7-18
接近するアイシャのレイピア。それは俺の脇腹から心臓を狙っているようだ。リンを抱きかかえているから右手は動かせない。剣も地面にポイしちゃってるのでどうしようもない。左手? ねえよ。あって欲しいわ俺が。さぞかし心臓も狙いやすかろう。
「面倒なやつだな。ここらで済ませればめでたしめでたしだったってのに」
そもそも、なんで俺はこんなにこいつに恨まれてるんだ? ああいや、やつは「勇者」で俺はクエストの都合上敵なわけだから、間違いではないのか。むしろソフィアやらルミナークやらの方が冒険者としては間違ってるともいえる。俺がそういう方向に誘導したので仕方ないんだけれども。ふっ、経験の浅い小娘どもは熟練の手つきを誇る俺の手のひらの上で踊るしかないのだ。
まあ、そういう意味では、アイシャはきちんと自我を持っている。人形なんかではない、一個とした個人だといえよう。
「死ね!」
「いや」
酷いことを言われたので舌を出し、意図的に体を崩す。左足を下げてリンを盾にするように構えると、彼女の身体がびくんと震えた。安心させるようにやや強めに抱きしめ、軽く肩を叩いて宥めておく。
一方、俺に攻め込むアイシャの目に一瞬の動揺が浮かんだ。もっとも、あくまでも一瞬。僅かな逡巡を覚悟で振り払い、勢いよく一歩を踏み込んで来る。
リンごと俺を突き殺すつもりか。正式にパーティを組んだ仲間でないのなら、それで正解だ。実力差的に、そうでもしないと俺を殺す目は一切生まれない。
「アイシャ!?」
「おいっ!?」
アイシャの踏み込みから狙いを読めたのはソフィアとおっさんの二人のみ。ルミナークとメシアは後衛なので察することができない。ただ二人の狼狽から、アイシャのやろうとしたことには気付けたようだ。双眸を見開いている。ついでに口もあーんてしてくれるとエロいのだが、それはなかった。残念。
「狙いは、正しい。ただ、どうしようもなく——」
口角を持ち上げる。アイシャの決死の顔つきを、その意思をも嘲笑うかのように。
「——力が足りない」
残された片手が塞がっているから俺には何もできないとでも思っていたのだろうか? だとしたら、その思い上がりは晴らしておかなくてはならない。
俺の真価は剣技にない。体術にもない。当然だ。なにしろ、隻腕に隻眼ということでステータスの半分ほどしか能力が発揮できないのだから。
では俺の真価はどこにあるのか? 消去法的に考えれば魔法技能で、素養的に見ても魔法技能である。
『おまえに剣の才能はねえなあ』
ふと、剣技の師匠が最初に俺に言った言葉を思い出した。
ああそうだ。俺に剣技の才能などない。ただただ血と汗を流し、振るい続けた泥臭さしか俺の剣技にはないのだ。だから経験以上のものを発揮することはできない。才能が爆発して、突如として凄い力を発揮して一気に逆転だドーンみたいなことは俺に起きるはずもない。順当も順当。勝てる相手にしか勝てないというのが俺の力量だといえる。だからこそ片腕を、片目を失ったのだ。
一方で、魔法の師匠からはこんな言葉を頂いた。
『あんたの魔法の才能は普通じゃないね。神童とか天才とかじゃない。鬼才ってのがピッタリだ。実に鍛え甲斐のない弟子だよ』
なんでも普通の魔法の使い方だと、剣技と同じくレベル相応の妥当なところまでしか実力を発揮できないらしい。そんなもんなんじゃねえのとも思うが、俺の真価はそこでないのだ。
「勇者」として全属性の魔法が使える。そして反動値が最大である代わりに瞬間最大火力も最大値まで叩き出すことができる。そこに実力相応ながら剣技を用いれるということで、反動を利用したトリッキーな動きが可能、と。
そして俺は先天的に、そのトリッキーな動きを取り入れてしまっているのだとか。うん、まだ力の足りない頃はよくやった。爆発系の魔法を使った人間ロケットとか。ぶつかった衝撃で俺も骨折したりするが、そこのところは回復魔法でなんとかした。
つまるところ、剣技においても魔法においても実力までしか発揮できない代わりに、その組み合わせが意味不明ということだ。まともな魔法の使い方を教わっても斜め上か斜め下の使い方をするので、何回叱られたか数え切れない。
そこら辺はレベルが上がったことと、仙境で仙人のクソジジイに鍛えられたことで大分マシになったが。
レベルの上昇に伴い、俺の発揮できる実力は大きくなった。より広い状況に対応できるようになり、より王道な戦い方をするようになった。
王道というのは一番妥当で楽で使い勝手が良いということ。それを取っていればまず問題ないという定石だ。数え切れない人々が開拓し、踏みならし、歩きやすく舗装された道。そこに間違いはない。
けれども。
俺の本領はそこではないのだ。
「鳴らせ、鳴らせ、鳴らせ。共鳴しろ」
「なんっ!?」
俺の背後に展開されていた加護が前面に回る。
こんなの想像できまい。けど俺としてはこう言いたい。
「馬鹿め。特に意味もなくカッコつけるためだけにこいつを展開してるとでも思ったか! それは八割くらいの理由でしかないわ!」
「あ、大部分はカッコつけたがってたんだ……」
ソフィアが何故か妙に冷静に突っ込んでくる。あたぼうよ。男がカッコつけれなくなったらお仕舞いだ。
意地張って、見栄張って。そんでもってそれに見合うよう背伸びして足掻くのが男ってやつだ。そうやって男は男を磨くのだ。痩せ我慢も悪くない。そうでもしなけりゃ見えないものもある。
そしてそれに文句を言うやつにはこうでも言ってやればいい。「おまえは努力する者を嗤うのか」と。大抵の人間は黙るから、マジで。
アイシャの突撃を展開した加護が阻む。舌打ちをして下がろうとする彼女を見て、俺はさらに口を開いた。
「捕まえろ」
「っ、う!!」
「何アレッ!?」
「アイシャッ!?」
俺の加護はエルダードラゴンを仕留めて手に入れたモノ。奴らの無駄に高いプライドを逆手に取り、一騎打ちで負ければ俺に従えと挑発して負かして手に入れた最高級のモノばかりである。
最上位の加護であるため、普通の加護と違って常時ステータスアップなどの効果を受けることはできない。その代わり、多量の魔力を回して起動させることで、普通の加護より相当高い恩恵を受けられる。
そして、俺のこの加護は普通の加護とは違う。なにせ、最高級品で最上位だ。
「おまえたちは加護についてよく知らないようだから教えてやる。いや、教えてくださいと跪け。泣いて請え。そしたら教えてやる」
「絶対イヤ!」
「死ね!」
「死んでください!」
「くたばれ!」
「黙れ」
まあ野蛮。この原始人どもめ、人を罵倒することしかできんのか。
仕方ない。俺は心が広いから教えてやるとしよう。舌打ちはするけど。
「加護ってのは力量の高い者が低い者へ与えるものだ。己のステータスの一部を割譲するんだ。ゆえに、与えられる者というのはまずいない。居るとすれば、相当仲の良い者や縁を結んだ者くらいだな」
加護を与えれば、その分は未来永劫戻って来ることはない。俺の呪いのように、なんらかの方法で取り戻すということができないのだ。それは即ち、血肉を分け与えることに等しい。だから、まず与えることはない。
そして加護の効果の大小というのは、その分け与えられたステータス値の高さに準ずる。常時恩恵のある小さな加護は、与えられるステータスも低い。一時的に魔力を回すことでしか得られない大きな加護は、与えられるステータスも高い。
というより、そういう形にしないと普段の生活に困ってしまうから、というのもあるのかも。そこら辺は俺も加護を誰かに与えたこととかないからわからんね。
「そして最大の加護というのは、決闘によって手に入れるものだ」
笑い、告げる。その俺の表情から言いたいことは伝わったのだろう。連中の顔が引き攣った。
想像通り。決闘の内容はともかく、相手のすべてを手に入れるというものこそが最大の加護。俺の言う最高級品で最上位というのはそういう意味だ。
「だから、こういうこともできるわけだな」
「放、せ……!」
アイシャがどうなっているのか? 答えは簡単、捕えられています。
じゃあ何に捕えられているのか? 正解は蒼白龍の加護から顕われた魔力の塊だ。
「連中と決闘し、屈服させ、服従させる。そうすれば存在そのものを手に入れるに等しい。単体では無理だが、複数の同格の加護を共鳴させれば、一時的に連中を顕現させることだってできる」
これは擬似的な精霊召喚と近いだろう。魔力によって対象を編んで顕現させるのだ。ただ、俺の能力というか想像力というか、それでは連中の身体とかを再現できない。なので同格の加護を複数利用し、それらに処理を任せることで一体だけ顕現できるようにする。
これは普通のやり方では無理だろう。師匠のいう「鬼才」だから思いつく発想なのかもしれない。この使い道を思い浮かばなかった場合、先程アイシャの攻撃を防いだように、そこそこ頑丈な盾としての使い道があるし。
「アイシャを放せっ!」
「いやじゃ」
小賢しいことにおっさんが毒付きナイフを投げてきた。丁度良いので加護を動かし、かるーくアイシャを傷付ける感じにしてみせる。彼女も二〇〇レベルは超える「勇者」なのだから、たぶんすぐに自然治癒してしまうだろうが、俺が手を下さずに弱ってくれるなら楽でいい。
「てめえ!」
「外道!」
「鬼畜!」
「お死になさい!」
「人質取られた状況で毒ナイフ投げる連中に言われたくないわ!」
こんなん想像できるに決まってんだろ。おまえら頭パーかよ。馬鹿は死ねよ。
「くっそ、どうなってんだこいつ……。俺のスキルを無視しやがった……」
「あん? ああ、〈命中補正〉に〈投擲〉持ちか。その程度で何ほざいてんだか」
「〈絶対命中〉ってのがあんだよ!」
「アレか……。アレ、名前詐欺スキルだぞ?」
「なん……だと……。おいやめろ! その目ムカつく! というか嗤うな!」
可哀想な子を見る目で見ていたつもりだったが、どうしても嗤いが誤摩化せない。おのれ、俺のポーカーフェイスを貫くとは。やるな。
ちなみに〈絶対命中〉は「盗賊」や「弓士」とかがレベルアップで自動修得するスキルだ。技能を収めることで「魔法使い」や「賢者」なども修得することができる。
しかしてその実態は名前詐欺。とりあえず何かに当たれば命中した扱いなので、重力というものがこの世にある限り、絶対当たるというだけのスキルだ。まあ、どういう投げ方しても刃の部分が対象に向かうという意味では有効なスキルなのだが。
一応、活かす方法もある。パッシブスキルである〈命中補正〉や〈投擲〉を上げることで正確に投げることをまず技術として修得する。そしてスキルレベルが上昇したときのボーナスポイントを速度に全振りだ。これにより、本来の筋力ではできないくらいのスピードで投げることができる。〈絶対命中〉という名前なのに精度にボーナスを振れることに怪しむべきだ。
結論。「暗殺者」の〈初撃〉の下位互換スキル。あちらのが初手に限定される分、攻撃成功率が高いからな。
「さて。じゃあ、邪魔されないようにしようか」
事前に展開していた「地殻術式」を運用し、連中をさらに隔離する。なにやら騒いでいるようだが、アーアーキコエナーイ。
「おとなしくしてろよ」
「……了」
リンを下ろして頭に手をやると、こくりと小さく呟いた。口数少ない分、メイより気楽。メイだとエミリーもくっ付いて来るからうるさいんだよ。
さてさて。それじゃあ、覗かせてもらいましょうかね、と。
「殺す……母さんの仇……!」
「誤解なんだけどな。まあいいや。とりあえず開かせてもらおうか」
俺の命を取りに来たのだ。では、俺がこいつの命をどう弄んでも悪くはあるまい。これは正当防衛である。正義は我にあり! ということで自分の気持ちも若干誤摩化す。あまり好みではない魔法なので。
「『羅針盤』」
毒属性魔法「羅針盤」を発動させる。滅紫色の糸状の魔力が展開され、アイシャの両耳から内部に侵入していく。アイシャは身を首を捻って防ごうとするが、加護の方に力を回すことで抵抗できなくさせた。
「やめ……やめろ!」
「やめませーん」
表情が随分切迫している。特殊な修得方法なためこの魔法を知っているとも思えないが、この状況下なのでヤバい魔法ということだけは理解したのだろう。彼女も「勇者」なのだから、これが毒属性の魔法だということくらいは理解しているだろうし。
「開け」
魔力糸が脳に接続された瞬間、アイシャの顔から表情が、瞳から光が抜け落ちた。