7-3
祈りながら薄目を開いてクエストボードを見たところ、現実は非情だった。仲間にも現実にも見放された瞬間にソフィアはふらりと倒れそうになったが、隣にいた人物がそれを支えてくれた。
「あっ、すいません」
「……別に」
そこにいたのはソフィアたち女性陣でも思わず目を見張るような美少女だった。客観的に見れば彼女たちも同レベルで美少女なのだが。
ただ、その少女の美しさはソフィアのそれが”動”だとすれば、”静”の美しさだといえよう。
青みの強い銀髪は透き通るようで、肌は闇夜に際立つ銀月の如き白。整い過ぎるほど整った容姿はどこか作り物めいた印象を抱かせるが、それらを否定するかのように金の瞳は強い意志を内包した光を湛えていた。
しかし、だ。
これだけの美人がいるのに、どうして自分たちはこれまで気付かなかったのか。
「依頼、探してるの?」
「へ? う、うん……」
違和感を抱いているソフィアを置いて、少女は鈴のような声音で訊ねてくる。決して大きな声というわけでもないのに、頭に直接響いてくるかのような声音だった。
ソフィアが少女の問い掛けに首肯すると、彼女はほっそりとした顎に細い指先を当ててしばし思案する。それから金の瞳がソフィアを頭の先から爪先まで無遠慮に眺め、続いて視線はソフィアの仲間たちにも向かう。
「悪くはない……いや、上等、か」
そう呟くいたかと思えば「付いて来て」と告げ、脇の階段から二階に上がろうとする。
「ええと……どうしよっか」
ソフィアが背後の仲間たちに訊ねる。パーティによって依頼を受けるかどうかというのはそのパーティの性質によって別れるのだが、「太陽」一行の場合は全員で相談するということになっていた。中にはリーダーの独断ですべてが決定するというものもあるし、幹部たちだけで決めるというものもあった。
「いいんじゃないかい」
「そうですね。私もそう思います」
「話を聞いたら強制連行ってこともないだろうし、わたしは賛成」
「ええ。とりあえずは話を聞くだけでいいでしょ」
「わたくしはその辺りはいつも通り、皆様に任せますわ」
「僕も文句はないよ」
全員の意見が合致したため、ソフィアたちも階段から二階に上がることにした。
冒険者ギルドはその規模にもよるが、基本的に二階以上は会議室だったり支部長の執務室だったりするため、受付で許可を取らなければならない。ただ先程の少女を事務員が止める様子もなかったので、ソフィアたちも気にせず後に続くことにした。
少女は予想通り、会議室の扉前にいた。ソフィアたちが現れたのを見て軽く頷き、扉を開いて中に入る。ソフィアたちもそれに続いて入ると、中にいる者たちの視線が全身に突き刺さった。
敵意でも好色でもない、好奇の視線。
「アイシャが他の誰かを誘うってのは珍しいと思ったが、なるほど」
会議室にはアイシャというらしい少女を除いて四人の姿があった。そのうちの一人は服装からギルドの事務員だとわかった。つまり、残る三人がアイシャの仲間なのだろう。その中心にいる大柄の男が獰猛な笑みを浮かべて呟く。
「ここ数ヶ月で話題になってる『太陽』一行たぁな」
「足手まといにはならない……と、思う」
「わたしは賛成ですね。『太陽』一行は評判も良いし、実力もあると聞く」
「おれは反対だ。実際の実力もわからねえ連中と急造パーティなんて無茶だろ。使えるかどうか期待するだけ無駄じゃねえのか?」
「それは問題ない……と、思う」
「『思う』ばかりじゃねーか、おまえ」
話に付いていけずに唖然とするソフィアたちだが、その会話にイラッとしたのか、ルミナークが反射的に刺々しい口調で言い返した。
「犬コロ風情がうるさいわよ」
「ああん!? 魔力がなくなりゃゴミでしかねえ『魔法使い』風情が調子乗んなよ!?」
「ジーン。それはわたしのことも悪く言っているのですか?」
「ばっ! シシリィのことは信頼してるっての! そうじゃねえだろっ」
男女の二人が口喧嘩を始めるが、どうもそれはシシリィというらしいエルフの女性がわざと起こしているかのようにソフィアには思えた。というのも、こちらに軽くウインクを飛ばして来たからである。
エルフということもあいまって、彼女もまたアイシャと違う方向性で作り物めいた容姿をしている。もっとも、無表情のアイシャと違い、彼女の方は表情豊かなようだが。
ジーンという男は珍しい獣人族だ。獣人族もエルフと同じく亜人と呼ばれる種族で、基本的には人の造形をしており、耳の部分が頭頂部にあることと尻尾があることを除けば人と大差ない容姿をしている。中には体毛が非常に濃い者がいたり、獣同然の顔をしたりする者もいるらしいが、多くはジーンのような姿形だ。
ただし、獣人はあまり世間体が良くない。「悪魔憑き」とも呼ばれ、忌避されている。ソフィアたちは幸いというべきか、そういった差別的な感情はなかったが。ルミナークも単に売られた喧嘩を買っただけだ。
「ええと……少しよろしいですか」
メシアが一歩前に出て、片手を上げて訊ねた。
「私たちは依頼を探してるならと言われて来ただけなので、まだ何もわかっていません。まずはどういった話なのか聞かせてもらいたいのですが」
「…………」
「…………」
「…………まあ、アイシャにそういう説明責任を求めた我々が悪かったな」
大柄の男とジーンは沈痛な面持ちになり、シシリィは嘆息する。当の本人であるアイシャはぼーっとしたままで、何を考えているのかよくわからなかった。
「でしたら、そこは私の方から説明致します」
ギルドの事務員が眼鏡を持ち上げ、微笑を浮かべて口を開いた。
「こちらは『餓狼』と呼ばれるパーティの皆様です」
「『餓狼』っ!?」
アリアが思わずその名を訊ね返した。「商人」と「怪盗」のダブルローラーである彼女はソフィアたちの中で一番の情報通なのだ。
「アリア、『餓狼』って?」
「……他にも『盗賊喰らい』って呼ばれるパーティ。基本的には盗賊潰しを主にしている冒険者たちで、リーダーかつ『餓狼』の二つ名を持つグラジオ自身が元々盗賊。その実力を買われて、冒険者に転職したって本当だったんだ」
「おいおい、盗賊とはひでえ言われ様だな。これでも俺は傭兵のつもりだったんだがな」
「傭兵は商人を襲わない」
「そういう傭兵もいるな。そうじゃない傭兵だっている。そんでもって、俺は後者だったってだけの話だ」
グラジオは顎髭を撫でながら嗤う。アリアは目を細くして彼を睨むが、やがて首を振って後ろに下がった。一応は信用したということだろう。諦めたのかもしれない。
そもそも、既に彼は冒険者として活動しているので、今更そのことに文句を言うのも筋違いなのである。ましてや自分たちは被害を受けているというわけでもないのだから尚更だ。
「説明の手間が省けましたね。ありがとうございます」
事務員はそれからシシリィに視線を向ける。自己紹介をしろということだ。
彼女も頷き、椅子から立ち上がってソフィアたちに向き直る。
「私はシシリィ、見ての通りエルフだ。ロールは『魔導士』だよ」
「『魔導士』……!」
「これは、珍しいですね」
ルミナークとメシアが目を見開く。
「魔導士」は「賢者」や「勇者」と同じくらい稀少なロールだ。「賢者」が「魔法使い」と「僧侶」を合わせたロールなら、「魔導士」は「魔法使い」と「魔術師」を合わせたロールだといえる。
魔法でアタッカーになれる上に仲間を回復したり補助したりするのが「賢者」で、同様にアタッカーを果たしつつも敵の妨害を果たすのが「魔導士」だ。
「なに、大したことはないさ。複数のロールを兼ねたものであるとはいえ、その分多数のスキルを適宜使い分ける技量を要求されるんだ。『魔導士』だからといって偉いわけでもなんでもない」
シシリィは軽くそう言うが、エルフという長命種であれば十二分にそれらスキルを使い分けられるだけの技量を持つことは想像に難くない。それだけでなく、彼女は腰に短杖を持ちつつも弓を背負っている。であるなら他にも「弓術士」などのロールも保有している可能性もあった。
「それで、これがジーン。犬の獣人族だ」
「おい待てっ! なんでおれの紹介をシシリィがすんだよっ」
「おまえは血の気が多いから、騒動になるのを嫌っただけさ」
「自己紹介くらいできらあっ! おい、聞けおまえら。おれは誇り高きキャンサンバルのジーン。ロールは『ウォリアー』と『武闘家』のダブルローラーだ。これでわかったな? おまえらはおれの足許には及ばねえってことが!」
「…………」
「…………」
シシリィは顔に手をやり、グラジオはがははと笑う。
一方でソフィアたちはというとしばし黙り込み、やがてルミナークが隣にいるヴィヴィアンへ口を開いた。もちろん、ジーンにも聞こえる程度の声量で。
「ダブルローラーって言われても……ねえ?」
「エルフで『魔導士』って聞かされた後だと……衝撃に欠けますわねえ」
「なんだとーっ!?」
「はい、落ち着く」
激昂したジーンが二人に躍り掛かろうとするも、シシリィが束縛系魔法を放って彼をその場に転がした。ご丁寧に、口も開けないようにしているらしい。
「……予想はしてたけど、〈無詠唱〉のスキルも持ってるわけね」
「そうだな。それくらい、私も長生きしてるだけはあるのさ」
ルミナークが頬を引き攣らせながら問うも、シシリィはそれを軽く流す。
〈無詠唱〉は魔法を使うロール保有者からすれば喉から手が出るほど欲しいスキルだ。消費魔力量が増える割に威力は落ちるものの、魔法展開速度がそれらデメリットを覆すほど速い。そしてスキルレベルを上げるほどにデメリットは解消されていく。
「魔法使い」のルミナークや「賢者」のメシアも〈無詠唱〉は所持しているが、おそらくシシリィのそれよりレベルが劣るだろうことを直感的に理解した。
「そんで、俺がリーダーのグラジオだ。ロールは『盗賊』。油断してると金目のもん奪っちまうから気を付けろよ?」
「ついでに『暗殺者』のダブルローラーだから、本当に気を抜いちゃ駄目。お金どころか、命まで盗まれかねない」
「……おまえ、何者だ? なんでそのことまで知ってやがる」
「ないしょ」
アリアがすかさずグラジオの危険性を仲間に忠告し、グラジオはそれに驚く。
「まあいいか。そんで、こいつが――」
グラジオが紹介しようとするが、その前に当の本人は移動していた。
「え?」
「…………」
アイシャはいつの間にか移動しており、ソフィアの目の前にいた。
そのことにソフィアも仲間たちも動揺する。一体いつの間に彼女が動いたのか、目で追えなかったのだ。
「アイシャ・ライオネル。『氷姫の勇者』」
「『氷姫』っ!?」
今度驚きの声を上げるのはソフィアの番だった。それもそのはず。「氷姫」は勇者の中でも珍しく、氷魔法特化として有名だったからである。
ソフィアも訓練生時代にその名を聞いたことがある。アイシャはソフィアよりひとつ歳上で、また同じくソフィアが「太陽」の名を授かって旅に出る一年前に旅立ったとされていた。その一年間で名を轟かせ、訓練生時代は「英雄」を継ぐ者とまで謳われたのだ。
ただし「英雄」のように人格的に優れていたという噂はあまりない。そして魔王を倒したというわけでもない。
では何故彼女の名は様々な大陸にまでその名が轟いているのか。
それは単純に倒した魔物があまりにも強大だったから。
その魔物は――アイス・エルダードラゴン。
歳経ることでより強大な力を持つとされるドラゴンの中でも最上位とされるエルダーの名を冠するドラゴンだ。そのうえ氷属性を扱うアイス・エルダードラゴン。
それを「氷姫」の二つ名を得て活動を開始し、一年で倒したというのだから、その戦闘能力は飛び切りといっていい。
「『太陽の勇者』……あなたの名前は?」
「ソ、ソフィア。『太陽の勇者』だよ」
ごく、と唾を飲み込む。あまりにも大き過ぎる存在に怯えるかのようなそれは、すぐに晴れた。
ソフィアは「氷姫」の強さをよく訓練生時代に聞いていた。
だけれども、それ以上によく聞いたのは当然というか、「英雄」の方だ。
そしてソフィアはその「英雄」……ではないか、と思われる人物のことを知っている。周りは信じてくれないが、ソフィアの中では確信だ。
あの黒髪黒目、隻腕隻眼の勇者を知っている。
だからこそ、怯えるようだったソレは違う感情によるものだとすぐに自覚した。
ああ、そうか、と。
これに名があるなら、そう――武者震いというべきだ。
現時点で名前とか出て来た「勇者」一覧
「欠落」 ■■■■
「太陽」 ソフィア
「銀翼」 ウィリアム・シルバー
「暴風」 トール
「神託」 セイン
「霊峰」 アームズ・レインツリー
「継承」 □□□□(「叡智」の付けたあだ名はネズミ)
「氷姫」 アイシャ・ライオネル←New!!
たぶんこれで今のところ全員かと。
ちなみに苗字の有無は今のところ理由はありません。なんとなく。
まあ貴族なりなんなりで片付けるかも?
アームズがお姫様なので。妾の子ですが。
裏設定
「勇者」とか「賢者」は稀少なロールですが、発現率自体は約20パーセントほどと、そこまで稀少ではありません。
「じゃあなんでレアなの?」という疑問が生まれるわけですが、これは教会の手でロールを検査し、固定させたりするわけですが、稀少ロールは発現している時間が短く、すぐに別のロールへ変わってしまうからです。タイミングよく検査していれば増やせます。つまり、毎日検査してたら割と増える。
個人差で「勇者」を発現しやすい人・しにくい人も当然いますが、一度も発現しない人も少ないという、なんかよくわからんけどレアなロールと思って頂ければと。
これ以上にレアなロールは適正がないとそもそも発現しなかったり、上記と同様に発現時間が少ないロールがあります。
「王」シリーズとか、「竜騎士」とか。前者は王族であることが条件、後者は竜関連の因子を持つ物を装備していることが条件です。竜の牙とかでもオッケー。より因子の強い物であればあるほど、発現時間は長くなります。
普通のロール(「戦士」とか「樵夫」とか「商人」とか)が三ヶ月間ほど発現時間があるとすれば、「勇者」とかは二、三日で別のロールに変わってしまうと思えばオッケー。
適正が高ければ一ヶ月とかのケースも。
以上、裏設定でした。本編に出ることはないでしょう。