7-16
お久しぶりです
背に展開した加護は「地龍」「緋龍」「蒼白龍」の三種。細長い菱形のようにも見えるこれはその実、棺桶だ。
加護を施す超越者のランクにより、加護は上位と下位に別れる。簡単にいえば、下位は常時発動で、上位は限定的に発動させるもの。アクティブなものの方が起動条件は重いものの、一時的なブーストとしては下位と比較にならないものとなる。天と地の差といってもいいし、俺と他の塵芥の存在くらいの差といってもいいだろう。つまり俺も超越者を名乗っていいということだ。さすが俺。俺こそがジャスティス。
「何勝ち誇った面してんだオラァ!」
「——ハ、馬鹿め」
にやり、と口角を持ち上げる。そのまま「暗殺者」のおっさんが仕掛けてきた蹴りを十分な距離を取って回避する。案の定、蹴りの際に爪先からはほんの一瞬だけ、鋭い刺が伸びていた。
これこそが「暗殺者」の脅威。隠し武器とも暗器とも呼ばれる武器を手足に隠し、虚を衝く形で予測を裏切り、相手の思考を誘導する。パッシブスキルで相手の精神を乱すものもあったはずだ。俺には効かんが。レベルが違うよレベルが。
「この俺様がおまえらみたいな雑魚に負けるわけがないだろうが。『英雄』亡き後、俺を脅かすヤツなんぞ居やしないのだよ。即ち俺がいる時点で勝ち決定だ!」
「馬鹿じゃないの!?」
おのれルミナーク! 岩壁の向こうからでもツッコミを忘れないとはちょこざいな!
それはともかく。調子に乗った部分がないわけではないけれど、加護を三重起動だ。只者じゃないというのは誰が見てもわかるだろう。
俺が「英雄の勇者」だとバレても困るのでわざとらしく「違いますよ」とアピールしてみた。まあバレたところで悪魔の呪いが発動するだけなのだが、100%確信を持たない限りは発動しないのは実験済みだ。「欠落」になって以降、適当な魔族を使って試したからな。ちなみに、自分から名乗った場合は相手が信じようと信じまいと即アウトだった。だから今のところはセーフとアウトの間を取ってセウトってところだな。
「……っと」
「失。再。殺!」
「なんだこれ……」
俺が思考に頭を振ったのは一瞬だった。その時点ではこのリンという黒豹の獣人はまだ遠い位置にいたはずだが……速い。それも瞬発力に長けたタイプ。
普通に考えれば俺の最も不利な相手なのだが、先日相手をしたアキツに比べれば遅い。容易に攻撃を回避して反撃を叩き込んだはずなのに……何故か、攻撃されていたのは俺だった。
「っと、わっつ、うおぉっ!?」
「なんで避けられる!?」
おっさんがうるさい! 黙っとれ! 喋っていいのは可愛い娘だけだ!
「つおおおおおおっ!?」
などと馬鹿げた台詞を口走る余裕もない!
たまらず大きく後退し、リンの追撃へ魔法を放ち、彼女を止める一方で俺は反動によってさらに距離を確保した。
「どうなってやがる?」
おかしい。異常事態だ。
戦闘というのは力量差があろうとなかろうと、互いに行動を取り合う形になる。
攻撃側と防御側はそれぞれ行動を同時にするのだ。遊戯のようにターン制なんてものが実戦にないのは確かで、速度が高い方がイニシアチブを一方的に握れる。そういう点では、彼女が先手を取れるというのはわかる。
しかし——先手を取っているのは俺なのだ。だからこそ、おかしい。異常事態だ。
俺が攻撃を繰り出そうとしたときには、既にヤツの刃が俺の急所を狙っていた。もしも気付くのが一拍でも遅れれば、さも自殺志願者のように自分から死を迎え入れていたことだろう。
「スキルか? いや、魔力の反応はない……」
「あああああああっ!!」
「わたしもっ!」
「ちっ!」
左右斜めからアイシャとソフィアが刃を手にやってくる。俺の足止めで少し遅れ、リンが正面から。おっさんは……おそらく俺の行動を見てから一気にやってくるだろう。「暗殺者」は敏捷力が「勇者」以上に伸びるからな。
さて、どうするか。
「こうしよう」
「うあっ!?」
「ぐっ!?」
「不! 糞!」
リンがどのようにして俺の後の先を取ったのかはわからないが、似たようなことなら俺にだってできる。
先程使った「地殻術式」は自身の魔力を流すことによって、周囲の地面などを自在に操ることのできる魔法だ。魔力を操作することにより、その形に沿うように地面の方が変形するといったもの。
この魔法の良いところは「術式」であるという点。つまり他の魔法と違い、一発ぶっ放して終わりではないのだ。さながら結界系の如く、一定時間の間は俺の制御下に置くことができる。
ましてや俺の行使した「地殻術式」は地龍の加護を乗せたもの。ここら一体は俺の縄張り、体内も同然。やはり先んじて俺は勝ってしまっているのだ。敗北を知りたい。
ところで俺が何をしたかというと、やつらが突っ込んで来る場所に合わせて地面を変形し、馬防柵のように出現させたのだ。
「はーっはっはっは! 馬鹿め! 自分から突っ込むとはな! イノシシかおまえらは、頭を使え! いや、馬同然だからまんまとハマるんだな? 馬鹿とはこのことだ! あーっはっはっは!」
とりあえず悔しがってるみたいだから煽っとう的なノリで煽っておく。油断大敵? 俺には関係のない言葉ですねえ。
「見えている」
「ちっ!!」
最も俺に近寄れたのはアイシャだった。その影から飛来する——おそらくは毒ナイフを避けた後、ナイフを投擲したのとはまるで違う場所からやって来たおっさんへ剣を振るって遠ざける。仕留めてしまっても良かったかもしれないが、それは今後の展開を考えると良くない。
ソフィアたちだけならばあっさり片付けても良かったが、それでは俺の目論みに人数が足りないし。案の定他の連中もやって来てくれたが、そいつらには俺の強さを理解させねばならない。
初対面の相手を信用できないというのは誰もが同じだ。まして、俺には信頼なんて感情が今はない。悪魔と契約で渡してしまったからだ。
ゆえに俺が信用するのは己自身。この肉体と経験、そして知識のみ。
それでやつらに反抗する気力を完全に失わせ、手足にさせるのだ。
そのためには、過剰なくらい圧倒的にやつらを屈服させねばならない。過剰過ぎる力を見せるつもりはないから、加護は三重で十分だけれども。
「『欠落』さん……本当にどうしちゃったの?」
「敵を相手に何馴れ合いを始めるつもりだ、ソフィア」
「っ」
悲痛に顔を引き攣らせるソフィア。残念だが、今の俺はそんな表情を見てもなんとも思わないぞ。そんなものは失ってしまっているから。
「母さんのっ!」
「!」
「アイシャ!?」
急速に魔力が一点に収束しているのを感じ、ぞくりと肌が粟立つ。
これは恐怖によるものではない。その感情も俺にはない。この鳥肌は冷気による肉体の反応だ。
「母さん、ね。なるほど、話が読めてきたぞ。そりゃあ相性も良いはずだ」
アイシャの言う「母さん」というのは十中八九、彼女の加護になっている超越者だろう。たぶん元から彼女の適正は氷属性なのだろうが、それに加えて上位加護を与えるほどの超越者が子として育てたのだ。ならばこそ、彼女の魔力そのものが限りなく超越者のソレに近付いていてもおかしくない。
元々、氷属性というのは扱い難い属性だ。水と風という二つの属性を合成しなければ使えないためである。必要な魔力量は多いのに、効果は他のものと大差ないといえばその扱い難さは誰もが理解できる。
けれども、生まれながらの魔力の質がそれに近しいのなら話は別だ。また、氷属性の加護を持っているなら尚更である。そうであれば他の魔法と同じく、普通の魔力消費量で氷属性魔法を使える。むしろ威力は上がり、尚且つ凍結などの追加効果も発生するし、行使速度も早くなると良いこと尽くめである。俺が氷属性をよく使う理由の一端でもあるな。
「——仇ぃぃぃっ!!」
絶叫と共に放たれた白閃光。その正体は「白夜の閃光」で、よくよく俺も使う魔法だ。ただ、俺が普段使うのに比べれば倍以上の出力を誇る。
「けれども、それじゃあまだ足りない」
俺が発動させるのは闇属性魔法「遮断する拒絶の鎖」。さすがに加護の乗った攻撃に加護のない魔法では完全に防ぐことができないので、捩じ曲げる程度だ。ただ、魔法は使いよう。捩じ曲げた白閃光の行き先を「暗殺者」のおっさんへ向ける。
「ばっ!? なんじゃそりゃあ!」
おっさんは間一髪で白閃光を避けた。やはり瞬発力が良いな。いつでも動けるよう準備はしていたのだろうが、半ば不意打ちの一撃になっていたはず。見てから回避とは素晴らしい。
予想外の儲け物に、思わず口角を持ち上げ舌舐めずり。唇を湿らし、次の魔法を準備する。
「このおおおっ!」
「おっと? 大人しくしとけよソフィア」
「うるさいっ! さっきからわけわかんないことばっかり!」
切り込んで来たソフィアの聖剣を弾き返すが、彼女はバランスを崩すことなく次手の攻撃を放ってくる。剣戟が噛み合い、火花が散る。
「……成長したな。びっくりした」
「う、うるさいっ! 今更褒めたって嬉しくなんてないんだからね!」
いやおまえ今一瞬にやけただろ。俺の動体視力を舐めるな。こればっかりは隻腕隻眼だろうが落ちないぞ。レベル相応だ。
ただ、驚いたのは本当。俺が最後に彼女を見たのはいつだったか。あの頃より遥かに速く、重い。それなりに力を込めて弾いているつもりだが、彼女はバランスを崩さないのだ。これは脅威的なことだ。200レベル程度じゃバランスを崩すはずなのだが……いつの間にこれほどレベルを上げたのか。
「無茶したな、おまえ……」
「うるさいうるさいうるさーいっ!」
怒りと興奮に紅潮しながら、ソフィアは剣を振るい続ける。
『ようし! 今ですっ!』
「むっ!?」
「あっ!?」
ソフィアの上段からの踏み込み切りを防いだ瞬間、聖剣が輝きを放った。目眩しかと思ったが違い、俺の手にしていた片手剣へ負の付与が掛かる。べごん、と鈍い音を立てて鋼の剣は折れるのではなく、曲がる。
当然ながら、そのまま彼女の刃は俺へと突き刺さることになる。
「ふんっ」
「うえええっ!?」
『嘘でしょう!?』
何を驚いているのか。まさかこの俺が、武器が急に折れたり曲がったりした程度で慌てるとでも?
武器が曲がったのを衝撃で感知し次第即座に手放し、武器を握っていた右手を開いて閉じる。するとどうなるか? 聖剣は俺の親指と人差し指の間で止まるんだなあ、これが。
「普通、隻腕になったら戦いを辞めるだろう? それを辞めずにこうして戦ってるんだ。どうあっても対処できるよう鍛えているのは当たり前だろうが」
「鍛えてるっていう範疇を超えてるよそれは!」
『いだだだだだだっ! 折れる! 折れちゃいますぅ!』
折ってやろうかクソ剣めが!
「良い調子だお嬢ちゃん! そのまんま止めてろ!」
「おのれ小癪な! 相手が無抵抗なときだけしか攻めて来れんのか弱虫!」
「敵を倒せるなら弱虫で結構!」
ちっ。やはり一番厄介なのはこのおっさんだな。
レベルの高さは確かに重要だ。では同レベル帯であるなら次に重要なのは何だろうか?
魔法か? それともスキルか? あるいは技術か?
どれも大切なのは変わらない。けれども、俺が一番重要だと思っているのは、判断力と決断力、そしてその二つを安定させて発揮させる精神力。
これらは幾多の死線を潜り、経験を積まねば決して手にすることはできない。そのうえ、決して失うことのないものだ。技術は俺みたいに腕を切り落とされたら使えなくなったりするからな。
やつらのレベルはだいたい似たようなものだろう。ならば次点で重要とされる資質を育てているのはこのおっさんだ。トールたちでは決して相手にさせることはできない。
事実、このおっさんは攻撃の際に発言したりしなかったりする。ソフィアと同じパーティということもないだろうから、おそらくは今回の盗賊退治に関係して組んだ臨時要因のはずだ。
そうなると重要なのは、誰が何をするのか、互いに理解させること。そのために攻撃の際に声出しするというのはとても大事なことだ。
だが、それは不意打ちを自ら消してしまうことと同意でもある。
おっさんはその点をよく理解している。だから必要なときだけ声を出し、そうでないときは黙って行動する。俺の挑発に乗ることもない。乗っているように見えるのは、俺を油断させるためだとよくわかる。
徹頭徹尾、実に熟練した「暗殺者」なのだ。
いやいや本当、こいつは欲しいな。待っていた甲斐があったというものだ。
「それはともかく武器が要るな。仕方ないか……」
おっさんが声を出したのは、ソフィアに俺を止めさせておくため。逆にいえば不意打ちでない分、多少ゆとりはある。
指で挟んだ聖剣を使って腕力任せにソフィアを振り回し、おっさんにぶつけてやろうと思ったときだった。
「————ッッッ!?」
ぞぐん。
そんな音が聞こえたかのようだった。
全身に電流が奔ったかのように身体が動かない。思わぬ事態に目を見開き呻こうとするが、それもできない。
完全な麻痺。この俺が状態異常を受けるだと!? つまりは——
「お仕舞いだ!」
身動きの一切を状態異常に奪われたまま、おっさんの振るう刃が俺の頸動脈を搔っ切った。
新連載始めています。よろしければどうぞ。
グリーン・インパクト
森人という超人が存在する、樹海に呑まれた世界
半人前の森人である柚希が一人前を目指して成長する話です
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