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第四話「暴食のグルグ」

 グレフィークへ向かう前にローパーは確認の為にジェン・ヨウに尋ねた。

 「一つ疑問がある。どうしてエレボスやエイレーネではなくこのゲン・ガンのギルドを訪ねたんだ?」

 最もな疑問。グレフィーク方面に現れたとなれば当然エレボスのギルドに依頼を出すのが真っ当な判断である。それなのに、エレボスを無視し中間都市であるゲン・ガンのギルドを訪ねて来たのかローパーは不思議でならなかったのだろう。

 「うん?あぁ、そのことね。その答えは簡単な事だよ。」

 ヨウと側にいる少女はローパーを見やる。黒い瞳は何を見据えているか、ローパーには計り知れない。

 「僕はここに居た人物を勧誘しに来たのさ。兆しが見えたからね。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「(兆しってなんのことだよ。ったく、このデカ犬以外に敵がいるとは思いたくないがよ)」

 目の前には金色の狗。神社の狛犬を彷彿とさせるが、ローパーは狛犬という置物を知らない故、デカ犬と表現している。

 「兎に角、だ。てめぇをこれ以上先に進ませるのはギルド的にも許さねぇってことだ。覚悟しろ。」

 口上を述べるローパーにグルグは何の感情も見出せていない。見出すことができないでいる。グルグの思考は既に一つの欲に呑まれている故に眼前に立ちふさがるもの全てはグルグの食糧なのだから。

 ――グルァァァァ!

 巨大な口を開き、ローパーを呑み込まんとグルグは迫りくる。想定していたローパーは焦らずに横に避ける。躱されたことを気に介さずすぐさまローパーに向かって巨大なトラバサミが閉じようとする。ローパーが構える。

 「その身は引力に囚われず、あらゆる斥力からも耐えれる加護。テスティアの寵愛を賜り、我に強襲の力を!」

 構えたローパーから白い靄が溢れ始める。両手が靄に包まれると両腕を広げてグルグに立ち向かう。その意図を考える事すらないグルグはそのままローパーを噛み砕こうとする。が、ローパーは地面に腕を突き立て、直ぐに引き抜く。すると、地面が抉り出され、草木の根っこなども見えている。勢いを乗せてグルグの口内へと叩き込む。

 ――グガァ?

 グルグは柔らかな物ではない固形物に噛み付いたことで一瞬の隙が生まれる。それを機にローパーは確かな一撃をグルグの側頭部に叩き込み、一旦離れる。が、グルグは脳を動かされたというのに動揺もせず、距離を離したローパーに追撃するように尻尾を巧みに使って薙ぎ払う。

 「っ!」

 両腕でをクロスさせ尻尾からの衝撃を緩和しようと試みるが、勢いは緩まずに幾本かの樹を背にぶつけながら飛ばされていく。漸く落ち着いたと思った瞬間にグルグは再びローパーへと牙を振りかざす。よろめくローパーはこのひと噛みを避けられない、かに見えたがグルグの口は開いた状態で固定される。

 ――グ、グガァ!?

 グルグの身体から鋭利な土塊が拡散するように貫かれている。先程ローパーが食らわせた土塊がグルグの体内で破裂したのか。

 「ふぉっふぉっふぉ。体内に地面を取り入れるとは食いしん坊じゃな。」

 樹の影から老人が現われる。蒼い木の杖を支えに黒鵜がしゃがれ声で嗤う。

 「黒鵜さん、遅いですよ…。っつか、あいつ(煉)は?」

 服に付いた埃を払いながらせき込むローパー。土塊が僅かながらの時間を稼いでいる内に煉とも合流したいと考えるが、肝心の煉は未だに来ていない。

 「心配せずとも来るじゃろう。が、それまでに持ちこたえるのが大変じゃな。」

 ――ガルゥゥアアア!!

 痛覚がないのだろうか、土塊が突き刺さった状態で口内の土塊だけを噛み砕き、体内へと戻すグルグ。

 「暴食と言われるだけの事はあるな。だが、簡単に食われる訳にはいかねぇ。」

 「ふぉっふぉっふぉ。勇ましい限りじゃ。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「黒鵜さんが言っていた場所ってのはこの先か。」

 グレフィーク港より東寄りの森。既に開戦の火蓋が切っているのか地を震わす轟音が森の奥の方から響いていた。ローパーと黒鵜のコンビであれば並大抵の敵であれば敵う者はいないが、監獄獣という未知の敵であればどうなるかはわからない。故に煉を呼びよせ不測の事態に対処できるようにしようという黒鵜の考えである。が、煉が気になるのは黒鵜とローパーに情報を提供したという人物である。

 ジェン・ヨウ。黒鵜曰くこの事態を事前に察知し依頼をしてきたという人物。何故監獄獣がバスティーユから脱獄したのか、その意図を説明はしていなかったそうだが果たして……。

 憶測を心に秘め、煉も戦地へと赴いていく。後ろから付いてくる影に気付かずに。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ――ギュルァアアアアア!!

 激しく抵抗するグルグによって周りの樹々は崩壊し、大部分の森林が破壊されている。バーテンダー服もところどころ破れたローパー。杖の一部が欠け、息遣いが早くなる黒鵜。ローパーの足には地面から抉り抜いた円形で武骨な土塊が両足に。黒鵜の周りには屈強な土製の鎧に身を包んだ土塊の戦士が立ち並ぶ。

 「くっそ……。こいつスタミナが無尽蔵なのかよ。こっちがへばっちまう。」

 「持久戦ではわしも流石に堪えるのぅ……。煉もそろそろ来るはずなのじゃがな!」

 土塊の戦士に指示し、土製の武具を構えてグルグへと立ち向かう。剣を携えた戦士は突撃を仕掛け、鎚を携えた戦士はグルグの足元を狙い、後方から槍を投げる戦士、弓弦を強く引き、鋭利な土の矢を複数放つ戦士。連携が保たれた攻撃に相手を一網打尽に出来るだろうが、それは対人間であればの話である。

 ――グルルル……グゥアアアア!!

 紅い閃光が揺らめく。グルグの目が紅い光を帯びて左右上下に移動する。先程までの動きとは一線を画し、動きが更に俊敏になる。放たれた矢を牙で一蹴し、槍を前足で粉々にする。間合いを一気に詰め寄り、戦士達の首から下をごっそりとかすめ取っていく。すかさず黒鵜へと攻撃を仕掛けるがローパーが足元の土塊を回し蹴りで飛ばし、グルグとの距離を保つ。

 「これじゃあいたちごっこだ。煉はまだなのか!?」

 素足を見せるローパーであるが、素足の状態こそ彼の真骨頂である。ローパーが持つ魔法は剛力。手足に宿る力は巨大な倒木すらも容易く握り潰し、足の指は地を掴み地面を抉り出すことも可能としている。が、所詮は魔法。継続して発揮しなければ効果がない。故にローパーは既に肩で息をするまでに疲弊しきっていた。再びグルグは牙を研ぎ澄まし、二人に飛び掛かる。その次の瞬間。

 「瞬動、空打連撃!」

 グルグの横腹に空気を圧縮した連撃が炸裂する。突然の攻撃にグルグも対応できず、衝撃を緩和することなく樹々を薙ぎ倒していく。

 「ったく、登場が遅いぞ。煉!」

 「すいません、近くで動きを観察していました。」

 「ぶん殴るぞごら!」

 「ふぉっふぉっふぉ……。まだまだ余裕だと思われておるのじゃよ、ローパー。」

 ――グルァァァァ!!

 グルグの爪撃が煉へと迫る。が、煉も伊達に観察に徹していた訳ではなかった。迫りくる死の連撃。その僅かな隙を煉は掻い潜る。左斜めから降り注ぐ鋭利な爪に顔面すれすれで左に躱し、下から迫る爪に敢えて前へと進みグルグの鼻っ面に空撃を入れる。

 煉が持つ魔法は圧縮。空気を圧縮することによってより遠い的にも強力な一撃を放つことが可能になる。圧縮された空気を拳で打ち出すことによって拳骨の形をした空気がグルグの鼻っ面に鈍い音が響いた。恐らくは鼻の骨を砕いた音である。

 ――ガァァ?!

 怯んだグルグの隙を見逃すはずはなかった。ローパーは再び剛力を発動し、グルグの懐へ潜り込み腹の体毛を掴む。

 「うおおおおお!!」

 力任せに振りかぶり、グルグの毛皮を引き千切る。グルグの鮮血を浴びつつもローパーは更に腹に手を突っ込む。何かを掴むと再び力任せに引きずりだす。

 「うらぁぁぁぁ!!」

 ――ギャオオオオ!!!!

 何故今までの攻撃がグルグに通用しないかを煉は考えた。それは属性が関係しているのではと考えた。全ての生命には何かしらの耐性を生まれ以て備えている。グルグにも耐性があり、黒鵜の土魔法やローパーの土塊蹴りが通用しないことが見て知れた。グルグは地に属する攻撃に耐性があるということだ。なればこそ、煉こそが好敵手になりうる。煉の扱う圧縮魔法は謂わば天を味方に付けるもの。地に属さない攻撃であればこそ初めてグルグにダメージを与えれるのだと。怯んだ所をローパーは肉弾戦に持ち込んだのは正解であった。

 「煉!でかいのを決めてやれ!」

 「ご注文のままに……!」

 煉の正面の空間が歪む。圧縮された空気が濃密になり、うねりを見せて渦巻く。次第に圧縮された空気は球体へと変わり肥大していく。悲鳴をあげたグルグは初めて恐怖を覚えた。獣でありながら火を怖れぬグルグは何事にも食欲という欲が恐怖を覆い、食らうことが克服の仕方でもあった。が、満たされた胃を外界に晒され、目の前の出来事に恐怖した。今すぐにでもここから退散し、恐怖を喰らわねばならない。だが、ローパーが懐で掴んでいるものとはグルグの巨大で柔軟な胃そのものであり、恐怖を喰らう為にもある大事な臓物はひとたび逃げることがあれば引き裂かれて無残にも投げ出されるだろう。逃げ場はなかった。

 「圧空……弩崩!!」

 放たれた拳の一撃は慣性にならってうねりを見せてグルグへと迫る。逃げる術を失った狗は断末魔を上げる暇もなく圧空に呑み込まれ、血飛沫とどこの部位かもわからぬ身体の一部が辺りへと飛散し、残ったのは立ちすくんだ四つの足だけであった。目標を失った圧空弾は方向を変わることなく進み続け、樹々までも巻き込んでいった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「れーん、どこなのー?」

 森に小さく響くか弱い声。サーシャが煉を追い掛けて森に迷い込んでいたのだ。煉に館を出るなと言われても自由奔放なお嬢様は言われた事を無視し、遂には戦地へと赴いてしまっていた。

 「もぅ……、森に入ったかと思えば直ぐにはぐれちゃうし……。こんなことなら大人しく待ってればよかったかな。」

 と、その時。遠方から大きな音が響いてきた。音に気付いたサーシャは音のする方を振り向く。大きな音は次第に劈くような音となり、全てを巻き込む嵐の如く、サーシャの方へ迫っていることがわかった。樹々が砕けていく様が見えた次の瞬間、サーシャの目の前にそれは現れたのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ふぅ……。大丈夫ですか、ローパーさん。」

 「あぁ。しかしまぁ、よく倒せたもんだな。」

 圧空を撃ち出した後に残る疲労感に耐えながらも楔を打ち込んでくれていたローパーにも労いの一言を掛けている。安堵しているローパーの周りは血みどろの池と化し、血まみれのローパーは口に入った血を吐き捨てた。

 「ローパーさんが下で押さえていたからこそ倒せたんだと思いますよ。」

 「まぁ、それも一理あると思うがな!って、黒鵜さんはどこにいる?」

 「あ、そういえば……。」

 先程まで其処にいた筈の黒鵜の姿が見当たらず、辺りを見回しても影すら見つけることが出来なかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 何が起こったのか分からず思わず目を瞑っていたサーシャ。視覚を遮断したことで聴覚と嗅覚が鋭くなっていた。

 ポタッポタ……。何かから水滴が滴り、地面に落ちては滴り落ちた水溜りに跳ね返る音が聴こえていた。それに連なり酷く血生臭い臭いが鼻にツンときた。恐る恐る目を見開く。だが、目を開かなかった方が彼女の為でもあったのかもしれない。

 「き、きゃあああああ!!」

 サーシャの悲鳴が辺りに響く。それを聴いたのか奥の方から誰かが複数駆けつけてくる。煉とローパーであった。

 「お、お嬢様?何故……、っ!」

 サーシャの姿を煉が認識するとサーシャの前で仁王立ちしている人物に絶句する。

 辺りには血の付着した土塊が散乱しており、砕けた杖が真っ二つになって傍に投げ出されていた。黒鵜であった。煉が放った圧空弾の射線上にサーシャがいたことを察知したのか、魔法による障壁も間に合わず、身体を以て庇ってくれたのだ。

 「黒鵜さん!!」

 怒気を孕んだローパーの声にサーシャはビクつくが、声を潜めて泣いている。そして撃った本人は放心状態で黒鵜を見つめていた。

 「……ふぉ……ふぉ……。」

 踏ん張りが切れたのか、黒鵜は膝を崩して横に倒れる。すぐさまローパーが黒鵜を起こすが、黒鵜は瀕死の重傷。下手に動かせないのが現状だ。

 「くっそ……。ここから港は遠すぎる。一体どうすれば……。」

 「大変な事になってますね。」

 どこかから透き通るような男の声が聴こえたかと思うと、煉達の前に上から飛び降りて来たかのように現れる。ローパーは認識があるが、煉とサーシャにとって初対面の人達であった。

 「ジェン・ヨウ。何故ここにいる?」

 「その話は後で。先ずは黒鵜さんを助けるのが先決です。弄、慎重に運んでください。」

 「む、難しい事を言うな……。」

 ジェン・ヨウと言われた青年は傍らにいたフードの少女、弄に声を掛けると少し躊躇いがちにヨウに応えた。ローパーの腕に抱かれている黒鵜を弄は後ろから巨大な尻尾で黒鵜を一瞬でくるむとどこかへと飛び去って行った。

 「さて……そこで放心状態の……煉君?」

 「……ぁ、はい。」

 「君に依頼したいことがあります。」


 

 第四話を読んで下さいありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。

 更新期間が二ヶ月になるという記録……誠に申し訳ない限りです。次のお話も早めに書けるようにしますのでよろしくお願いいたします。前書きによる説明はまた後程書かせていただきますのでご容赦を。

 では、次のお話でお会いしましょう。ではでは……。

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