7-0 プロローグ
第七章開始です!
まあプロローグなので短いですが。
夜であるというのに、それはまるで昼であるかのような光景だった。
燃え立つ城は煌々と城下町を照らす。辺りを席巻する喧噪は昼のそれと違い、あまりにも負の色に傾き過ぎている。
棚引く黒煙は黒天に吸い込まれ、さながらこれが天の運命だというかのようだ。
「そんなことが、あってたまるものですか……!」
彼女は近衛兵に誘拐のように連れられ、城から脱していたゆえに難を逃れた。
もっとも、それは彼女にとって新たな難を運び込んで来たともいえる。
「ああ……」
父も、母も、兄も弟も。
自分たちを育ててくれた侍従たちも。
守るべき国民たちも。
彼女はそれらの死をその目で見届けねばならなかったからだ。
「どうしてこんな……」
いや、口にしただけだ。わかっている。
近衛兵たちも彼女の心情と同じなのだろう。普段感情を表面に出さないよう訓練しているはずの彼らとて顔を歪め、涙を流している者も少なくない。
彼女も、彼らも。誇りを踏み躙られたのだ。
彼女たちの生まれ育った国はこうして滅ぼされた。
侵攻してきたのは近隣にある強国。
前々から彼女たちの国を支配下に治めようと手を変え品を変え迫って来ていたのだが、ついには最終手段に打って出たのだ。
それも、不文律となっている事前通達もなしに。
魔王の支配する土地で生きる人間たちは常に魔王軍の脅威に晒されている。彼らが人間を滅ぼそうとしてこないのは、単に見下しているか享楽かの二択だった。
だからこそ人間たちは力を合わせなければならないのだが、どうしても人というものは集まれば意見が割れる。ゆえに国というものが複数存在する。そして意見を違えた場合、交渉や今回のような戦争という形で意見をまとめることになるのだが——魔王という人類共通の脅威がある以上、徒らに数を減らすのは愚行でしかない。
そのため、戦争を行う場合というのは事前通達をする取り決めがある。これはどの大陸のどんな国家であろうと共通だ。
その内容としては戦場の指定、開戦日時、勝敗決定の基準など。
それもなしにいきなりのこと。彼女たちの国は抵抗する間もなく、戦力を集めることすらできずにあっさりと滅ぼされてしまった。
「許さない……!」
連中の望みはわかっている。再三この国を手に入れようとしてきたのも、すべてはソレが欲しかったからだ。これまでの交渉でも、度々ソレに言及してきた。
国宝級の魔具「創稀石」を彼らは狙って来たのだ。
「絶対に……復讐してやる」
唇を噛んで血を流し、彼女は双眸を見開いて、殺すべき敵兵たちを睨め付け続けるのだった。
◇◆◇◆
白銀の輝きが城の頂点を貫き、天を割るかのように立ち上る。その奔流はさながら天上へ向かうための瀑布の如く。
崩れいく黒城。彼は自分の身の内からとある繋がりが消えていくのを感じ、己が主人が破れたのを理解した。
背後では自分の率いて来た兵たちが数人。誰も彼もがこの事態に動揺し、慌てふためいている。それも仕方のないこと。彼自身、こんな日が来るなんて思ってもみなかった。
犯人はわかっている。あの男だ。
怒りが血を沸き立てる。全身の体毛が逆立っているかのような激憤を、歯を噛み締めながら落ち着かせる。
『おまえは群れの長だな? じゃあ、いつだって冷静に、群れをまとめていることだ』
かつての主人が、まだ跳ねっ返りだった自分へ言った言葉を思い出す。あまりの力の差で叩きのめされ、死なずに済んだのは慈悲によるものか、あるいは。
どちらにせよ、それから彼の忠誠は主人へのみ向けられた。他の仲間たちから見ても、彼の忠誠ほどの者はおそらくあの四人くらいしかなかっただろう。同胞ではまた話が変わるのだろうが。彼の同族は強い者に従う気質だからだ。
あの男は主人を破った。ゆえに、あの男はより強い存在だ。
気質からすれば、あの男に新たな忠誠を向けるべきなのかもしれない。
しかし、そんなことは彼の誇りが許さない。
忠誠を向けるのはただ一人のみ。二君には仕えない。
「皆、これから辛いことになるかもしれない。……だが、あの男を倒すためだ。今は雌伏の時なのだ」
ゆえに、彼は決戦の時を未来に送ることにした。
あの男は強い。だからこそ、勝てる場と状況、戦力を整え、最高の状態でぶつかるべきだ。
これもまた、主人から教授された知恵。
己が牙と爪をより鋭くさせるための、第三の武器。
「今は浮かれているといい。しかし、いずれその首は我らがもらう」
崩れ落ちる黒城——主人の墓標を睨め付けるようにして、彼はそう呟いた。
◇◆◇◆
主人を亡くし、売りに出され、彼女と彼は新たな主人に買われることになった。
今のような状況よりはマシだろうと思い、確かにマシではあったが、あくまでも「マシ」だ。
前の主人は人で無しだった。
彼女と彼に愛情のようなものはなく、ただただ己の道具として使えるように鍛えられた。けれども、たった二人だけの姉弟が共に暮らせるだけの時間と空間は作ってくれたのだ。
それが自身へ忠誠心を向けるためのものだとわかってはいたが、それでも、雨風を避けられる寝床や温かい食事はきちんと摂れる環境をもらえたのだから、文句はない。
主人の道具として凶刃を振るうことも、糧を得るためなのだから躊躇いはなかった。
だが、今回の主人は違う。
彼女と彼はひたすらにペットとして扱われるだけだ。
否、それより酷い。ただのコレクション。鑑賞品として用いられているだけだ。
前の主人に買われる前であったなら、それでも良かったかもしれない。
けれど、今は違う。
彼女と彼は血の味を知ってしまった。獲物を切り裂く快感も、命を奪い合う鮮烈で冷たい緊張も。
己の牙と爪の活かし方を知ってしまった。
自身の血を目覚めさせてしまった。
世間一般の奴隷たちにこんな話をしたなら嫉妬の余り殴り掛かられるかもしれない。
でも、彼女と彼は今の境遇を堪え切れなくなりそうだった。
この牙と爪が錆び付くなんて許せない。
そのことが新しい主人に知られてしまったのだろうか。二人は別々の部屋で暮らすように指示されてしまった。狡猾なまでに自由を狭められ、二人が接触する機会は一切合切断たれた。
姉は薬を得るために逆らえず、弟は姉の薬代を購うために逆らえず。
それでも。二人はただただその時を待ち、計画を練る。
人間たちは知らないだろう。けれども、自分たちには他の連絡手段がある。
家族であるからこそ可能な手段が。
二人は自分たちの体臭を操り、それを暗号とした言葉で互いにやり取りする術を身に着けていた。
そうして計画を練り、二年という歳月を掛け、ようやく計画を実行する時がきた。
実行といっても、特に何かをするわけではない。
少しずつ。そう、少しずつ——周囲の思考を言動によって変えていく。
まるで赤子が愛嬌を振り撒くことで周囲に保護されようとしているかのように——二人は些細な言動で少しずつ、少しずつ周囲の意識を塗り替えていく。
あまりにも狡猾な毒の罠。気の遠くなるような時間を掛けて、致死量を今の主人たちに蓄積させていく。
幼い頃から時間を掛け、ようやくそれぞれが冒険者としての資格を得て外出を許されるようになるには十年もの歳月を必要とした。
主人のコレクションとしての役割もあるため、基本的にどちらか片方は主人の館に待機していなければならないが、それでも仮初めの自由は得たのだ。
「こほ、こほ……。あとはわたしの薬さえ、自給できるようになれば……」
最低限の準備はできた。牙も爪もなまってしまってはいるが、これで研げ直せる。
奴隷としての烙印はあるが、それも高位冒険者となればどうにかなるだろうという淡い期待も持って。
天稟の才能を持つ姉と、努力と野生本能を保ち続けた弟。
二人の狩人は鎖付きではあれど、野に放たれた。
誰が誰なのかは第七章、八章でわかると思います。
まあまだプロットの段階なのでアレですが。予定は未定ってことだネ!
うまくいけば七章ラスト辺りでわかるかな?