第五話「陰謀と忠実」
依頼の申し出を素直に受け取れない煉。黒鵜が身を呈して守ったものに感謝の意と共に己の強さを侮ったことが煉の思考を鈍らせていた。それを察しているのかいないのか、ヨウは淡々と依頼を頼もうというのだから当然である。
「おい、ジェン・ヨウ。いくら何でも唐突過ぎるぞ。」
流石にこの対応に歯を向けたローパーは魔法を持続させた状態の掌をヨウの肩に乗せる。それはいつでもてめぇの肩を砕くことができるぞ、という凄みが真っ赤に濡れた顔から伝わる。
「その手を離してくれないか。ローパーさん。」
「気安くさん付けで呼ぶんじゃねぇ。初めからてめぇの事は気にくわなかった。黒鵜さんの対応にしてもそうだ!俺たちに有無も言わせないで何処に連れ去りやがった!」
込められた力がヨウの肩に食い込み始める。痛みを我慢しているのか、ヨウは眉を潜めるが、食い下がらない。
「彼はちゃんとゲン・ガンの医療施設に運んだよ。取って食おうというつもりも毛頭ないからね。」
「ぐっ!」
呻いたのはローパーであった。ヨウの肩を握る手が弱まると同時にヨウはすかさずローパーの腕を鎖で雁字蒻めにし、関節を固定する。邪魔されぬようローパーの手を外し、煉へと歩み寄る。
「初めまして、今回の依頼をしたジェン・ヨウです。」
「・・・はい。」
「落ち込む気持ちは察するけど、いつまでも落ち込んではいられないよ。」
「・・・あんたに何がわかるんだ。」
「わからないよ。だから他人行儀できるんだ。」
ヨウにとっては他人事であるが、それを理解するには煉はもう少し冷静さが必要であった。
「・・・・・・依頼というのはなんだ。」
「いい面構えだ。早速で悪いがとある人物を殺して欲しいんだ。」
「暗殺の依頼・・・・・・誰を?」
「ヴォルフ・ロレンツォ。」
「っ!?」
その名を聞いた瞬間、煉は咄嗟にサーシャを見る。幸い、ひどく憔悴しているようで、名前を言われた時に反応はしていないようだ。相当先程の出来事がショッキングだったのだろう。
「・・・・・・ここじゃ、話辛い。場所を変えていいか。」
「あぁ、いいよ。」
素っ気ない態度であるヨウを睨むことでしか反抗できないでいた。何故、サーシャの父親を殺すという案件がましてや自分の依頼としてきてしまったのか。この世の不幸を今煉だけが背負っているようにも感じていた。
二人で別の場所へと向かう光景をただ見ていたローパー。真っ赤に塗れた顔からは大粒の汗が流れ、血と一緒に下へと流れていた。何故、動けなかったのか、それはローパーの足に穿たれた楔のような鎖が証明していたのであった。
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「説明をしろ。」
不遜な態度で依頼者につっかかる。その態度に気にせずヨウは淡々と説明する。
「ヴォルフ・ロレンツォ。彼は若くして最愛の妻を亡くしたが、同時に娘を手にいれた。それがサーシャ・ロレンツォ。それは仮にも執事をしていた君には既知の事だろう。娘を養う事に関して男は愛よりも地位にすがった。魔国エレボスの貴族の地位へと上り詰めた男の武勇伝を気に入らない輩は多くいるさ。僕は気に入らないという観点からは観ていないけど。」
続けてヨウは説明する。
「だからこれは僕からの依頼でもあって恨み辛みを持ったエレボスの貴族達からの願いでもあるのだろうね。だけど、僕は選定者。選ばれた者を定めるのが僕の役割。無論、君も選ばれている。」
「あんたに何を気に入られたかは知らない。それにこの依頼も引き受けない。それよりも、あんたを殺して恨みを持った貴族どもも殺してやる。」
「土に埋没された村・・・・・・。」
「・・・・・・!」
不意に出た言葉に反応する煉。ヨウの目を驚いたように見つめる。何故こいつが村の最期を知っているのか。
「何のことだ。」
「土の魔法で埋められた村があることは知っていたよ。僕もそこに訪れたことがあるからね。次に訪れた時には何もない更地になっていたからその辺りを調べただけだよ。」
「・・・・・・あんた、何者なんだよ。」
「知りたくはないかい?何故、あの村が崩壊しなければならなかったのか。それを僕は知っている。」
「!?」
「取引だ。この依頼を受け、終わらせた暁にはあの村が崩壊した理由を開示してあげよう。」
忘れようと仕掛けた思い出が直ぐ様甦り、思い浮かんだのは屈託のない笑顔を見せて虫を見せる弟の零であった。顔が一瞬で燃え広がり、続いて崩壊し燃えている村の情景が煉の脳裏を鮮明に埋め尽くし、戦慄していた。
「断ることはできる。だが、君の復讐は永遠に果たされることなく、永い間監獄に幽閉され続けるだろうね。」
全てを知っているような顔がそこにはあった。人を見下すことなく、達観しきっている青年の顔が。ジェン・ヨウという人物は不思議と何でも知っているかのような雰囲気を煉に見せており、この機を逃せば二度と村についての情報は聞き出すことは叶わないのだと脅しているようにも思える。拳を握り、歯を食い縛り、恨みの籠った目は達観している眼を射抜いた。
「・・・・・・わかった。その代わり、必ず村について教えてくれ。でなければこの依頼は放棄する。」
「・・・・・・うん、いい選択だ。ヴォルフは今館にいるはずだ。遂行したらまた此処に戻ってきてくれ。」
納得したヨウを見ることなく煉は既に歩き始めていた。その背中越しに聞こえる少女のすすり泣く声を受けながら。
煉が見えなくなるのを確認し、丁度弄が帰ってきていた。
「主よ、慎重に送り届けた。して、この男は何をしておるのじゃ?」
「あぁ、おかえり。邪魔をしてくれていたから少し痛い目に遭わせていただけだよ。」
横目で大粒の汗を流し、此方を見やるローパー。興味なさそうな返事をし、弄はサーシャを見やる。
「して、この娘がわしの同胞の。」
「あぁ」
すすり泣くサーシャに近付き、しゃがむ弄。
「何に泣く?」
「クスンッ・・・・・・クスンッ、黒鵜さんに。」
「あの老人はお前を助けたことに誇りを抱いたのじゃ。そこは感謝しなければならん。泣くのは無礼じゃ。」
「で、でも。私がここに来なければ黒鵜さんは傷つかずに済んだ話です。」
「それはお前が悪い。興味本位でこの戦場に赴いたお前がな。」
「・・・・・・。」
「だが同胞よ。その判断は正しい。」
「えっ?」
そっとサーシャの頭を抱き、弄は呟く。
「それは自然なことだ。仕方あるまいよ。」
頭に直接伝わる小さな動悸。不思議と気持ちを和らぎ、身体の緊張も解れている。
「弄、そろそろ準備をしよう。」
主であるヨウが示唆する。名残惜しそうにサーシャの金色の髪を梳いて立ち上がる。
「あ、あの・・・・・・さっきから同胞って言ってたけど・・・・・・。」
「同胞は同胞よ。いずれ気づくであろう。またの。」
フードを再び被り踵を返し、ヨウと弄は森の中へと消えていった。ヨウが姿を消すと同時にローパーに掛かっていた鎖が消え、緊張した身体は地面へと倒れる。
「っ!はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。只者じゃねぇのはわかっていたが、まさかここまでとはな。」
鼻で嗤い、己の無力さに嘆いた。その後、サーシャに肩を貸されながらローパーは港の医療所で治療を受けた。
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グレフィーク港、領主の館。普段であれば気さくに館へと入ることができるが、今の状況下で易々と門をくぐることを煉はためらった。ジェン・ヨウからの暗殺依頼。サーシャの実父、ヴォルフ・ロレンツォを殺すこと。殺しの依頼というのをあまり受けない煉ではあるが、依頼は依頼。こなしてきたものは全てを殺してきた。だが、今回ばかりは身内を殺すようなもの。相当の覚悟を以て、己を殺さなければならなかった。
「・・・・・・。」
握りしめた拳を解き、ゆっくりと鉄製の門を開ける。いつもより重く感じていた。
中は見た目ほど広くはない。エントランス、客間、書庫、厨房、領主の部屋、娘の部屋と小金持ちの人が住むような設計である。領主曰く、必要以上のものは望まない、と至って質素で堅実な性格の人物であった。仕える執事やメイドも誰一人いない。必要最低限の執事一人だけを仕えさせ、娘と共に切り盛りさせていた。
「・・・・・・。」
歩く度に床に敷かれている花崗岩と大理石の石畳がカツカツと音を立てる。磨きがかった石畳は明かりに反射し、煉の憂いの満ちた表情を映している。このまま依頼を進めれば本来の依頼主であるヴォルフを殺すことになる。かといって、自身の故郷が崩壊した理由を知っているとされるジェン・ヨウの情報が欲しくない訳ではないのだ。二つを天秤に掛けることなど甚だ難しい。しかし、決心は着いてしまっているのだ。歩みを止めることはできない。
暫く進むと正面の大きな部屋への扉が現われる。そこが領主の部屋である。ヨウ曰く、ヴォルフは何らかの理由で館に帰っているという。ノックもなしに部屋の扉をゆっくりと開ける。意外にも扉はあっさりと煉を迎え入れるように軽かった。
窓からは月光が差し込み、窓の前にいる人物の影を部屋に照らしていた。武骨ながたい、人よりも高い身長。庶民の出とはいえ、下剋上を繰り返した男の背中はあまりにも逞しかった。
「煉か。久しいな。」




