◇バレンタインデー
明日はバレンタインデー。
女の子の告白イベントだ。
この日のために一年間、苦くも甘いチョコレートのような恋心を抱いてきた。
何度この思いを吐き出そうと思ったか、何度この思いに押しつぶされそうになったか。
私の思いを知らないあなたには分からない。
ラブレターなんていう古典的なものは、もう誰も書いてない。下駄箱にこそこそ入れるのは悪印象な感じがあるし、正面切って渡すくらいなら、正面切って告白をすればいいとすら思う。
そう、私は思う。
だから、この日を待っていた。
ラブレターなんて文字を書かなきゃいけないものでもなく、告白なんて言う言葉に表さなくちゃいけないものでもなく、正面切って手渡すだけの簡単なもの。それが、バレンタインデーのチョコレート。
正真正銘のラブレターだ。
私がラブレターを渡すのは、先輩。
私は2年生だから、この機会を逃したら先輩にチョコレートを渡す機会なんて一生ない。
苦くても、甘くても、一生に一度きりの思い出。
手作りにしようか、ブランドのものにしようか。バレンタイン情報が解禁されるたびに悩んで、悩んで、悩んで。それでも当日渡す直前までこれでよかったのかなと思案して、でも、もうどうしようもないからどうしようって不安になって。
刻一刻と迫ってくるタイムリミットに、胸の鼓動は高まる。
ああ、あと3分。
私が伝えた時刻ぴったりに来てくれたなら、もうそれしかない。
きてくれるか、来てくれないかすらわからない。そんなドキドキも、もうすぐ終わりそう。
遠くから聞こえる足音が廊下を伝ってここまで響いてくる。
だんだん大きくなっていく足音。
耳元で響く私の鼓動。
緊張で震える足と指先にぐっと力を込めて、開いた扉に向かって言う。
「先輩、受け取ってください!」
意を決して言った言葉に、先輩は笑って……。
私はそれをどうとらえたらいいかわからなくって、困惑していると。
「お返しは、ホワイトデーじゃなくて今でいいのかな?」
なんていうから、私の許容範囲は越してしまった。
「へっ、はっ、はい!」
声が裏返ったかもしれない。
むしろ、声が出てたのかすら定かではない。もう、緊張に緊張が重なって記憶すらもあいまいだ。
でも、一つだけ覚えてる。
先輩が笑顔でこう言ったことを。
「よろこんで」