7-17
超絶にお久しぶりです。前話の簡単なあらすじ
欠落「こいつら弱いンゴw」
欠落「ファッ?! 身体動かないンゴ!」
欠落「ぐえー! 首切られたンゴー!!」
以上です
ぞぐん、と音を立てて冷たい刃が灼熱を生み出す。
ああまずいな、なんて呑気に考えている間にも時間は止まらない。”どぷり”あるいは”ごぽっ”というべきか、そんな音と共に首筋に深く刻まれた刀傷から鮮血が噴き出した。
何が起こったのか? そんなこと、身体の自由を奪われた瞬間に察し、即座に理解した。
生死の懸かった、懐かしく、最近はそうでもなかったようでもあるようなないような感覚。時間が無限に引き延ばされているかのような感覚、あるいは錯覚。
これらはすべて消去法で解決できる。
まず、俺に対して状態異常の類はまず効かないと言っていい。そりゃそうだ。そうでもなけりゃあエルキア大陸でソロプレイなんてできるかよ。ああ、ソロプレイといっても下ネタではないので悪しからず。
正確にいうならば、状態異常は一応通る。ただでさえ状態異常耐性の高い「勇者」ロールに加え、耐性スキルを最大まで上げているから滅多に掛からないが、非常に低い確率をすり抜ければ通るのだ。こればかりは確率の世界であり、それを支配しているのが運である以上、俺にだってどうしようもないことである。
だからといって甘んじてはいられない。だから事後の策として、状態回復系の肉体に作用するスキル関連も軒並み最大までレベルを上げているのだ。これまた「勇者」ロールの恩恵が得られているため、基本的に俺は状態異常に掛かった瞬間、即座に治癒することができる。それもあって、自分以外の誰かの状態異常を治療する魔法スキルはほとんど鍛えてないけれど。
とまあ、そんなわけで。まず、俺が状態異常に陥ることはない。なのに、陥った。それも身体の自由が利かなくなるどころか、下手すれば心臓まで停止してしまいそうなほど強力な麻痺だ。
ここまでくれば、確かに、俺の動きを一時的に止めることは可能だろう。毒性が強過ぎるために、解毒するまでに僅かに隙が生まれるからだ。
次。じゃあ、俺はいつそれを喰らったのよ、という話。
俺は連中からそれまで直接毒系攻撃を喰らっていなかった。魔法系の毒もあるにはあるが、それでここまで強力な麻痺毒を繰り出すことは不可能だ。
以上から、条件が絞られる。まず俺の身体を拘束できるほどの強力な麻痺毒で、尚且つそれは俺に直接攻撃として付与させる必要はない。間接的な付与で十分だが、魔法関連によるものではない。
こんなチートな麻痺毒ってあるのか? 答えは残念ながら、在るのである。
「は——下策だな。それが一流と二流の違いだよ」
「なっ!?」
麻痺が解けた瞬間、驚愕を露にするおっさんを蹴り飛ばす。さらに視線で他の面々を威圧。時間を確保して治療魔法を唱える。光属性でいいな……うん、よし。
右半身が自前の血で真っ赤に染まってしまった。鉄臭いが、かつての地獄を思い起こせば問題ない。文字通り血の沼を渡り歩いたからな。どうなってんだエルキア大陸。吸血鬼たちって血の沼に住んでんだよな。
「ば、ばけもの……」
「誰がバケモノだ」
少しばかり震える声で漏らすアイシャに文句を言ってから、嘆息まじりに告げる。
というか、無敵のハイパーヒーローとでもいえんのか。結構美人系だし、「素敵! 抱いて!」とでも言ったら抱いてやらんこともないということもなくはないかもしれない。
「俺を殺る気なら、頸動脈でなく喉笛を切り裂くのがベストだったな。頸動脈でも大抵のやつは死ぬかもしれないが、魔法で自己治癒できる『勇者』や『僧侶』なんかが相手の場合、詠唱を物理的に止めた方が効果的だ。なんせ『勇者』には〈詠唱省略〉や〈詠唱破棄〉なんかがないからな」
「……ご説法ありがとうよ」
「おう感謝しろ。靴でも舐めさせてやろうか? ああ、てめえみたいなおっさんは駄目だぞ。可愛いか美人な女限定だ」
「……サイテー」
「人としてクズですね」
「人っていうか、もう、ゴミよね」
「ご、ごくっ……う、うん、さいてー」
『マスター!?』
言いたいこといいやがっておのれ。おまえら全員孕ませてやろうか。
さて、と。
片手剣を軽く素振りし、全身からさらに魔力を立ち上らせる。加護を循環させ、より魔力の質を高めていく。現在起動させているのは「地龍」「緋龍」「蒼白龍」の三つなので、この三属性の魔法に関しては凄まじい火力を叩き出すことになる。いやまあ、そんなんぶっ放したら皆殺しになるからしないが。洞窟ごと埋められて俺まで自滅しかねないし。
狙いは威圧。俺の本気の殺気は魔王たちのソレに並ぶ。ソフィアたちはレベルが相当上がったようだし、他の面々も同じくらいの実力もあるだろうが——所詮二〇〇レベル程度で魔王の殺気に耐えられるわけもない。
人間という種族が魔王と対峙する場合、最低でも二〇〇レベルはないと即死する。二五〇レベルでようやく動けるようにはなるが、ステータスが低下する。三〇〇レベルでようやくまともに動けるようになるくらいだ。
これはおそらく、どんなに弱い魔王が相手でもそうだろう。いわば魔王の殺気が乗せられた魔力に対し、人間の肉体という器が堪え切れないのだ。なにせ、どんなに弱かろうが魔王は魔王。余剰魔力だけで大陸の天候を変貌させている存在。だからこそ、各大陸は魔王が統治しているといえるのだ。
少しばかり本気を見せてやろうか。……いや、さっきまでも普通に本気だったけど。
ちょっと言い方があれだな。
本気ではあったけれど、全力ではなかったって感じ?
「全力の本気の一端をお見せしよう。刮目せよ」
にたり、と口角を持ち上げる。見回した感じ、全員の顔が強張ったのを感じる。……ああ、俺の狙いの対象だけはそうでもないな。アレ、感情というか心が壊れてるのか? いや、壊れかけって感じか。
まあ、どうでもいいけど。
「これが俺の全力で本気の——」
右腕を引き、突きの姿勢へ。さらに腰を落とし、前方へ駆け出す構えを悠長に取る。
さて、みんな反応したな? 俺が駆け出すってわかってるな? よーし、重畳、重畳。
これで横にぴょーんて飛んだらびっくりするかな? しないけどさ。
「——お仕置きだっ!」
放たれた矢の如く、俺の身体が加速する。
みしみしと身体が軋む音が骨を伝って鼓膜に伝わる。
あまりの加速度で意識が見えざる手で圧し潰されそうな錯覚。
それらをすべて振り払い、尚も加速する。
「見え——」
「さ——」
「リ——」
音を超えたわけではない。当然光より速く動けるわけもない。
けれども俺が超速度で動けば、その分、僅かではあれど音が俺の場まで到達するには僅かなタイムラグが発生する。
さらにさらに、俺は常日頃から意識の裏を衝くのがもう癖になっちゃって癖になっちゃって。そんなわけで、余計に連中が俺の動きに気付けるまでのタイムラグが生じ、もう気分は音を超えたと言っていい。いやむしろ俺自身が音と言っていい。さすがにそれは嘘か。
いやはや、調子が良いぞ。いやいや、気分が良いと言うべきか?
俺は左腕がない関係上、本来のレベル通りのステータスを発揮できない。敏捷性や加速度とかもそう。けれども、突きに関してだけは左腕の損失があって尚、一定以上の速度を確保できる。
そう。俺の気分が良いのはただ単に、本来のステータスの力を発揮できたからに過ぎない。
決してこの後のお仕置きにワクワクしているわけではないのだ!
「迂っ」
「遅い」
後の先か先の後かなんてものはどうでもいい。そんなもの、俺が真面目になったからには関係ない。徹底的な先読みと戦闘構築から相手を誘導することで流れを自前のものにする。
知らず知らずのうちに、相手をすべて自前の陣に引きずり込む。
ああ、そういえば、蜘蛛とかって死の間際に俺を罵倒したヤツがいたっけな。アラクネの癖に。誰が蜘蛛やねん。手足は八本はおろか、四本どころか三本しかないってーの。
「とおーっ!」
「ぴいぃっ!?」
おや? 思いの外可愛らしい声の悲鳴を上げたな。一瞬で背後に回って尻を剣の峰でぶっ叩いただけなんだけど。まあ三日三晩は腫れてまともに座れんだろうな! なんなら痔持ちになるかもな! ざまあ!
「リ、リンちゃーんっ!」
「おまえ! リンに何を!」
「尻をぶっ叩いただけだ」
「それはいいから足を下ろしなさいよ!」
「そうですよ! いたいけな少女のお、おしりを足蹴にするなんて! 何を考えているのですか!」
えー。俺をマジで殺しに来たやつにこの程度のお仕置きで済ませた俺のが寛容じゃない? むしろこいつら寛容さ無さ過ぎじゃない? やはり俺が正義だったか。
まあ口しか出せない有象無象は無視しよう。戦闘音の感じ、あちらでもトールたちはうまく戦えているみたいだ。さすがにここ一ヶ月ほど、この洞窟で鍛えてやった甲斐があったようだ。こちらも終わらせるとしよう。
「邪眼持ちたぁ、随分レアだな?」
「ッッッ!!」
四つん這いになって伏している黒豹の獣人のリンの尻に足を置いて、ついでにぶっ叩いた場所をぐりぐりと踏み躙りながら告げる。
ちらりと視線を上げてみるが、リンが邪眼を持っているというのを他の誰も知らないみたいだ。なんでだろうか? 仲間じゃないの? まあいいか。というか……邪眼知らないとかいうことないよな?
「じゃ……邪眼、ですって?」
「そんな馬鹿な……」
あ、馬鹿なのは他の連中だけか。ルミナークとメシアは知ってたみたいだ。折角なので解説しておこう。俺がリンを人質(?)にしてる関係か、攻めて来ないようだし。
「邪眼は魔眼と似てるが、一線を画すモノだ。異能と言ってもいいか」
俺が説明を始めると、足元のリンがびくんと跳ねた。
魔眼はスキルだ。特殊な内容になるが、種族やロールが合えば後天的に修得することができる。「勇者」はどう足掻いても無理だけど。俺の右目は魔具なので、そういうのは別。
スキルのレベルアップに応じ、魔眼の効果……つまりは威力を底上げしたり、効果範囲を広げたり、消費魔力量を減らしたりすることができる。発動時には瞳の色が一時的に変化し、それで魔眼の詳しい能力を見破ることができる。たとえば〈麻痺の魔眼〉だったり〈脱力の魔眼〉だったりという風に。
「ただし邪眼は違う。邪眼は先天的なもので、後天的に修得することは不可能だ。たとえ眼球を抉り取ったとしても、脳や本人の魔力と直結しているから移植することもできない」
「……なんでそんなえげつねえ話を知ってやがる。やっぱテメエ……」
「おっさん、おっさん? なんか変な誤解してるかもしれんが、これ色んな魔王軍が実験してるからな? 教会でも伝わってるはずだぞ? かつての『勇者』たちが暴いた情報だしな」
むしろ冒険者やっててなんで知らないの? 危ないよ?
おっさんやソフィアたちがメシアに視線をやると、彼女は冷や汗を垂らし、眉間にシワを寄せながら頷いた。てかソフィアも知らんのかい。どうなってんだ最近の勇者養成所は。マジで。
「本当です。邪眼持ちは数こそ少ないですが非常に危険ですし、それらの理由から各魔王軍に狙われています。そのため、発見されれば教会で保護されることになっています」
邪眼の何がヤバいって、とりあえず全部ヤバい。魔眼なんてワケないほど凄まじい威力を誇る。魔眼のスキルレベルが上がった際に割り振るボーナスポイントだが、当たり前だが威力や範囲、魔力消費量とかすべてに満遍なく割り振れるわけじゃない。割り振ったところで、最大レベルに達しても中途半端になってしまうのがオチだ。けれども、邪眼はただそれだけで、魔眼のすべてのポイントを最大まで割り振ったソレを容易く超える。同系統の場合、魔眼は絶対に邪眼を超えることができないのだ。
さてさて。それならば非常に有力だ。なのに、何故それが”邪”眼なんて呼ばれているのか。
「邪眼の最大にヤバいところはな、本人ですら制御が利かない点だ。視認したら、そのすべてを対象として効果を発現させる。最早権能とすら呼べるな」
「ちょ、っと、待ってよ……『欠落』さん。じゃあ、リンちゃんは……」
「ああ、失明してるわけじゃない。むしろ邪眼持ちの視力は滅茶苦茶良いはずだぞ? 生まれつき魔力が普通より通うようになってるんだからな」
わざわざ魔力を回して視力を強化する必要がない。というより、常時強化されているのだ。それもこれも、邪眼を確実に敵にぶつけるためなのだが、それで却って日常生活を困難にさせてるってのは皮肉だよな、ハハハ。笑える。
「邪眼は生来のモノだ。スキルでもなんでもないから、目を開かせて効果を発動させるまで、絶対に判別することはできない。数十年か百年前か忘れたけど、人間でも邪眼狩りってあったはずだぞ? 魔族と取引して手に入れた邪悪な力ってことで。皮肉な話だけど、それで邪眼の正確な能力が判明したわけだが」
「そんな、ことって——」
「いや、普通にこの世の中で有り触れた話だろ。今更憐れむのも筋違いだ。そういう歴史があったってだけでしかない」
あれ? むしろ俺は慰めたつもりなんだけど睨まれた。解せん。
ああそうか。心に余裕がないから人の優しさを素直に受け入れることができないんだな。可哀想なやつらめ。実にいみじき生物どもよ。ここは余裕ある俺が凝り固まった考えを解してやるべきか。ついでにその身体も揉み解してやるのも吝かではない。おっさんは死ね。土に還れ。
「てかな、ど〜〜っでもいいんだわ、そんな話。過去に何があったとしても、今生きてる人間とかにそんなん関係ないし」
今生きてる人間にまでまとわりつき、その歩みを止めようとする過去なんて要らない。
そんなものは意思の剣で切り裂き、不退転の覚悟で引き千切って進めばいいだけなのだ。
過去というのはただ歩いてきた軌跡に過ぎない。その轍を辿って見知らぬ未来を既知と成し、さらにその先の道程を明るく照らすために堆積された知識の灯だ。
導きの灯に意思など要らない。感情なんて必要ない。それは先を行く足を持つ生者にのみ与えられた特権。それを過去なんてつまらないモノに誘導されるなんて間違っている。
そう。だから——そういったモノこそが、過去の亡者と呼ばれるのだろう。
「他の誰がなんと言おうと関係ない。決めるのはいつだってその場に立って生きている人間だけだ。邪眼が邪悪だなんだつって、そんなんどうでもいいだろ。危険ならその危険を理解してうまく付き合えばいいだけの話。そのために要るのが過去なんであって、危険だからってなんでもかんでも封印するのは、むしろ過去への冒涜だ」
リンの尻から足を離し、けど軽く蹴っておく。痛いのか「みぎゃっ」と鳴いた気がするが気にしない。気のせいってことにしておこう。いやほら、俺まだ頸動脈搔っ捌かれたの怒ってるし? 直接ではないけど、間接的に切ったのこいつのせいだし? 怒りの感情は軽いものなら取り戻してるからね。一定以上はまだ取り戻してないからリミッターかかってるけれども。
「いんじゃね、別に。幸い獣人だから嗅覚だけでも生活できるみたいだし。邪眼は必要なときだけ使ってるみたいだし。問題ないでしょ。ああ、けどただひとつ、教えておかなきゃいけないことがあるな」
そう。俺がやりたかったことはこの後。
バケモノと呼ばれてイラッとしたけど、まあ、理解できないほど強大な存在を容易くそう呼んでしまうのも理解できるから、そこまで怒ってはいない。
ただ、調子に乗らないよう、釘を刺す必要がある。
バケモノだというなら——それを倒せると勘違いされてもらっては困るのだ。
なに、単純な話。動物として当然のこと。上と下を理解させるってことだ。獣人だし丁度いい。
剣を手放してリンの髪を掴み、引き上げる。ソフィアやルミナークが俺を止めようとしたが、視線で威圧して動けなくさせる。魔王級ではないが、そこそこ強めの殺気を込めた威圧だ。動けまい。
そうしてリンの顔をこちらに向けさせる。怯えた様子で青ざめているが、長い睫毛で目は閉じられている。
「開け」
「————ッ!?」
俺の言った意味が一瞬理解できなかったのだろう。邪眼持ちだからこそ、余計に。
邪眼なんてシロモノ、普通の生物は持て余す。
邪眼は先天性、つまりは生来のモノだ。どういった理由で発現されるのかは不明だが、同じ邪眼持ちはいないとされている。けれども、実際は単純に邪眼持ちが満足に成長できる前に死ぬからではないだろうかと俺は思う。なにせ、生まれた時には既にその異能を有しているのだ。リンの瞳は生後間もない段階から、母だろうが父だろうが関係なく、目に入る存在をすべて麻痺させて来たのだろう。むしろこの歳まで生きてこられているのが奇跡のようなものだ。
だからこその邪眼。持ち主に不幸しか与えない呪われた瞳。
ああ、うん、そうだ。俺は上下関係を認識させたいのもあるが、それ以上に——それとうまく付き合おうとしてきて、付き合ってきたこいつのこれまでを好意的に受け取っているのだろう。
だから、ある意味、これは祝福だ。
俺が俺だからこそ与えられる祝福。
「へえ、金色なんだな、〈麻痺の邪眼〉ってのは」
「不可——、理解不能——っ!」
色素の薄い、白色混じりの金眼に俺の顔が映っている。しかしながら、当然俺は問題ない。既にソレは一度受けた効果だ。
「喜べよ。俺はたぶん、おまえがこの世で唯一、その邪眼を用いても麻痺させられない存在だ」
「——————っっ!!?」
だから天敵だと。
だから敵ではないと。
そう伝えたいのだ、俺は。
小動物がむやみやたらと牙を剥くのは、それが怖いからだ。己を守ることで必死だからだ。
だから俺は彼女に伝えてやるのだ。おまえは所詮俺の敵にすらなれないのだ、と。
そして、そうある限り、わざわざ殺しにも行かない、とも。
「……お」
そして直感的に、自分が新たなスキルを獲得したのを理解する。たぶん〈麻痺無効〉とかだろう。普通なら人間種である以上は決して手に入れられない無効系スキル。つまりは、これが修得方法だ。
〈状態異常耐性〉と〈状態異常回復〉のスキルを最大まで上げた状態で尚且つ、邪眼の一撃を喰らうこと。そうすることで、該当する邪眼系統の状態異常を完全に無効するスキルが手に入る。ぶっちゃけここまでスキルレベルを上げているとオマケ程度でしかないが、一応状態異常が通る可能性も考えると、無効というのはありがたい。
リンの目が揺れる。俺以外は視界に入れないようにしているのだろう。この状況下で他に助けを求めないのは立派だ。まあ助けを求めようとして視界に入れたら、その対象が麻痺ってしまうから当然なのだが、精神的強度が高くないとできないだろう。立派立派。メイとかエミリーなら絶対俺見るしな。
ついでに誤解も解いておこう。
「ああ、おまえの弟にトドメを刺したのは俺だが、もう瀕死だったぞ?」
「——!!!」
「最期の頼みで俺に殺してくれって言ってたしな。理由も聞いたし、理解している。おまえの弟な、すげえ立派な理由で死んでいったぞ。おまえは姉として誇って良い。俺もできれば殺したくなかったくらいだ」
うん、本当に。こいつの弟の情報がなければ——下手すれば、俺ですら破れていたかもしれない。時間が許してしまえばそれこそ、他の魔王たちでも勝てないかもしれない正真正銘のバケモノが生まれようとしているのだ。
そして俺が感情を……失われた俺の破片を取り戻すのに必要な過程で、絶対に俺はソレと相対することになる。
リンの弟はある意味で、俺の命を救ったと言える。だから、俺はそれに報いようと思ったのだ。
だから、告げてやる。
「あとでおまえの弟の墓まで連れていってやる。骨もあるから、なんなら持ってけ」
「……感謝、す、る……」
リンはそれだけ告げると、金色の両目から滂沱の涙を流した。
たとえその瞳が邪眼だったとしても、そこから流れる涙は他の誰もと同じく、透明だった。
「……良い話では、終わらせないっ」
「アイシャッ!?」
胸に顔を埋めるリンを支えることで腕の自由を失った俺へ、アイシャが刃を突きつけ迫って来た。
次の投稿は7月10日の火曜日かと思われます