1-0 プロローグ
初投稿です。お目汚しにならなければ幸いです。
世界は動乱と破壊と悲鳴に溢れていた。
ただでさえ脆弱な力しか持たない人間は野生動物という脅威に晒され続けているが、それ以上に強大な力を持つ魔族及びモンスターが存在しているからである。また、各大陸に一体づつ、その大陸の魔族を支配する王である魔王も存在していることも原因だった。
人間にとって最良の魔王と考えられているのはサルニアと呼ばれる大陸を支配する「叡智の魔王」だ。最良といっても人間たちと共存しようと手を差し伸べているわけではない。単に、人間を他の野生動物と同じ類のモノとしか見ていないというだけ。しかし、敢えて自分たちから人間を殺そうとしないだけマシだった。
彼女からすれば人間はアリのようなものなのだ。道の上にいれば踏み潰してしまうかもしれないが、そんなことを気にする者はいない。また、わざわざ踏み潰そうなどと考えるほど暇でもない。だから人間は勝手に生きて死ねばいい。それが「叡智の魔王」の判断である。
魔王がそうだからか、サルニア大陸に存在する魔族もそういった感性の者が多く、魔族が直接な脅威でない分、まだ平和な大陸ともいえるだろう。
一方、最悪な魔王と考えられているのがエルキア大陸を支配する「強欲の魔王」。
彼の力は「叡智の魔王」に並ぶほどであり、そして、感性は逆だった。
魔王とは大陸を支配する者のこと。ゆえに、エルキア大陸を支配する自分はその地のすべてを自由にすることができる。そんな風に彼は考えていた。
人間たちが彼を最悪だと考えているのはその思想も理由の一端だが、それ以上に趣味が悪辣なのである。ある意味、魔族の王というイメージを体現しているといえよう。他の魔王たちは「魔王」のイメージが損なわれるということで嫌がっているが、実際問題、人間からすれば程度の差であり、他の魔王も凶悪であることに違いはない。
例を挙げるなら、「強欲の魔王」は子守唄代わりに生物の断末魔を聞く。これだけで、彼がどれだけ凶悪な魔王かは誰にでもわかる。
魔王や魔族、モンスターが凶悪であるなら、人間たちはもう勝ち目がないのか?
そんなはずもない。「強欲の魔王」のような存在がいる以上、それに対抗すべく動く人間たちや組織も存在するのだ。
その最たる例が勇者と呼ばれる存在だ。
創造神によって造られたこの世界、そして生物はみな個々人のステータスを持つ。その中にはロールと呼ばれる特殊なステータスがあった。
ロールに「勇者」が記載されている者は必ず抜きん出た能力と潜在能力を持つ。人間たちは勇者を発見することと育てることに心血を注ぎ、魔王を打倒するための旗頭としていた。特攻隊長ともいえよう。
魔王や勇者は以上の理由から複数存在した。単に魔王と言ってもわからないため、「叡智の魔王」や「強欲の魔王」のように二つ名が付けられる。これは勇者にしても同じことだった。
そして――「英雄の勇者」が「強欲の魔王」を倒してから一年が経過した。
しかし、「英雄の勇者」のパーティは勇者を含め、誰一人として帰ってくることがなかった。
果たして「英雄の勇者」は何処へ行ってしまったのか?
ある人間は言う。「英雄」は他の大陸も救おうとしているのだ、と。
ある魔族は言う。「英雄」は「強欲」との戦いで相討ちしたのだ、と。
ある魔王は言う。「英雄」は私が殺した、と。
ある悪魔は言う。「英雄」は役目を終え、「欠落」したのだ、と。
「いやあ、実に……実に面白い勇者だ!」
遠見の水晶玉という魔具を用い、その悪魔は自分の掛けた呪いとリンクされた「欠落の勇者」を眺めていた。
勇者はある店に入るところだった。勇者と呼ばれる者であれば決して立ち入ることのないであろう店だ。
しばらくして、勇者はその店から出てくる。その後ろには一人の少女がいた。十歳に届くかどうかくらいのまだ幼い少女だった。
彼女のうなじの部分には〈服従〉の呪いが刻まれている。要は奴隷印だ。
「愉しませてくださいよ、『欠落』さん? 私を愉しませるのが、あの日『強欲』を討ったときとの契約なのですから」