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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と幼奴隷
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1-12 エピローグ

 魔王は相も変わらず、毎日同じ時間からバルコニーに出て外の雪景色を眺める。

 それはずっと昔からそうだ。

 そして景色もまた、ずっと昔から変わらないでいる。

 まるで、ここだけが同じ時を繰り返しているようでもあった。

 鈍色の曇天から小さな雪が風に巻かれ、時には弧を描き、時にはくるくると回転しながら深々と降り積もっていく。


「トール……それで?」

「はっ」


 トールは報告をしている最中、ほんの僅か一瞬とはいえ、顔を上げたことを後悔する。

 彼が敬愛し、尊敬する魔王はずっと背を向けている。それなのに、まるで極上の絵画のような神々しさに意識を奪われてしまった。


「『英雄の勇者』の情報は得られませんでした。しかし『太陽の勇者』という、ここ数年で急速に力を伸ばしている者と接触致しました。また『太陽の勇者』は詳細が定かではありませんが、突如として妙なスキルに目覚めた様子です」

「…………突如、目覚めたスキル」


 おうむ返しのような魔王の台詞。だが、その声音には珍しく色が、温度があった。

 普段は絶対零度の雰囲気通り、冷たい声音しか紡がない「叡智の魔王」が、である。


「どうか、なさいましたか?」

「『神々の祝福』『天賦』『タレント』……そんな風に呼ばれているけれど、一番多く使われているのは『ギフト』かしら」


 どれもトールには聞いたことのない言葉ばかりだ。しかし、魔王は知っているらしい。人間たちが「叡智」という二つ名を付けたことが、今では逆に誇らしかった。


「それはどのようなものなのでしょうか?」

「……破格のスキル。本来、世にあってはならないほど……凄まじい性能を誇るスキルのことよ。……望んで会得することは不可能。条件も不明……。でも、ごく稀に……それを手にする者が現れる。…………トール、『太陽』がギフトを手にしたと思われる状況を、詳しく話しなさい……」


 断る術はないし、断るつもりもない。

 ただ、それには「太陽」ではない、あの場にいたもう一人の「勇者」にも言及しなくてはならなかった。

 それは少し、難しい。なにせ、トールがまるで子供のように翻弄されたのだ。

 もちろん、改めて戦うのならば初めから全力挑み、前回と同じ結果になるとは決して言えない。

 しかし……「叡智の魔王」の側近であり、自身も「勇者」であるトールにとって、そのことを説明して己が魔王に呆れられ、見捨てられるのが怖かった。


「…………聞こえなかったの、トール」

「はっ! 申し訳ございません。説明致します」


 すぐにトールの頭からそんな考えは消えた。魔王が要らないと言うなら、それは自分がそこまでだったというだけの話だ。それに、あのときにあの勇者について魔王に伝えねばならないと自分は判断したではないか。ならば良い機会だとばかりにトールはすべてありのままを説明する。


「…………なるほど。戦況を握られていたとはいえ、あなたが本気を出しても勝てないほどの勇者がいた、か……」

「はい。彼は『欠落の勇者』と名乗っておりました。恐らく、左腕と右目を失ったからこその二つ名かと」

「……たしかに、ありえる…………。けれど、それは早計。まだ……わからない……」

「はっ。仰る通りかと思われます。私が愚かでした」

「……まあ、今は『欠落』はいいわ……。それより、『太陽』ね……」


 魔王は細く尖った顎を少し持ち上げ、空を見上げる。それから目を閉じ、思案する。数秒おいて、再度目を開いた。


「おそらく……そのギフトは〈ハイパーラーニング〉。本気でこいねがう必要はあるけれど……視たスキルを瞬時に体得するといったスキルよ……」

「なんと……!?」


 思わず目を見開いた。そんなスキルがあっていいのかと思えるくらいにふざけたスキルだ。

 そうしてすぐに、魔王が今の話を聞き、それでも「欠落」より「太陽」を重視した意味を理解する。

「欠落」はたしかに強い。しかし、今後の脅威となり得るのはどう考えても「太陽」の方だ。〈ハイパーラーニング〉で数多のスキルを体得したならば、それはどれだけ凄まじい力を持つのか。

 ただでさえ単独で戦闘可能なロールである勇者が、他のロールでなければ使えないようなスキルを多数所持している。この脅威がわからない者などいないだろう。


 トールは一瞬「では『太陽』を始末しに赴きましょうか」と訊ねようとした。が、当の「叡智」がそのことに関して触れないのであれば、自分が出しゃばる必要もないかと考え直す。

 何より、「叡智」は珍しく……本当に珍しく、こちらを向いたのだから。


「トール……」

「はっ」

「あなたが『欠落』に敗北した件についてなのだけれど……」


 きた。

 ぐっと奥歯を噛み締め、恐怖を押し殺す。どのような処罰が下るか。


「……不問にするわ」

「……は?」

「聞こえなかったの……? 不問だと言ったの……」

「そ、れは……温情痛み入ります。しかし……」


 不問というのはトールでも納得できない。我ながら、この程度の力で魔王の側近を名乗るのが情けなく思えてきているのだ。

 たかが人間を相手に、一度でも敗北があってはならない。また魔王の側近を名乗るにはそれだけの力を得てからでないと、恥ずかしくて誰にも顔向けできなかった。


「あなたが『欠落』に『竜踊りの笛』を渡した理由を説明してみなさい……」

「はっ」


 トールが敢えて「欠落」に「竜踊りの笛」ほどの魔具を渡したのにはいくらか理由がある。もちろん、彼に稽古を付けてもらったという謝礼の意味もあった。

 しかし、本当の狙いは、身に不相応なまでの魔具を持たせることで、精神的なバランスを崩すことだ。

 人間の精神は弱く、脆い。単に肉体的強度だけでなく、精神的にも弱いからこそ、魔族は人間を下等生物と蔑んでいるのである。

 そんな人間が、自分たちより遥かに強大であるモンスターのドラゴンを従わせられるようになる。それはどれだけ素晴らしいことだろう。


 ドラゴンの力は相当だ。人間社会ならば、その力で一国を支配することすら叶う。

 その力で「欠落」の心の有り様を壊す。力によって得られた権力に溺れさせるのだ。


 人の欲とは限りないもの。薬物よりも余程性質の悪い麻薬であるといえよう。

 そして機を見計らい、「欠落」を「叡智の魔王」の軍に招待する。人間の国を追加でひとつ支配させるといえば、その段階まで欲望に溺れた人間に断る選択肢はない。


 元々「叡智の魔王」は差別の類をしない。これは魔族もモンスターも人間も動物も、すべて等しく能力で判断するからだ。その結果、魔族重視の軍になったというだけの話。そのため数は少数だが、「叡智」の魔王軍には人間も存在する。人間を無闇に殺そうとしないのも、そうした理由で新しく取り立てる人間を増やすためだった。

 勿論、彼女からすれば人間も魔族もアリはアリという尺度があってこその話なのだが。圧倒的な力を持つ彼女にとって、所詮アリか羽虫か程度の差でしかないのである。


 また、たとえ「欠落」がドラゴンを私欲のために使わなかったにしても、モンスターであるドラゴンを使役していては確実に同族である人間から疎まれる。人間とはそういう生き物なのである。

 一部の人間は「欠落」を誉め称えるだろう。だが一部の人間は「欠落」を羨み、どうにかしてその力を奪おうとする。ドラゴンを使役する方法が魔具だとわかったなら、殺してでも奪おうとするはずだ。

 そうすれば、たとえ「欠落」が欲に溺れなくとも、人間に対して嫌気が指す。そうしたタイミングでトールが会いに行き、勧誘すればいい。

 つまり「欠落」がドラゴンを使って欲に溺れようが溺れまいが問題のない計画なのだ。


「トールを負かすだけの力を持つのなら……『欠落』は欲しい。『英雄』がいざ我らの前に現れたとき、同族の『勇者』として相対し、どんな顔をするかしら……クク」


 またも珍しく、今度は喜色の声音を魔王が漏らした。

 それが先程と同じく人間の「勇者」相手であることにトールは若干の嫉妬を覚えつつ、魔王が感情を露にするのを喜ばしくも思っていた。彼女が些細だとはいえ、感情を表に出すのはこのバルコニーにいる時間だけだ。

 そして、ここに立ち入ることを許可されているのは、「叡智」の魔王軍の中でも側近であるトールだけなのである。


「来るなら来なさい、『英雄』……。優しく抱きしめてあげましょう……そして、永遠に眠りに付くがいい……」


 酷薄な言葉とは裏腹に、魔王の声音には明らかな熱が込められていた。


◇◆◇◆


「へっへっへっへっへ……」

「ご主人様、セパリアを出てからずっとご機嫌です」


 そりゃご機嫌にもなるってもんだ。ここまで計画が上手く行くとはな!


 あの騒動の原因をすべて先月のドラゴンに押しつけ、メイは単独であのドラゴンをまた追い払ったということにした。ちなみに最後にメイは力尽きてドラゴンを倒す前に倒れ、気を失ったという設定にした。そんで俺が奴隷印の魔力を辿ってメイを拾う頃にはドラゴンがいなくなっていたという筋書きである。

 クエストによる報奨金がなくとも単独で戦ったということも考慮され、メイは一気に階級を上げて黄金階級に到っていた。これでしばらくはクエストを受領する必要もなくなった。ついでに「溶解石」も大量に売ったので金も溜まった。片手剣は鞘の中で血と脂で固まって抜けなくなってしまったので、新しいものに買い換えた。武器も変えたので気分一新である。まあ無理矢理力ずくで抜こうとしたら、柄から先だけ抜けたという話なのだが。折れちゃった……。


 それでもまだ金が余ったから、昨夜は奮発して良いものを食べた。メイは罰として水とパンとスープだけだ。スープがある分、前よりは優し目の罰だったかな。俺も甘くなったもんだぜ。ちなみに俺はフルコース。甘いのは好みじゃないのだが、余すのは勿体ないので「あー、甘いの嫌だなー。でも勿体ないしなー」と言いながらデザートをメイの目の前で食べるのは愉快痛快抱腹絶倒だった。


「そういえばご主人様」

「ん?」


 メイが小首を傾げながら訊ねてくる。


「あの笛は使わないんです? 次の目的地まで結構あるんですよね?」

「ああ、アレか……」


 あの黒甲冑の男からもらった「竜踊りの笛」ね。


「いや、だって……あのドラゴン弱いし……」

「よ、弱い……まあ、ご主人様からしたら確かにそうです」


 それにでかいし。面倒でしょ、あんなの。だから修行してエルダーになってから出直して来いと言っておいたのだ。たぶん俺が寿命で死ぬまで帰ってくることはないな。


「まあ、もし最悪の事態が起こったときは肉壁として呼ぶかな」

「扱いがあんまりなのです……」

「じゃあ、おまえが代わりになるか?」

「タダでもらえたもんです! 肉壁にでもなんでも使うのが良いと思うです!」


 相変わらず手首クルックルやのう。


「そろそろ本格的に腰据えて、俺の呪いを解くためのアイテムを探さなきゃだしな」


 悪魔はあのとき、半年以内にサルニア大陸を去れと言った。ならば、一ヶ月と少しをもう使ってしまっていて、残りは四ヶ月と少し。大陸を去るには来た道を戻るかどうにかしないといけないので、実質二ヶ月あるかどうかだ。


「サルニアにはどれくらいあるです?」

「六つかな」

「随分多いのです……」

「でかいからな、ここ」


 エルキア大陸では八つだった。二つほど、どうしても時季的に取りに行けないものがあったから、今契約解除できたのは六つだ。


「あ、あと聞きたいことがあるです。というか、聞かなきゃいけないことです」

「ほう。なんだ?」


 メイは少し緊張した様子でうぐうぐ言いながら、やっとの思いで口を開いた。


「サルニア大陸の魔王――『叡智の魔王』とは、戦うです?」

「ああ、それな……」


 迷ってるんだよなあ。戦う理由もあるにはあるが、ないといえばないしなあ。


「ご主人様はかつて『英雄の勇者』だったですね? だから、もしかして、戦いに行くのかと思ってたです」


 あ、そういうことか。なんだ、拍子抜けだな。


「バカかおまえ。なんだって危ないとこ行かにゃならんのだ。俺は自殺志願者じゃないんだぞ」

「あーっ! よかったですぅ! ホッとしたですっ」


「強欲」は諸事情あって殺すと決めていたから殺したのだ。別に他の魔王に関しては、戦う必要がないなら戦うつもりもない。そも、今の俺のレベルでは戦うだけ無駄だ。あっさり返り討ちに遭ってしまう。


「ただ、問題もある」

「な、なんです……?」


 ごくり、とメイが息を呑む。


「噂によると『叡智の魔王』は女らしい。そして憂いを帯びた巨乳美女だという。こんなもん勇者以前に男として人として、最低でも一度は見にゃならん。欲を言えば抱きたい」

「勇者以前に人として最低です!」


 おっ、ちょっとうまい。まだまだ悪魔どころか俺の足下にも及ばないが、うまいこと言えたのは評価する。でもご主人様に悪口言うのはこの口かな?


「みゅぇぇええー、ほっへはほひひゃうへひゅぅ」

「わかんねえよ。ちゃんと喋れ」

「ご主人様がほっぺた引っ張るから喋れなかっただけです!」


 ぷんぷんと口で言いながら、全身全霊で怒ってますアピールをするメイ。それを見て冷笑を浮かべ、冷や水を掛けてやることにした。


「ただな、真面目な問題がひとつあるんだわ」

「問題……? なんです?」


 参ったわー、とばかりに右手で頭を掻きながら、衝撃の一言を告げた。


「悪魔が希望するアイテムのひとつがな、『叡智の魔王』の魔都どころか魔王城にあるらしいんだわー!」


 あ、メイが固まった。

 じゃあ、今度は再起動の魔法を唱えよう。


「ついでに言うと、魔王の大切にしてる『氷のバラ』ってやつらしい!」

「さっ、さささ最ッ悪ですうううううううううっっ!!」


 街道にメイの悲鳴が轟いた。

ひとまず、ここまでです。

明日から毎日、一日一話で投稿する予定です。

楽しみにしていただければ幸いです。

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