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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と盗賊たち
110/129

7-9

長らくお待たせしました。

すみませぬ!

どれだけ書いても気に入らなくて書き直してました。

「何か申し開きはあるかい?」

「すいませんでした!!」


 燦々と腹が立つほどに鋭い熱線が降り注ぐ野外。赤茶けた大地は熱されていて、遠方を見れば陽炎が生まれている。

 そんな大地に正座で説教を喰らう「勇者」がいた。

 それも「太陽」の二つ名を持つ「勇者」が。


「合同でクエストに当たるっていうのに、何故こちらに許可を取らない?」

「すいませんでした!」

「これは冒険者としてのマナー云々じゃなくて、人としての話でもあるよ。護衛だろう? 人の命に関わってるんだから余計大事じゃないか」

「すいませんでした!」


 シシリィのお説教の前でソフィアは平身低頭の姿勢を崩さない。いや、崩せない。彼女の説教の内容が全うであればあるだけ、抵抗する気力が出て来ないのだった。

 その様子を見て、深く深くそのうえ重いため息を吐いたシシリィは「それで」と視線を自分たちのリーダーへ向ける。


「どうする?」

「おん? いいんじゃねえか、別に」

「また軽く引き受ける……」

「依頼主も一緒なんだから、別にいいだろ」

「はああ……やる気のないやつは気楽だね。私は頭が痛いよ」


 グラジオはからからと笑い、そもそも誰を守るっていうんだとばかりに目の前の戦いへ顎をしゃくる。


「……疾」

「どわっ!? あっぶねえ!」

「損。即応。警戒」


 ソフィアたちが受けた護衛依頼により、今回の盗賊退治の一件に黒豹の獣人であるリンが加わることになった。

 ただでさえ今回の盗賊退治は危険だということで「餓狼」の面々でも上位の三人しか参加できず、やむを得ず他のパーティと合同で当たることになったというのに、そこへ護衛依頼を組み込むというのは「餓狼」の頭脳担当であるシシリィには容認できないことだ。

 そのため彼女は自分たちに相談を一切せずに依頼を受けたソフィアに説教しつつ、リン個人の戦闘力がどの程度のものか確かめるため、同じく獣人であるジーンに模擬戦をさせている。要はソフィアがアイシャと戦ったのと同じことである。


「……黒豹の獣人は稀少だって聞くけど、それも頷ける話だね」

「う、うん。私も今こうして見ててびっくりしてる」

「なんで護衛依頼を受けた張本人の君たちが彼女の実力を知らないんだ!?」

「ごめんなさいぃぃぃ!」


 シシリィが頭を悩ませるのも当然だ。彼女は今回のクエストに当たって自分たち三人と「太陽」一行をどう組み合わせれば最大戦力を作れるか、食料はどの程度用意して、誰にどれだけ持たせておくかなどなどといった細々した労働を一手に担っている。

 そこへ出発当日になって追加人員を連れて来るわ、それが護衛対象だわとなれば、彼女の額に血管が浮かぶのも当然といえた。眉間に刻まれたシワは奈落の如く深い。


 ただ、予想外といえるのは——その護衛対象であるリンが相当デキるということ。


 高速で影がブレるようにして移動するは「餓狼」のスピードアタッカーであるジーン。彼は「ウォリアー」と「武闘家」のダブルローラーであり、レベルは「餓狼」の幹部たちの中で一番低いとはいえ、一七六。ダブルローラーはレベルやスキルレベルが上がり難いという弊害があるため、戦闘経験という意味では二〇〇レベル台のシングルローラーと遜色ない。むしろここまでレベルが上がってしまえば、ロールが二つもあるおかげでより広範囲のスキルを修得できていることもあり、生半な相手では訓練相手にもならない。


 そのジーンと互角にり合っているどころか、むしろジーンを相手にリンは翻弄しているのだ。


「ちっっっくしょ! なんだってんだ、テメエッ!」

「煩。無言」

「だああ! 何言ってんのかわッかんねえ!


 まあ問題があるとすれば、ジーンが言うように、リンが何を言っているのか周りはさっぱりなことだ。

 事実、「太陽」パーティの面々もジーンに同情するように何度も頷いていた。


「それにしても、凄いね。グラジオはアレ、どうなってるかわかるかい?」

「ああ? 俺に聞くか? アイシャに聞けよ」

「アイシャに説明できると思うかい?」

「…………」

「……失敬な」

「じゃあ説明してみて」

「ジーンがククッて動く。リン、は……ふわってしゅってやる」

「もういい」


 リンのロールは「剣士」だが、使う武器は双剣だ。「双剣士」ならば双剣専用のスキルを修得できるが、「剣士」にはそれがない。ただ、「剣士」ロールならではのスキルを連発できるという旨味はある。

 しかし、一般に想像される双剣使いというのは手数の多さを活かし、速度で翻弄するスタイルだ。そういう意味では、ジーンも両の拳や脚を使って戦うため、同じようなスタイルだといえるだろう。瞬発力に優れた獣人だということも大きく、ロールに適している。


 だというのに、リンは動かない。ほとんど模擬戦開始時からその場を動かず、常に待ちの姿勢からのカウンター攻撃を主としていた。

 いや、それでも。アレは本当にカウンターといえるのだろうか、とシシリィは眉間のシワをより濃くさせる。


「クソッタレがああ!」


 ジーンは深く地面を蹴り付け、〈俊足〉を使う。一時的に上昇した俊敏性をもってリンを撹乱しようとしたのだ。

 ただでさえ俊敏性の高い獣人であるジーンは「武闘家」に加え「ウォリアー」のロールを持つ。ロールの恩恵として「武闘家」から素手で戦う場合の全能力強化に、「ウォリアー」からは打撃攻撃の強化が乗る。

 単純に身体を鍛え、レベルを上げるだけで総合的に戦闘能力が上がるジーンは非常に強い。


 強い——が、リンとの相性という一点において、致命的なまでに悪過ぎた。


「どうなってるんだ? ジーンはさっきから無謀に突っ込んでは後退してるが……」

「無謀に見えてるってのが一番おっそろしいんだよなあ……」

「どういうことだ?」


 シシリィのロールは「魔導士」。後衛系ロールであるがゆえに、動体視力はそこまで高くなく、どうしてジーンが”自分から刃の切っ先に”突っ込んでいるのかが理解できないでいた。


「リンちゃんはゆっくり動いてるように見える。実際、ゆっくりだと思う。けど……」


 ソフィアは高レベルの「勇者」であるため、リンの動きを理解することができていた。しかし、それを言葉に直す際にどう説明すればいいのかわからない。脅威的なリンの技量を言葉にして説明しようとすれば、どこかで致命的に間違える。まるで薄い靄が掛かっているか、陽炎のようだ。

 詳細に言葉にすればするだけ、その正体から遠のいてしまう。


「ジーンが反応できなくなるタイミングでようやく動きやがる。それでいて攻撃する箇所に刃を置いてきてるって感じだな」

「そうそれ! 置いてるって感じ!」

「置く……?」


 グラジオの言葉にソフィアは喉に引っ掛かった小骨が取れた気分になったが、シシリィはどうも理解できないでいるようだ。ただ、ソフィアたちもこれ以上どう説明すればいいのかがわからない。

 なので、自分の仲間たちに頼ることにした。


「どう説明すればいいか……? あー、わかる。難しいね」

「そうなのですか? 私にはゆっくり動いているように見えるのですが……」

「んー。誘導してるってのも違うし……」

「見切っているのは確かなのですけどね」


 結局、駄目だった。メシアやルミナークはシシリィと同じで、見ても理解できない。対してアイリーンやアリア、ヴィヴィアンは理解できていても、言葉に直せない。


「超高度な技術ですね。”置いてくる”と言いたくなるのもわかります」

「お? あんたはわかるのか?」


 腕を組んでその戦闘を見ていたエイリークだけが得心行ったように口を開いた。普段は寡黙なエイリークが喋ったからだろう、グラジオが意外そうな目を向けて反応する。


「やっていることは単純明快なのですよ。ただひたすら待って、必要な時になってようやく動く。それが究極にまで昇華されているから、技術のように感じる。やっていること自体はなんでもないことです。そう、”虫が飛んで来たから思わず手で払った”のと同じ感じでしょうか」


 話を聞いてようやく理解できた面々はへえと頷くが——予め理解できた面々は表情が引き攣る。

 リンのやっていることがどれだけふざけた技術なのか、実感として理解できたからだ。


 エイリークの言が真実であるならば、リンが行っているのは全て反射運動の速度ということ。いや、反射運動を制御下においているということだろう。

 そのうえで、ジーンの移動速度や行動を完全に見切り、彼が反応できなくなったタイミングでようやく身体を動かす。ジーンが突っ込んでくる挙動から予め腕をゆっくりと動かしているからこそ、行動全体が遅くなっているように見えるのだ。下手に素早く動くよりも余程高度な技術が費やされていた。


 身体運動を完全に制御下におくこと。

 相手の行動や速度を地形などなどからすべて見切ること。

 言葉にすれば容易いこの二点。だが、それを実行するのにどれだけの労力が必要とされるだろうか。


「スキルでもなんでもない、彼女が持つ技術ですが……だからこそ、恐ろしい」


 エイリークの言葉は前衛ロールの持ち主の脳裏へ、乾いた大地に水が染み込むように行き渡った。

 そうして育つのは恐怖の種。理解という水が及べば及ぶほどに、恐怖はより大きく育っていく。


 リンの技術はすべて対人戦のためにあるものだ。こと対人戦に限っていえば、レベルの差を容易に覆すだけの力量がリンにはある。

 そしてそれはそのままジーンにとって不利なものであるといえた。彼が素早ければ素早いほど、リンのカウンターは意味を成す。速度が乗っているからこそ容易に反応することはできず、尚且つ喰らったときの被害も大きくなるのだ。

 相手がアイシャやソフィアなら話は変わるだろう。「勇者」は前衛として戦うこともできるが、同時に後衛に回って魔法で戦うこともできるからだ。もっとも、リンがそういった相手にただじっと待つ体勢でいてくれればの話だが。


「ちっ……近接に限って戦ってりゃあいい気になりやがって!」


 ジーンはリンが待ちの姿勢でいることにたまらず皮肉を吐くが、それは短慮というものだ。リンがそのスタイルを選んだのは、単にシシリィがジーンへ「攻撃スキルは使わないように」と告げたからこその行動だったからである。

 護衛対象を下手に怪我させるわけにはいかないからの注意だったわけだが、それゆえにジーンは行動が狭められた。

 いや、より正確なことを言うのならば——


「是。攻」

「は——」


——リンの方こそ、行動が狭められていた。


「攻めた!」


 リンがようやく動き出す。低い身長を丸めるような前傾姿勢はさながら這うようで。

 その速度から繰り出される一撃は獲物へ飛び掛かる肉食獣を思わせた。


「は! やればできんじゃねえか!」

「否。制限」

「ああもう! 通訳持って来い!」


 厄介なカウンターさえないのならばとジーンが笑みを浮かべたが、すぐにそれも引き攣ることになる。

 近接戦闘を行い、素手で戦うジーンという相手は——暗殺者として育て上げられたリンにとって、格好の獲物でしかないのだから。


「は、やっ」

「牙を隠してやがったか!」

「いや……アレでいて、まだスキルをひとつも使ってませんよ」


 上下左右から攻め掛かるは剣戟。ジーンは魔力を纏って強化した拳や脚で刃を受けるが、金属同士がぶつかったような硬く澄んだ音から鈍い音へと変化していく。


「なる、ほ、ど」

「アイシャ?」

「……パッシブスキルがメイン、か」


 リンの猛攻は続く。それはさながら剣舞士のようにでいて、蛇の如く陰湿に。

 驟雨の如き剣戟に気を取られれば、いつの間に弾いたのか、足下の小石がジーンの顔面を狙う。反射的に顔を背ければ隙が生まれ、そこから戦いの流れがさらにリンに傾く。


「ぐ、の……オラアッ!」

「危」


 ジーンが猛攻を嫌って全身から魔力を吹き荒らし、周囲を吹き飛ばす〈旋陣〉を使えばあっさりとリンはその場から後退した。


「ジーン、避けろっ!」

「は——うおっ!?」


 シシリィが叫び、なんとかジーンはソレを避ける。

 リンが後退する直前に放り上げた一本の剣はこれ以上なくジーンの頭部の頂点へ切っ先を向けて落下していた。

 そしてそれを避ければ、また再び崩れた体勢を狙ってリンが猛攻を仕掛けていく。いつの間に拾ったのか、その両手にはきちんと片手剣が保たれていた。


「すごい、あの子。わたしでも見蕩れるくらいに手癖が悪い」

「ああ。意識を誘導させてるし、的確過ぎる。まるで頭ん中を覗いているみてえだ」

「あ——」

「ん? どした?」


 ソフィアが唖然とした顔で口をぽかんとさせる。


「いや、今、気付いたけど……なんとなく、気にしてもなかったんだけど……」

「どうしたの、ソフィー?」

「いや、リンちゃんさ…………目、閉じたままだよね?」


 全員の双眸が限界まで見開かれた。

 ここまで誰にも頼らず普通に歩いていたから、全員が気にしていなかった。

 だがしっかりとこうして見てみれば……リンはいまだに目を閉じたまま戦っている。


「………………」

「…………これ、護衛要るのか?」

「………………少なくとも、戦力としては間違いないな……」



 やがてジーンがたまらずスキルを使い出したところでシシリィのストップがかかり、無事にリンも盗賊退治に付くことができるようになったのだった。

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