7-15
鬱陶しいワニの頭を投げ捨て、集まってきた連中を見回す。ちょっと生臭い気がするけど、我慢。変な汁が付いている気もするけど、それも我慢。
目の前には俺が裏ボスとして率いている盗賊団を成敗しようとやって来た勇敢な冒険者一同の姿が!
「えと…………『欠落』さん?」
「よう。おっすおっす」
あれ、なんか顔が歪んでいるのだけれど、どうしたソフィア。何か嫌なこととか心労とか溜まっているのだろうか。まだ俺より若いのに。
折角丁重におもてなししようと「盗賊のアジトならこれくらい要るだろ!」とてんこ盛りの罠を潜り抜けてきた連中へ笑顔を向けたのに、むしろ殺気を浴びせられているんですがこれは一体。
「見下げ果てたクズね。盗賊に身を落としてたなんて」
「相も変わらず失礼なやつだなおまえは。そんなだから目がキツネみたいに細っこいんだ」
「蛇みたいな目をしてるアンタに言われたくないわよ!」
なんだと!? このキリッと鋭い目を指して蛇と言うか! ルミナークとは気が合わんと初対面のときから思っていたが、審美眼ですら合わんとは思わなんだ。きっとこの女の好んで使うコップはドクロに違いない。
「あれ? というかおまえ——」
「臭。弟。剣」
なんで別のパーティにいたはずのルミナークとエイリークがソフィアと同行しているのだろうと浮かんだ疑問を訊ねようとしたのだが、それを遮るように獣人の女が口を開いた。開いたはいいが、何を言っているんだおまえは。
「さっぱりわからん。普通に喋れ、普通に」
「…………貴様の剣から、弟の血臭がする」
「喋れたの!?」
俺でなく、他の面々が驚いている。そりゃ喋れるだろう、口を開いているんだから。何を言っているんだおまえらは。
それにしても、俺の剣から血の臭い? そりゃ手入れも杜撰だからこびりついている血糊もないわけではないが……獣人のってことは、あいつかな。
「あれ? おまえオオカミじゃないのか。じゃあ黒豹の獣人か。それじゃあいつがおまえの弟か。やったやった。俺がトドメを刺した」
「————ッッ!!」
「待って」
まだ言いたいことはあったのだけれど、待てと言われたので待つ。いや、発言者は俺でなくあの獣人の娘に言いたいのだろうけれど。肩掴んでるし。
「訊きたいことがある。……あの、壁に突き刺さってるのって」
「ああ、あれ? 妖刀だな」
この世に四つ存在する至高の駄剣の一振りである。インテリジェンスソードなので至高と思考を掛けてみました。うまいと俺は思うのだけれど……くそ、ここに悪魔がいれば批評してもらえたやもしれんのに! ちょっと悔しい!
「妖刀……」
そうぽつりと呟いた彼女の表情から色が抜け落ちる。先程までも無表情に近いものだったが、無表情と顔色がないのとはまた別の話。
「アイシャ……」
「油断すんなよ、アイシャ」
「ケッ。おれが手を下すのは我慢してやるよ」
どうもあの女はアイシャというらしい。そしてその後ろにはエルフとおっさんと毛むくじゃらの獣人。こちらは犬のようだ。
「母さんの仇、討つ」
「む?」
「弟。仇。滅」
「おお?」
「アイシャ!? リンちゃん!?」
アイシャとリンというらしき黒豹の獣人の双方が俺へと血走った目で得物を抜く。獣人の方は目を閉じているから本当に血走っているのかわからんが。
「まあ、来るというなら迎え撃つまでだが。そう簡単に死ねると思うなよ?」
「『欠落』さんまで!」
こちらも片手剣を抜き、笑みを浮かべる。
さてさて、どれくらいの実力なのやら。レベルやステータスを確認してもいいが、直感的にそれはしない方が良さげだと思うのでやめておく。
ところで弟の仇というのは誤解があるようなないような。あと母の仇って何。
そして今更ながら気付いたが、今の俺の台詞本当悪役だな。単純にこいつらを利用しようと思っている手前、死なれたら困るというだけの話なのだが。もうほんと俺って口下手さん。
「ちゅーかトールとかメイは何してらっしゃる。さっさと出て来んかい」
俺一人でこいつら全員相手するのはさすがにしんどいぞ。殺していいなら話は別だが、生け捕りにすることを考えるとマズ過ぎる。魔法の類がほとんど封印されてるようなもんじゃないか。
そんなことを考えて視線を奥の大部屋へ向けた直後——鞘走る銀閃の音。
「ぬ」
「ッ」
不可視の刺突が心臓へ飛来する。俺のレベルの〈魔力感知〉でギリギリ感知できる範囲と、〈身体強化〉で小さな音が拾える程度。こいつもしや「暗殺者」か?
「や、違うな」
「止めやがった!?」
なんか連中びっくりしてるけどそりゃ止めますがな。こっちだって死にたくはないのだから。
「さて」
「失」
ひょいと頭を下げ、首を狙った刀の一閃を回避。リンの動きは「暗殺者」のそれだが、スキルを盛っていないことを考えるにロールは違うな。「暗殺者」なら最初の一撃に限り必中となる〈初撃〉のスキルを確実に使うはずだ。もっとも当たるというだけなので、クリティカルヒットか擦るだけでも当たるっちゃ当たるという一撃である。ゆえに「暗殺者」は武器に毒を仕込むのだが、それもなさそう。技量特化の「暗殺者」も当然存在するが、それでも〈初撃〉は必ずといっていいくらいに取得する。
身のこなしは中々のものだし、たぶん「暗殺者」に鍛えられたとかじゃなかろうか。優秀な「暗殺者」やその技量を持つ者は貴族たちからすれば、喉から手が出るほど欲しい人材である。単純な護衛もできるが、それ以上に諜報役として重宝できるからだ。……ダメだ、これはうまくないな。駄洒落道は険しい。
前後左右から揺さぶるように、寄せては返す波が如くしかけてくるアイシャとリン。それらを捌きつつ、さてどうしたものかと考えているのに。
考えもまとまらない内から火弾やらフレイルやらが飛来する。辛くも避け、叫ぶ。
「ちょ、暴力反対!」
「ふざけてんじゃないわよ!」
「そうですわ! 悪辣な盗賊の頭が何を言っているんですの!」
「お嬢様だと!?」
「ほ、褒められましたわっ」
「褒めとらんわ!」
ルミナークによくわからんドリル髪の推定お嬢様まで参戦して来やがった。
「あたしたちも行くよ」
「ん。『欠落』さん相手だと、油断はできない」
「そうですね。それでも、届くかどうか……」
「…………そうだね。今の『欠落』さんは盗賊……なら、捕まえて何してたか吐かせないと」
「そして尋問官ソフィアの子供には聞かせられないオトナの拷問時間が始まる」
「始まらないから!」
げっ。アイリーンにアリア、メシアにソフィアまで参戦とかアリか!?
「た、多数による少数への迫害だ! 多対一とは卑怯なり! 勇者の風上にも置けぬ!」
「『勇者』は大抵多数で戦うもんでしょうが!」
「それだと俺が魔王役になっちまうだろうが!」
「お似合いじゃないのよ!」
「なんだと!?」
うおおおおおお、マズいマズいマズい! 反撃してる暇がないザマス! お嬢様言葉が伝染った!?
冗談はさておき、頬を引き攣らせて矢継ぎ早に繰り出される攻撃を片手剣でとにかく弾き、流す。手数が尋常じゃない上に速い! 反撃を繰り出す余裕がどこにもない!
『悪に堕ちた「勇者」を成敗する時です!』
「あ、イラッとした。殺る気出てきた」
「セイちゃん黙ってて!」
そういえば駄剣の一振りをソフィアに押し付けたんだった。そうなれば、駄剣風情を調子に乗せるわけにはいかぬ。たとえ一対九という超劣勢だとしても獅子奮迅の気概で戦わねば。
「離れて——『青の氷檻』」
「っ! 『赤の火檻』!」
アイシャが放つ魔法は檻系の魔法。相手の行動を一定範囲に縛るもので、尚且つ術者から敵と睨んだ対象のステータスに影響を与える。「勇者」ロールの魔法ではなく、これは加護によって取得する魔法。つまりアイシャは氷属性の加護を持っているってことか!
「こっちも加護持ちか!」
「さすがに我らも加わるぞ」
「うし。そんじゃあ……」
「させん」
「メイたちが相手なのです……あ、メイはちょっと下がるのです……」
『ここに来て日和るのはナシよ、メイ!』
ここに来てようやくトールたちが参戦した! けど敵も増えた! 結果的に俺が相手する人数変わらんじゃねーか。
「……いや」
戦場は常に意識内に置いている。何処で何が起こっているのかを把握できるよう、知覚範囲は拡げている。
そうして考えて——厄介そうなのを俺が引き受けないと、最悪誰かが死ぬ。
こちらが相手を殺さないようにしているとはいえ、そんな理屈は相手には通らない。武器という他者を殺すための道具を所持している以上、「殺す気はなかった」なんて言葉は通じないのだ。
今後の予定には既にメイやトール、エミリーが組み込まれている。ここで大前提となる連中が失われるとなると、予定を大幅に変更せねばなるまい。それは面倒だ。
だから、今ここで面倒を先んじて処理しておこう。小火にきちんと対応することで大火を防ぐのだ。リスクマネジメントは慎重に。
「『地殻術式』」
魔力を右足を通じて地中へ伸ばす。直後にまともに立っていられない地震が起こる。大荒れの船を想定してもらえれば、まともに行動できる者など限られる。
「わっ!?」
「なんだ!?」
「『地殻術式』!? どうして……」
「この規模って、まさか地属性の加護を!?」
「トール! おまえらにはそっちを任せる!」
乱杭歯の如く地中から生える土の牙。意図的に回避ルートを作り出したそれにより、各自の移動先を限定させる。そうすることで、俺が狙った通りに戦況を誘導。
トール、メイ、エミリーにはアイリーン、アリア、犬の獣人、エイリーク、エルフの五人を相手させる。アイリーンとエイリークがいるから勢い余って殺すことはないだろうし、時間稼ぎとして働いてもらおう。
俺の方はソフィア、アイシャ、リン、ルミナーク、メシア……そして要注意のおっさんを。
「ち、分断されたか」
「おっさんは厄介そうだから、あっちに任せるわけにはいかんからな。俺が相手してやる。泣いて喜べ」
「どんだけ傲慢なんだ、テメエは。クソガキ風情が大口叩きやがって」
「馬鹿が。大口叩けるかどうかは個人で決まる。俺上、おまえ下。当たり前だろ?」
「おい『太陽』、どうなってんだコイツは」
「こういう人なんです……」
「大口に見合う実力持ちです。ご注意を」
「神も仏もありはしないわよね」
「俺が——俺こそが正義だ」
「盗賊に正義があってたまるか!」
まあこれで加護持ちってのはバラしたし。その分は使ってもいいだろうかね。ボーナスで氷属性の加護も乗せてやろう。
魔力を動員。加護を起動させる。
「なん……」
「私も、加護を起こす」
俺の発する魔力量に顔を顰めた面々だったが、アイシャだけは顔を歪めつつも鋭く尖った殺気を弛ませない。そして、彼女の発言。そうか、こいつの加護も上位のものだったか。
加護にはいくらかの種類、そして制約などがある。
基本的に加護を与える側は非常に強力な存在でなくてはならない。そうでなくても別に可能ではあるが、加護はその制約上「自身の能力を一部譲渡する」というものだ。つまり、加護を与える側はその身を切り取っているのと同じ。だからこそ、それでも平気なくらい強力な存在でないと、加護は渡さない。また認めた存在でないと加護はやらない。当然の話だ。
そして下位と上位の加護に別れる。下位の加護は想像しやすいものだ。その属性に応じた魔法を使いやすくなる。威力は上がるのに消費魔力量は減少するのだ。これらはパッシブスキル扱いで、常時発動。
対して上位の加護は下位の加護と違い、アクティブスキル扱い。自分の魔力で加護を起動し、循環させることで加護を与えた上位存在の魔力を使用することができる。消費魔力量は増大するわ常時魔力垂れ流しに近い状態になるわと、魔力的に大出血。ただし、放つ魔法などの威力は比較にならないほど上昇する他、上位存在のステータスを借り受けた状態になるため、身体能力が爆発的に上昇する。
「勇者」はステータスを上下させるスキルを自己修得しないがゆえに、こういった形で外部から取り入れる他ないのだ。
また、同じ種族の存在が同じ属性の魔法をぶつけた場合、より上位の加護を持つ者が勝つ。
さて、アイシャの持つ氷属性の加護は何かな? 果たして、俺の氷属性の加護を上回れているだろうか。
「なに、アレ……」
「見たことがない、けど……」
「おいアイシャ、アレって……」
「…………」
俺の背には長細い菱形の結晶のようなものが翼状に展開される。加護が起動化した影響だ。それぞれの属性の魔力結晶に近いもの。
起動したのは「地龍の加護」「緋龍の加護」「蒼白龍の加護」。
俺が持つエルダー級ドラゴンどもの加護を上回れるというなら、上回ってみるがいい。
エルダードラゴンたちの加護はそれぞれで名前が変わります。
エルダーでないドラゴンの場合「○○竜の加護」になります。竜と龍の違いですな。
より上位のエルダードラゴンほど、名は根源たる色に近付きます。例を挙げれば火龍〈赤龍。
あと上位になればなるほど加護起動時が派手になります←重要(テストに出る)
もっとも、どっかの孫馬鹿のエルダードラゴンたちの言う真のエルダードラゴンらはほぼ絶滅状態なので、その加護持ちはこの世に存在しません。過去にはいましたが、死んでいます。どっかの強欲な魔王とか。