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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と盗賊たち
108/129

7-7

 アイシャとの模擬戦を終え、「餓狼」と共にクエストを受注することに決めたソフィアたち「太陽」一行だったが、すぐに出発するというわけではなかった。これは当たり前の話で、クエスト内容に合わせて遠出なら食料を買い込む必要があるし、武器を修繕する砥石や回復薬の類も余計に必要になる。そういった諸々の雑事によって、クエスト受注即出発といかないのは冒険者をやっていれば不思議でもなんでもない。

 ただ、今回の件に関しては少しばかり事情が違っていた。


『誤解されても困るから、今回の依頼主に詳しい話を聞いてもらって欲しい』


 シシリィからそう告げられ、ソフィアたちは依頼主である貴族の屋敷を訪れている。

 巨大で豪奢で、見るからに「貴族だ!」という感じの屋敷。使用人の数も多く、そのほとんどが獣人だったのが少し意外といえば意外だが、それは貴族の趣味だろうとソフィアたちは納得。応接間に通され、香り高いお茶とお茶菓子を食べながら待機中だ。


「誤解ってどういうことなんだろう? 盗賊団を捕まえるって話だよね?」

「デッドオアアライブらしいし、できれば壊滅させて欲しいみたいだけどね」

「これ、美味しい」

「ああ、ああ! そんなにポロポロ落として……アリアさん!」

「ヴィヴィ、アリアには何を言っても無駄だと思うよ」

「……て、ああああ! アリア! 私の分!」

「早い者勝ち」

「ソフィーも騒がない!」


 和気藹々と呼ぶには騒がし過ぎる一部の人たちのせいで使用人たちには苦笑され、メシアとヴィヴィが必死で頭を下げているうちに、扉が開かれた。

 現れたのは柔和な笑みを浮かべた男性で、彼が今回の依頼を出した貴族なのだろう。その後ろには、他の使用人たちとは幾分違った服装をした獣人の女性もいた。目は閉じられているが、若干丸みを帯びた三角耳が頭から生えており、聴覚で視覚の代わりをしているのだろう。


「初めまして、皆さん。私が『盗賊退治』を依頼したクェロ・モノスキーです」

「初めまして。私は『太陽の勇者』のソフィアです」


 ソフィアも立ち上がって握手を交わし、続いてアイリーン、メシア、アリア……といった順で自己紹介が続く。


「紹介が遅れましたが、彼女は黒豹の獣人で名をリンと申します。リン、挨拶を」

「……初めまして。リンです」


 リンはクェロの隣にやや距離を置いて座った。ソフィアは頭の上に疑問符を浮かべながらも、考えたところで答えは出ないと判断する。彼女のことで何らかの事情があるのなら、それに気付くのはおそらくメシアかアリア辺りだろうし、なによりソフィアにはそういったことに向いていない。基本的に深く物事を考えないのだ。


「さて。……皆さんは『餓狼』の方々からどこまで今回の話を聞いていますかね?」

「それなんですが……」


 ソフィアは視線をメシアへ向ける。彼女は頷き、ここから会話は彼女が承ることを告げた。


「概要しか知らされていません。今回の依頼は『盗賊退治』。相手の数が多いことから取り零しが出ないように、我々に参加要請が来ました。これくらいですね」

「そうですか……なるほど。シシリィさんには感謝するしかないでしょうね」

「というと?」

「そうですね。少しおかしいと思いませんでしたか? そもそも『餓狼』は大所帯です。ただ取り零しが出ないことに注意するだけなら、それこそ『餓狼』は他のパーティに協力要請する必要がないのですよ」

「そういえば、そうですわね」


 ヴィヴィアンが顎に人差し指を当てながら考える。隣に座っているルミナークはついっと視線を隣のエイリークへ移し、彼も頷いた。


「僕たちが誘われたのは真面目な意味の戦力として、ですか」

「ただの人海戦術じゃ抜けられる可能性があるほどの盗賊団ってことね」

「そういうことです」


 ソフィアとヴィヴィアンが「なるほど」と頷いているのを確認し、話が進む。


「背景からお話しましょう。そちらの方が理解も深まるでしょうし、現状の深刻さもわかってもらえるはずです」


 そう前置きして、クェロは軽くお茶で唇を湿らせた。


□■□■


 宝晶国ガルデニスは大国だ。ゆえに人が集まりに集まり、そのため溢れ出るほどの人たちを守るために周囲へいくらかの村や街が存在する。クェロはそういった一都市の領主を務めている。

 周囲の村や街では農耕を主な産業としており、それらが税であったり交易品として首都であるガルデニスへ運ばれる。代わりに、ガルデニスではそういった村々などで宝石職人や魔具製造の職人希望たちを集めていた。

 そういうこともあって、ガルデニスではほとんど農耕を行っておらず、食料事情は周囲の村々を頼っているというわけだ。

 必然的に街道の整備は重要であり、それらが整備されればされるほど、この国を訪れる冒険者たちの数も増えていった。事実、ソフィアたちもそうした街道を使ってここまで来たのだ。

 商人や輸送隊などは冒険者に依頼を出し、モンスターなどから護衛をしてもらう。冒険者たちは依頼を受けることで、ガルデニスへ行くついでに報酬を受け取れるというわけだ。アールグランド大陸西部を訪れる冒険者たちの目的は大抵ガルデニスにあるのだから、報酬は高くなくとも、行き掛けの駄賃として稼げるなら悪くはない。


 そのようにしてこれまではやって来たのだが、数ヶ月前から事情が変わった。

 ガルデニスの隣国であり姉妹国であった結晶国ウィリデニスとガルデニスとの間で戦争が起こったのだ。

 ウィリデニスは別れて生まれた小国だったが、宝石や鉱石を豊富に採れる鉱山を領土内に持っていた。ガルデニスは昔からウィリデニスと再びひとつの国になろうと呼び掛けていたが、あちらはずっと突っぱねてきた。ただ宝石や貴金属類の交易は続いていたので問題という問題もなかったのだが、ガルデニスの国王が昨年代替わりして話が変わった。


 新王はウィリデニスへ予告なく攻め入って、蹂躙した。これに関してはクェロを含め、他の領主たちも反対したのだが、国王がそれを強く望んでいるとなればどうしようもなかった。ガルデニスは食料事情を周囲の村々に頼ってはいたが、それ以外の分野——特に軍事関係などは首都で一括管理していたからだ。


 これは叛乱を防ぐための措置と、宝石や貴金属、魔具の類を作り出すガルデニスは盗賊たちからすれば宝の山のようなものだったので、戦力を一カ所に集中させる必要があったという理由もある。

 ゆえに国王が軍を動かすと決めて動いてしまえば、地方の領主たちは内心どう思っていようとも、止めることはできなかった。

 元々領地には最低限の衛兵しかいないし、彼らを戦争で徴兵されたわけでもない。ただ食料を要求されただけなので、渡さないわけにもいかない。食料も緊急時の予備で賄える範囲内でもあったのだ。

 つまり、各領地は食料を支給するだけで、あとは戦争に加担する必要はないということ。これで何か文句を言おうものなら叛旗ありと見做され処刑される可能性が高い。領民のことも思えば、内心がどうであろうと何も言えなかった。


 そうしてウィリデニスは滅んだ。代わりに、盗賊が増えることになった。

 戦争で生き延びた者たちが盗賊になったというのは想像に難くない。ゆえに領主たちとしては事情を知っているだけに、積極的に軍を向けるようガルデニスへ要請できない。要請したとしても、ガルデニスの軍部だって戦後間もないタイミングなので動けない。よって、冒険者に頼ることになった。


 盗賊たちが増えたといっても、とりたてて大きな被害が出たわけではない。元々ウィリデニスの単なる国民なのだから、戦闘を行う技量を持っていたわけでもないのだ。商人たちは相変わらずに街道を護衛付きで回っているし、畑が襲われても冒険者たちを頼ればすぐに対処可能だった。


 話がおかしくなったのは一ヶ月ほどしてからだった。

 盗賊の被害が減った代わりに、おかしな事件が増え始めた。


 街道が破壊される。街道にこの地方では見られない獰猛なモンスターが現れる。盗賊たちが徒党を組み、計画的に襲撃してくるなどなど。

 ただの盗賊の寄せ集めというだけでは納得できない被害が起こり始め、ついには冒険者たちが撃退されることになったりもした。


□■□■


「だから、『餓狼』みたいな力のある人たちにそれらの問題へ対処しろ、と?」

「ああ、いえ……」


 メシアがやや顔を顰めながら訊ねる。話を聞く限り、被害範囲が広過ぎて手の施し様がないという感想を抱いたのだろう。その気持ちはソフィアたちも同じだった。果たして依頼を達成するまで、どれだけの時間が掛かるというのか。

 しかし、彼女の問い掛けに対し、クェロは首を横に振った。


「それらはガルデニスの軍と、こちらで活動する地元の冒険者たちへ依頼する内容です。今のは本当に、ただ背景を説明しただけのことです」

「はあ……」


 曖昧な返事をせざるを得ないメシアに他のメンバーも同様の表情を浮かべる。

 それでは今回の依頼とは一体何なのだろうか、と。「盗賊退治」というからには相手は盗賊なのだろうが。


「ところで話は変わりますが……皆さんは奴隷制度をどうお考えですか?」

「へ……?」

「奴隷、ですか?」

「はい」


 ソフィアは小首を傾げながら、仲間たちを見る。

 真っ先に答えたのはやはりというかなんというか、メシアだった。


「私としては、失くしてしまいたいですね。実際には難しいでしょうが」

「うーん。わたしはどっちでもない」

「あたしもだね」

「奴隷といっても分類があるでしょう? 犯罪奴隷などは必要だと思いますし、借金のカタにされた奴隷に関しては別のやり方があってもわたくしはいいと思いますが」

「……ノーコメント」

「じゃあ、僕も」


 答えに窮している間に他の面々が答えていき、やがてソフィアの番がやってきた。


「ううん……。私もなんともいえないなあ。奴隷で苦しんでる人がいればなんとかしてあげたいけど、奴隷でも幸せそうな人もいるし……」


 ソフィアの頭に浮かんだ奴隷とは「欠落の勇者」の側にいるメイだ。彼女は幼いながらも奴隷として扱われているが、それでも割と幸せそうに思えた。以前「欠落」は自分の下を離れてもいいと言ったが、それでもなお彼の隣にいることを彼女が自分で希望したのだから、きっと幸せなのだろうとも思える。


 実際としてメシアが言うように、奴隷制度を廃止するには無理がある。

 既に奴隷を所有している者へは保証をどうするのか。廃止した後、その奴隷たちをどうするのか。奴隷を使って商売している人には? 鉱山は誰が掘る? 奴隷という労働力がなくてはできないこと、作れないものはたくさんある。

 現実的に見て、奴隷制度を廃止するというのはあまりに難し過ぎた。これが可能なのは、より大きな力を持つ者だけだろう。反対意見を捩じ伏せることができるほどの腕力を持つ——要するに、魔王だ。

 数奇な魔王が奴隷廃止を謳った場合、それは速やかに実行されるだろう。なにせ、逆らっていれば魔王軍が出張ってくるのだから。


「そうですか。よかった、みなさんが奴隷廃止を強く望む方ではなくて」

「と、いうことは?」

「ええ。私も奴隷を所有しているのです。それもかなりの数」


 クェロの宣言に、ソフィアも若干眉を顰めた。メシアなどは表情の変化すら通り越し、鉄面皮と化している。


「気付いた方もおられるかもしれませんが——この屋敷の使用人たちは皆、私の奴隷です」


 思わぬ告白に、誰もが目を見開いた。

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