7-13
今回は久しぶりにあの人が出てくるよ!
性格悪いあの人です。
「第二罠網突破されました」
「ちっ。思ったより早いじゃねえか。おいおまえ、頭に伝えに行け」
「へいっ」
ソフィアたちが盗賊のアジトに侵入したことは、盗賊団に筒抜けになっていた。
というのも、彼女たちが侵入してきたのはいわば表玄関であり、その行き来は常に盗賊たちによって監視されているのである。罠を張り巡らしているのもそのためだ。盗賊たちは普段裏口から出入りしていた。
ではどうやって彼女たちを監視しているのか。「太陽」も「餓狼」も白金階級の冒険者パーティだ。そう簡単に監視できるものではない。なにしろグラジオは一流の「盗賊」であり、斥候役。そしてアリアもそんなグラジオが認めるほどの力量だ。二人が監視に気付かないはずもない——普通ならば。
現在の盗賊団のリーダーである”お頭”に伝令役が走っていったのを見届け、監視していた者たちは感嘆の息を漏らす。
「いや、しかし……頭はすげえな」
「ですよね。だってあの人たち、一流の冒険者なんでしょ?」
「だって聞いたけどな。いや実際、あの罠の多さなのにこのスピードってのが信じらんねえよ」
「おれ、実験で第一罠網で引っ掛かりましたよ」
「それは情けなさ過ぎるだろう……。俺は一応第五罠網までは行けたが」
「すげえっすね」
「いや、そこで駄目だったけどな」
「まあ、アレは無理でしょ」
「だよなあ……」
最終防衛ラインとされる第五罠網を思い出し、二人は揃って乾いた笑みを浮かべた。
「ううん……一流が相手だからこそ、お頭のぶっ飛んだ強さがわかるな」
「そうですねえ……。人間びっくり箱みたいなもんですよね」
「ぶはっ! なんだそれ、ピッタリじゃねえか」
「ここもそうですし……第五罠網もそうですし」
二人が話しているのは表玄関から続く道の真横にある通路だ。
表玄関の通路は自然に生まれた洞窟であり、ここを本来の盗賊団は使っていた。罠を張るようになったのは”アネゴ”がやって来てからだが、それでもここまでではなかった。なにしろ、当時は表玄関も裏口もなかったのだから。
それが変わったのは”お頭”が現れてからである。彼は地属性の魔法を使うことで、自然の洞窟というアジトを丸ごと魔改造してしまっていた。
今二人がいる通路も同様だ。そう、二人がいるのは通路なのだ。壁を触ればつるりとしているし、天井には魔力を吸わせることで発光する特殊なコケが生している。これもお頭が木属性の魔法で生やしたものだ。
通路から洞窟を見張るのはお頭が連れていた妖精が付与させた精霊魔法らしい。そして精霊魔法を維持するために、通路には一定間隔で氷柱が配置されていてひんやりしている。普通なら冷えるのだが、アールグランド大陸の洞窟内ということもあって丁度いいくらいの温度と湿度だった。
驚くべきことに、この盗賊団のアジトはアールグランド大陸屈指の住環境が整っているのである。
だからだろうか。お頭が現れた当初はその過激で奔放な性格に合わず抜けて行った者も出たが、ある程度共に過ごした者たちはもうこの場を出ようとしない。むしろ崇拝の念すら抱くくらいである。この場にいる二人もお頭を悪く言って笑ったりはするものの、本気で彼を嫌っているわけではなかった。
「お、連中第三罠網に入りそうだぞ」
「あそこからどういう罠になるんでしたっけ?」
「第一が糸の罠ばっかだろ? 第二がスイッチの罠だったな」
「あー。触ったら駄目なスイッチが地面に張り巡らされてるんでしたっけ?」
「そうそう。第三は〈魔力感知〉の罠だってよ」
「……えげつない」
「だよなあ」
第三罠網ではこれまでのような物理的な罠以外に魔法を用いた罠がある。これはまず〈魔力感知〉が使えない者は罠に気付けないので、「盗賊」として罠感知の技術に長けているだけでは越えることができない罠ゾーンである。
ちなみに物理的な罠に掛かった場合は落とし穴に落ちる。魔法的な罠に気付けなかった場合は水で押し流されるといった感じだ。
「そう考えると、あの四宝剣に寄生されてた人って凄かったんですね」
「操られてただけだから、妖刀が凄かったっていうべきじゃねえか?」
彼らが思い出すのは先日、お頭が相手の油断を衝いて殺した一人の剣客。後になって武器にしていたものが四宝剣が一振りである妖刀だと知り、そのうえ担い手を操るということに怯えたものだった。今ではお頭によって壁に刺さられているが。鍔の辺りまでズッポリと。
「ま、深いことは考えずに見張ろうぜ」
「どこまで行けると思います?」
「お、賭けるか?」
「みんな賭けてるでしょうしねえ……」
彼らがのほほんとしており、アジトに侵入されているというのに落ち着いているのは、それがすべてお頭の指示だからである。
『侵入者は放っとけ。中に入れるなら入れるで俺がテストする。入れないようならどうでもいい』
お頭が何を企んでいるのかわからない。
けれども、自分たちの運命はもうあの人に懸けている。
この考えは今や盗賊たちほぼ全員が共通していた。
当人の思惑はともかく、これほどの環境を与えてくれるような人間などいやしない。普通の盗賊であれば、アジトに侵入者がいれば迎え撃つものだ。そして何人かが殺されたりする。
この盗賊団ではそれがない。危険があるとすれば獲物を襲撃するときくらいで、それにしたって様々な形で相手に力を発揮できないようにしてから襲うため、危険はほぼない。怪我をしても、お頭の”左腕”とも呼ばれる女騎士によって治療してもらえる。
住んでみれば、外の暑さが嘘に思えるくらい涼しい。自由に女を抱けないという苦悩はあるが、それでも襲って手に入れた奴隷たちや捕まえた女商人、その護衛だった女冒険者たちなどと恋仲になれば問題ない。
いまや快適過ぎて、護衛だった冒険者たちのうち、少なくない数が盗賊に寝返っていたりもする。また奴隷だった者たちはお頭の「興味ない」という一言で解放され、こちらもまた盗賊になっている。
この盗賊団は少しずつ戦力を増強していたのだった。
□■□■
「ご主人様ー。ソフィアさんたちどんどん中に入って来てるらしいのです」
「ほーん」
やるやんけ。あのちんちくりん共も成長しているらしい。
こんにちは、「欠落の勇者」改め盗賊王です。
「本当に良かったのです?」
「ここまで来れないようなら出直してもらおう。来れるんならテストを受けてもらう」
『テストって、例の話に巻き込むってコトよネ?』
「そうそう」
悪魔との契約解除に必要なモノがガルデニスにある。一度あそこに出向いて思ったが、まともに手に入れるというのは無理だ。相当な荒事になるし、俺が犯罪者として指名手配されてしまう。それはマズい。俺を犯罪者なんかにしたら、ガルデニスの連中は死後大変な業を背負うことになるだろう。
つまりは連中に妙な罪を負わせないためにも俺は回り道しなければならないのであり、すべては俺の優しさがコスモでバーンしそうだってことだ。決してこうして呑気に日中から寝転がって美女の膝枕で甲斐甲斐しく世話されるのが気持ちいいというわけではないのだ。ないったらないのだ。
「それで……今回の侵入者たちは使えそうなの?」
「んー、そこそこ?」
「なによ、それ」
声を掛けられ、俺に膝枕をしているこの盗賊団の前リーダーことクリスの疑問に答える。残念なことに俺の返答は受け入れられなかった様子で頬を膨らせるが、すぐに苦笑へ変わる。
最初は女だてらに舐められないよう強気な口調だったが、俺が盗賊団を乗っ取ってリーダーになると女らしい口調になった。もっとも、それが地であるようなのだが。まあ冒険者とかでない限り、女が強気な口調であるということは割合少ないよな。ロールにもよるけれど、レベルが低い内は基本的に男の方が腕力は強いんだし。
もっとも、俺が訓練した結果、今ではそこそこ見られる程度のレベルにはなっているが。
「旦那さま、侵入者ですか?」
「そそ。テストの時にはトールにも出てもらう予定だから、よろしく」
「了解しました」
奥の訓練用の大部屋から帰って来たのか、トールはやや汗ばんでいる。このアジトはエミリーを使って割と中々良い塩梅に涼しくしているのだけれど、それでも水は有限だ。一応は毎日大風呂に浸かって清潔にするよう盗賊団全員に徹底させているが、その用意は俺である。一日一回くらいしかやる気にならん。
まあ、今もトールが鍛えている連中がもうちょい成長したら後は任せられるかもしれんが。さっさと成長して欲しいものだ。俺をもっと甘やかせー、楽させろー。
この盗賊団を乗っ取ったのは様々な事情があったのだが、そのうちのひとつに、本格的にトールを鍛えなければならないという理由があった。というのも、エルフの集落での一件でトールは才能限界の壁にぶち当たってしまったためだ。彼女の才能限界を突破するには悪魔に頼るか、相性の良いアイテムを探す必要がある。悪魔に頼るのは下策なのでアイテムを探すのがメインなのだが……その前に彼女を鍛えることを俺は選んだ。
「叡智」の魔王城で俺が稽古をしてやったため、トールは一対一の対人戦ならそこそこ戦えるが、相手が複数になったり、自分の周りに仲間がいたりするとガクンと戦力が落ちる。また、俺との稽古で大量の経験値を獲得してのレベルアップなので、実際の戦闘経験という意味では足りない。いわば水増しされた強さなわけだ。
急激なレベルアップで自分の性能を十全に活かし切れていない。それにスキルレベルも上がった。ひとつのスキルのレベルが上がるだけでも戦術を変える必要が出るのに、複数ものスキルレベルが格段に上がってしまっては元通りの戦い方すらできやしない。
そういった意味では、才能限界でどれだけ訓練を積んでもレベルが上がらないという現状は、むしろ諸手を上げて歓迎すべき事態だった。
また今回の俺の作戦には結構な人手が必要となる。かといって雑魚では意味がない。なので、盗賊たちを鍛えるついでにトールの複数対人戦の訓練も兼ねたりした。トール相手に弱体化の魔法をメイに多重に付与させることで、レベル差でゴリ押すことは不可能にもした。これで地力が鍛えられるし、二〇〇レベルオーバーのトールと戦り合うことで盗賊たちの戦力の底上げにも役立つ。
おおよそ一〇〇レベルを超えた戦いではスキルをどれだけ使いこなせるかが問題となり、二〇〇レベルを超えてくれば今度はロールとしての特色を活かした上で、相手の能力をどれだけ潰せるかが問題になる。まあ単純に言ってしまえば戦闘の極意でもある、相手の長所を潰して自分の長所をぶつけるという話なのだが。
だが一〇〇レベル以下の戦いの場合は基本的にそんなもの関係ない。ロールの差はもちろんあるものの、だいたいレベルの高い方が勝つ。よって、主力となるトールたちはきちんと技術を磨かせる必要もあるが、たんなる人手である盗賊どもはレベルさえある程度確保できれば問題ないのだ。
ただ、俺だって未来を見通せるわけではない。「勇者」が器用貧乏なロールということもあってあれこれカバーできるが、万能というわけではないのだ。だから予想外の事態だって起きる。
それが盗賊団の異様なくらいの拡大だ。要約すると、人が増え過ぎた。びっくり。これにはさすがの俺も空いた口が塞がりませんわということで、色々な問題に四苦八苦することになった。「うざってえから文句あるやつは皆殺し」という手段が使えないのが痛い。
まず襲った商人とかが奴隷商だったこと。いや、ちょっと違うか。
襲撃場が隘路ということもあってまともな商人は使わない道だからこれは想定していたのだが、まさか獣人の奴隷商というのは予想外だった。
なんか弱ってたしどうでもいいから奴隷商は処分した上でどっか行ってもらっても良かったのだが、何故か俺に付いてくることになった。迷惑だったので、盗賊団員にした。弱いし。
そして他の護衛の冒険者たちも捕まえた。これは戦力にできそうだったので積極的に盗賊団に取り入れることにした。盗賊どもは元村人とかも多かったので、戦闘技術がさっぱりという者が多かったので、教導役にもできた。
どう説得しようかと悩んでいたのだが、土牢で過ごしているうちにこの場を気に入り、盗賊団に入らないかと誘ったところあっさりだった。これもびっくり。しかも拒否するやつ皆無というのも二重にびっくり。あっさり過ぎて、むしろ何か企んでるんじゃないかといまだに思ってるくらいだ。まあ裏切ったら殺すけども。
あとはクリスがやけに盗賊連中の性欲を甘く見ていたのが問題だった。俺は普通に襲った相手を自由にすればいいと思っていたのだが、この盗賊団ではそれは厳禁だった模様。いやいや。年頃の野郎が性欲を持て余さないわけがないだろうに。
性欲とは食欲、睡眠欲に並ぶ三大欲求のひとつだ。生物としての根幹を成す欲望である。我慢しようとして我慢できるものではないのだ。
というわけで、戦闘能力のない奴隷だったり普通の女商人だったりに家事をやらせつつ、口説いてモノにすればいいということにした。同時に盗賊どもの普段の清潔さに加速が掛かったので、さすが俺と言わざるを得ない。
また、端から見て盗賊とは思えないような出で立ちの人物が増えたため、貢献度の高い者に金を持たせてガルデニスとかその他の村々へ食料調達に行かせもした。ついでに多めに金を渡し、娼館にでも遊びに行っていいという許可も。
おかげで適度にガス抜きできるということもあり、盗賊団内の規律はそこそこ高く保たれるようになった。
盗賊団のアジトは俺の魔法で結構内部を広く魔改造している。我ながらやり過ぎたかなと思わなくもないレベルで。まあおかげでより忠誠心が高くなったみたいなのでよしとする。冒険者たちもこの環境に釣られた部分もあるようだし。
で、各自は基本的に雑魚寝だ。けれども、上位階級の者は狭いながらも個室を与えている。あるいは恋仲になった者とかが致す時用にプレイルームも作っている。俺の優しさコスモバースト。
俺? 俺は一番広くて豪華な部屋だよ当たり前だろ。すぐ隣にトイレも風呂もあるよ。なんならエミリーを懐柔して大風呂とかプレイルームを覗ける隠し部屋まで仕込んであるよ。
余談だが、この技術を応用して侵入者を監視する通路を作れたのは僥倖だったといっておこう。やはりエロスは生みの母ということだ。色んな意味で。
で、その雑魚寝部屋だが、各自の種族に合わせた部屋を用意することにした。獣人は獣人で、元商人とかで家事担当は家事担当で、冒険者は冒険者、みたいな。
それを見たメイがアホなことを訊ねてきた。
『ご主人様、いっぱいお部屋作るのです?』
どうやら理由がわかっていなかったようで、説明した。
違う種族とか職業同士が本気で仲良くなれるわけない、と。
何故かメイはショックを受けた様子だったから、補足の説明もした。
暗闇を人が怖がるのは何故か? そこが見えず、何が飛び出してくるのかわからないからだ。
つまるところ、人というのは未知を怖がるものだといっていい。
種族が違えば慣習も変わるし、感じ方も変わる。それは未知だ。
一人二人くらいなら、個人同士の付き合いなら、仲良くもなれるだろう。それでも、種族全体をとなると無理だ。相対する人数が増えれば増えるだけ、未知は増える。ゆえに、仲良くなることはできない。怖いから。
だから種族や職業ごとに分けた。無用な争いは避けられるなら避けた方がいい。絶対に遺恨が残る。
そうでなくても、人は集団になればなるほど自由に好き勝手な行動を取る生き物だ。だから軍と軍がぶつかり合って同じ人数だった場合、軍規が厳しい軍の方が強いといえる。厳しい軍規によって下手な行動を取る者が減るからだ。
そういうわけで、この盗賊団にもそういったものを導入しました。後から入って来るやつの方が実力あるのに、前からいるやつに先輩面されて上から目線の物言いをされたりすると、問題しか起こらない。
なのでこの盗賊団は”強いやつが偉い”というルールで回っている。かといって、好き勝手できるわけじゃない。好き勝手やったら一番強い俺がぶちのめしに行くと周知徹底してるからな。
このルールの良いところは後から来たやつでもすぐに上のランクまで行けるところ。また、弱い者でも頑張れば認めてやれるところだ。ちなみに強いといっても色々あるので、腕っ節しかなくて馬鹿なやつとかはランクもそこそこのところで頭打ちになります。文句は言わせません。言ったところで気にしません。返事は拳か剣で行います。
そんな風に激動の一ヶ月を振り返って思わずぽろりと涙を零しそうになる。だって女の子だもん。違うな。嘘だな。俺男だわ。
「お頭! 侵入者たちが第四罠網を越えました!」
報告役が焦った様子で連絡してくる。周りにいる連中は「おお」と驚いた様子と悲しんでいる様子と喜んでいる様子に別れていた。たぶん賭けでもしていたのだろう。呑気なもんだ。ソフィアとかと戦ったらおまえら余裕で死ぬぞ。
「この様子だと第五罠網も越えられそうだな。そろそろ用意するか」
『ねーねー、マスター』
「ん?」
エミリーが頭に止まってくる。
『マスターが普通に顔出しするのって面白くなくナイ?』
「む……?」
『変装して、叩きのめした後に正体晒すのってどーう?』
「エミリーさん……」
「いいな、それ! 採用!」
『ヤッター!』
「いいのです!?」
「では旦那さま、これを……」
「こ、これは……!」
なんという……これを被れば正体はわかりっこないな! よくやったトール!
そんなわけでトールに手渡されたソレを頭に被ってみた。被ってみたところ色々わかったことがあって、一気に文句が言いたくなった。
実際、メイもエミリーもクリスも他のメンツも俺の方を見ようとしないし。
「おまえ……おまえ……」
「実にお似合いです!」
おまえそれディスってんだろ本当は。
文句を言うために怒りを蓄えてソレを脱ごうとしたところ、慌てた様子の伝令がまた来た。
「破竹の勢いです! なにやら凄い形相で一気に向かって来てます! もうすぐ来ます!」
「なんだと!?」
あの第五罠網をか!?
「マズい! 早く全員退避しろ!」
「逃げろ逃げろ!」
「逃げるです!」
『いや、メイはこっちデショ! 何逃げようとしてんノ!』
「はっ! 間違ったです!」
いや、その……この被り物取るタイミングを逸したんですが……。まあいいや。
そうして、俺たちは侵入者たちと相対することになる。
こいつが語り部になると筆の乗ること乗ること。
果たして書き手の性格が悪いのか頭が悪いのか。