7-14
「絶対に許さん」
「殺す。ぶっ殺す」
「ちくしょうが。ふざけやがって」
「最低最悪女の敵」
「殺」
「……荒れてるね」
「だねえ。気持ちはわかるけど」
「その、すまんかった」
「悪いことをしたと反省している」
殺気立ちながら罠を破壊する勢いで進む「太陽」と「餓狼」一行。もちろん勢いの話であり、罠を本当に破壊しているわけではない。
ただ、ひとつとして破壊しなかったというわけでもなかった。
斥候役であり「餓狼」の二つ名を持つグラジオはアールグランド大陸屈指の斥候だといっていい。人間という種族に限るのであれば、アールグランド最高の「盗賊」とすらいえるだろう。
そして、それに同行している「怪傑」の二つ名を持つアリアもまた、グラジオが賞讃するに値する力量の持ち主。ソフィアたちのパーティに入る前は義賊として肥え太った悪しき貴族から金銀宝石の類を盗んでいたのだから、グラジオと比べて若いとはいえ、経験としては甲乙付け難いものがある。
そんな二人をしてこの罠で埋め尽くされているが如き洞窟というのは、ある種の挑戦状のようなものだった。
彼らは知らないが、盗賊たちのいう第二罠網を越えて第三罠網と呼ばれるエリアに入る頃には互いの力量を把握し、それぞれ自分がもう一人いるかのような錯覚に陥るくらいの協力関係を作っている。
だからこそ、第三罠網を越えてからというもの、二人には余裕ができた。
つまるところ、罠を発見して回避するのではなく、その解除に臨んでみようというもの。
普通に考えれば時間が勿体ない。罠は見抜けるのだから、それを無視して盗賊たちに奇襲を仕掛けるべきだと誰もが言うだろう。実際、ルミナークやジーン、ヴィヴィアンたちはその提案を跳ねようとする。
逆に、メシアやシシリィ、エイリークたちは二人を積極的に肯定する。二人が共に提案するのだから、それなりの意味があるのだと理解して、だ。
アリアとグラジオが罠の解除を提案したのは、この罠を仕掛けた者——おそらくは盗賊団のリーダー——の性格を罠から推測するためだ。
罠を張るというのは単に小手先の技術さえ修めればいいという話ではない。むしろそれは前提としてあり「如何にして罠に掛かりやすくするか」こそが重要なのだ。
その事前アプローチのやり方から、仕手の思考誘導方法などを学ぶことができる。それはこの後の盗賊団との戦いでも役に立つ。
また、罠を解除することで安全な空間を作り出せるというのも重要だ。
罠を発見する斥候役の二人が非常に神経を磨り減らしているのも確かだが、ここまで二人は時間を節約するために罠を解除してはいない。つまり、他のメンバーたちも罠を避けるために疲労している。この後に戦いが待っているのだから、一度大休止を取るというのは決して責められる内容ではなかった。
振り返ってみれば、それもまた仕手側の策略だったのかもしれない。
さすがの二人も、罠を解除することで作動する罠があるだなんて思いもよらない——否。その考えが思い浮かんだとしても、まさか自分たちの背後に新たな罠が生まれるだなんて誰が思いつくだろう。
罠を発見できるのも解除できるのも、このメンバー内では斥候役の二人だけである。その二人が罠解除に精を出しているのだから、当然二人は隊列の最前列にいることになる。他のメンバーはというと、罠を解除こそしていないものの、どこにどんな罠があるか理解した上で、二人の背後に待機しているわけだ。
その状況で二人が罠を解除した瞬間、ちょうど仲間たちが待機している場所に新たな罠が張られるとなると、回避しようがない。
より正確な言い方をすれば——二人が罠を解除することで、眠っていた罠が目を覚ましてしまったのだ。
「うう、なんかまだネバネバしてる気がする……アイシャ、ちゃんと取ってくれたの?」
「うん。気の、せい」
起動させてしまった罠とは、水責めだった。
糸を引く粘度の高い透明な水……つまりローションが最前列にいた二人を除く全員に降り掛かったのだ。
さらにはそのローションには興奮剤が含まれていたようで、前衛ロールの人間たちは反射的にそれらを体内に入れないよう対応できたのだが、後衛ロールの人間は咄嗟に何事かと悲鳴を上げた拍子に吞み込んでしまったのだ。
メシアの回復魔法で興奮剤の効果はすぐに消すことができたし、ローションの粘つきもアイシャが氷魔法で水分を凝固させ、取り除くことで対処できた。
ただ、一度火が点いた頭まではどうしようもない。
良くも悪くも興奮剤のおかげなのか、疲労は無視できてしまっている。
ということで、斥候役二人に加え、魔法の罠も張り巡らされる第四罠網、さらには第五罠網をも破竹の勢いでソフィアたちは突き進むのだった。
□■□■
やがて、一行は扉の前に辿り着く。グラジオとアリアの二人で鍵がないこと、罠もないことを確認する。それでも扉を開けた瞬間に矢や魔法で射られる可能性はあるので、「勇者」の二人が揃って最前列に立つことになった。
「私が開けるね。アイシャは何かしかけられたら魔法をお願い」
「うん。準備はできた。みんなは?」
「大丈夫だ」
「目にモノ見せてやるわ……」
「あんなドロドロした汚水を……」
「いや、アレは汚水ではなくだな……」
「グラジオ、黙ってた方がいい」
「だね。ルナーが怒るのはまだわかるけど、シシリィもここまで怒るとはねえ」
アイリーンが頭を掻いてため息を零したが、すぐにシシリィに睨まれて頬を引き攣らせる。
「私はアレが何に使われるのか知っている」
「いやまあ、ね。女としてはわからんでもないが……」
「私の同胞たちが、アレの被害に遭っているかもしれないと思うだけで落ち着かんよ」
「む……」
シシリィはエルフだ。あまりにも場に馴染んでいたためか、あるいは「餓狼」のメンバーに獣人であるジーンがいたからか、アイリーンを含めて「太陽」のメンツは「餓狼」が人種を気にしない集団なのだと思ってしまったいた。
それは正しい。「餓狼」のリーダーであるグラジオも、パーティの支柱たる戦闘能力を持つアイシャも人種を気にしていない。
けれども、彼らがそれを気にしないということと、エルフであるシシリィが彼らの仲間に加わるということに因果関係はない。
容姿の優れたエルフという種族は絶えず人攫いに狙われているため、エルフはそれぞれの隠れ里から外に出ようとしない。それなのに、何故彼女はここにいるのか。
ただ、それを聞いていいのかどうかアイリーンたちは迷う。あまり個人の事情に軽々しく踏み込むというのは、冒険者としても人としてもマナー違反だ。
ただ当の本人はあっさりとしたもので、シシリィは訊ねられる前に答えた。
「私は奴隷として人身売買される同胞を助けることにしているのさ。もちろん、破壊活動で無理矢理奪うことはできない。なにせ、一応は”商品”なのだから、犯罪だ。そういう意味ではクェロと同じ立場ってことになる」
獣人とエルフ。人種は違えど、奴隷として売買されているというのは変わらない。
クェロは獣人を、シシリィはエルフを対象として、それらを真っ当な手段で解放させようとしていた。
ただし、シシリィ本人がエルフだ。いくら「魔導士」に「射手」というダブルローラーで高レベル冒険者な彼女であっても、昼夜間断なく立て続けに狙われてしまえば人攫いの魔手に掛かることは予想しやすい。そのため、自分の身の安全と合法的に金を大量に稼ぐ手段としても、有名なパーティに加わるというのは一石二鳥の手段だった。
また「餓狼」が育てた「盗賊」を他のパーティに加わらせたりするのもシシリィの提案である。ただ増え続ける人員を削減しなければならないという金銭面の問題解決も兼ね、そうした「盗賊」たちに奴隷となったエルフの情報を入手したならそれとなくシシリィに伝えるよう指示しているのだ。自分たちを育ててくれたパーティの幹部からの頼みであるため、誰もがそれに首肯で返してくれていた。
またエルフ狩りを行う連中を捕まえたり「盗賊」を育てる過程でシシリィも学んだことがある。それこそが今回の怒りにも繋がっていた。
エルフ狩りを行う連中が最も効果的だと思って利用している手段が、件のローションである。
ただの水からでなく、魔法で作り出した水で作り出したローションは薬草などから抽出した成分を普通の水以上に溶かす。ローションの本来の用途はマッサージであるためか、溶解する傾向の高い成分というのは主に疲労回復であったり塗布するだけで効果をもたらすものだった。作り出すのが「錬金術士」や「薬師」などのロール持ちならば、他の成分をさらに溶け込ませることができる。
そうして生み出されたのが催淫系ローションである。ハッキリいえば媚薬成分入りローションだ。
とはいえ魔力ステータスの高いエルフに即効性などない。ただ、エルフを追い詰める際にそれを交えることで、エルフ側の消耗が激しくなり、より安全に捕まえることができるというもの。
あるいはエルフ狩り側からすれば——捕まえてすぐに使えるというのが最大のメリットなのかもしれないが。
だから、催淫剤入りでなかったとはいえ、他の成分を溶け込ませたローションをぶちまけられるというのは、シシリィにとって堪え難いことであった。彼女が怒りに到った経緯に、興奮剤はあってもなくても大差なかった。
「そうかい。そんなら……」
「ああ。絶対に許さん。それに、エルフ狩りとも繋がっているかもしれないしな……」
怒りに顔を歪めてはいるものの、冷静さをまだ持っているとアイリーンは判断し、ソフィアへ親指をぐっと立てた。
「よし。それじゃ、行こうか」
「うん。行こう」
そして、ソフィアは扉を開け放つと同時に中へ飛び込み、腰の鞘から聖剣を解放する。
魔力を全身に纏い、何が起こっても対処できるよう最大の警戒をしながら、口を開いた。
「盗賊団! あなたたちを捕まえ——え?」
「は?」
「ん?」
間抜けな声は背後から。
しかし、それも致し方ないといえよう。ソフィアも口上を最後まで告げることができなかったのだから。
「フフフ——よくぞここまで来た、思慮の足らない愚かな冒険者どもよ」
広い空間に一人でいたのは……魔物なのかそうでないのか微妙なよくわからない存在だった。
声は男性のようだが、くぐもっていてよくわからない。
だが、どうしても……ソフィアにはソレが誰なのかわかってしまった気がした。いや、そんなはずはないと頭の中で必死に否定する。
「彼」ならば盗賊なんてしないハズだ——という普通の否定の仕方ではなく、自分の尊敬する「彼」があんな被り物をしているハズがないという否定。
いうなれば、自分が子供の頃信じていたヒーローが大人になったら物乞いしていたとか、好きだった人が鼻をほじっている様を見て幻滅したとか、そういう類の否定だった。
ソレは人の形をしていた。いや、一応は人だろう。左腕が肩の辺りからないが、人だ。
服はちょっと豪華だった。少し動物の毛皮使い過ぎじゃないかなとソフィアは思ったものの、豪華と呼べる範疇ではあった。悪趣味ではあったが。
左腰には片手剣が鞘に納められており、それが彼の得物なのだと理解する。
そして顔面なのだが——ワニの頭部を丸ごと使った被り物だった。
とても大きくて迫力があるはずなのに、威厳は何一つとして存在しない。
彼が何か喋るごとに口がパカパカ開閉し、光を失ってでろんとした眼球がピカッピカッと光る。子供受けしそうな一品だ。
「よくぞ俺の仕掛けさせた罠を搔い潜ってここまで——ああもう! 生臭いわァァァッ!!!!」
べしーん、と被り物のワニ頭を脱いで地面に叩き付け「なんでそこ加工してないんじゃあああ!」と怒鳴る何某。眼球が破裂したのか、涙を流したようにも見えるワニ頭。
けれど、ソフィアの目はその人物の表となった顔に向けられたまま。
「えと…………『欠落』さん?」
「よう。おっすおっす」
色々と大事なものがガッシャンガッシャン音を立てて崩れていくのを聞いた気がするソフィアだった。
ちょこちょこと手慰みに書いてたまるで別の話がある程度溜まったので、ひょっとすると別枠で投稿するかもです。
そんな暇があったら「欠落」書いてろとか言わない。その口撃は俺に効く。
投稿するとしたらこの章を書き終えてからになると思いますが、その際は活動報告を使おうと思います。
ところで活動報告の使い方よくわかってないどんぐりめに誰か教えてくださいませんか。どんぐりあげます。