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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と盗賊たち
102/129

7-1

 よく晴れた日はとても気分が良い。そう言えるのはこの大陸に来るまでだ。エルフの森はそういう意味では良かった。直射日光を木々が遮ってくれたからな。

 けれどもあそこでじっとしているわけにもいかず、また俺たちは覚悟を決めてギラギラ鬱陶しい日射しの下に身体を投げ出すことになったのだ。


「暑い……」


 アールグランド大陸は乾いた大気と熱せられた大陸であることを、南部から北上することで理解した。

 大陸の気候は基本的に魔王から溢れ出す魔力で決定される。最南端の港町は魔王城から距離があったためそこまでではなかったが、北西部に移動するにつれて気温はどんどん上がってきた。緑の数も減ってきた。おかげで強烈な日射しから身を隠す日陰の数もそこまでない。


 ふざけてる。今更ではあるが、改めてふざけてんのかと文句を言いたい。

 極寒のサルニア大陸から極暑のアールグランドとか。魔王とはとことん俺を苛立たせる存在らしい。もうちょっと、こう、俺に配慮できないのだろうか。


 仕方ないので風と水属性の精霊をそれぞれ召喚し、涼む。非常に勿体ない使い方だとは我ながら思うが、我慢できないから仕方ない。ふー、涼しい。おお、町を歩く連中はみんな暑そうだな。ケケケ、苦しんでろ。俺は一人涼んでいるから。

 涼みながら、そういえばエルフの集落といえばと思い出す。



 ドワーフたちを依頼通りにハーシェルまで無事送り返し、冒険者ギルドへ連絡して俺たちは報酬をもらった。ただ、その帰り道でドワーフは俺たちに新たな依頼を出して来たのだ。それが彼らの国への帰路での護衛だ。まあ、フツーに断ったけど。これ以上ムサいオッサンどもと共に旅はしたくなかったのでな。


 ただし、連中に帰路で死なれても困る。やつらにはスター級金属で俺の武器を作ってもらわなくてはならないのだ。

 だから護衛は受けなかったが、俺の独断でテッサに透明化して付いてもらった。彼女ならば食事も摂る必要は……あったっけ? 忘れた。まあ俺からの魔力提供があれば大丈夫だろう。

 それに、国に届けた後は魔力のラインを介して俺のいる場所を把握できるというのも、テッサを選んだ理由のひとつ。

 渋々といった反応をしていたから、てっきり俺に抱かれ足りないのだなと思ったが、そう聞くと顔を真っ赤にして「ンなワケあるか! わーったよ! 行きゃあいいんだろうがよ! おめーの近くにいるより余程安全じゃねえか!」と叫んで離れていった。これが噂に聞くツンデレというやつか。たぶん再会したときには俺を求めて求めて仕方なくなってるから、それまでに俺もトールを抱いて経験値を溜めねば。



「しっかし、遅えなあいつら」


 俺が背を預けている壁は冒険者ギルドの建物だ。

 この小さな町は山間に存在するオアシスを中心に作られているようで、家々は巨大な岩をくり抜いて作られているようだ。規模的には山に穴を穿ったといった方が的確か。

 冒険者ギルドも例に漏れず同様の構造をしており、風の通り道を確保するためか、抉られた窓越しに中を見やる。


「……何やってんだ?」


 メイが受付でぴょんこぴょんこ飛び跳ねており、サイドポニーでまとめられた髪が跳ねている。エミリーはメイの後ろに立つトールの肩に座っていた。


(おい、エミリー。どうしたんだ?)


 この距離であれば〈精霊通信〉のスキルが使える。それを通してエミリーと連絡を取ると、彼女はホッとしたような声を出した。


『あ、マスター。それがね、メイたちの受けられる依頼がないって言うのヨ』

(はあ? 盗賊退治ないのか?)


 ここから西部へ赴けば、アールグランドでは結構大きな国である宝晶国ガルデニスがある。そこが目的地なのだが、この町からガルデニスまでは二通りのルートを選べた。

 片方はほぼ直線で、峡谷を抜けるルート。

 片方は峡谷を迂回するルート。

 前者は盗賊が出て、後者は森を突っ切る必要がある。だからこそ直線で道行くついでに盗賊退治でもして金を稼ごうと思ったのだが、そういった依頼がないと言うらしい。どういうことだ?


(なんで?)

『なんかネー、ガルデニスの騎士たちで盗賊は退治するカラ、冒険者の手は借りないってことらしいわヨ』

(けど、まだ退治できてないんだろ?)

『らしいワ。ケド、依頼が出てない以上はどうしようもないデショ』


 ま、それはそうか。

 少し考え、諦めることにする。


(じゃあいいぞ、受けなくて。そもそも、ついでのつもりだったんだから)

『そうなんだケドね、どーも、迂回ルートの方で強力な魔物が出てるらしいのヨ。そっちを退治して欲しいって言われてて……』

(断れ)


 なんでそんな面倒なことをせにゃならんのだ。目的地はガルデニス。さっさと行ってさっさと用事を済ませてさっさとずらかるのだ。もうこんな暑い大陸は嫌なのだ。幸い、アールグランド大陸で悪魔が望むような品はこれだけみたいだし。それさえ済めば暑さとはおさらばよ。……まあ、別の大陸に行くにも、一旦サルニア大陸に戻らないといけないから、寒さと再会することになるのだが。もっと身体に優しい大陸に行きたい。


『それが……どーも、懇願するみたいでサァ。メイもトールも、心苦しくて断り切れてないみたいな感じ』


 ふむ。なるほど。


(つまり、俺の考えに待ったをかけるつもりなんだな、って二人に言ってやれ)

『おっ。了解でありマース!』


 ニヤッと笑みをこちらに向けたエミリーが敬礼をする。そして二人に囁くと、にわかに顔色が変わった。


「むむむ無理です! 駄目です! ご主人様に怒られてしまうのです!」

「そんな!?」


 大声なので、こちらまではっきりと聞こえてくる。


「旦那さまが言うのだから、無理だ。申し訳ないが、その依頼は受けられない」

「どうしてもですか!?」

「どうしてもです!」

「どうしてもだな」


 事務員が絶望的な顔をしているが、男なのでどうでもいい。文句あるならてめえが出て行って戦えばいい。

 そもそも冒険者がどの依頼を受けるかは完全にこちらの自由なのだ。どれだけ哀願されようと、すればするほどにギルド側の体裁が悪くなっていくことにやっこさんは気付いているのだろうか。いやまあ、気付いていないのだろうけれど。

 踵を返すメイたちを見て俺も視線を切り――近付いてきた女性に目を向ける。


「それで? あんたは何の用だ?」

「失礼しました。私はこのギルドの支部長を務めておりますフェルトと申します。貴方は『白無垢』殿の主人であられる『欠落の勇者』様でよろしかったでしょうか?」


 話し掛けて来たのは銀髪褐色肌の妙齢の美人。暑いからだろう、露出の多い上に薄い衣装を身に纏っている。冒険者はそうでもないが、町行く人々も似た感じなので、そういう地方なのだろう。暑いのも悪いことばかりじゃないな。永住したくはないが。


「そうだが……何の用だって俺は聞いてる」

「聞いていたでしょう? 『白無垢』殿たちは主人である貴方の意見に従っておられる。ならば、貴方の方を説き伏せるのが最善かと判断しました」


 ま、その通りだな。俺は冒険者ギルドのメンバーではないので中に入れない。直接交渉するなら、こうして外に出て来るしかないのだ。だが、支部長本人が出て来るまでとは一体どういう事情なのだろうか……。


「ご主人様~」

「ぬっ」


 背後から腰にタックル。軽い衝撃なのでまるで痛痒はないが、それでも予想外の衝撃なので鈍い声が出てしまった。おのれメイ、後でお仕置きだな。


「えっ!? ご主人様ひんやりです!?」

『あれ? そういえば、マスター精霊召喚してるノ?』


 ちぃ! 気付かれたか!


『この感じは……水と風の精霊ネ! それで冷やしてると見た! どうヨ!?』

「ええ!? ずるいです! ご主人様ずるいです! メイも暑いのです!」

「喧しい。俺の持つスキルで俺が快適になって何が悪い」


 これこそスキルの有効活用というものだ。水を飲むときには魔法で水と氷を生み出して冷水を飲めるし、冬なら火属性で白湯を飲める。誰か酒とかリンゴとかパッと出す魔法を生み出してくれ。死に物狂いで覚えるし、協力するから。そのためなら魔王の一人や二人くらい倒してもいい。


「ずーるーいーですー! ご主人様ー! メイにもー!」

「ああもう鬱陶しい! 〈召喚〉!」

「ぼぇあっ!? あつっ!? 暑いです!?」


 邪魔なので風と火の精霊を召喚してメイにまとわりつかせた。頭に手を当てて困った風な体勢でメイはその場をパタパタ駆け始めた。誰かにぶつかったりしないかはトールが見てくれているから問題ないだろう。


「召喚魔法……? 『欠落』様は『勇者』ロールなのでは……いえ、詮無いことですね」


 フェルトは俺が召喚魔法を使ったことに疑問を抱いたようだが、訊ねるのはやめたようだ。臭い物には蓋ってやつか、賢いな。誰が臭い者だこの野郎。風呂にはあまり入れてないけど清潔にしとるわい。トールにきちんと毎晩、水を絞った布で身体を拭かせている。

 余談だが、地属性とか木属性の魔法を組み合わせることで石鹸とかも生み出していて、我が一行はしっかり身綺麗にしている。これができるのはたぶん「勇者」とか「賢者」、「魔法使い」のロールだけだな。これもスキルの有効活用といえよう。

 リンゴ生み出す魔法はよ。種族固有スキルとかでも無理矢理覚えるから。


「旦那さま、彼女は一体?」

「ここのギルド支部長だ」

「申し遅れました。私、ストン冒険者ギルド支部長を務めております、フェルトと申します」


 優雅に一礼するフェルト。トールはそんな彼女を見てしばし逡巡していたようだが、自己紹介しようとする。支部長がわざわざ出張って来たということで何か考えたのだろう。

 ただフェルトは支部長なだけはあり、彼女は既に「白無垢」一行の情報は得ているそうだ。


「こんな野外で長々とお話するのもなんなので。こちらへどうぞ」

「ああ」


 フェルトの案内で俺たちはストンの町を歩くことになった。メイみたいな幼女にエミリーという精霊。それにサキュバスらしく容姿の優れたトールに隻腕隻眼の男ということで以前から注目を集めていたが、そこにフェルトが加わったことでもう町の耳目は俺に集中してるといっても過言ではなかろう。

 まあ俺に注目が集まるのは仕方ないな。たぶん後光とか射してるに違いないしな、直視したら目が潰れるレベルで。もうそれ呪いか何かなんじゃないかな。

 悪魔との契約は呪い扱いなので、俺は世界で一番呪いを受けている人間だろう。目潰しの呪いくらいオートで発動してるかもしれない。


 そんなどうでもいいことを考えながら付いて行くと、フェルトは酒場のようなところへ入って行った。話は付いているようで、店員の案内に従って奥の方にある個室へと進んで行く。


「へえ」


 そこはこれまでの町並みを考えると、随分と文明的な部屋だった。窓がないのは頂けないが、閉塞感を生まないように色彩鮮やかな織物が壁に掛けられている。天井ではシーリングファンが緩やかに回転しており、部屋の四隅にある氷柱の冷房効果を加速・循環させている。また香も焚いているのか、その香りも同じように循環されていた。仄かに甘いものの、気を休めるに適した落ち着いた香りだな。


 部屋の中央には横長の大きなローテーブルが所在し、上座らしき場所には大きなクッションソファが。他にはそれなりのクッションがあり、床には一目しただけで豪華だとわかる絨毯が敷かれている。VIPルームというわけだ。


「『欠落』様はあちらへお掛けになってください」

「当然だな」


 下座にでも座らされようものなら即座に帰っていたところだ。ましてや上座に座るのがメイだった日には三日三晩水のみという罰が与えられるところであった。「白無垢」として名を広めているが、実際は俺とトールで難敵を倒しているわけだし……まあ難敵というのは一般的な話ではあるのだが。


 俺からすればただのでかいトカゲに過ぎないドラゴンであっても、普通に町が滅ぼされるレベルの脅威なわけで。最近遭遇する人間とかのレベルがインフレしてる気がしないでもないが、普通の村人とかの平均レベルは一〇くらいなのだ。才能限界という壁もあり、六〇レベルもあればかなり持て囃される領域である。

 だから八〇レベルそこそこの獲物を群れ単位で討伐したりしている「白無垢」一行は脅威的な速度で冒険者階級を上げており、既に最高位に到っている。


 とはいっても、冒険者の中では一〇〇レベルを超えている者もいないわけではない。少ないのは確かだが、それでも各大陸に十人以上は常駐している。旅をしている者を含めればもっと増えるだろう。


 才能限界といえば、先日トールがその壁にぶち当たった。本人はしょんぼりしていたが、旅をしていれば彼女に適合する限界突破アイテムとか見付かるかもしれないし、俺個人としてはあまり気にしていない。

 それにこれはむしろ丁度良い機会ともいえるだろう。ここで彼女は剣技だけでなく、各スキルもうまく使いこなす技術を身に着けてもらいたい。そうやっていればスキルレベルも上がるし。

 下手にレベルが上がる状況だと、困難に直面した際に安易にレベル上げという方法で打破しようとする癖が付くかもしれないからな。色々頭をこねくり回して「現状の能力でどうすればいいか」を思考する力を修得させないと。


 それらを踏まえた上で、今回の話を考える。

 ただ脅威となる魔物が現れたとかなら、単に戦闘力の高い冒険者へ指名依頼を出せば済むだけの話なのだ。そりゃあ偶然丁度良いタイミングで俺たちがやってきたという可能性もなくはないが、それだけでここまでの好待遇というのもないだろう。

 裏を返せばただの白金階級冒険者でなく、「白無垢」一行でなければならない程の依頼ということだ。この接待は甘んじて受けるとして、依頼を受けるかどうかは慎重に決めねばなるまい。


「はふぅぅ……涼しいのですぅ……」

『気持ちイイわネェ! ここしばらく暑かったからサァ!』

「おまえは自分で自分を冷やせばいいだろ?」

『簡単に言ってくれるケドネ! 普通無理だからネ! 魔力保たないカラ! 溶けるのは論外だから節約して、騙し騙しやってんノ!』


 へえ。精霊って熱で溶けるんだ。まあ雪の精霊だし、そういうこともあるのかな? 最悪の時は手を貸してやろう。もちろんいずれ返してもらうが。利息は一日一割でいいか。

 まずは歓待を、ということらしい。フェルトが合図すると、踊り子風の衣装を着た美女たちが次から次へとおっぱいを震わせながら料理や飲み物を運んでくる。良くわかっているじゃないか。


「ご主人様、目がやらしいのです……」

「ばかもの。これは礼儀というものだ」


 魅せるための衣装に動きだ。注目しない方が失礼だろう。なので遠慮なく彼女らの姿態を観察させていただいた。いやー、えがったえがった。これで後は料理と酒を楽しんだら帰ってもいいくらいの気分だ。


 出される料理は香辛料がふんだんに使われているものが多く、酒もそんな感じで、少し癖の強いものが多い。メイとトールはあまり気にしていないようだが、俺はちょっと好きではないかな。エミリーも俺と同じようで、あまり食指が動いていない。

 歓待用の伝統料理的なものなのかもしれないが、これなら普通の食堂で出る野菜炒めのが好きかな。ただの焼き魚とか。ところでリンゴは? ないの? 怒るよ?


「そろそろ、本題に入ってもよろしいでしょうか」


 料理を口にしながら雑談を交わしていたが、空いた皿も多くなってきたところでフェルトが切り込んでくる。ここからが本題というところだろう。一体どんなリンゴ料理が出るのか気になるところだ。そうじゃないね。


「『欠落』様はガルデニスへ向かうとお聞きしましたが」

「そうだな。その予定だ」

「ターウィン街道を進むということでしたが……ああ、ほぼ真っ直ぐのルートのことでございます」


 俺たちはこの地の人間でないので、主要都市の名前くらいは一応覚えているものの、細かい町の名前とか道の名前とかは覚えていない。

 そも、興味のない相手のことはすぐ忘れてしまうのが俺の特技である。最近でいえば、先日の依頼を受けたドワーフの名前も忘れた。というか、誰が出て来ても判別できない自信がある。たぶんフェルトのことも、一週間もすれば忘れている気がする。容姿は覚えているだろうが。美人だし。結構巨乳だし。褐色肌の女性はあまり相手にしたことがないからなあ……。


「それがどうかしたのか?」

「ええ。というのも、我々としては依頼を受けて頂いて、迂回ルートを取ってもらいたいところなのです」


 だろうな。それでメイは受付の事務員に泣き付かれていたわけだし。


「いやだ」

「ご主人様……」


 メイが眉を垂らしてこちらを見てくるが、知ったこっちゃない。俺がこういうお願いをされたらまず第一に断るってのはわかってるだろう?

 隣のトールに軽く目を向けると小さく頷き、「旦那さまの好きになさるのがよろしいかと」と返してきた。奴隷のメイより奴隷みたいだなおまえ。俺としては困らないからいいが。


「お話だけでも、耳を傾けてはいただけないでしょうか?」

「それくらいならいいぞ。こういう席まで用意してくれたわけだしな」


 それで俺が首を縦に振るかどうかはまた別の話だ。そのことはフェルトも重々承知だろうし、言う必要はなかろう。この会話は格式美ってやつだ。


「まず、直進ルートの方なのですが。数ヶ月前より盗賊が大量に現れております」

「らしいな。けど、その討伐以来はないんだな」

「ええ。あの辺りはガルデニスの管理区域なのですが、あちら側で依頼が出ていない以上はどうしようもないので」


 それもまた妙な話だ。それならガルデニスの兵が盗賊を倒しに行くのが普通なのだが、それもないのだろうか?


「騎士団が出ているにはいるのですが、どうもうまくいっていないようで……。メンツの問題もありまして、余計に冒険者ギルドへ依頼を出すのを渋っているというのが現状なのです」


 馬鹿げた話だな。流通を大事にしないとは何を考えているのだろう。

 まあ勝手に滅んでくれたらいいか。俺は俺の用事を済ませるだけなのだから、疲弊してくれればその分楽になる。


「そのため、あのルートを使う商人などは護衛を雇っているのです。ですが、それでも無事通過できる確立は半々といったところで」


 となると、迂回ルートの方に人は流れる。誰が危険な盗賊の蔓延るルートを使おうと考えるだろう。

 ……話が読めてきたぞ。


「迂回ルートの方に問題が起こったわけだな」

「その通りでございます」


 にこ、とフェルトは微笑を浮かべる。ふう、俺くらいのプレイボーイでないと、今の笑みであっさり依頼を受けちまうくらいの色気だ。危ない危ない。そんなにセクシャルな雰囲気を発したからって、ちょっとくらいしかぐらついてないんだからね。

 少なくともトールという存在がいなければ、受けていた可能性がある。ハニートラップとはこのことか。なかなかにクリティカルかつピンポイントな攻撃を放つじゃないか。これは手強い。


 迂回ルートに問題が発生した。しかしそれが依頼という形になっているということは、盗賊の類ではないということだろう。ああ、ガルデニスとはまた別の管理区域であるという可能性もあるか。


「迂回ルートの方は湿地帯がいくらかあるのですが、そこにフィッシュタイガーという魔物が現れまして」

「ほう」


 聞いたことのない魔物だな。どんな見た目をしているのだろう。まあ聞いたことがないという時点で、俺にとって雑魚というのに代わりはないのだが。


「正確は非常に凶暴で、湿地帯を音もなく移動し、一気に攻撃してくるという魔物です。体高もそれほどではないため、剣士では戦い辛い相手だそうです」

「魔法は?」

「強固な皮革を持つため、効果が薄いそうです。同様に、槍や弓といった攻撃もそれで阻まれてしまうそうでして」


 なるほど。レベル以上にそういった身体性能で倒し辛いというわけか。レベルを上げて物理で殴ればすべて解決する気がしないでもないが、そう簡単にレベルも上がるわけではないので仕方あるまい。そも、俺たちにこういった接待をしてまで依頼してくる時点で、他の白金階級の冒険者でも歯が立たなかったのかもしれない。


「その迂回ルートというのが、ここストンとガルデニスだけでなく、北西部の町などとも繋がるルートなのです。ガルデニスの直進ルートだけなら封鎖されてもそこまで大きな問題にはならないのですが……。あちらの方が使えないとなると、ストンやガルデニスだけでなく、ストン以南や以北の町なども交易の被害が大きいのです」

「ふーん」


 知ったこっちゃねえな。そういう話ならガルデニスの方でも依頼は出るだろう。あちらは国と名乗るだけあるのだから、俺たち以外にも有力な冒険者は来るだろうし、そいつらがそのうち倒すんじゃなかろうか。


 ガルデニスは別名宝晶国と呼ばれるだけあり、宝石や貴金属で有名な国だ。山脈を挟んで裏側にドワーフの街があるというのも偶然ではあるまい。宝石や貴金属で有名ということは、魔石や魔具の類もそれなりにあるだろう。有力な冒険者たちが訪れる可能性は非常に高い。

 うん。俺たちが受ける必要性はどこにもないな。


 俺の反応が良くないのを察したのか、フェルトは少し伏し目がちな顔になった。そ、そんな顔したって駄目なんだから。何を言おうと、受けたりなんかしないんだからね! 絶対なんだから!


「……もしも引き受けて下さるのであれば、今夜私の身体を自由にして頂いても構いません」

「よし。万事この俺に任せるがいい。なあに、フィッシュタイガー如きイチコロよ」


 鼻息荒く答えてやる。

 まあね。そりゃあね。困ってる人がいるならね。人助けもしようってやつよ。これでも一応「勇者」名乗ってるんでね。そういうの見逃せないし見逃さない人間なんでね。


「よ、よろしいのですか、旦那さま……」


 何故かショックを受けた様子のトールが愕然として訊ねてくるが、別に問題などどこにもない。むしろ光り輝く未来しか見えない。明日の朝日は随分眩しくなりそうだ……。


「本当ですか!? さすがは『欠落の勇者』様ですね!」

「おうともよ。あ、ところで、そのフィッシュタイガーの見た目、絵か何かにできる?」

「ええ。こちらにございます」


 満面の笑みを浮かべたフェルトは腰に下げたポーチから紙を取り出し始める。

 メイやエミリー、トールから視線を一身に浴びるものの、何故なのかわからない。やはりアレか。俺があまりに素晴らしい存在過ぎて目が離せないのだろうか。視線吸引力世界一を名乗れるやもしれんな。「欠落」の視線吸引力は世界一ィ! これは全世界が嫉妬ですわ。


 そうこうしてフェルトが四つ折りの紙片を取り出し、俺に手渡してくる。その際に指先と指先が触れ合い、くすぐるようにしてきた。この女、デキるな……。


「どれどれ……」


 紙を開いていく。メイやトールも横から顔を覗かせてきた。エミリーは俺の肩に乗っている。

 さてさて、フィッシュタイガーとはどんなモンスターなのか……。


「ほ、ほう……」

「これは……」

「え、これ……」

『こ、こいつは……』


 なるほどね。うん、そうか……。

 そういうことか。


「ワニじゃねえか!!」


 俺の叫び声に店主たちが慌てて部屋に駆け込んで来る騒動になるのであった。


 ちなみに、デザートはリンゴだった。よきかなよきかな。

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