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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と再会
124/129

8-1

 唐突で申し訳ないが、みんなはどれくらい馬のことを知っているだろうか?


 俺が知っているのは馬の首筋に生えている毛のことをたてがみと呼ぶが、その下にある肉もたてがみと呼ぶことと、それは真っ白で食欲湧かないが、我慢して食べてみると案外美味しいということくらい。

 なに、それは食事の話だと? これまで馬なんて食う以外の用途で扱ったことがないのだから仕方がない。


 そんな俺だけれど、ここ数日の訓練で少しだけわかった。

 馬に乗って走っているわけだが、これにも四つ種類がある。人間が駆る以上、速度に応じて名前分けするのは当たり前でもあるのだが。ジャンル分けしたがるのが人間だからね。

 まずは常歩なみあし。普通に歩かせた状態。人間でいえば散歩。馬の方も負担がないので、ただでさえ負担のかかる馬車を引く馬などはこれである。必然的に、それにスピードを合わせる俺たちもこれだ。

 ちょっと速くして速歩。これは距離を稼ぐ走り方で、人間でいえばジョギング。対角線にある二本の脚をほぼ同時に前に出すから、実に人間に近い。

 続いて駆歩かっぽ。「走ってますよー」というわかりやすいやつだ。脚のリズムが三拍になるので、時折地に足着いてない滞空時間がある。俺のように地に足着けて生きろってんだ、これだから馬は困る。

 余談だが、身体を大きく揺らし、全身を使って走っているので、騎乗主も凄く揺れる。馬に乗ると視線が常にないほど高くなるので、若干の恐怖がある。契約で恐怖心は失われたままなので問題ないと思っていたけど普通に怖かったのが驚きである。


 どうやら俺の失われている恐怖心というのは生命の危機に関するもののようだ。まだ多少マトモな人間よりでいたということに気付けて少し嬉しかったので、地に足着けず生活してる馬だけど、許してやろう。

 最後に、襲歩しゅうほ。駆歩からさらに速度を上げたもので、人間でいうなら全力ダッシュだろう。これで長距離走るというのはどう考えても無理だ。馬にしても、乗り手としても。


 どれくらい襲歩が速いかというと、体感で申し訳ないのだが、常歩の十倍ほどで、駆歩の三倍くらいある。段違いだ。なので、駆歩で走ってる馬だと前述通り「急いでるなー」と周りは思うくらいだが、駆歩だと「何かあったのだろうか」と少し心配になるくらいにダイナミックだ。


 まあ、わかると思うけど……うん、常歩までしか修得できてないよ。それで十分だよ。馬に乗ったまま戦えるわけねーじゃん。近衛騎士とヴィヴィアンが馬を一人で乗っているのは、彼女たちは騎乗したまま戦えるというのもある。リリアは単に箔付けだ。

 これだけ聞けば男の癖に情けねーなと思うかもしれない。けどちょっと待って欲しい。完璧に乗馬素人が数日で常足くらいならできるようになったって考えたら凄くない? やはり俺は天才なのだ。それも努力する天才だ。もう負ける気がしないな。俺を崇めろ。



 そんな感じで日中を過ごし、夜を迎える。

 アールグランド大陸は非常に熱い。“暑い”ではなく“熱い”だ。溶けちゃうかもってレベルだ。

 雨が極端なまでにないために、大陸の大部分は荒野であり赤茶けた大地が地平線まで視界一杯に広がっている。そんな場所の大気に湿度なんてものがあるわけもなく、夜には極端なまでに気温が下がる。これは大気中の水分が熱を保有してくれないためだ。「地面が熱されて暖かいハズなのに」なんてソフィアはぼやいていたが「放射冷却で余計に冷えるわアホが」とツッコンだところ、放射冷却を知らなかった。それも、彼女一人がおばかさんなわけではなく、他のメンツもだ。メイは当然のように知らないが、むしろ知っていたら俺は人に見せられないレベルで表情崩して驚くので、知らなくて良かったともいえる。


 そういったことが判明したのが初日の夜。常識だろと俺は思っていたが、常識ではなかったようだ。

 そこでふとあることを思い出した。回復魔法の種類である。

 魔力にも属性がある。火属性の魔法は火属性の魔力でないと使えない。……使えないわけではないが、周りからやめとけって言われるくらいに効率が悪い。上位の魔法系ロールは使える属性が多い。そしてすべての属性を使えるのが「勇者」という選ばれしロールなわけだ。まあ、個人の性格やらで得意な属性とかはあるから、「勇者」なら全属性の魔法を使えて当たり前ってわけではないが。


 以前に「賢者」であるメシアまでもが、回復魔法に種類があるということを知らなかった。当時は「ゆとり教育乙」とか思っていたが、今回の件があって、むしろ俺の持っている知識の方がおかしいのではないかと思い至ったわけである。

 まあ選ばれし存在だから仕方ないね。やっぱり特別なんだね、俺は。前々から薄々気付いていたけどね。でも俺って謙虚だから「いや、そんなまさか」って思って自重していたのだが、隠せないらしいな、このプレミアム感は。やはり特別な存在なのだなと思いました。納得してスッキリしたからメイに飴ちゃんあげたわ。暑さで口ん中パッサパサだから食べ辛そうだったけどそれは知らん。


 それから夜には俺の持つ知識を分け与える、通称「勉強会」が始まった。「勇者」ロールであるため、魔法だけでなく剣技についても言及できる。簡単な物理関係や魔力運用のコツ、それぞれの属性の差とか。属性複合させるやつが異様に少ないよなって思っていたけど、魔力の属性について浅い知識しか知らなかったらそりゃできませんわ。

 誰が何をどこまで知っているのかというのは知らないし、そもそも個人差が大きいため、基本的に勉強会では俺が好きなように喋る。このときだけは生意気な小娘も黙って勉強している。への字口だが。文句あるんなら一人でさっさと寝ろっちゅーの。



 太陽の光が大地を灼き、地面はその熱を蓄える。けれど、かろうじて残っている水分は夜になれば揮発する。その際に気化熱で余分に熱が奪われる。結果として、乾燥した大気で日中暖かいと、夜になって異様なほど寒くなる。こういった現象のことを放射冷却と呼ぶ、と簡単に説明した。

 ちなみに放射される熱だが、どこに向かうのかというと空であり宇宙である。雲があれば蓋をしてくれるので多少温度差は和らぐのだが、雲とは水蒸気の塊といえる。アールグランド大陸の上空にそんなものはない。おかげで異様に寒くてやってられません。ちなみに冬の晴れた日の夜がクソ冷えるのは同様の理屈だ。湿度がないために雲が少ないので。

 ということで、そんな寒い日の夜はお風呂タイムだ。


「うへぁー」

「あふぅ、なのですぅ……」


 地面に四、五人くらいが余裕で足を伸ばして入れそうなくらいの穴を土魔法で空け、水魔法で水を、火魔法で熱を加えて適当な温度にして入る。脇では適当に砕いて固めた石が焚き火で焼かれており、パキパキと音を立てている。魔法が使えないものは適当にこれを取って風呂にどぼんさせれば多少温まるというわけだ。


「風呂はいいなあ」

「ですですぅ」


 俺は清潔好きだ。というか、不潔な場合のデメリットが大きすぎるので、清潔にしようとしているというのが正しいか。当然、これまでの旅でも同じようにしていたし、メイやエミリー、トールにも徹底させている。初日にこれやったら、周りから呆れた顔されたし止められた。魔力が勿体ないだのなんだのと言われたが、連中の魔力のなさときたら情けなくなるね。俺は魔力に関してだけはレベル相応なので問題ないのだ。筋力とか敏捷とかは隻腕な関係でレベルより低いけどさ。


「おいメイ、髪解けて来てるぞ。湯に浸けるな」

「あう、ごめんなさいなのです。……ご主人様、そんな格好したら、ご主人様の髪の毛もお湯に浸かっちゃうのです?」

「俺はいーんだよ。俺が出してんだから」

「それもそうなのです」


 にぱーと笑ってそう言うと、メイはそのまま泳ぎ出した。俺にお湯かけたら殴って沈められると身に染みて理解しているので、平泳ぎである。メイは小さいから、これくらいの大きさでもちょっとくらいなら泳げる。本気で泳ぎたいわけじゃないだろ、さすがに。


 左腕の付け根を右手で掻きながら、湯を見る。当たり前だが無色透明だ。いや、黒というべきだろうか。水面には遥か上空で煌々と輝く月が映り込んでいて、波紋に合わせて揺れている。顔とかは寒いけどこれはこれで風流だなあと思っていたら、ちょうどそこにメイが横から割り込んできた挙げ句、水面に浮いた尻が月を砕いた。


「このっ!」

「いたーいっ!? 痛いのです!! なんなのですご主人様!? 今、一体全体何が起こったです!?」

「世界中の『吟遊詩人』ロールの代弁をしたに過ぎない」

「メ、メイはそんなに罪深いことをしたです……?」

「罪深いぞ。俺が『吟遊詩人』じゃなくて良かったな。下手したら八つ裂きにされた挙げ句、一週間くらい飯は豆だけになるところだったな」

「ひええ……『吟遊詩人』さんたちは恐ろしいのです。情なんてあったもんじゃねーのです……」


 戦慄した様子でメイは両手で顔を覆い隠した。うむ、予想通り。

 でわ。メイが砕いてくれやがった風流を再生させることにしよう。

 やることは簡単。木魔法だ。何もない場所に植物を生やすことも魔法なら可能で、言ってしまえば水魔法による魔法水と同じ。魔法によって発生するものはあくまでも「現象」に過ぎないというのが一番わかりやすいかもしれないな。

 ともあれ、今回はそれで十分。湯船の中心に一本の木を生やし、花を咲かせ、降らせる。次いで果実も実らせ、それも降らせる。どぶんどぶんと。


「ひゃあーっ!? 何が起こってるです!? 天変地異です! 『吟遊詩人』の天変地異なのです!」

「いや、俺だぞ」

「ご主人様の天変地異です? 納得なのです!」


 おいコラ待てや。なんで俺だと天変地異が納得なんだ。地面かち割って土中に閉じ込めてやろうか。


 木が生えた反動で波打つ波打つ。軽いメイはそのまま「ひゃー」と喜色の声を上げて端っこまで流されていった。俺がやったって言った瞬間楽しみ出したなこいつ。別にいいけど。

 で、もう邪魔なので木の方だけ消す。そうすれば中央に空いた空間にお湯が流れ込むわけで、また水流ができる。そんでまた嬉しそうにメイはどんぶらこと流されてきた。


「はふう……ご主人様! これすんごい楽しいのです! またやって欲しいのです!」

「いや」

「ですん……」


 なんだその返事。


「あれ? お花に果物です。これ食べていいのです?」

「腹壊していいなら食っていいぞ」

「むむ……悩ましい選択なのです……。オレンジです? 色違うですけど」

「柑橘類だけど、オレンジじゃない。柚だ」

「柚! んー、良い匂いなのです。ぐにゅにゅ……食べれないなんて……とんだ果物もあったものなのです! メイをこんなに誘惑しておいて困ったもんです!」


 いや、柚は食えるよ。魔法で作り出したから駄目なだけで。やっぱこいつ勉強会の説明聞いてないな。いや、聞いてはいたけど理解できなかったか、もう忘れたか、か。後者かな。

 こんにゃろめこんにゃろめと小声で叫ぶという微妙に器用な真似をしながら、メイが果実を別の果実に向けて放り投げる。ぶつかると軽い水音を立てて、それぞれが流れていく。同時に、ぶつかったときに爽やかだけどどこか甘さが微かに残る香りを振り撒いてくれるので、今回はメイを怒らないでおくことにした。けど夜のオヤツは抜きだ。跳ねた水が顔に飛んで来たからな。


「あれ? そういえばご主人様、こういうこと前はしてなかったけど、どうしてなのです?」

「なんでだと思う?」

「ふぇ?」


 きょとんとした顔をするメイ。ちょっと面白かったのでデコピンしてみると、そのまま勢い余って後ろ向きに一回転した。


「がばばげぼがほっ! にゃんにゃのでえっほえっほ!!」

「咳き込むか喋るかどっちかにしろ」

「ひじょいにょれしゅ!!」


 げほげほと咳き込むメイに向けて、柚を投げてみる。直接投げつけるわけではない。敢えて上空に一度投げ、弧を描いて落下する果実が柚の顔面のちょっと先辺りに落ちて水飛沫が顔面に降り掛かるように……ここだ!」


「あびゅびゅっ!?」

「わはははは!」

「あんまりゅにゃにゅにゅ!!?」


 そんなこんなで結構遊んだが、幸いというべきだろうか、上気せるということはなかったようで安心した。

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