7-11
「……く、ぁ……」
「っづ…………」
「く、ん……っ!」
ソフィアが意識を取り戻したときには、立っているのは五人のみ。
落石を回避することで解決したのがグラジオ、アリア、ジーンの三人で、落石から大盾で身を守ったのがアイリーンとリンだ。ちなみにアイリーンと同じく「聖騎士」のエイリークは盾を構えたものの、咄嗟にその内に潜り込んだルミナーク、メシア、シシリィの三人が同時だったタイミングのせいでバランスが崩れ、気を失ってしまっていた。哀れという他ない。
「ソフィー、気付いた?」
「アリア……他のみんなは?」
「ん、みんな無事……とは言えないか。大怪我は負ってないし、死んでもないよ」
「そっか……」
その話を聞いてソフィアはほっと胸を撫で下ろした。改めて起き上がって周りを見回せば、周囲には巨大な岩がそこほこに転がっており、砕けた破片も散らばっている。
また岩と岩の間にはまだ意識を取り戻していないアイシャやルミナークなどの仲間が並べられている。
「ソフィー、余裕があったら回復魔法を頼めるかい?」
「是。推奨」
「アイ……それにリンちゃんも。わかった」
ソフィアはふらつく頭を抑えながら立ち上がる。同時に頭に痛みがあり、手を当てる。その後で手のひらを確認すると、赤い血がべったりとくっ付いていた。救いがあるとすれば、既にある程度乾いているということだろうか。傷自体は塞がっているようだ。
「『慈愛の聖印』」
ソフィアは要請に従って魔法を行使する。
「慈愛の聖印」は範囲回復型の光属性魔法だ。回復量はそこまで高くないが、陣の範囲内では継続的に体力を回復させる。状態異常も同様であるため、気絶や昏倒状態にも効果があった。一気に回復させる範囲型回復魔法もソフィアは使えるが、そちらには状態異常の回復効果がないため、こちらを選んだ。
「メシアを先に起こせば良かったのに」
「あ、それもそうか」
アリアに言われて気付くが、もう魔法を使ってしまったからには遅い。とはいえ、この魔法であれば範囲内に居る限り、アリアたちのように目覚めている者にも効果があるから、無駄というわけではなかった。
「グラジオさん、敵は……」
「ああ、それなんだけどな……不気味なくらい、何もねえんだよ」
「え?」
「本当だよ。あたしも警戒してたんだけどね」
「ジーンに索敵させてるが……おっ、帰ってきた」
記憶が確かであれば、自分たちの進行方向からジーンが帰ってくる姿が見えた。緩やかなカーブなのだが、斜面を蹴って進んでいる。その身体能力にソフィアは目を丸くする。
「グラジオの旦那。前の方には何もねえ。煙も魔法か何かみたいで、普通のもんじゃねえみたいだな。火付けの跡とかはなかったぜ」
「そうか……。そうなると、余計にわけがわからんな」
グラジオが眉をしかめ、首を横に振る。同じ感想を抱いたのは彼だけでなくこの場にいる全員だろう。
落石で過半数が意識を失ったのだ。これほど襲撃に適したタイミングはない。だというのに、盗賊たちは何もせずに立ち去って行った。
「警告……かな?」
「だと思うけど……」
「チッ。こんなもんでおれたちが怯むと思ってんのか? ふざけやがって」
ジーンが片手の平に拳をぶつけ、吐き捨てるように呟く。ソフィアも同感だったし、他の面々も同様のようだった。
ただし、苛立って復讐に向かうだけでは愚かという他ないだろう。今はこの盗賊たちの攻撃から、相手の戦力や窺える部分を少しでも抽出すべきだと考える。情報の大事さを理解しているからだろうか、最初に口を開いたのはグラジオだった。
「それにしても、厭らしい攻撃だったな……」
「ん。狡猾と言ってもいいくらい」
「是。優」
「……爆音で耳を潰すと同時に注意喚起も潰された。そのうえで前後から煙を流し込んで、意識をそっちに誘導する。落石には気付けないって寸法だね」
「それ以上に狡猾なのは時間差」
「だな。爆発が何度も起こってるのに被害がねえから、落石の危険性を無意識に外された。おかげで対処が遅れたぜ」
「鼓膜が破れるかと思ったぜ……ぜってー許さねえ、盗賊ども」
「同。絶許」
各自が話し合っている中、ソフィアは首を回して周囲の岩を眺めていた。近寄り、ノックするかのように軽く手の甲で叩いてみる。
「……うん、確かに岩だ」
「…………何、やってるの?」
「っっっひゃあ!? アイシャ!? ビックリするなあもう!」
気が付けばいつの間にか背後にアイシャがいた。いつ気が付いたのか、いつ後ろに来たのかなどなど、ソフィアは聞きたいことはあったが我慢することにする。
「んー。なんで私たち生きてるんだろって思ってさあ」
「……? 防いだから」
「そりゃ、そうなんだけどね……」
ただ、ソフィアにはどうにも腑に落ちないことが多くあった。そのせいで胃もたれとは少し違うが、モヤモヤというかムカムカというか、さながら曇天のような気分になっている。
「私たちを殺すつもりなら……というか盗賊なら、意識を失っている間に襲撃するでしょ?」
「……それは、なかった」
「うん。てことはやっぱりアリアの言う通り、警告だったのかなって思ったんだけどさ。警告ならそれはそれで、こんな岩を使う必要なかったんじゃないかなって」
「? どういう、こと?」
「んー、見てもらう方が早いかな。えいっ」
ソフィアは片手を振り上げ、そのまま突き出す。拳は岩に無事的中し、蜘蛛の巣状の亀裂を生んだ。
『ファッ!? マスター、いつの間にロール増やしたんですか!? アマゾネスですか!?』
「失礼なこと言わないでよセイちゃん!」
「おお……グラップラー……」
「違うから! 別に全然力入れてないからね!」
実際、ソフィアはそれほど力を入れていない。もっとも、二〇〇レベルオーバーの「勇者」が力を入れてないというだけで、普通の村人からすれば十分アマゾネスだしグラップラーである。なんせ拳で岩に亀裂を生んでいるので。
「アイシャも軽く叩いてみればわかるよ」
「わかった…………なに、この岩……」
アイシャの表情が微かに怪訝そうなものに変わる。その様子を見て、ソフィアも同感だとばかりに嘆息した。
「だよねー。この岩、軽いというか脆いというか……」
端的にいってしまえば、質量と強度が実物大に即していないのだ。さすがに中身がスカスカな軽石とはいえないものの、普通の岩よりは弱い。つまりは”何らかの方法”によって作り出された岩だ。
警告だというのであれば普通の岩で問題ない。むしろ落石で”全滅しなかった”くらいの方が警告としては正しいだろう。この程度の岩はむしろ相手を生かそうとしているようにすら思える。殺意が足りない。
「……そうだ。殺意がない」
「……殺意。確かに……」
冒険者として活動しているソフィアやアイシャにとって、何よりも鋭敏な感覚が殺意への感覚であるといえる。そうでなければ冒険者のような命を張った仕事はやっていられない。
その感覚は斥候役であるグラジオやアリアであれば、二人よりも余程鋭敏だ。だというのに、全員反応が遅れるほど気付けなかった。それこそ、グラジオたちが気付かせなければならないほどに。
たとえ後衛ロールであろうとも冒険者なのは変わらない。旅の途中では野営は当たり前だし、夜間は交代で見張りをする。そのため、殺気への感覚は誰であろうともある程度養っているといえた。
それなのに、後衛ロールの者たちだけでなく、斥候役ですらギリギリまで気付けなかった。
「盗賊たちには殺意がなかった…………どういうこと?」
「んん……わからない。シシリィたちに任せる?」
「そだね。そうしよっか」
悩むソフィアとアイシャだったが、意外にもあっさり考えることを放棄する。自分たちはそういうことに向いていないと理解しているのだ。できることとできないことを区別するのもまた冒険者として必須の技能であるといえた。
もっとも、それによってシシリィやメシアのような者は日々頭や胃を痛めているのだが、それは彼女らにとって別の話である。
やがて全員が目を覚ました後、それぞれで事態を把握し、体力や怪我の回復も含めて食事休憩を取ることになった。
その後これからどうするかという話し合いはあったようでなかった。ほぼ全員がこのまま依頼続行を選んだためである。
グラジオ、アリア、ジーンの三人に加えてソフィアとアイシャも協力して盗賊団のアジトを探ることに集中し、その入口らしき洞穴を発見する。
「いっそのこと、ここから魔法をありったけ叩き込むなんてのはどうかしら?」
「悪くないですね」
「いや、ここは確実性を狙うべきだ。どこまで広いかわからないしね。確実に焼き払おう」
「いいわね」
「それですね」
なお、後衛ロール三人衆は全員頭に血が上っているようだった。