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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と再会
125/129

8-2

「うわ……何これ……」

「……野営の途中で風呂ってだけで十分豪勢なのに」

「これは……凄いですね……」

「ロマンしかない。素敵」


「欠落」の作り出した風呂は四人から五人用の大きさだ。そのため、「太陽」パーティは二分することになった。

 ちなみに。当初「欠落」が「汗掻いたし、夜は寒いし、風呂入る」と言い出したときには全員が反対したものの、「何を言おうとも俺は入りたいし入る。文句言うやつは利用させん」と言った瞬間に全員が黙った。そして作り手であるため、彼と彼の奴隷であるメイは一番風呂が当然であるが、それ以降の順番については熾烈な争いがあったことを彼は知らない。リリアーヌは「私、次期女王なのですよ!」と主張したが、今は亡国の姫でしかないという理由で冒険者勢から却下された。みんな平等にじゃんけんである。


 そうして今晩は二番手を勝ち取ったソフィア、アイリーン、メシア、アリアという初期「太陽」メンバーは普段と違う風呂の様子に目を大きく見開いていた。

 星のように割れた五つの白い花弁が水面に無数に散っており、また水面には天上の星々もが飛び込んでいる。他にも手のひら大の黄色の果実が幾つも、ぷかぷかと浮いている。爽やかな甘い香りは一息吸い込んだだけで、頬を弛ませる魅力に満ちており、こちらにおいでと彼女たちを誘っているかのようだ。


「そ、それじゃ入ろうか」

「そうだね。……ソフィー、頑張ってこういうことできるようになってね。あんたもあの人と一緒で『勇者』なんだから」

「え、ええー!?」

「……魔力が勿体ないと思うのですが」

「ソフィーとメシアが協力すれば良い。あと、ルナーも」

「そうだね。ルナーも協力すれば三人がかりだし、もっと立派なのができそうだね」

「ふふん、明暗」

「ど、どうする……メシア?」

「うう……私、水を担当するのでソフィーは地属性をお願いします」

「む、無茶言わないでよ! わたしの一番苦手なやつじゃんかー!」

「私だって水と風なんですから!」

「あー、良い湯だー」

「最高。至福の一時」

「もう入ってる!?」

「ズルいですよ二人とも!」

「いやいや……なんだって裸で突っ立ってんだい二人とも」

「アイ、言わないのが優しさ。そういうお年頃」

「どういうお年頃ですか!」



 和気藹々と呼ぶにはあまりにも姦しい時間と、普段と違う花や果実の香り漂う湯に身も心も溶けそうになりながら四人は風呂を出る。出た後は急がねばならない。なにせ湯船から身を出せば氷点下とまではいわないものの、それに近しいほどに低い気温が彼女たちを待っているのだから。

 手早く身体を拭いて衣服を身に付ける。髪は元より濡らしていないので問題ない。アリア以外の三人は皆長髪なので結わえたりタオルでまとめたりしているが、更衣室用の天幕を抜けた後は元に戻している。「欠落」が風呂を作り出した初日、そのままで出た際に彼から「風呂上がりで髪を結わえた女……エロいな!」と言われたからだ。ソフィアに関しては顔面を真っ赤に染めていたが、風呂上がりだからだと思われたようだった。

 そんなこんなで三番手であるルミナーク、ヴィヴィアン、リリアーヌに順番を譲ったソフィアたちだったが、そこで目にしたのは何やら思案気な顔つきで、右に行ったり左に行ったり地面を踏んづけたりと奇行に忙しない「欠落」の姿だった。


「……何やってんだろ」

「さあ? あたしにわかるわけないでしょ」

「同上」

「いえ、私たち魔法組に考えろと言われても無理ですよ。むしろそっち方面の前知識とかのないアイやアリアの方が思いつくのでは?」

「というか、聞けば早いでしょ」

「あ、ソフィーさんたちあがったです? ご主人様がこれ飲んどけって言ってたです」

「メイちゃん。ありがと。で、ええと、これなに?」


 普段は長髪をサイドポニーにして流しているメイだったが、風呂上がりということもあってかそのままロングだ。そうしていると幼女という印象から少女へと変わるのだが、口を開くとやはり幼女だなと思わせる。思わずソフィアたちも口角を持ち上げ、メイの差し出した陶器のコップを受け取った。中には白濁とした液体が入っている。


「ご主人様がジュースって言ってたです。あと、『しまったあ! 俺としたことが!』ってショックを受けてたです」

「……ううん、よくわかんないけど。まあ、ジュースなんだね?」

「ですですっ。甘さ控え目だけど、美味しいですー」


「欠落」から渡された白濁とした液体と言われると若干空恐ろしいものがあるのだが、メイが実飲済みであり、尚且つ普通にジュースとして渡して来たのだから問題ないだろうと判断し、四人は口にすることにした。


「んっ。思ってたより味があるね」

「美味しいね。風呂上がりだからかな」

「だと思う。けど……」

「ですね。どこからこんなもの取り出したのでしょうか……?」


 四人の疑問はメイに向けられる。メイは笑顔でそれに答えた。両手は万歳とばかりに持ち上げられている。


「木魔法って言ってたです!」

「あれ? それって水魔法で出した水と一緒で飲んだら駄目なんじゃ……」

「私もそう思いますけど……」

「だよね。常識だし、あたしたちに魔力とか色々教えてくれてる『欠落』さんがそこを見落とすとも思えないしな」

「考え過ぎ。美味しいは正義」

「ですですっ! アリアさん、良いこと言うのです!」

「当然。良いことしか言わない」


 などと話していると、突然眩い光がその場に飛び散った。

 何事かと警戒する四人と「目がああああ、なのですううう!!」と悲鳴を上げるメイ。その視線の先には、これまで影も形もなかったモノの姿があった。


「な」

「な……」

「…………」

「なななんですかコレはああああっ!!」

「あふ、ようやく見えるようになったのです……ん? うえ!? おうちが生えて来たのです!?」


 家。いわゆるハウスがそこにはあった。


☆★☆


 俺としたことが失念していた。普段面倒だからと野宿したり、ここ最近は洞窟のアジトで暮らしていたから忘れていたのだ。油断禁物というやつだ。俺は賢いからきちんと反省するのだ、メイとは違う。

 テントとかの野営道具なんて馬車に積み込むんじゃなかった。そんなもの必要なかったのだ。要るなら作り出せば良かった。というわけで作ってみました使い捨てのマイハウス。必要なのは魔力だけというリーズナブルかつエコな一品です。特許出さなきゃ。


 テントというものはあくまでも家の代用品である。当たり前の話だが、家というものは持ち運びできないのである。その理由はいくつもあるが、最たるものとして、重量が挙げられるだろう。単純に重いのだ。家というか、建築物というやつは。

 その重量を作り上げている要因から余分な重さを差っ引き、持ち運び可能にしたのがテントというものだ。家というものの役割を削ぎ落として最低限だけにすると、風雨を凌げるというもの、尚且つ外からの目線がないというものに落ち着く。そしてそれだけならば、骨組みと布でなんとか代用が利くというわけである。

 まあそんなわけでテントを馬車に積んでたわけなんだけどさ。風呂作ったり木を生やしたりしてて気付いたわけよ。「家も魔法で作っとけば良くね?」って。別にしたことないわけじゃないし。


 風呂上がりは喉が渇く。これは湯船に浸かっている間に汗を掻いて体内の水分量が減っているからだ。今日はメイで遊んで長風呂だったからか、我慢が利かなかった。かといって樽から水を出すのもなんだかなあということで、木を生やしたのだ。

 木魔法で作り出した果実は、水魔法で出した魔法水と同じで、飲んではいけない。けれども、木の種子が手元にあるならば話が変わる。成長促進させてさっさと生やしてしまえばいいのだ。幸い、旅ということでそういった果実系の食料はあった。それをひとつふたつ失敬して生やして、盗ったやつは戻して証拠隠滅しておいて、余分なやつでジュースを作ったわけである。メイも「うまー! なのですー!」と満面笑顔だったから思わず頬を叩いてしまったくらいだ。

 で、気付いた。ようやくだ。そこまでしてようやく気付いたのだ。失敗だった。俺としたことが。


 というわけで、家である。

 テントは家の代用品。であるなら、使い捨ての家を作ればいいという話。

 家から削ぎ落とした機能はいくつもあるが、その最たる例は堅固な壁にあるだろう。壁が厚ければ外部からの衝撃をものともしないし、音も妨げるし、熱も防ぐ。なにより安心感という精神的充足が得られる。この精神的という部分は地味に甘く見ていられない。

「我慢できなくもない」というのは「平気」とイコールにならないのだ。目に見えてわかるものではないが、それは底冷えする冷気のようにひっそりと、けれども確実に自分たちの平常心を掘り砕いていく。


「まあ。家と呼ぶにはチャチいがな」


 俺が作り出したのは、正確にいえば家ではなくドームだ。余分なことをして魔力を無駄に消費するつもりはない。一泊二泊程度なら俺だって普通に野宿をしていただろうが、旅程は一週間以上あるのだ。俺一人だけならともかく、他の連中もいればどうなるかわからない。ならば可能な限り、全員の正気や健康を保ったままでいたいというのは当然のことだろう。体調不良の者が出れば、どうしてもそれに合わせる必要があるのだから。


 俺が求めたのは、やはりテントに求められているものと同じだ。そしてそれを強化させたものを作り出したわけである。

 最低限なので半円形のドームを作っただけで、内部で部屋のように小分けにしているわけではない。そういった細々しいものにこそ魔力は余分に使われるのだ。具体的なイメージが必要なら、そういったものを構成して作り出すのに魔力を使うのも当然の話。であれば、イメージしやすいものほど魔力消費も軽くて済む。

 土魔法で単純に作り出しただけでは時間経過で崩れて生き埋めになる危険性があるので、きっちり大地を利用させてもらいました。たぶん、この辺りの地面は周囲よりもちょっとばかし低くなっているのではないだろうか。どうでもいいけど。


「なななんですかコレ!」

「む。喧しいのが来たな」

「喧しいのってなんですか! いえ、それよりもこれです!」


 おっ、「家」と「いえ」という反語を掛けたのか? やるな……。偶然だろうけど。

 いちいち説明するのも面倒だし、文句言われるのも癪なので、一言で切っておこう。


「文句言うなら入るな。テントで過ごせ」

「ぐっ……」

「あ、わたしこの家で」

「あたしも」

「わたしも」

「三人とも!? いえ、私もそのつもりですけど……」


 じゃあ文句言うなよ。

 いるよね。とりあえずいちゃもん付けなきゃ気が済まない人。


「リリアとか騎士とかアイシャとか見てみろ。まるで動揺してないぞ?」

「アレは呆然としているんですっ!」


 なんと。それは予想外だ。俺くらいなのか、こういうことするの。やはり俺は特別だということか……!

 冗談はさておき。


「いいから、それ飲み終えたらさっさと馬も中に入れろ。馬車もだぞ」


 入口は大きく作っているから大丈夫なはずだ。扉は横へのスライド式にした。突っ支い棒噛ませれば外から開けられなくなるからな。これで夜間の警戒もしなくて済む。ちなみにちょっとした笑い話なのだが、ドーム全体を作り出すのに掛かった魔力を一〇とした場合、ギミック含めて扉に掛かった魔力は七〇くらいである。精密な作業を含めて魔力でこういうものを作る場合、余分に消費するというのはこういうことだ。また地面の土などを利用すれば時間制限はなくなるが、普通より過剰なくらい魔力を消費してしまうというのも要因のひとつだ。……まあこれくらい、鼻ほじりながら片手間でやっても数百は作れるから余裕なのだが。


「うわ、中真っ暗で見えないんだけど!」


 一足先に入り込んだソフィアが騒いでいる。当たり前だろうに。周りの土とか利用してドームにしただけなのだから、光源などないに決まっている。そこはまあ焚き火なり魔法で光を作るなりなんなりして欲しい。


「気を付けろよー。整地なんてしてねーからなー」

「どわっ、と、危なかったー」


 遅かったか。ドームの中から反響した声が聞こえてくる。光源がないから余計に歩き難いだろう。地面の亀裂や石ころなど見えやしないし。外なら月明かりがあって、足を取られることはないのだけれど。


「ふふん。わたしは無敵」

「じゃあ、わたしは明かりが灯しますね」

「……メシア、わたしの独壇場になるところだったのに。余計な真似を……」

「ええ……危ないじゃないですか」


 アリアたちも中に進んで行く。そのついでに馬や馬車も連れ込むように告げておいた。風を凌げるだけでなく、野生の獣やモンスターに警戒しなくてもいいような環境を作ってやったのだ。それくらいはしてもらわなければ。

 俺はというと馬車に大量に積んだリンゴを一個取って外へ。水の代わりにもなるし食料にもなるとは、リンゴとは斯くも有能な果物だ。世界で一番だといえよう。


「うう、すいすい。これはこれで」


 アールグランド大陸のリンゴは渇き痩せた大地で作られているので、その分甘みがぎゅっと詰まっている……なんて期待を爽やかに裏切ってくれる酸っぱい味だ。とはいえレモンや柚ほどじゃないし、きちんと甘さもある。果肉は固く、締まっている。


「…………ああ、なるほど。なんか馬鹿みたいに騒いだと思ったら」


 頭に引っ掛かることがあったから、風呂で茹った頭を冷ますついでに外に出て考えてみたのだが、ようやく思い至った。

 風呂でメイにぶつけたのは柚だが、かつて俺がぶつけられたのはリンゴだったか。俺がリンゴ好きになったのもあの人の……師匠たちの影響だ。

 俺の師匠は三人いる。魔法の師匠と、剣の師匠と、知識の師匠。それぞれ容赦なくしごいてくれたわけだが、一日の訓練の合間、別の師匠の元へ移る際に渡されたのがリンゴだったのだ。血や汗に涙を流して手にする報酬だったから喜んでむしゃぶりついていたんだったか。

 今夜メイに俺がしたようなアレは、かつて俺が師匠にされたことだ。ああ、なるほど。あのとき師匠が愉快そうに笑っていて苛立っていたけれど、あれはああいう感情だったのだろう。この歳になって、師匠たちから離れて、それでようやく師匠たちの気持ちを微かにでも気付けたのは良かったのか、悪かったのか。


 細かな砂を混じらせて吹く風はどこか物悲しい。寂寥感を漂わせる荒野とそれを白々とさせる月光がそうさせているのかもしれない。上空を見上げれば巨大な月と、その輝きに埋め尽くされないよう必死に明滅する星々。そして圧倒的なまでに巨大な黒。

 もう二度と取り戻せない過去。それらはあまりに甘く、優し過ぎる亡者と同じ。彼らの手を取ってはいけない。見てもいけない。振り返ればその分、歩く速度は遅くなってしまうから。だから白く染まった吐息に郷愁を混ぜて捨て去ろう。

 今の俺は——いや、これから俺は「欠落の勇者」として生きていくのだ。

 感情や名前を取り戻しても、「英雄の勇者」には決して戻らない。


「何が『英雄』なんだかな」


 声に出さず、口だけを動かして呟く。


 俺にある呪いは悪魔との契約のものだけではない。厳密には呪いじゃないが、むしろ悪魔とのソレは契約によるものの分、俺が最初に受けたものの方が本物の呪いのようだ。


 あの日。俺が師匠たちの修行を終えた日。

 俺に魔法について教えてくれた師匠が死んだ日。

 俺が一番に救いたかった人は「英雄の勇者」なんてものが生まれるより前に失われてしまった。

 そして「英雄の勇者」として救ったと思った人たちは、救いなど求めていなかった。



 「強欲の魔王」はありとあらゆる意味で“力”を肯定した。最も分かりやすい武力の頂点として君臨していたとしても、知力や統率力などといったものも肯定した。

 そのひとつに生産力というものがある。「強欲」の魔王軍配下はほぼ半分が肉食でほぼ半分が草食、そして僅かに雑食だった。そこで雑食の者たちには人間をくれてやり、それを家畜として管理するよう指示を出したのだ。

 そう。エルキア大陸に住む人間は、ヒトではなく家畜だった。そこにヒトである俺の言葉など届くはずもなく、俺にとっての救いが彼らにとっての救いになどなるはずもなかったのだ。

 だから救ったかと思えば罵倒されたり殺されかけたりした。彼らからすれば、自分たちの上司を殺した殺人鬼なのだから、当たり前といえば当たり前だ。

 必要最低限の知識以上を家畜に与える必要はないのだから、家畜である彼らは自分たちを庇護してくれる上司がいなくなれば死ぬしかない。

 たとえ彼らのうちの何割かが年に数人連れ出され食料として用いられていたとしても、それが当然として生きて死んでを繰り返した彼らにとって、それは決して悲しいだけの話ではなかったのだ。

 平たくいえば、人にとって嬉しいことや嫌なことは違うということ。俺が善行だと思って何かしたとしても、それは他者にとって余計なお世話だったりする。俺にとっては理不尽に思える死だって、彼らにとっては風習のひとつでしかないのだから。


「英雄なんてこの世にいるはずがねえんだよ」


 食べ終えたリンゴをその場に捨て去った。

 相も変わらず最後まで、リンゴは酸っぱいままだった。

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