7-5
対単体攻撃として優れた「勇者」固有の剣撃スキル〈雷霆閃〉。これは僅かに身体能力を上げ、雷属性の斬撃を繰り出すものだ。下位互換である〈雷鳴閃〉より範囲は落ちるが、その分火力は増す。パーティの中で敵リーダーと戦うことの多いソフィアはこのスキルを多用し、スキルレベルも上げてきた。いわば彼女の十八番ともいえるスキルだ。
けれども。〈星光の牙〉を併用させて火力を引き上げているのにも関わらず――目の前の氷壁は健在。半ば以上は切り裂いた。斬撃の後に電撃による攻撃も入った。衝撃で大地が穿たれ、周囲にはクレーターが生じた。
なのに、この氷壁は砕けない。
「馬鹿な……」
これまで〈星光の牙〉と〈雷霆閃〉で破れない相手はほぼいなかった。いたとしても、それは魔族であり、魔王の配下であるならばとソフィアは解釈していた。
しかし、目の前の女性は違う。自分と同じ人間で、「勇者」だ。ならば彼女と自分との間には圧倒的なまでにレベル差があるのだろうか? それも違う。これまでの戦いでアイシャの方が自分より高レベルなのは理解していたが、それでもここまでの差ではないはずだ。それだけ〈星光の牙〉によるブーストが高いことをソフィアはよく知っている。
自信があったからこその動揺。
あるいはそれこそが、ソフィアとアイシャの経験の差なのかもしれなかった。
アイシャとて、自身が本気で展開した「絶対零度の氷壁」がここまで破壊されたことはほとんどない。数少ない例外があったとしても、それは相手が氷属性相手に有利な火属性の魔族の魔法であったりしたくらいだ。
それでも。アイシャは自分の障壁が半ば以上抉られたことに驚きはしても、動揺はしない。
そんな風に心を乱すことが戦場で命を落とす大きな理由だと理解しているためだ。
言い換えれば、人間相手の戦闘経験の差がここで出たともいえる。
動揺しないよう心で呟き続けたとて、それを実際に移すには経験が絶対に必要だ。そのための経験が、ソフィアにはあまりにも足らなかった。そして、対するアイシャには、あった。
『マスター! 後ろですっ!』
「――っ!?」
聖剣の叫び声でソフィアは我に返る。いつの間にか氷壁の奥からアイシャの姿は消えていた。
すかさず忠告に従って背後へ一閃。途中で剣戟の音が鳴り、アイシャの姿が現れる。
どうもまた〈屈折〉を使っていたらしい。隙あらば〈屈折〉を使うことで、確実に相手を仕留められる隙を狙い穿つのがアイシャのスタイルのようだ。
剣戟で互いの刃が跳ね上げられた直後、アイシャはすかさず連続突きを放ってくる。ソフィアは臍を噛みながらそれらを迎撃した。
「惜しい……」
「どういう氷剣よ! これだけ受けても折れないなんてっ」
アイシャは眉を下げてソフィアを仕留められなかったことを悲しむが、それ以上にソフィアは困惑していた。
アイシャの武器は短杖だ。聖剣曰く、その先に氷魔法で不可視の刃を生んでいる。刺突を主とするレイピアのように氷を細くしているのならば、今の打ち合いで折れていてもおかしくはない。だが、ソフィアには氷をへし折った手応えが一切なかった。
「勇者」はレベルアップによって全属性の魔法を修得し、扱うことができる。そこから個人の好みによってどの属性の魔法を主軸とするか変わっていくのだ。
ソフィアも一応は氷属性を扱える。だが氷属性とは水と風の複合属性魔力で用いるため、普通よりも消費魔力は大きく、それでいて威力は他の属性と同程度。ゆえにソフィアはあまり鍛えてはいなかった。
アイシャは二つ名が「氷姫」であることからもわかる通り、氷属性に特化している。実際、この戦いでも氷属性以外の魔法は使っていない。だからこそ武器に纏わせている氷剣が強固なのはわかるが、それでもここまで打ち合って折れないというのは、ソフィアにとって困惑すべき事態だった。異常とすらいえる。
たとえソフィアがアイシャに力量で劣っているとはいえ、彼女が使っているのは聖剣だというのに。
「それを言う必要は……」
『マスター! この人、加護持ちですよ!』
「………………厄介な剣……」
聖剣がすかさず助言を放ち、アイシャは眉を顰めて後退する。
「加護持ち……?」
ソフィアは後退するアイシャをあえて見逃し、その間に呼吸を整えることにした。全力戦闘と予想外の動揺、そしてこの熱気で予想以上に体力を消耗している。それと同時に、聖剣から加護についての説明を受けることにした。
『加護を受けると、その加護の強さによって魔法が強くなったり耐性を得たりします』
「じゃあ、アイシャは氷属性の加護があるってこと?」
『そういうことですね。普通、加護なんて与えられる者は少ないですし、与えるのも稀なはずなんですけどねえ……』
聖剣はどうも困惑しているようだが、ソフィアはそれについてひとまず置いておくことにした。それよりも、アイシャがどうしてあれだけ強いかの一端を理解したことの方が重要だ。
(アイシャは氷属性の加護を持ってる。だから、氷属性の魔法とかの威力がすごく強くなってる……ってことだよね)
納得さえしてしまえば動揺も少ない。またアイシャが氷属性の魔法ばかり使ってくる理由にも理解できる。どんな相手と戦うことになっても通用するだけの武器をひとつでも持つというのは重要なことだ。それはソフィアがバランスタイプだからこそ、よくわかる。
加護があるのであれば、特化した氷魔法は非常に強力だろう。たとえ相手が氷属性に耐性のある相手だとしても、そこは自分のレベルを上げることでカバーできる。手数を重視する戦闘スタイルのアイシャだからこそ、一撃毎の威力の底上げとして特化させたのだろうとも理解できた。
「……うん。ソフィアは間違いなく、合格だね」
「え? ああ、そういう話だったっけ?」
「…………忘れてた?」
「あー、うー。えへへ」
アイシャに言われ、ソフィアは目を逸らす。
どれだけ熱くなっていたとはいえ、この戦いは所詮模擬戦。別段殺し合いでもなんでもないし、彼女が憎いわけでもない。彼女たちの依頼を共に受けられるだけの力量があるかどうかを量るための戦いだった。
自分より強い「勇者」との戦いということで、どうしてもソフィアは「欠落」を意識してしまっていた。そのため途中で止まることを考えず、勝敗を着けることばかり考えてしまっていたのである。
「それなら、それで、乗る。今度はこれを、防いでみて」
「へ?」
「…………死なないで、ね」
「は!?」
瞬間、莫大な魔力がアイシャから放たれる。外野でアイシャの仲間の「餓狼」たちからは「おい、やり過ぎだ!」という悲鳴が上がっているが、当の本人は気に掛けていない様子だ。
「『荒天渦巻く雹嵐』」
「ええ――――ッッ!?」
いきなり周囲が暗くなる。
見上げれば、頭上には晴天を隠す黒雲。アイシャによって繰り出された魔法の影響だろう。
「や、ば……」
風が巻き起こる。その風圧と風に内包されている魔力から、これがどれだけの魔法か肌で理解した。またアイシャが「死なないで」と言うことから察するに、何もしなければ自分は死ぬだろうということも理解する。というか、必死で対抗しなければ死ぬのだろうことが理解できる。
「セイちゃん! アレどんな魔法!?」
ソフィアはすかさず聖剣に助言を求める。それこそが聖剣の最大のアドバンテージだ。
言葉を話せるインテリジェンスソードであり、尚且つ優れた武器である聖剣はこれまで数多の持ち主との戦いの経験を持っている。ゆえに、常にその持ち主の不測の事態において適宜アドバイスを送ることができた。単純に優れた武器よりも一段階上と見做されている所以である。
実際、今回の戦闘でもアイシャの不可視の攻撃が氷の刃と〈屈折〉を合わせたものだとも、彼女が加護持ちだということも看破している。
そうした知恵を頼り、ソフィアは聖剣へ問い掛けた。
『わかりません!』
「そんなあっ!?」
もっとも、残念ながら知らないことはアドバイスできるはずもない。
そもそも、氷属性の魔法自体があまり認知度の高くない魔法なのだ。
これは氷属性が水と風の複合属性魔力からしか用いれないというのが最大の理由である。
質量を持った攻撃がしたいのであれば地属性でいい。広範囲に攻撃したいなら風属性か広範囲攻撃魔法を使えばいい。基本的に、氷属性は不遇な属性なのである。せいぜいが氷で相手の動きを阻害する程度でしかなく、それならば魔術師ロールの者を仲間に引き入れれば済む話なのだから。
「〈星光の牙〉!」
ソフィアは再度〈星光の牙〉を行使する。次手の攻撃の威力を爆発的に上昇させるスキルは使っておいて損はないからだ。ただ多量に魔力を消費するため、思わず奥歯を噛み締めてしまう程度には疲労が圧し掛かる。
全身を駆け回る、血管と似た魔力循環回路。その回路を魔力が最高速で奔る。
肉体的に動かないでいるとしても、実質無酸素で奔り続けているのと同じ疲労感がソフィアを襲っていた。
「ぐ、ぬ……」
『来ます!』
上空の荒天を睨む。
聖剣の合図の直後、凄まじいダウンバースト。上空の空気が魔法の余波で冷やされ、下降気流と化した。
力を込めてないと膝が崩れ落ちてしまうくらいに重たい風圧と冷気が繰り出された。ただ、これくらいなら、ソフィアも「叡智」の魔王城へ進軍した際に経験した。
問題は――これですら、魔法の余波に過ぎないということ。
そして本命が襲ってくる。
『ひゃあああっ!!』
「セイちゃんうるさいっ!」
荒天からソフィアを狙って降り注ぐのは雹……と呼べるのだろうか。むしろ氷塊と呼ぶ方が適切なくらいだ。ひとつひとつが人間の頭大の大きさで、それがあの高さから降ってくるのだからその破壊力は恐るべき値。ましてや雨霰の如く降ってくるのだから、アイシャが「死なないで」と言うのも納得だ。被弾すればその部位が破壊されてしまう。
そして何より脅威なのは、この攻撃は魔法によるものだということ。ただ氷塊を降らせるだけの魔法ならここまで脅威ではない。肝心なのは、ソフィアをターゲットとして氷塊が降り注いでくるということだ。一撃でも受ければ続けて二発三発と被弾するのは間違いない。つまりは必殺攻撃といえるだろう。
対抗するに当たって、最も簡単なのは障壁を張ること。
ソフィアの得意とする属性は火、続いて雷だ。ただ、自分の展開する炎の障壁で加護持ちの氷撃を防げるかと問われれば否。
即座にソフィアは防御を捨てる。また回避も不可能だろうと判断する。視界には既に百を超える数の氷塊がある。これらを回避するのは雨天の中を傘もなしに濡れるなというようなものだ。不可能にも程がある。
ゆえに、残された手段は迎撃のみ。幸い、事前に〈星光の牙〉を行使したことで、次手の攻撃の威力は爆発的に上昇している。ゆえにソフィアの苦手な広範囲魔法であっても威力は保証されていた。
すかさず魔力を聖剣に流し込んで魔法を行使しようとして――ふと脳裏を黒髪隻眼隻腕の「勇者」が過る。不敵な笑みを浮かべ、常に余裕綽々とした態度の「勇者」が、だ。
――彼ならばどうするだろうか?
その問いは彼が「英雄」だと確信して以来、常にソフィアの胸中に存在する疑問。
まず第一に彼の背に追いつくために、彼の軌跡を利用して道程を短縮するための足掛かり。
ソフィアを加速度的に成長させた光の階梯。
「…………違う」
『はあ!? マスター、早く迎撃を!』
聖剣の要請も聞き流し、ソフィアは冷静に彼我の戦力差と能力差を解析する。
死地においてもなお、前進するための意思が思考を冷静に保たせる。
(アイシャは後衛タイプの『勇者』だ。セイちゃんが言うには加護があるらしいし。それに対して、私は……)
魔法が得意なアイシャ相手に魔法で立ち向かったところで勝ち目はない。ソフィアは「星光の牙」という破格のスキルを行使している状況ではあるが、それでも魔法に関して彼我の実力差は掛け離れている。どれだけ「星光の牙」が優れたスキルであろうと、そう易々と埋められる差とは思えなかった。
だとすれば――
「ちょっと無茶な使い方するけど……セイちゃん、耐えてよ?」
『ファッ!?』
――勝負すべきは、自分が相手よりも有利である部分にこそ。
すなわち、前衛としての能力。
パーティの先駆けとして、常に戦陣の最前線を駆け抜けてきた戦闘経験は既に本能と化し、最適解を導き出す。
「〈御鏡切り〉!」
スキルを行使する。聖剣の刀身に纏われた魔力が硬質化し、鏡の如く光を反射する。
〈御鏡切り〉は敵の魔法を切り裂くスキルだ。熟練度を上げてスキルレベルを上昇させることにより、魔法を無効化から一歩先、反射の領域にまで押し上げる。
この情報をソフィアに寄越したのは「欠落の勇者」。実演まで見せられたことにより、ソフィアはこのスキルの有用性を理解し、それから磨き上げてきた。
まだ「欠落」と同じレベルだとは思えない。
けれど、彼に対して最低限見せられる程度のレベルではあると思えていた。
「あああああああああああっっ!」
『イヤァアアアアアアアアッッ!!』
これが「欠落」の魔法であるならば、ソフィアも〈御鏡切り〉で反撃するという選択肢は取れなかった。だが、どうしてもソフィアは、アイシャの魔法が加護を踏まえた上でとはいえ、「欠落」の魔法を上回っているとは思えなかった。
脳裏に焼き付いているのは、ワイバーンたちを氷付けにした白閃光。アレに比べれば、雹を降らせるだけの魔法など温い。
だとするならば、まずこの魔法を切り裂けるレベルに立たなければ、「欠落」にこのスキルを見せることはできない。
ゆえに、アイシャの魔法に対しても果敢に攻め込める。
円弧を描くは仄かに金色を帯びた銀閃。それは雹を切り裂くのではなく、弾くようにして魔法の射手であるアイシャへと反射した。その際にソフィアへ掛かる重圧は恐ろしいほどに軽い。
「な……!?」
アイシャは驚愕に顔を歪め、慌てて雹を回避する。
聖剣はその性格はともかく、持ち主であるソフィアのスキルのレベルを一段階以上押し上げる。〈御鏡切り〉もそうだが、事前の〈星光の牙〉に関しても同様。
合計二つのスキルのレベルが底上げされたことにより、アイシャの加護に勝るとも劣らない威力を発揮する。
ましてや――かつてのソフィアもそうだが――今の「勇者」たちは〈御鏡切り〉の性質を深く理解していない。
アイシャもまさか、自分の放った魔法が反射されるとは思っていなかったようだ。それも自分と同じく「勇者」のロールを持つ相手だからこそ、驚愕は深く、大きい。
自分が持っているスキル。だというのに、自分がまるで知らないスキルだと思えるからこそ。
「まだ、まだあああっ!」
迫り来る雹はまだまだ山ほどある。それらはソフィアの命を狙う魔弾であると同時に、アイシャの命を狙う魔弾でもあった。
呼吸をする暇などない。聖剣を振るう度に身体が軋んで悲鳴を上げるのをソフィアは実感していた。ただ、ここで動くのを止めれば命も止まることになる。
動け。肺も心臓も血液も魔力もすべてを総動員させ、全力で稼働させ続けろ。
ふと、視界が真っ赤に染まったように見えた。
その中で、自身を狙う雹だけが白く浮かび上がった見える。
もはや冷静な思考など保てない。粗暴に、まるで野生の獣のように、ソフィアは荒々しい咆哮を上げて己が爪牙を具現化した刃を振るうのみ。
時折、ほぼ同時に二発の雹がやってくる。両方跳ね返すことは不可能だと判断し、片方に集中する。跳ね返せなかった方の雹は右の肩当てを擦る。擦るだけで不快な金属音を立て、その振動でソフィアは肩当てが死んだのを理解した。直撃であれば、右肩から先が抉り損なわれたのは間違いない。
これは〈荒天渦巻く雹嵐〉によって起こされた、ただ一発の雹だけでその威力なのだ。そんな雹が雨霰とばかりに降り注ぐのだから、加護込みであるとはいえ、この魔法がどれだけ高威力なのか窺える。
それでも、ソフィアは怯まない。
怯んでなどいられない。
どれだけ強力な魔法に思えても――ソフィアの目指す頂きはこれより遥かに高い。
怯む時間などあるものか。
致死を越えねばならない領域があると知ってしまったから。
その先に行くのだと、己が魂に誓ってしまったから。
「うわああああああああああっっ!」
自身の経験のすべてを余すところなく糧にする。そうでなくては「欠落」に追いつくことすら叶わない。
そうして無我夢中になりながら、遮二無二になって雹を反射することに集中すること数分。
それだけもの時間をかけ、ようやく、雹は降り注ぐことをやめた。
「はっ、はっ、はっ……」
「…………とんでもない子、だね。想像以上」
肩で荒く息をするソフィアの前に、アイシャは事もなげに降り立った。
もっとも、放つ声音こそ平静のままだが、彼女とて無傷とはいかない。
単純な被害という意味ではアイシャの方が上だろう。あちこち傷だらけで、鎧も服もぼろぼろ。血の滲んだ場所は多数存在する。
けれども、だからこそ、これがレベル差というのだろうか。
アイシャは五体満足で、かつ活動可能な範囲で被害が収まっている。対してソフィアはというと、これ以上動くことは誰から見ても無理だと思えるほどに消耗していた。
そして、それ以上に驚くべきはアイシャの魔力量にこそ。あれだけの量をすべて十二分の威力を伴わせた上で放っておきながら、疲弊した様子をほとんど見せていないということにソフィアは驚嘆する。
魔力の消耗は言葉にし難い疲労を伴うのだ。これは大量に魔力を消耗しても疲労するが、それ以外にも、一瞬に多量の魔力を消耗することでもまた別の疲労がある。
長距離走と短距離走とでは疲労の質が違うのと似ていた。
「回避か防御か、すると思ってたのに……」
「そう、いう、の……でき、る……範囲の魔法、に……」
アイシャの余裕綽々な態度に対し、ソフィアの方は話すことも億劫なくらいの疲労感が全身を襲っていた。まるで全身鎧でも纏っているかのようにすら感じられる。
もう既にアイシャは戦う気もない様子だったが、それでもソフィアは戦闘終了だと告げられていない以上、戦う姿勢を崩さない。もっとも、誰が見てもこれ以上彼女に戦うことは無理だと思えるような状況だったが。
「アイシャ!」
「あてっ」
いつの間に近寄って来ていたのか、シシリィはアイシャの頭をぽかりと殴った。
「あの魔法を使うとは。おまえ、ソフィアを殺すつもりか!?」
「……どうにかできると、思ったんだけど」
「いや、俺はソフィアが生き残っているのに正直驚いてるくらいだ」
「…………ケッ」
シシリィだけでなく、グラジオやジーンも近付いて来ている。ヴィヴィアンとメシアも同様で、彼女らはソフィアに濡れタオルを差し出していた。……剣呑な視線をアイシャに向けながらではあるが。
「あ、ありがと……ヴィヴィ」
「肩も貸しますわ」
「すぐに回復させますね」
ただ、ソフィアが文句は言わない様子なので、ヴィヴィアンとメシアもアイシャを睨みつつも、何も言わないことにしている様子。それにソフィアはふっと笑みを浮かべた。これがルミナークやアイリーンであれば食って掛かっていたところだろう。今この場に連れているのが彼女たちで良かったと内心で安堵する。
ヴィヴィに渡された濡れタオルを顔に当てると、言葉にできない気持ち良さがやってくる。アールグランド大陸の直射日光を浴び、この気温の中でアイシャと全力戦闘を行ったのだ。身体の内外からの熱で汗は次々溢れ出す。それをキンキンに冷やされたタオルで拭うというのは、なかなか贅沢なことだ。
またメシアの放った回復魔法により、無理な運動を続けてズタズタに傷付いた筋繊維が修復されていく。体感的にあちこちに生まれていたであろう内出血の痕も消えているだろうとソフィアは思った。
息が整ったのは汗がある程度引いた頃合い。
ソフィアは顔を上げ、アイシャを見る。彼女の方も、ようやくシシリィからのお説教が終わったタイミングだったらしい。ただ、アイシャは少しだけ目を細めてソフィアを睨んでいた。どうしてもっと早く助けてくれなかったのか、という感じの視線だ。どうも、シシリィのお説教はタイミング良く終わったのではなく、ソフィアの回復に合わせて切り上げられたらしい。
そんなこと言われてもと思うが、考えてみると、何を考えているのか表情からさっぱり読み取れなかったアイシャの気持ちを読めていることに気付く。どうも、彼女と戦うことで多少は彼女の機微が読めるようになったようだ。
「それで、私は合格?」
「ん……?」
「いや、そこで『ん?』って顔されても……」
「私、元々あなたを認めてた。認めてなかったの、グラジオとジーン」
だから合格かどうか訊ねるなら、自分でなく二人に向けるべきだと言いたいのだろう。アイシャは隣にいるグラジオたちを顎で示し、ソフィアも二人に目を向ける。
「ああ、文句ねえよ。『太陽の勇者』を試して悪かったな」
「へっ。おれなら――ヘヴッ!?」
「おまえはしつこいな、ジーン。そろそろ、実力というのを正確に受け入れられるようになるべきだ。……悪いな、ソフィア。ジーンのやつはどうしても自分より上の人間がいるというのが認められないという悪癖があってね。ただ、頭の方では一応理解していて、憎まれ口を叩くだけだから勘弁してやってくれないか」
「ちがっ! おれは――ぎっ!?」
「ジーン、うるさい」
いつの間にかジーンの背後にやって来ていたアイシャが魔法を使い、ジーンの口を氷で塞ぐ。むーむーうるさいが、それでもぎゃあぎゃあと喚いていた先程までよりは随分と静かになった。ソフィアはグラジオやシシリィを見やるが特に反応を示さないので、「餓狼」パーティではいつものことなのだろう。
ともあれ、これでソフィアの実力は「餓狼」パーティに受け入れられた。そして「太陽の勇者」であるソフィアが受け入れられたということは「太陽」パーティ全員が受け入れられたということも意味する。リーダー一人だけを引き抜くだなんて暴論は通じない。これは冒険者なら皆が理解していることだ。
「それじゃ、よろしくね」
「ん。こちらこそ」
ソフィアとアイシャが握手する。
「いや。リーダー俺だぞ」
その隣で、グラジオが顔を顰めていた。