレス〉は犬の呼吸に近い。


 平均レベルは一一〇。ドラゴンと似たようなレベルだが、ワイバーンの方が才能限界が低い。そのため、人間たちはどうしてもドラゴンの方が上位種であるように捉えてしまう傾向があった。

 実際に戦ったことのある冒険者たちなら、皆口を揃えて否定するだろう。

 ワイバーンとドラゴンは近縁種なだけであり、完全に別の個体。どちらも長所と短所があり、上とか下とかいえる存在ではないのである。「同じ人間だけど勇者と賢者、どっちのロールの方が強いの?」と言っているようなものである。


 今回悪魔に渡したアイテムは、ワイバーンが巣を作っている山岳の頂点に存在する花の蕾だ。思ったより楽で、拍子抜けしている。まあ、普通の人間からすれば非常にしんどいのだろうけれども。寒いし。空気も薄いし。あと寒いし。震えるわ。ついでに懐も寒い。


「メイ、寒くないか?」

「寒いか寒くないかでいえば、寒いのです!」

「そうか」

「それだけです!?」


 失礼な。寒いというからわざと怒らせて熱を発生させてやろうとするご主人様の慈悲深い考えを理解できないとは。これだから馬鹿な奴隷は困る。

 さすがに俺も三〇〇レベルオーバーとはいえ、ここまでの高所に防寒着抜きで挑むのは無理だと判断した。寒過ぎて死ねるわ。そのため、最寄りの町で防寒着を買っておいた。商人からは「よくあんた、ここまでその格好で来たね……」と驚愕の目で見られた。


 話を聞くと、サルニア大陸は東へ行くほど――つまり、魔王城のある魔都へ向かうほど――寒くなるらしい。魔都とか年中雪が積もってるんだって。雪合戦し放題じゃんと告げると、そんな良いもんじゃないと感慨深気に言われた。雪国で暮らす住人にしかわからない苦労があるらしい。知りたくもない。


 雪国仕様の装備に身を包み、マントも装備した。ちょっと「英雄」だった頃に戻った気分だ。マントも装備品であり、物理防御性能は低いが、魔法防御性能や回避力を高めてくれるのだ。どうしてマントを装備して回避力が上がるのかは謎。あと手袋も買った。綿モコモコのやつ。

 メイもまた似たような装備だ。本人はピンクとかの華やかな色の装備を希望したが、敵に見付かりやすいので問答無用で白いやつを選んだ。おかげで、もしも遭難したら俺はメイを見付ける自信がなくなった。その場合は「達者でな」と言い残してその場をクールに去るつもりである。


 義眼のスキルを発動し、現在のステータスを確認する。一応、現状のレベルを確認しなくてはならない。


「うっわ! レベル下がってるわー。すごい下がってるわー」

「今、何レベルなんです?」

「三四二。契約解除するまでは三七一だったのに」

「……十分だと思うのです」


 馬鹿野郎。一気に二九レベルも下がったら色々問題も起こるわ。

 具体的にいえば、スキルを扱う際に必要な魔力だ。魔力の最大値がレベルダウンに伴って減少してしまったため、たとえば〈星光の牙〉の使用回数がきっかり一回分減ってしまった。それに筋力も下がったため、敵に与えるダメージも減る。敏捷性も回避力も下がってしまった。耐久力も下がってるから、戦闘では以前よりも気を引き締めなければならないだろう。

 メイのレベルはというと、七九まで上がっている。一週間で九レベルも上がるのは羨ましいが、まあそれはこいつのレベルが低いからなので仕方がない。レベルが上がるほど、次のレベルアップまでの経験値は多くなってしまうのだ。


「そろそろ、真面目におまえの強化も考えないとなあ」

「レベルアップです? メイ、七九レベルですよ?」

「そっちの話じゃないよ」


 メイはドッペルゲンガーという魔族である。今は人間の少女の姿を取っているだけなのだ。

 彼女はドッペルゲンガー固有である種族ロールの「多重存在の影」と「魔術師」のロールを持つダブルローラーだ。その両方とも、まだランクアップはしていないため、最低ランクのまま。スキルの熟練度だって、戦闘では俺が瞬殺してしまうからレベルが上がらないでいる。


「ランクアップは難しいけど、スキルレベルくらいは上げとかないとなあ」

「メイは難しいことわからないのです。メイのことはぜーんぶ、ご主人様に預けてしまうです」


 わーい、と脳天気に両手を上げて笑顔になる馬鹿奴隷。どうしてくれようか。


「非常食用に、食べ応えのある動物にロックさせておくか? そうしたら、いざというとき……」

「メ、メイの命が恐ろしい計画に使われている気がするのです。ぶるぶる」


 まあ、さすがにそれは冗談として、空いている一枠を無駄にするのも勿体ないんだよなあ。いざというとき用に取っておいてはいるけれども。

 通常、ダブルロールやトリプルロールの者はロールのランクアップが起こり難い。必要な経験値が増えるためだ。

 しかし、メイの「多重存在の影」はその辺りを解消してくれる。

 あくまでも彼女のロールは「多重存在の影」と「魔術師」であり、固有スキル〈変身〉や〈模倣〉によるスキルランクやロールのクラスアップは通常の経験値で事足りるのだ。

 だとすれば、有用なロールやスキルの持ち主を早々にロックさせ、経験値を積ませていくのがアリかもしれない。

 旅のお供としてなら錬金術師のロールがいいな。モンスターの素材を利用して有用なアイテムを作り出すことができる。

 金が掛からないのも良いが、そんなアイテムを何故求めているのか探られなくて済むし、情報漏洩もしなくて済む。そういった細々とした問題からすっぱりお別れできるのはとても良いことだ。一週間以上溜め込んだ便秘が解消されるくらい気持ちのよいことなのである。


「まあいいや」


 そこはおいおいで考えていこう。とりあえずは、現状のスキルをランクアップさせるのが先決か。


「そういうわけで、ここはおまえに任せる」

「む、むむむ無茶言わないで欲しいのです! ワイバーンって、アレって、一〇〇レベル超えてるです!? メイはまだ七九レベルなのですぅ!」


 ちっ、文句の多い奴隷め。


「じゃあ俺が小脇に抱えるから、おまえは目につくヤツらにどんどん魔法掛けてけ。どのスキルでもいい」

「り、了解なのです」


 結局はいつも通りの形になった。この山でもあったが、メイでは到底登れなくて回り道をしなければならないような崖があった場合、俺がメイを抱えて飛び越すのだ。そうすることで、本来なら人間が辿り着けないような場所にこうしてやってこれた。

 眼前には縄張りを荒らされたことに怒り狂いながらやってくるワイバーンの群れ。その数は三〇を余裕で超える。敵のレベルが高い分、メイのスキルの熟練度なども勢いよく溜まるはずだ。


「行くぞ!」

「ガッテンなのです!」


 メイもこうした格好には慣れてきたようで、俺の機動力にもきちんと追いついて魔法を使えるようになっている。まあいまだに三発に二発は外すが、そこはステータスの差も考慮すると仕方ないだろう。

 むしろ一発は当てていることに成長したなあと思える。泥酔しながら馬に乗って数時間駆け、一度も吐かないくらい難しいことなのだ。俺なら吐く。


「おらおらおらおらぁ! 『欠落』様のお通りじゃい!」

「あとその優秀な奴隷のお通りなのですー!」

「え、自分で言うの? 引くわ」

「あんまりなのです!」


 山を下りる頃には、メイのスキルも複数がランクアップしていた。


◇◆◇◆


「………………」

「…………です、です……」

「……………………」


 いかん。メイが壊れかけている。虚ろな瞳で涎を流しながら「ですです」と繰り返すのは発狂しかける一歩寸前だと聞いたことがある。メイは鼻水まで垂れ流しているから、半歩前かもしれない。


 というのも、深い森の中で遭難してしまったからだった。辺り一面、いつの間にか降った雪で真っ白に染まっており、当初は喜んだものの、どこへ行けばいいかわからなくなって二日。寒さのせいで寝ることもできず、同じく寒さのせいで野生の動物もモンスターすら現れなかったおかげで何も食べてない。


 時折木に登ってからさらに跳躍し、町のある方角を確認しながら歩いていた。だというのに、遭難なのである。一体どういうことなのか。


「……駄目だ。今日はひとまずこの辺りで休もう」

「…………お腹が痛いのです。ひもじいのです……うう……」


 嘆息すると、吐息が白い煙になって流れて消えた。これが食えればいいのに。

 基本的に俺たちは荷物を軽くするため、食料品の類を買い込まないでいる。別にそこらに出没する動物やモンスターを狩って食えばいいと思っているからだ。俺はとうの昔にモンスターを食うことへの躊躇を忘れたし、メイは元から魔族なので、ほとんど抵抗がなかった。おかげでそれほど困らなかったのだが……まさか、そのどちらにも遭遇できない事態が起こるとは思ってなかった。

 ただ座っているだけでも腹は減る。寒さに抵抗するため、身体が必死で熱を作り出しているからだ。

 空腹は辛い。色んなことへのやる気が削がれていく。エネルギーを摂取できない以上、物理的にも身体のあらゆる機能が劣化していくのもわかる。精神的にも肉体的にも限界が近付いてきていた。


「こんなことなら……ワイバーンの肉を取って来ていればよかったです……」

「あの状況下で血抜きもできないだろ……臭いぞ……」

「餓死するのに比べたらマシなのです……」

「それもそうか……」


 たしかに、餓死するよりはマシか……。

 そんなことを思いながら、俺は真っ直ぐメイを見つめていた。やがてメイもその視線に気付き、虚ろな目を少しばかり大きく見開く。

 だが、すぐに諦めに視線を落とした。


「いいです。ご主人様に食べられるなら、メイも本望なのです……」

「おまえ……」

「せめて、ドラゴンに〈変身〉するのです。そしたら、食べ応えのあるお肉になれるのです。……ひょっとしたら美味しくないかもしれないですけど、そこは我慢して欲しいのです……」

「何を……何を言ってるんだ、おまえ……」

「いいのです! これくらいしか、メイはご主人様に返すものがないのです! ああ……叫んだら、またお腹が空いて来たのです」


 俺は立ち上がり、メイの方へ足を向けた。

 メイも顔を上げ、まるで聖女のような穢れなき微笑で俺を見つめた。


「どうか、ご主人様……。メイという奴隷がいたことを忘れないで欲しいのです」


 瞳は潤んでいる。けど、熱を生み出すエネルギーがないのだろう。見える肌はすべて真っ白だ。これだけ寒いのに、耳も頬も鼻も白い。

 そして諦めたように目蓋を閉じた。

 俺は震えながら、そんな彼女に対して告げる。


「いや、本当、何言ってんだおまえ?」

「………………え?」

「ほら、見ろ。妖精がいるだろ。俺たちをおいでおいでって手招きしてるぞ?」


 メイの後ろには雪の妖精がいた。全体的に白くてほっそりしている。背中には蝶のような形で、トンボの

ような羽根が生えていた。雪の結晶みたいだ。大きさは手のひらに乗るくらいに小さい。


「な、何を言ってるです、ご主人様……」


 メイは戦慄した様子で訊ねてきた。


「ご主人様の指差す方向、何も居やしないのです! それは幻覚なのです!」

「いやいや、ほら……めっちゃ笑顔じゃん。手ぇぶんぶん振ってるし」

「マズいのです! メイよりご主人様の方が余程追い詰められていたのです! 衝撃の事態にメイも動揺を隠せないのです!!」


 そんなことないって。妖精さん笑顔だしさあ。


「ほら、行くぞ」

「あうあう……もう、仕方ないのです。一蓮托生なのです。メイはご主人様にこの命を預けるのです……」


 失礼な。腐っても勇者のこの俺が空腹ごときで気を狂わせるとでも? さすがにそんな経験は三度くらいしかしたことないわ。自分の腕を噛んで、その痛みで我に返ったときはマジで焦ったね。恐怖心ないの怖いって思った。すぐにダンジョンから撤退した。モンスターを食うことに抵抗を覚えなくなったのもあれからだなあ。


 雪の妖精が手招きする方へふらふら着いて行く。右へ左へ東へ西へ。どうも見覚えのある木が続いている気がするが、たぶん気のせいだろう。だって妖精さん、あんな良い笑顔で手招きしてるんだぜ? 信じられるよ絶対。アレを信用できないというなら、もうこの世の誰も信用できない。


「ヤバいのです……本格的にヤバいのです……。絶対無敵と思えたご主人様の死因が餓死だったとか、予想外にも程があるのです……」


 メイが何か言っている。気にせず妖精さんに着いて行こう。白いし、見失ったら面倒だ。それこそ俺が死ぬ瞬間かもしれない。空腹以前に絶望で死ぬ。

 そうして雪を被った梢を抜けた先に、岩肌があった。

 呆然として、メイと二人で上を見上げる。

 崖だった。ワイバーンの住処である山の麓に逆戻りしていた。


「………………メイ」

「………………ご主人様」


 視界の隅では雪の妖精たちがケタケタ腹を抱えて嗤いながらこっちを指差している。涙まで浮かべていた。

 フッと笑みを零し、俺は口を開いた。


「よっしゃああああああああああああああっっっ!!」

「やったのですううううう! 戻ってこれたです!!」


 予想外の事態に、妖精たちの動きが止まった。

 俺はふらりとそちらを向き、笑顔を見せる。


「今回は一度目だ。許してやる。けど、二度目はないぞ?」


 妖精たちは突然俺たちの雰囲気が豹変したのに気付き、目を見開いて愕然としていた。

 それを見てから笑みを消し、凄んだ。


「次惑わしてみろ。この森ごと消滅させるぞ」


 生態系など知ったことか。そんなの生きる余裕のあるやつが嘯くだけだ。なんなら絶滅危惧種の生物と同じ部屋に閉じ込め、餓死寸前まで追い詰めればいい。それでその生物を食うことより餓死することを選べば本物だ。

 俺は違う。死にたくない。生きる。「英雄」の頃の自身を取り戻すまでは決して死んでやるものか。


「おっしゃあ! メイ、行くぞ! 気合い入れろよ!?」

「承知の上なのです! 今のメイならなんとかワイバーンの一体くらい倒せるかもしれないのです!」


 メイの言葉を揶揄からかう余裕すらもはやない。一刻も早くワイバーンを殺して食わねばならない。血抜きだのなんだのは余裕ができてからにしよう。ともかく、何か栄養源になるものを食わないと、マジで死ぬ。

 右手を広げると、阿吽の呼吸でぴょこんとメイが飛ぶ。すかさずキャッチし、跳躍した。

 もう手加減なんてする余裕はない。混じりっけなしに本気だ。


「どりゃああああああっ!」

「うおおおおっなのです!」


 岸壁の僅かな凹凸に足を掛け、三〇〇レベルオーバーのステータスを活かし、ほぼ垂直の崖を平地の如き速度で駆け上って行く。そしてある程度の高度まで差し掛かったところで――足場が崩れた。


「――はっ?」

「――です?」


 低いところより、高いところの方が剥き出しの岸壁になる。高所であり、ワイバーンが暮らしているということもあって、強い風に晒され続けてきたのだろう。

 足場となる岩肌は上になるほど脆くなっていた。

 少なくとも、俺のステータスによる脚力に耐えられないくらいに。


「…………あ、死んだ」

「……メイは、幸せだったのです……」


 落ちて死ぬとは思ってない。普通なら死ぬけど、俺のステータスなら生き残る。

 でも、さすがに気は失うだろう。動物やモンスターがいないから食われて死ぬことはないだろうけれど、餓死で死ぬ。

 俺たちのこの直感を話せば、人によっては信じないかもしれない。でも、よくよく考えて欲しいのだ。

 峻険な岩山を登って花の蕾を探す。そして登りから下るまでの間、ずっとワイバーンを相手に戦い続ける。それから二日遭難。その間、一食もしてない。水すら飲んでない。ましてや崖から落ち、気を失うのだ。

 死なないと思わない理由を探す方が難しい。

 せめて寒い思いはしたくないとメイを胸に抱え、落下の衝撃を待った。

 ひょっとすると、「勇者」として祭り上げられてから初めてと思えるくらい神聖な気持ちになった。

 そして、衝撃。

 一瞬にして、意識が暗転した。

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