番外編 100話記念!
別に調整したわけではないのですが、「ちょうど100話やんけ!」と思ったので。
そういうわけで番外編です。
時系列は特に考えてないので、いつかのどこかと考えてもらえれば幸いです。
ひょっとするとエルフ編直後かもしれないし、もっとずっと先の話かもしれないです。
なんも考えてないです。この話自体プロットもなにもなく即興なので。
「何故だ……」
とある街での出来事だ。
いつものように宿を取ってメイやトールたちに冒険者ギルドや商業ギルドへ、道中狩った獲物の素材を買い取りに向かわせた後、今夜辺り手頃な娼館はないだろうかと吟味に吟味を重ねた。大事な仕事だ。ただ素材を売るだけのメイたちよりも何十倍も重要な仕事を俺は為しているのだ。
そして、日々流し切れてない汗とか垢とかを盛大に流そうと湯屋に出向いたわけだ。娼婦たちも、相手をするのが汚い男よりは清潔な男の方が良いだろうとの判断だ。俺は紳士なのだ。
「…………ファック」
この街の湯屋は男女別だった。まあそういう湯屋も少なくない。というか、街の規模が大きくなればなるほど湯屋自体も大きくなったり複数存在したりもするので、仕方ないだろう。
逆にいえば、田舎だったり小さな村であれば混浴の湯屋が普通だということでもある。わざわざ湯を沸かすのも手間だし、それならみんな一緒でいいじゃないということだ。効率重視の結果そうなるというのは非常に理解できる話だ。
またそういう小さな村などではとかく人手に困っているので、混浴を介して性欲を刺激し、子供を増やそうという企みもあるのだろう。
旅をしているとそういった湯屋は平然と存在しているため、混浴に抵抗する冒険者はみんな新米という考えが冒険者界隈では存在する。顔を真っ赤にして拒絶するのは三流、タオルを巻いて素肌を隠して二流、何も気にせず全裸で突っ込めるようになってようやく一流ということだ。
俺? 俺は超一流だから服を脱ぎながら湯屋に向かうよ。時々半裸のまま湯屋から出ようとするよ。暑いもの。暑いから脱ぐ。しごく真っ当なものだと思う。
「だってのになんだこれは。どういうことだ」
何故か湯屋から出て火照った身体を冷やすついでに喉を潤そうとそのまま飲み屋に向かったのだが、衛兵を呼ばれて取っ捕まった。
あちらも仕事なわけだし、罪を被りたいわけでもないから大人しく従って上記の主張をしたわけだが、受け入れてもらえなかった。何故だ。
「よう新入り。ここでは俺が先輩だ。わかったら今すぐ——」
「黙れ小僧」
投獄された牢屋の中には先に一人いた。小汚い小僧が威張り腐っていたので舌打ちついでに黙らせ、どっこらせと適当に腰を下ろす。
「ぎゃあ! おい! どけろ!」
「ん……? 喋るな、この椅子。不思議なもんもあるもんだ」
「何が椅子だ! おい、ざけんな!」
「ハハハ、世の中何があるかわからんな。喋る椅子だと? 俺は喋る物が大嫌いなんだ。喋る剣とか最たる例だな。椅子が喋るのもガタガタ動くのも気に食わん」
「何い——ってえええええ!?」
服の裾を捲って小汚い肌を抓って黙らせる。さらに横も、ついでに横もと抓り続けた結果、背中には紫色の縄のような痕ができた。
しくしく泣き出したので、やれやれとため息を吐きながらどいてやる。まあこれでどちらが上かは理解しただろう。
「おいガキ。俺は喉が渇いたぞ。何か持ってこい」
「む、無茶言うなや! ここは牢屋だぞ!」
「嘘吐け。おまえ、どうせ何度も脱獄してんだろ?」
告げると、ガキは目を丸くして驚いた。そう驚かれるような話でもないと思うんだけどな。
「なんで、わかる?」
「痩せ細ってないから」
ここに入れられるまでの囚人たちをチラ見してきたが、どいつもこいつも痩せていた。配給される食料事情がよろしくないのだろう。囚人を腹一杯にさせる理由もないので当たり前でもあるのだが。
ただそうなると、このガキが丸々……とまではいかないが、ガリガリでない理由がわからない。そこら辺の町並みを駆け回っていてもおかしくない程度には肉付きが良いのだ。
また、向かいとかの囚人も、ガキほどではないが肉付きが良い。これは連中がガキの脱獄を黙っている代わりに何か分けてもらっていると考えるのが妥当だ。
これだけならば連中たちも投獄されて間もないという反論が浮かぶ。けれども、こいつらは俺が牢屋に入れられるまで大人しかった。これはおかしい。ガリガリの囚人たちでも元気がある者は看守たちに怒鳴っていたりしたのだから。
それに加えるなら、このガキの態度。俺が投獄されたときに先輩面しやがった。つまりはそれくらいの期間は囚人ライフを楽しんでいることになる。
以上の理由から、俺はガキが脱獄常習犯で、外で飯を食ったりしているのだろうと推測した……という話をガキにしてやった。
ガキは心底驚いた様子で、向かいの牢に入れられている囚人に目配せしたりしている。
「…………」
まあぶっちゃけると義眼のスキル使っただけなんだけどね。
ガキのロールは「盗賊」で、生意気にも銅色へランクアップしている。レベルは一六と低いのだが、安全な街で暮らしている住人だと考えればおかしくない。
冒険者に向いているかどうかの判断基準として、二〇レベルまでに才能限界の有無というものがある。レベル上限が高い者ほど才能限界は高いし、一度壁を超えた際のステータス上昇量も高い。また、次の壁もある程度遠くになる。決して一レベル毎に才能限界に打ち当たるということにはならないのだ。
そして保有スキルに〈隠蔽〉がある。その名の示す通り、隠したい物を隠すスキルである。スキルレベルもそこそこに高い。これなら近場である限り、隠したい物はほぼ魔力消費なしに隠し続けられるだろう。
それからガキに水か何か買いに行かせ、俺は適当に牢屋でころころ転がっていた。
ガキが隠していたのは便所脇にある穴だ。ちょうどガキ一人が抜けられるくらいの大きさである。便所なんて見たり調べたりもしたくないだろうし、そこで屈んでいたら用を足していると誤解されるから、ちょうど良い場所だったのだろう。
ころころしていると石畳がひんやりしてて良い感じ。風呂上がりで火照った身体にちょうど良い——わけあるか馬鹿!
「この俺をここまで不衛生な牢屋なんぞに閉じ込めやがって。しかも謂われなき罪で……許さんぞ!」
パンツ一丁で外を出歩いてたからって何が悪い。パンツ穿いてるんだから問題ないだろ。むしろ武器を携行しながら酒飲んだりしてる冒険者の方が余程凶悪だと思う。パンツ一丁なんだから、見るからに無力じゃん、俺。
一応、今は服を着ている。大人しく捕まったのは厳重注意で終わるならと考えたのだが、甘かったようだ。俺の優しさにつけ込むとはな……。まさか俺の優しさがこんな事態を招くとは予想だにしなかったぜ。「英雄」ならともかく「欠落」なのにな。
そうこうしているうちにガキが帰ってきた。顔が半分膨れているが、たぶん転けたか何かだろう。ジト目で見てくるので話を聞いてみると、衛兵に殴られたとのこと。
なんでも、このガキは両親が亡くなってから身寄りがなく、この街に孤児院がないためスリで生活していたらしい。で、捕まったのだとか。
住処がないからこの牢屋で大人しくしているわけだ。向かいの牢屋の男も似たようなものだそうだ。
けどここの牢屋で出る食事は量も栄養も足りないから、脱獄しては戻って来ているということらしい。
あと色々と衛兵が賄賂とか平気で受け取るだの無体なことしてるやつがいるだのという話を聞いたが、別に珍しい話でもないので軽く聞き流す。
それからご苦労と告げて革袋に口を付け、液体で喉を潤した。
「ブハアッッ!!」
「ギャー! きたねえ!」
「にゃにのましゃったこにょガキュ!」
頭がフワフワする! なんだこれなんだこれ! 酒だ! これ酒だ! しかも度数高い! 一発で酩酊するわこんなもん!
「ゆるしゃん……ゆりゅしゃんじょ、にゃにゅもきゃも……」
「あわわわわわわわ」
そこで俺の意識は途切れた。
で、意識を取り戻した。
同時に鋭い痛みが頭を襲う。あと吐き気。これ知ってる。二日酔いだ。
「ぅ……?」
なんだコレ? 何があった? なんで俺は全身を妙な鎖で縛られているんだ? 俺が意識を失ってから何があったんだ——くっ、頭が!
「ご主人様ぁ……」
「旦那さま……」
『マスター……』
「馬鹿じゃねえのか、おまえ……」
前を向けば、とてつもなく疲れた様子のメイたちが、同様に疲れた様子の看守と共にいる。勿論というかなんというか、格子越しにだが。
「なんだなんだなんだってんだ。俺を縛るなんて許さんぞ。むしろ俺は縛る方が良い」
「では私が」
「そうじゃねえだろ! 馬鹿か二人揃って!」
いそいそと鎧を脱ごうとするトールの頭を叩いてテッサが鋭く突っ込む。
「オマエ、昨夜何をしでかしたか覚えていないのか?」
「さっぱり記憶にございませぬ」
へらっと嗤うと看守の顔に青筋が浮かんだ。
「昨夜、オマエは脱獄したんだ! それも捕まってた囚人たちを率いて!」
「マジで?」
「本当なのです……」
『冒険者ギルドにも緊急依頼が来てワタシたちも逃げ出した囚人を捕まえようと手伝ったのヨ……』
「まあ、実際のところ、私たちがメインにしたのは酔って暴れる旦那さまを止めることだったのですが……」
「どんな腕力してんだおまえは……。家を壊すわ馬小屋薙ぎ倒すわ……」
ヒュー、さすが俺!
「まあ酔ってやったことだ。他意はない。情状酌量込みの推定無罪だろ」
「そんな話が通るか!」
馬鹿な。俺をここに閉じ込めておくとか世界の損失だぞ。俺一人野放しにするだけでひょっとするとドラゴンが絶滅するくらいのことはありえるぞ。
「領主様が直々にオマエを断罪する! それまで大人しくしていろ!」
「いや」
「なんだと!?」
とりあえず要望には拒否する。これが俺の生き様だ。とくと見よ。
そも、大人しく捕まったのだって無罪になると思ってたからだ。有罪になるってんなら黙っているつもりはない。壊した家とか馬小屋はまあ代わりに建て直してやろう。それくらいはする。むしろ俺の魔法ならもっと立派にしてやれる。感謝感激雨霰で涙目を向けられる未来が今にも見えそうだ。
「こんな鎖程度で俺を留めていられると思うなよ」
力を込めて鎖を引き千切ろうとすると、メイが焦った様子で口を開いた。
「駄目なのです! ご主人様、それ、呪いの鎖なのです!」
「呪い……?」
『ソーヨ! 巻き付いた相手に離れなくなって、その段階で一度脱力させる呪いと、無理矢理解くともっとキツいことになる呪い!』
「捕まったときのご主人様、口からすごい噴水だったのです!」
マジかよ。公衆の面前で吐いちゃったか。まあ俺のリバースしたものなんだから聖水みたいなもんだな。
「いや、たぶんそれ鎖が食い込んで吐いただけだろきっと。俺酔ってたみたいだし」
「ええ……」
我ながら酒弱いしな。度数低いやつをチビチビ呑む分にはそこそこいけるけど。トールやテッサみたいにカパカパ呑んだりはできない。ドワーフは論外。連中の肝臓はバケモノだ。むしろ水じゃなくてアルコールじゃなきゃ水分と認めない呪いか何か掛かってんじゃないのかってレベル。
「何を馬鹿な。いいか、どうせ死刑だろうがその鎖を——」
「ふんっ」
「なあっ!?」
大した呪いでもあるまいに。そもそも、呪いなんて今更怖がるか。悪魔との契約でアホほど呪われとるわ。おかげで程度の低い呪いなら無条件で弾けるわ。
全身に魔力を宿し、光属性に変換。身に纏った鎖が浄化され、呪いが黒霧となって消え失せる。それと同時に力を込め、鎖を引き千切った。
「さすがは旦那さまです」
「ありえねー」
「テッサ、これ食っていいぞ」
「食えるか!」
「では私が」
「食えるか!」
「どんな物であっても旦那さまが下賜してくださった物だ。私は食べるぞ」
「腹壊すってレベルじゃねえぞ!?」
「残念ながらトールに食わす鎖はない」
「そんな……」
「へこむなよ! そんな理由で!」
しょげたトールだったが、頬を軽く一撫ですると頬を赤くさせて元気になった。チョロい。
「ば、馬鹿な……」
「よし、おまえ。領主んとこに連れてけ」
「何を言うか!? オマエのような危険人物を——」
「連れてけ」
「ひっ!?」
軽く。そう、かるーく殺気を放ってビビらせる。ついでにニコリと笑っておいた。何故かメイとエミリーも震え上がった。
「ま、悪いようにはしないよ」
安心させるように、そう告げておいた。
◇◆◇◆
領主との話し合いは順調に終わった。具体的に言うと、俺の希望がすべて通った形だ。
「下衆でしたね、あの領主は」
「あんなもんだろ」
暴力には頼っていない。脅しというなら昨夜の件で十分だろう。俺は覚えていないが。
そうして力があると見せた上で、賄賂を送って話を付けたのだ。
送った品について説明をし、さらには向こうの用意した人員に〈鑑定〉させたところ、説明が本当だと判明した。直後、態度が軟化するどころか揉み手で接待してくるくらいだ。
「でもでも、ご主人様、良かったのです?」
『ソーヨソーヨ! アレ、こないだダンジョンで見付けた魔具じゃないノ! ワタシたちが見付けたのニィ!』
「奴隷の物は俺の物。俺の物は俺の物。当然だろうが」
『ムー! この恨み、晴らさずおれん!』
「やー! なんでエミリーさん、メイを殴るです!?」
『マスター殴るとか怖過ぎるデショ!?』
「納得だけど納得できないのです!」
俺が譲った魔具はアクセサリーの形状をしたものだ。装備者のレベルに応じ、周囲の者たちもそれと同等のレベルと見せかけるだけの幻惑系魔法が内包されている。つまりは野生の獣やモンスターに狙われ難くなるということだ。
これ、俺にはあまり意味がない。俺なら殺気を放つだけで片付くからだ。
メイたちに装着させて俺のレベルを誤認させるという使い方もあるが、気配を殺すなんて当然のようにできるのでやはり意味がない。そういう技能はないとエルキア大陸ぶらり一人旅なんてできない。
ただ、あくまでも俺にとってはという話。これが別の者であれば絶大な効果を持つだろう。
通常そういった魔法は「盗賊」とかそういう斥候系のロールがスキルとして修得するのだが、あくまでもそれらはスキル使用者のレベルが基準となる。
ところが俺の渡した魔具は誰であっても使えるものなので、非常に便利なわけだ。
「国宝クラスの魔具をああも容易く……さすがは旦那さまですね」
「メサイアなら気軽に作れそうだけどな」
「あー、それは……」
「いいよ、別に」
トールは完全に俺たちの味方というわけではない。あくまでも彼女は「叡智の魔王」の幹部であり、そちらの陣営だ。今は所以あって俺たちの仲間なだけで、完全な味方ではないのだ。だからメサイアが果たしてどこまでのものを作り出せるかという情報はこちらに流せない。こちらとしても、そういった情報が欲しくてトールを仲間にしたわけでもないから問題ない。身体で払ってもらえりゃいいのさ。
領主の館を無事脱した俺たちだったが、別に無罪放免ではない。壊れた家とか馬小屋とかを建て直すというのが条件として存在する。
そちらに向かい、ぱっぱと魔法で作ってやった。地属性の魔法と木属性の魔法とをそれぞれ使い分ければこんなもんあっという間ですわ。魔力だけは消費するが、別に危険はないので問題ない。
「では、そろそろ出ますか?」
「んにゃ、まだ野暮用がある。まあすぐ終わるから食い物とか買っといてくれ。……あ、そうだ」
メイの方に向き直り、頭をぽふぽふする。メイは嬉しそうに笑みを浮かべた。えへーとか言ってる。阿呆面この上ないな。
「なんです、ご主人様」
「素材とか売ったろ? いくらくらいになった?」
「そうなのです! すごいのですご主人様! 聞いて驚くのです!」
「はよ言え」
「あいだだだだ痛いのです!」
サイドポニーを掴んで引っ張り上げ、ドヤ顔を一瞬で悲痛なものに変化させてやる。
「はう……いつか禿げるのではと心配で心配で、メイはごはんが喉を通らないのです……」
「じゃあ今日おまえ水と塩だけな」
「嘘なのです! だから許して欲しいのですご主人様!」
『メイも鳴かずば罰されまい……』
エミリーが憐憫の目をメイに向けていた。
この脳の足りなさは確かに憐憫の目を向けるに足るわな。
「大銀貨で一〇〇枚なのです! これは記念すべきことなのです!」
わーい、とメイは両手を高く上げ、さらにはぴょんこぴょんこ飛び跳ねる。全身で喜びを表現しているようだ。イラっとする。
「そんなシケた額で喜んでんじゃねえ。これは罰だ、没収だ!」
「うえええええ、なのです!? そんな話聞いたことないのです!」
あるだろ。さっそく忘れてるなこのトリ頭。奴隷の物は主人の物なんだって言ったろ。
エミリーに言った台詞だが、エミリーとメイはセットみたいなもんだから、やはり覚えていなかったメイが悪い。
「はうはう……。メイ、あのお金で屋台巡りするつもりだったのです……」
『そんな時間ないわヨ、メイ。ね、トール?』
「そうだな。使う時間もなかったのだから、むしろさっぱり諦められて良かったのでは?」
「そう言われると、それもそうなのです」
「んなわけねーだろ。どういう頭してんだよおめーら……」
なんだあの馬鹿ども。ちょっと怖いわ。
あんな馬鹿どもと一緒にはいられんね。俺はこの場を立ち去らせてもらう!
メイたちと別れ、あちこちに目を向けながら街を歩き回る。娼館は惜しいが、さすがに時間もないので諦めることにした。代わりに今晩はトールで愉しもう。テッサを混ぜてもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、ようやく探し人を見付けた。
「よう」
「ッッ!?」
「捕まえに来たのか……?」
「ん? ああ、トールたちと一緒にいるの見たのか。違うよ」
俺が探していたのは牢屋で同獄だったガキと、その向かいの牢屋にいた男だ。
「おまえら、これからどうする気なんだ?」
「どう、するもこうするも……」
「すべてオマエのせいだろうに……!」
二人は牢屋に戻れない。俺が壊したらしいので物理的に戻れないが、それ以上に戻れない理由がある。
それが何かといえば、当然俺が暴れた原因。つまりは酒である。
どこで手に入れたのかと探してみれば、俺が捕まっていた牢屋に穴が空いていたのが発見されたわけだ。大きさから見ても時間的にも、犯人は俺でなくガキであることがすぐにわかる。
また、俺は他の囚人たちも連れて脱獄したようだし、つまりは正々堂々正面からぶち破って出たみたいなので、俺が暴れた結果生まれた穴という言い訳も成り立たない。
で、ガキが捕まれば、穴を使って脱獄して何をしていたかという話になる。囚人相手なのだから取調べでは拷問もされるだろう。ガキが正直なところを言っても信用されない恐れもある。なので、この男もまた戻れない。ガキを見逃していたとして余罪を被せられるからだ。
「ま、迷惑掛けたみたいだし。これやるよ」
「は……。なんだよこの紙?」
「ばっ!? これは……!!」
男の方は気付いたみたいだ。
「免罪符」
「免……?」
「免罪符、だと……?」
免罪符。これを持ってたら罪をひとつ失くしてくれるというステキな符だ。
別に符って言っても「符術士」とか「陰陽師」とかは関係ない。ただの紙だし。だが効果は絶大だ。
免罪符というのは領地を経営する領主などが発行するものだ。罪とは法があって成り立つものでもあるから当然だな。俺は領主との話し合いで、この二人の分の免罪符も貰って来たのだ。
これで二人は晴れて無罪ということになり、囚人ライフから街人ライフへランクアップということ。
「けど、金が……またスリで戻るだけだろ」
「酒代払ってなかったからこれやるよ」
そう言って渡すのは、メイから奪って来たげふん——俺の金だ。ああ、俺の金だ。
「なんだよ、この大金……」
「大銀貨……何枚だ、これ……」
「さて。わからん。まあ酒代にはなるだろ?」
大銀貨一〇〇枚。つまりは金貨一〇枚分だ。二人で使えば数年は余裕で暮らせるだろう。ほそぼそと使うのであれば、もっと保つかもしれない。
「多過ぎるだろ、絶対……」
「いや、受け取っておこう」
「いやいや。だって、あの酒代だって元々は……」
そう、スリで奪った金だ。こいつの金じゃない。
ここで満面の笑みで受け取るようだったら、ここまでだった。降って湧いたような金だから惜しくもないし、風呂を出てのんびり涼むだけで捕まるような街で得た金なんて要らんわ不愉快な。
「だろうな。だから、それが多いというなら、俺の代わりに仕事でもしろ」
「は?」
「何を言い出すつもりだ……?」
けど、こいつは拒否した。まあ男の方は微妙だったが、気持ちはわかるので許す。グレーゾーンだしな。推定無罪。良い言葉だと思う。
だから、この後のことも考えてある。
「孤児院でも経営しろ。この街にはないみたいだし、領主も教会も支援金は出してくれるさ。治安問題にも繋がるしな」
どこまで支援金が出るかはわからないが、出さないということはないだろう。少なくとも、俺の渡した金があればしばらくはなんとかなる。それまでの間に基盤を作ればいい。作れないというなら、それはそこまでという話。俺が最初から最後まで面倒を見るわけにはいかないのだ。
俺には俺の生き方があるように、こいつらにはこいつらの生き方がある。
孤児院をやるのはとりあえず仕事として任せるが、いつ辞めようともそれはこいつらの勝手だ。それで成功するもよし、失敗するもよし。好きにすればいい。
最初の切っ掛けを作るだけ。けれど、そのとっかかりがあるのとないのとでは全然違うだろう。
「どうしてそこまで……。俺が、俺が——」
「いやちゃうし。おまえ関係ないし。調子乗んなよ」
「いてっ!」
なんか眉を逆立ててガキが怒って来たので、デコピンして黙らせる。
「俺が元々孤児院出身だからって話だよ。だから孤児院がない街ってのが気に食わないだけだ」
言って、二人を連れて街の郊外へ進む。手頃な広さの場だ。
しかし日当りがそこそこ良いな。あの領主、結構良い土地を提供するじゃないか。これはこのガキのロールを説明した上で、うまく利用すれば賄賂もらったりしてる衛兵とか発見できるぞと甘言を囁いた甲斐があった。
「『大地の抱擁』」
地属性の回復魔法を土地に向けて行使する。ただの「魔法使い」や「僧侶」の回復魔法では威力が足りないが、俺の魔力なら話は別だ。豊かな土地になるだけでなく、光属性の魔力も少し混ぜておいたので浄化作用もあるだろう。
効果が切れるまでではあるが、ここで生活している分には病気に掛かり難くなるし、程度の軽い結界効果も併せ持つ。まあその気になれば破れる程度の結界効果だが。気の迷いで盗みに入る……みたいな被害はないだろう。ピンポイントで狙われたら話は別だが。
続いて、さっき建物を建て直したりするのに使った魔法を再度用いて、それなりの規模の建物を作る。塀も作って、中庭のような場所も確保した。ここを畑にすることだって十分可能だろう。
「これは……」
「すごい……」
「つってもガワだけだけどな。必要なもんはさっきやった金で買えばいいよ。んじゃ、そゆことで」
「ち、ちょっと待ってくれよ! なんだってここまで……」
「あん? さっき言ったろ、仕事だって」
惚けた顔をする二人に言ってやる。
「俺はおまえらを孤児院の院長と副院長として雇ったわけ。けど生涯で払われる賃金はその金だけなわけ。むしろ極悪の経営者だよ。どうするも自由だ。別に見回りに来るわけでもないし、好きにやれ」
あーだこーだ言って来そうで面倒だったので、それだけ早口で言い残してさっさとずらかることにする。
声が届かないくらい離れてから振り返ると、二人はこちらに向けて頭を下げていた。一体いつまで下げ続けているつもりなのかちょっと興味が湧いたが、メイたちを待たせているかもしれないので諦めることにする。昨夜は面倒かけたみたいだからな。
「ああ、らしくもない。俺みたいな善人が悪いことすると心に来るな。これも『強欲』とかのせいかな」
嘆息し、足を運ぶ。
不思議と足は軽い。
昨夜から縛られていた鎖は呪い付きだと言っていたから、それが解けた反動のようなものだと思うことにした。重い鎧を脱いだら身体が軽く感じるのと同じ理屈だ。
「こんな悪い気分のときは酒だな。今晩はトールとテッサと呑み交わすか」
街の出口へ向かう。そこには既にメイたちが待っていた。こちらへ向けて手を振っている。
ふと、かつての幻影をそれに投影する。
あの頃一緒だった誰か。
もういなくなってしまった誰か。
新しく出会った誰か。
ただ違いがあるのだとすれば。
俺は一度あらゆるものを失った。
けれど、その代わりに。
その喪失の形をした「欠落」を心に宿せた。
きっと、失ったからこそ得られる何かもあるのだろう。
あの頃一緒だった誰か。
もういなくなってしまった誰か。
それらの喪失があるからこそ、新しい出会いを大切に、生まれた痛みを愛して生きることができるのだと思う。
新しく出会った彼女たちに向け、俺は歩みを少しばかり早めるのだった。
欠落「何か忘れてる気がする……気のせいかな」
領主「牢屋直されてないやんけ……」