7-12
盗賊団のアジトの入口は洞穴のようだった。
切り立った断崖の中腹に位置し、隘路を進む立場であれば高さの関係上、どうしても見えない位置に存在する。
これを発見できたのはひとえにリンのおかげだった。彼女の嗅覚が、彼女の弟の臭いを嗅ぎ付けたのだ。
アイシャが魔法を使って氷の階段を作り、滑らないようその上にシシリィが魔法で土を被せたものでそこまで登った。
「行くぜ」
先頭を行くのは斥候役としてこの場で最も技量の高いグラジオ。続いてアリアとジーンが続く。隊列は一番最初、隘路に入る前のものに戻すことになった。ただシシリィを中衛にして、ヴィヴィアンが最後尾に回ったことが違いはある。
内部は洞窟状になっており、自然に出来たものであることを思わせた。直射日光を遮られるようになったからか、随分と涼しくなったようにも感じる。
その一方で、いきなり明るい場所から暗い場所へ入ったことにより、視界は闇に閉ざされてしまった。慣れてくれば多少は見えるものの、奥深くへ進めば進むほど黒一色に染まっていく。
当初はかがり火か何かで灯りを作ろうとしたが、グラジオとアリアの意見によって却下された。そんなものは盗賊たちに狙ってくれといっているようなものだからだ。
「私はアリアたちみたいに〈暗視〉スキル持ってないんだけどなあ」
「暗がりでも頑張って見るように努力してたら生えるよ」
「あ、本当に? なら頑張ろうかな」
最初はぶーたれていたソフィアだったが、アリアの一言であっさり意見を翻す。とはいえ、他の面々も同意だったようだが。
「〈暗視〉ってそういう風にして身に付けるんですね」
「あれ? メシアも持ってなかったっけ?」
「私の場合はロール固有スキルの眼がありますから」
「あ、そっちだったか」
「ん? ロール固有の魔眼があるのかい?」
「いえ、そうじゃないんですよ」
シシリィが訊ねるが、メシアは微苦笑を浮かべて首を横に振る。
シシリィの言う魔眼はスキルのひとつである。瞳に魔力を宿し、対象と見つめ合えば発動するスキルだ。状態異常であれば〈麻痺の魔眼〉や〈睡眠の魔眼〉といったものがある。
メシアが持っているのは〈賢者の瞳〉というスキルで、魔眼とは響きが似ているだけの別物だ。〈賢者の瞳〉は隠蔽系スキルを看破する能力の他、半ばついでのように暗視能力もセットで付いてくる。
ロール固有スキルということもあって強力な能力を誇るが、パッシブスキルの〈暗視〉と違って〈賢者の瞳〉はアクティブスキルであるため、常時魔力を消費するというデメリットもあった。
「あ、罠」
「だな。……陰湿な盗賊どもだな」
「ん。仕掛け方から性格が窺える」
〈賢者の瞳〉のような看破系のスキルは「盗賊」のグラジオや「怪盗」のアリアも修得している。
そうしたスキルでよくよく観察してみれば、この洞窟内は罠のオンパレードだった。ただひたすらに罠が多いというわけではない。落石の襲撃時のように、意識を誘導させて罠に気付き辛くさせていたりする。
「『盗賊』ロールの若手を育てる良い教材になりそうだ」
「たしかに」
「君たちがそこまで言うくらいなのだから、本当に相当なのだろうね」
「是。悪辣」
「えっ、リンちゃんそこまで?」
「……少なくとも、私とソフィアじゃ、串刺しかな……」
「こわっ」
グラジオは嫌そうな表情を浮かべつつも、台詞自体は相手を褒めている。というのも「餓狼」はこの場にいる三人が幹部というだけで、下には大量のメンバーがいるのだ。リーダーであるグラジオが「盗賊」だということもあり、「盗賊」ロールの者が過半数なのだが。
ただし、これは「餓狼」がそういった若手「盗賊」の養成所的な側面も持っているためでもある。そうして成長した「盗賊」を他のパーティに譲ったり、冒険者ギルドで雇われとして短期労働させたりするのだ。
というのも、下手な戦闘系ロールよりも「盗賊」というロールは身につけなければならない技術が多い。そのためか冒険者ギルドで臨時パーティメンバーを募集する際、引く手数多なロールでもある。
極端な話、「剣士」や「魔法使い」はモンスターなどと戦うのがメインのロールだ。つまりは戦闘技術を磨けば良いだけなので、レベルが上がること=成長へと繋がる。スキルに関しても、戦闘のことだけを考えればそれでいい。
ところが「盗賊」の場合はレベルが上がっても必要な技能が成長するわけではない。レベルアップというのは身体能力などが大幅に上昇するだけなので、技術を要求されるロールにとってはどうでもいいものなのである。
「盗賊」は斥候系ロールだ。となれば自らの気配を断つ術や他者の気配を探る技術が要る。罠を張ったり、張られた罠を見破る技術も要る。鍵を開けたり閉めたりといった技術も場合によっては必要だろう。
それらすべてをスキルでなんとかしようと思えば、ちょっと笑えないくらいの熟練度が必要となる。そのため、スキルとして身に付けるものと単純に技術として身に付けるものと分けなければならない。前者で身に付けた技術は劣化しないが、後者は腕が錆び付くこともあるため、個々人によってどれをどちらに振り分けるかが決まる。
だというのに固定パーティメンバーとして冒険者を勤めるのであれば、戦闘技術もそれに加えて必要になるのだ。そして熟練の「盗賊」となれば数は当然少なくなるし、そういった者は冒険の過程であっさり命を落とす危険性もあって尚更数が少なくなる。
そういった事情もあり、一定水準以上の技量を持つ「盗賊」を多く輩出するからこそ、「餓狼」というパーティは冒険者ギルド界隈で有名なのである。
なので、アイシャやシシリィ、ジーンの三人もロールは違えど〈暗視〉スキルは保有していた。さすがに罠を発見したりする技術までは持ち合わせていないものの、真っ暗闇の中でも問題なく歩け、敵と戦えるくらいの技術はある。
そういった細かい部分が冒険者としての格にも繋がる。言い換えれば、どんな状況であっても一定以上のパフォーマンスを発揮できる能力だ。
そうした部分で比較すれば、「太陽」パーティは明らかに「餓狼」パーティから見て格下だと言わざるを得ない。たとえ同じ白金階級の冒険者だとしても、その中では明らかに力の上下というものがあった。
「危」
「あ、ソフィ——」
「ふぎゃっ!?」
そんな格下の「太陽」パーティの内、最も〈暗視〉スキル修得に苦労したのはソフィアだった。今も天井から垂れ下がった岩柱に頭をぶつけて悲鳴を上げている。シシリィが音を阻む障壁を周囲に展開していなければ、あっという間に盗賊たちに自分たちの侵入はバレていたことだろう。
「んー。ソフィーは中々スキル生えないねえ」
「私たちはもう大丈夫なんだけど、ね」
「だらしないですわよ、ソフィーさん!」
「いや、君たちもスキルを修得するの早過ぎるからね?」
無事〈暗視〉を手に入れた面々はソフィアを揶揄うが、シシリィはその修得速度に舌を巻いている。「餓狼」で若手の「盗賊」に〈暗視〉を覚えさせて平均的な修得速度を知っているからこその驚きだ。
これは彼女たちが既に〈暗視〉修得に必要なレベルを手にしていることと、彼女たちが持つ他のスキルとの兼ね合いで修得速度が上がっているためだ。
たとえばルミナークの場合、彼女は「魔法使い」ロールだ。そのため、魔力を周囲に放った後に自分の魔力を感知し、周囲の環境を把握するという形で修得速度を上げている。これがアイリーンの場合は「守護者」として〈警戒〉というスキルを持つ。これが修得速度の上昇に役立っていた。
では「勇者」であるソフィアはというと、そういった他に転用できるスキルがない。正確には、転用する応用力がない。彼女はひとつのスキルを柔軟に利用するという応用力はある。けれども、別個のスキルをそれぞれ応用した上で組み合わせるといった技術が不得手だったのだ。
「い、いいもん……。最悪光るもん……」
「あ、あのスキル?」
「うん」
「やめなさい」
ソフィアが最後の最後に頼ろうと思ったのは全身を輝かせるスキルだ。その光を直視すればどんな抵抗力を持つ相手であっても短時間強制的に盲目状態に陥らせるという「勇者」固有スキル。非常に有用なスキルなのだが派手過ぎる上に敵味方関係なく盲目に陥らせてしまうので、あまりこのスキルを育てている「勇者」はいなかった。
「あ、ここも罠」
「いや、それはダミーだな。その奥にもっと見付け辛い罠がある」
「心理的な罠ということかい?」
「だね。けど、こっちもちゃんと罠」
「悪質だね……」
「だから言ってんだろ? 陰湿な盗賊どもだなって」
ある程度目立つ色の糸を張り巡らせておいて、本命は見え難い黒色の糸が裏に張り巡らされている。目立つ糸を発見したからと安心することで、黒色の罠に余計に気付き難くなる寸法だ。これは割と有名な罠の張り方ではあるのだが、座学と実践は違う。心理的な盲点を衝くがゆえに、単純だが効果的な罠なのだ。これを見破るには罠を看破し続けて熟練度を上げる他ない。
「しっかし落ち着いてんな。嬢ちゃんは思ってた以上に有能なんだな。ウチに欲しいくらいだ」
「フフ、わたしは高い女。そう簡単に身請けできると思ったら大違い」
「金出しゃ買えんのかよ」
「『商人』だから、一応はね」
「自分の身の癖に冷静に釣り上げやがるぜ……」
軽口のつもりのグラジオだったが、予想外の言い返しに顔を歪めた。
アリアの言い返しは金さえ積めば今のパーティを抜けることも有り得るということだ。彼女が有能であればある分その金額は高くなるが、恩恵も大きい。「太陽」パーティに属しているということもあり、冒険者として戦闘でも活躍できる能力を持っているという希少性もある。彼女は「盗賊」ではないが、その技量はグラジオとほぼ同水準だ。これほど有能な人材はそうそう転がっていないだろう。事実、他のパーティからアリアが言い寄られたことは一度や二度ではない。
そしてこの言い方により、「太陽」パーティはアリアが抜けるという可能性を頭に植え付けられることになる。これから先、自分を大事にしなければならないという意識が働くことになるだろう。その一方で、「餓狼」側には相当な金額を積まなければ話は受けないという意思表示にもなり、「餓狼」が有名だからこそ、他のパーティから言い寄られる回数も減るかもしれない。あの「餓狼」が駄目だったのだから……ということだ。
「おっかねえ女だな」
「心外。わたしはミステリアスな女」
「言ってろ」
軽口を言い合いながらも、順調に一行は盗賊のアジトを奥へ奥へと進んでいた。
罠が張り巡らされているということ以外、驚くほど妨害もなく。
そのことに気付く者は数名居れど、その理由に気付ける者はいなかった。