穂高くんの日常
桜舞う季節、暖かくてお花見に最適な季節。
あなたと出逢って、恋に落ちた季節。
「アンタさあ、マジうっざいんだよね!」
叩かれる――――怖くて、ぎゅっと目を瞑った。
パアァァァン!!
「ひゃっ……!いた……」
……あれ?
いたく、ない……?
恐る恐る目を開けて、そこには。
「お前、今超だっせえよ。弱い者イジメとかやめろよ」
腕で平手を止めた、男子がいた。
「は、はあっ!?アンタ誰!?」
「知らないなら名乗らない。あのさ、やめないと……これ」
その画面には、知らない男子の写真。
「だ、ダーリン!?」
どうやら私をいじめている田中さんの彼氏さんらしい。
「やめないと、コイツにさっきの録音音声送るけど?」
「はーいやめまーす!ごめんなさい、もうしませんから!ダーリンには絶対に言わないで下さいお願いします」
「ひゃ、ひゃい……っ!」
ひ、人が変わったように……。
というか、ダーリンて……。
田中さんはそそくさと去っていった。
「おーい、大丈夫かー?」
「ふぁ、ふぁいっ!」
「……っく……お前さっきから何回噛むんだよ」
「ひゃ、ごめんなさい」
「あー、いや、いいんだって。まー、これからは大丈夫だろ。一番の弱味握ってるし」
……田中さん、彼氏さんの前では性格違うのかな。
それはともかく。
「あ、ありがとうございました……っ……!」
「いいよいいよ。あ、そうだ」
彼は私に向かって手を伸ばす。
「ふえっ……?」
彼の手が、私のおでこに触れた。
「お前さ、前髪めっちゃ伸ばしてるけど、上げるか切るかした方が良いよ。……せっかく可愛いんだからさ?」
「……っ……!?」
「斉人ー!飯食いに行こうぜー!」
「おう、氷室ー!……悪い。じゃあなー」
さいとー、くん。
その名前が、私の胸に刻まれた――――
この世に生を受けて十七年。
穂高斉人が、人から恋をされた事など一度も無かった。
無論、自分で恋をしたことも無い。
兎角、穂高は恋愛感情に乏しいのである。
そんな穂高が今どこにいるかと言うと――――校舎裏。
決して殴られる訳ではない、と思う。
自分でも無鉄砲で無愛想なことは分かっている。
思ったことをすぐ口に出してしまうので、他人を知らずの内に傷つけてしまうことも多々ある。
まあ、それも本人はすぐ忘れてしまうのだが。
それでも体育館裏に呼び出されて殴られる様なことはしていないと思うので、やはりこれは――――告白。
仲の良い友人がラノベ作家なるものを生業としているので、こういうシチュエーションは見たことがある。
見るだけで恥ずかしいやつだ。
しかし、相手が一向に現れない。
五時に来てくださいと書いてあって、それを十五分ほど過ぎる。
やはりイジメなのだろうか、置き去り系の。
もしくは誰かが見ているとか。
あと一分経って来なかったら帰ろう。
そう思った時。
「ご、ごめんなさ……っはぁ……日直あるの、忘れて……っ……えと、あの、それで……っ」
胸がでかい女子が来た。
顔より先に胸を見る辺り自分の性格が何となく分かる。
「……えーと、一回息整えて、落ち着け?」
「は、はい……っ……すー、はー」
口で言った。
深呼吸出来ているのだろうか。
それはともかく、だ。
「初めまして。それで、どうした?俺は長い間待たされたんだが」
「……初めましてじゃないんですが……。あぁ、えと、じゃ、あの、手短に……藤中聖和と言います。私、さいとーくんが、好きです」
「ごめんなさい、さようなら」
「ええぇ、ちょ、もうちょっと考えてくれてもー!」
「俺、恋愛事苦手なので……恋愛漫画とかも読めない。少し見るだけで顔が真っ赤になる」
「そ、そうなんですか……?で、でも、あの、私は好きなので。諦めるまで、好きでいます。あ、友達なりましょ友達」
「マイペースだな、藤中」
そんなこんなで、LIMEのIDまで交換して帰宅した。
ぴろりろりんっ!
これは着信音だ。
ラノベ作家の友人、涼風氷室からだろうか。
そう思ってアプリを開く。
『さいとーくんこんばんは(*´▽`)ノノ聖和です(`・ω・´)これからよろしくおねがいしますね!(*・ω・)*_ _))ペコリン』
藤中からだった。
女子とLIMEをすること自体初めて(母は除外)だが、別に緊張はしない。
なぜならば、俺は男女平等主義者だからだ。
同列のものに対して、特に緊張する意味は無いだろう。
返事を返して寝るとするか。
『よろしくな。それはそうと藤中、俺の名前は『斉藤』じゃなくて『斉人』だ。『穂高斉人』。好きな男の名前くらいしっかり覚えとけ。おやすみ。』
ぴろりろりんっ!
『ご、ごめんなさいっ!m(。>__<。)mじゃあ、斉人くん (・ω・)ノおやすみなさい(*˘︶˘*)』
……速いな。
というか、名前の方を選ぶのか……。
……恥ずかしいな。
友人の恋の話ならば面白いのになぁ……そんな事を考えながら、俺は眠りについた。
「おーい、起きろー!起ーきーろーほーたーかー!さーいーとー!起きろってー」
「……うるさい、氷室。お前は母さんか」
「ん?早苗さんから許可貰ってるぞ?」
「……そういうことじゃなくてだな?」
涼風氷室は家が隣の友人だ。
朝は毎日こうして斉人を起こしに来る。
因みに早苗は俺の母である。
「ほらほら、早く着替えて学校行くぞ!」
「はいはい……そういえば氷室、姫榁とはどうなんだ?」
名前の響きが同じなので紛らわしいが、別の人物である。
氷室と姫榁は付き合っているらしい。
他人の恋愛は楽しいのになあ。
恋愛漫画は無理だけど。
「ゆ、ゆうとは……別に……?」
「お前、姫榁のこと好きか?」
「も、もちろんだろ!?あんな可愛い子が、いくら事情があるとはいえ、こんな涼しげな名前と顔のかっこよくもない俺と仲良くしてくれてるなと思うよ……!」
「……事情?」
「……くっ、いいよな、斉人はかっこよくて……!」
「えー、べーつにー?そうだ、昨日告白されたんだけどさ」
鳩が豆鉄砲をくらった様な顔をしている氷室がいた。
「だ、誰!?俺も知ってる子!?」
「えーと、藤中、聖和って子ー」
「……ゆうの親友じゃねーか!多少は知ってる子かなとも思ったけど思いっきり知り合いだったよ!」
「何か、振ったはずなんだけど友達になった。押しが強かった。アイツ可愛いな」
「振ったの!?てか今聞いた限り気にいってるっぽいんだけど!?」
「えー、だって自分の恋愛興味ないし……」
「可愛いとか言っといて、本っ当に何でだよ……!」
「氷室、そろそろ出ないと遅刻する。もー、お前のせいだぞー」
「いや、お前が訳分からんことばっか言ってるからだよ!あーもー、行くぞ!」
斉人は着替えも食事も終えている。
氷室は呆れた声を上げ、斉人と共に家を出た。
「あ、斉人くん!おはよーございます!」
「お、藤中。はよ」
斉人は聖和に挨拶をしながら、顔と胸を見た。
「藤中、一つだけ聞くけど斉人のどこが良いの……?こんなんだよ……?」
「さ、斉人くんは、私のことを助けてくれました。私は、優しい斉人くんが、大好きなんです」
「ん、助けた?ごめんそれ覚えてない」
「斉人……っ……!藤中、ごめん、こいつ本当バカ野郎で」
「いっ、いえ、私は覚えてますし、斉人くんを好きっていうのも変わらないので」
「おー、ありがとな藤中。やっぱりお前可愛いな」
「ふえっ!?」
そんなこんなで学校に着いた。
「……もうお前ら付き合えよ……」
「なになに?誰と誰がー?」
「ゆ、ゆう!おはよう!」
「ゆうちゃんおはよぉー」
姫榁結月。
氷室の彼女であり、藤中の親友でもある。
「おはよう、姫榁」
「あら、りょー、聖和に、穂高くん。珍しいわね、その組み合わせ」
「ちょっと聞いてくれよ、ゆうー……」
こそこそと、氷室と姫榁が話しはじめた。
しばらく経って姫榁が青ざめた顔になった。
かと思えば般若になった。
「ないわー、本っ当にないわー」
「む?姫榁、何が無いんだ?胸か?」
「斉人……?」
「わわわ、ゆうちゃん、顔が怖いよ……!涼風くんも!っていうか斉人くん!女の子にそーいう事言っちゃだめです!ゆうちゃんは、おっきいんですよ!?」
「ふふふ……庇ってくれてありがとうね聖和。でもね、聖和?その素晴らしい大きさをずっと凝視している穂高くんにとって、全ては無のような物なのよ?穂高くん、いやらしいわ」
「うん、そうだな姫榁。藤中のそれは本当に素晴らしいよなあ」
「斉人いやらしい!」
「斉人くん、やらしーです!」
姫榁の意見が全会一致で肯定された。
思った通りの事を言っているだけなのに、世論って世知辛い。
「全くもう……聖和、穂高くんのどこが良いのよ……こんないやらしい、人……?」
「おい、人をケダモノみたいに言うな。ってか人を疑問形にすんな」
「というか、ゆうちゃん。その質問、さっき氷室くんにもされたですよ。息ぴったりの恋人さんですね」
「ふ、藤中!?ゆうと俺は、別にそんな……?」
「あら、ひどいわ、りょー。涼風さんの『涼』っていう字を別読みして、りょー。貴方にとって私ってその程度の彼女なのね」
「い、いや!?そういうことじゃなくて!好きで、大好きだけども!」
「斉人くん、行きましょう。いちゃらぶカップルさんの邪魔をしてはいけませんからね」
「そうだな、藤中。イチャラブバカップルは置いていこう」
そんなこんなで各自のクラスに着いた。
因みに聖和と結月はG組、斉人と氷室はD組である。
Gというのは聖和の(校閲削除)であるとか何とか云々。
これは全くの余談である。
「さーいーとー、おーきーろー!」
「ん……?氷室……今何時……?」
「もう下校時刻だぞー」
「嘘だろー」
全く授業を受けた覚えが無い。
あれか、どこかのスタンド使いに記憶でも飛ばされたのか。
「まあ斉人、俺ちょっと、ゆうと約束があるから帰っててくれ」
「了解したー。藤中誘って一緒に帰るわ」
「え、ちょ、おま、斉人!?」
「じゃなー」
「……くそお、突っ込まないぞ……これからの対応についてゆうと話し合おう……もう、頭痛い」
斉人は頭を悩ませる氷室を置いて、足早にG組へと向かった。
「藤中、いるかー」
「……あら、穂高くん。どうしたのかしら?」
「いや、氷室とお前が何か用事があるって言うから、藤中と一緒に帰ろうかと。お前らあれな、ラブラブな」
「ラブラブって、最近聞かないような表現だけれども……まぁそうね、そう見えているならとても嬉しいわ。りょーはとても格好良いもの」
斉人は初めて姫榁と会ったとき、クールビューティだと感じたのを思い出した。が、そんな片鱗は全くこれっぽっちもなく、氷室にお熱な姫榁を目の当たりにした。
「あー、そうだな、うん。で、藤中がどこにいるか分かるか?」
「あら、そうだったわね。あの子は……そう、校舎裏に呼び出されていたわ、勿論男子から」
「そうか、ありがとう行ってくる」
「……あれは、勘づいて急いでいるのか、普通に帰りたいからなのか、どちらなのかしらね……あぁ、頭が痛いわ、りょーと話し合いましょう」
どちらにせよ聖和に気があるように思えるというのは、言ったら負けである。
なんやかんやで斉人は校舎裏に着いた。
なんやかんやは、なんやかんやだ。
ちらりと様子を窺う。
『藤中、好きです。付き合ってくれませんか』
告白されていた。
藤中が、同級生の、不良と有名な男子に。
ちょっと止めに行くのも楽しそうかな、と斉人は思ったが、すんでのところで思いとどまった。
斉人は耳を澄ませる。
『えと、あの……お気持ちは嬉しいんですけど、私、好きな人がいるので!』
『それって、穂高?』
『……そう、です』
『そかー、まあ好きな人がいるんなら仕方ないかなー』
『は……』
『とか、言うと思った?振られたって知ってるよー?でも最近仲が良いよね。もしかしてあれ?穂高のセフレとか?藤中、おっぱい大きいもんねー?うわ、穂高最低ー』
根拠の無いことで最低とか言われた。
というか、藤中は大丈夫か。
『……斉人くんは、そんな人じゃありません。私は、何度振られたって、もし嫌われてたって……優しい斉人くんが大好きです。それに、最低なのは……根拠の無いことを平気で言う……人の傷つく事を平気で言う……貴方じゃないですか!』
『くっそ、藤中ァ!!』
『殴られ……っ斉人くん……!』
ボコォ、と生々しい音が鳴り響く。
「ってぇな……本気でお前、こんなんで女を、藤中を殴るつもりだったのか……?」
「ほ、穂高!?」
「斉人、くん……っ……」
「なあ、お前さ、さっきは色々言ってくれたよな?でもな?仮にも惚れた女なんだろ?あーいう事を言うのは俺、良くないと思うんだよなぁ。それにな、藤中はすげえ良い奴で、接してく中でもさっきの事でも分かって……彼女とかじゃなくても、藤中は……聖和は、俺の大切な女だから」
「……っ覚えてろよ!」
「さ、斉人くん、ケガはっ!ケガは大丈夫ですか!?凄い音が響いて……!うえぇぇん……っ……!二回目で、また助けてもらって……!斉人くん大好きです……ごめんなさいっ……!」
「いや、大丈夫大丈夫。大切な女の子守れたんだからさー。……だから、泣くなよ、聖和」
「……っ斉人くんが聖和って名前でー!大切な女の子ってー!」
色々ごちゃごちゃして、また泣かれてしまった。
でも、もう大丈夫だ。
これは、悲しいからの涙では無いと、知っているから。
「ほら、聖和。泣き止んだか?」
「……はい。あの、斉人くん。保健室に行きましょう。手当てしないといけませんからね!」
「大丈夫だって」
殴られたところは、既に聖和が持っていたハンカチ(白地にピンクの花柄・濡らしたもの)で冷やしてくれている。
だが、どうにもまだ心配らしく、『あわあわ』とでも聞こえてきそうな表情で訊ねてくる。
「あわあわ」
「……本当に言ったな」
そんなところも可愛らしい。
恋愛省エネ主義なので、付き合いたいとはまだ思えないが。
ん?まだ?
何を言っているのだ自分は、と斉人は自問自答する。
「あのぅ、斉人くん。やっぱりちゃんと手当てした方が……」
「んー、じゃあさ聖和。それが終わったら一緒に帰ろうな」
「……!は、はいっ!勿論です!」
当初の目的を達成できるようにした上で、保健室に向かう。
「失礼しまーす。あれ?保健の先生いねーな」
「え、本当ですか?どうしましょう、私が手当てしましょうか」
「すまんな聖和。頼む」
ひやり、と冷たい感触が頬に当たる。
ふと斉人が瞳を開くと、懸命に手当てをしている聖和の姿があった。可愛い。
集中していて、こちらからの視線には気づいていないようだ。
そして、ぺたりと冷却シートを貼る。
「……ふぅ。出来ましたよ斉人く……ぅひゃあぁぁぁっ!?ず、ずっと見て、たんです……かあぁっ!?」
「うん、可愛かった」
「ふぇ、えぇ……っ……?」
くらり、と聖和の視界が揺れる。
「聖和っ」
斉人は倒れゆく聖和の身体を支えようとした。
しかしタイミングが悪く、共に倒れてしまう。
聖和が下敷きにならないよう、自身の身体を反転させる。
刹那、斉人に触れたのは……背中の痛みを忘れるほどの、柔らかい胸の感触と……ふにゅんとした唇の、ふわりとした甘みだった。
斉人の視界が開けた時には、聖和は固まっていて。
斉人は斉人で、呆然として、自分から立ち上がることが出来なくて。
しばらく、唇と唇は重なり合ったままだった。
「ふあぁ、りょー。なんてかっこいいのかしら……」
「俺はかっこよくないよ。こんな涼しげな顔に、名前まで……それに比べて、斉人はかっこいいよなぁ」
「もう、りょーったら。私にとっては、とぉってもかっこいいよ?」
「ゆう……ゆうが可愛いよ、もう!ほら、保健室ついたよ!」
「……コホン。本当ね、口調には気をつけなくちゃ。あら、先生は居ないようね。絆創膏だけ貰っていきたいのだけれど……って……!」
「さ、斉人と藤中!何やってんだ、他の人に見られでもしたら」
別れを惜しみつつも、二人は離れていく。
「ち、違うんです、ゆうちゃん、涼風くん!斉人くんは私を助けてくれただけで、何も悪くないんです!」
「聖和が手当てしてくれてるところを凝視してたのは悪いんだけどな」
「……全くもう、私たちで良かったわ……」
「ってか、斉人お前、藤中のこと名前呼びしてたか?」
氷室は率直な疑問を投げかけた。
「そうそう、聞いて、ゆうちゃん!斉人くんが私のこと『大切な女の子』って言ってくれたの!それでそれで、名前呼びに変わったんだよ!進歩だよ!」
「聖和。あいつら二人とも形容し難い顔になってるぞ」
般若、もしくは修羅がいた。
「そ、それで……貴方たちは付き合っている、ということで良いのかしら……?」
「どうなんだ……?」
「えぇ、違うよぉ。ねぇ、斉人くん?」
「あ、あぁ……自分の恋愛恥ずかしいし」
「「だから一体(お前ら)(貴方たち)は何なの!!」」
二人からの怒声を浴びながら、今日は皆で一緒に帰りました。
「斉人、着替えここ置いとくぞー」
「……氷室、それは母さんでもやらんぞ」
「そう言うんだったら風呂入る前に用意しとけ。素っ裸でリビング歩かれんの迷惑というか、俺の目が死ぬ」
「何でお前はいつもうちにいるんだ……」
「早苗さんも忙しいし、親父さんも単身赴任でいないだろ?お前一人っ子だし……だから、俺がお前ん家の家事を早苗さんから引き受けてんだよ!何回目だこの会話!?」
「そうだったなー」
穂高家の日常である。
余談だが、氷室の飯は超旨い。
「斉人、お前本当は藤中のことどう思ってるんだ?」
「はぁ、いい湯だった。今から出るぞー氷室」
「俺が脱衣所から出るまで待ちやがれ!絶対に素っ裸で出てくんじゃねーぞ!?」
「ほいほい」
そして着替えていく。
「お、上がったな。で?藤中のことは?」
「いや、まぁ可愛いし誰にも渡したくないとは思ってるけど」
「訳わかんねぇよ!もういっそ潔く付き合え!」
「そういえば氷室、今日保健室に入ってきた時、姫榁のキャラが違わなかったか?お前のラノベでキャラブレなんて珍しい」
「話を逸らすな!?てか、ゆうは二次キャラじゃねぇ!?……まぁそうな?気にすんな」
「いや気になるよ教えろよ」
「絶対やだ」
「ひどぅい」
「気持ちわりぃ」
昔からの仲なのに、氷室ひどぅい。
「……なぁ氷室。俺は無責任か?」
「そうだなぁ、女の子その気にさせて、自分も『可愛い』とか言ってて付き合ってないとか無責任」
「そうか」
「でも、斉人。多分藤中は、お前のそういうところも含めて、全部が好きなんだと思うよ」
「そうかぁ」
「明日、ちゃんと藤中に言ってやれよ、色々」
「おうよ」
「じゃ、また明日な」
明日へ全ての想いは託した。
今日はゆっくりと寝ることとしよう。
「こら、斉人起き……てる!?珍しい!」
「……氷室は俺のことを何だと思ってるんだ?」
「万年寝坊助」
「なにその造語!?俺いつも寝坊してる訳じゃないぞ!?」
氷室からの評価に不満を持つ斉人。
「いつも俺が起こしてるだろーが」
「それは氷室が起こしてくれるから待ってるだけで、誰も居なかったら一人で起きれるし」
「絶対無理だな……」
ただの負け惜しみだった。
「氷室、俺今日ちゃんと言うから」
「分かった分かった。ゆうと一緒に頭を悩ませてるよ」
「ほいほい」
「あ、これ、ゆうから伝言。『指切りげんまん聖和泣かせたら針千本おーまけ。指切るわ』」
「怖ぇ……!それ本気で指切られた上で、おまけとして針千本何かされるやつだ……!?」
想像するにも恐ろしい光景に、斉人が慄く。
「ま、頑張れってことさ。藤中はずっと待ってるんだからさ」
「……おー」
「んじゃ、飯食って学校行くか!」
朝食はスクランブルエッグと白米、サラダだった。
美味しかった。
「はー、何か人と面と向かって話すのって緊張するよなぁ」
「は?緊張してんの?あの斉人が!?」
「何だよー俺は緊張しちゃいけないのかよー」
「いやお前、答辞とか生徒会長の言葉とか普通にやってるじゃん!ていうか生徒会長二回もなってるじゃん!」
「あれは業務的なのだからさー」
そう、あれは何も考えずに淡々と話せば良いだけなのだから。
それで内申が上がるのならば願ったり叶ったりである。
「業務て……あ、ゆう」
「助けて!聖和が……聖和が……っ……!」
「落ち着け、姫榁。どうしたんだ?」
「藤中に何があったの?」
「それが……不良に連れてかれて……それで……」
「どこにだ!」
「学校の方に行ったわ……!早く、聖和を助けて……!」
「学校には事情を話しておくから!」
「頼んだ!」
全速力で走る。
自分の力を全て使って、聖和を探す。
大切な人だから。
傷ついてほしくないから。
あぁ、そうだ畜生め。
穂高斉人は藤中聖和が好きだ。
恥ずかしいなど些細なことではないか。
伝える、この気持ちを、絶対に。
その為に、まずは絶対に救い出すのだ。
『……よくも……くれたな……』
『あなたは……してきた……』
体育倉庫の中から話し声が聞こえる。
複数人のもののようだ。
この中に、聖和がいる。
斉人は耳を澄ます。
『辱めを受けさせたんだから、そのデケェ乳でお詫びしろよ』
『どうせ穂高とヤってんだろ?ははっ』
何て下品な事をいう連中なのだ。
斉人に言うならともかく、聖和にそんな事を言うとは許せない。
そう思いながらドアを引く。
どうやら鍵が内側から掛かっているようだ。
『お詫び、しなかったらどうなるか分かるよなァ?』
『穂高の学校での居場所を無くしてやんよ』
聖和、相手しなくていい……
『……お詫びさせて頂きます……穂高くんに迷惑をかけるのは、嫌ですから。どうすればいいんですか?』
『そうだな、まずはその服を脱いで……』
瞬間、斉人の中で何かがプチン、と切れる音がした。
けたたましい音をたてて窓ガラスが割れる。
「なぁ……そいつは俺の大切な女だって言ったよな?そいつを汚そうとするって事は……覚悟は出来てるんだろうなぁ?」
「さいと、く……血が」
「お前は俺の後ろにいろ、聖和」
「て、テメェら!あっちは一人だ、やっちまえ!」
「……お前以外もう誰もいねーよ」
斉人は不良を一掃した。
「さ、斉人く」
「行くぞ聖和!」
斉人は聖和の手を引いて走り出す。
二人は校舎裏で足を止めた。
「斉人くん、強いんですね……」
「……良かった、無事で……」
斉人は聖和を正面から抱きしめる。
「ふあぁっ!?」
「聖和!どうしてアイツらの言いなりになったんだよ……?俺は、別にどうなったって良かったのに……!」
「……っそんなの嫌です!斉人くんが退学とかになったら私……私っ……!」
「そう思ってくれるのは凄い嬉しいよ。だけどな?俺は、聖和が傷つくのが一番嫌なんだ……その、好きだから」
「ほぁっ!?斉人、くん……それ、本当ですか……?」
すー、はー、と深呼吸。
「あぁ、本当だよ。めんどくさいとか、恥ずかしいとか、もうどうでもよくなるくらいお前が好きだ。とても大切で、ずっと守りたいと思ってる。」
「で、でも、昨日はそんな事……『自分の恋愛恥ずかしい』って言ってたじゃないですか!」
「昨日だって、本当は気づいてた。恥ずかしいとか、そんなのはただの言い訳で、認めるのが怖かったんだ……お前が逃げてったら、って思うと」
「……私は、大好きな人に告白されて逃げたりなんかしません」
聖和の大きな瞳が斉人を見つめる。
それはまるでブラックホールのようで、吸い込まれそうになる。
「……聖和。今日みたいなことはもう、嫌なんだ。お前の全てを……俺に守らせてくれないか」
聖和は瞳を逸らさずに、ただ、優しく微笑んで。
「私は、斉人くんが大好きです。ですから、守られるだけじゃなく、あなたのことも守りたいんです!二人で背中合わせなら、きっと無敵です!」
斉人も、見つめ合う瞳を逸らさず、微笑んだ。
「聖和には、適わないな。お前は凄いやつだ。いざという時、人を守ろうとする時、とても強くなる――――」
「そんなことありませんよ……あっ」
暖かい風が吹く。
桜がふわりと舞い踊る。
目の前には好きな人。
見つめてしまったら、目を離せなくなるくらいに。
「聖和、好きだ。俺と付き合ってくれないか」
「……断るわけ、ないですっ!私も大好きですからっ!」
えへへへへへへ、と、にやけが止まらなくなる聖和。
それを見て、微笑みながら聖和の頭を撫でる斉人。
「……あ、ちなみに、ずっと忘れているようですが、斉人くんと私は告白のときに初めましてじゃないんですよ」
「あー、そういや前も助けてもらったとか何とか……悪い、やっぱり全然思い出せん」
「えーっと、キーワードは『田中さん』『ダーリン』『前髪』」
「田中……ダーリン……前髪……あぁ!あいつか、あの前髪上げて可愛いな!ってなったやつ!思えばあれが初めて恋愛に興味持った瞬間だったかな、付き合うとかは別として……って、あの可愛いの聖和か!そうかー、言われてみればそうだわ!聖和もずっと可愛いなーとは思ってたけど同一人物か!」
「斉人くん、照れます……」
そしてまた、二人は見つめ合う。
見つめ合った瞳は、段々と近づいていく。
それは、まるで引力のようで逆らえない。
暖かい季節、桜舞う中。
二人は初めて、相思相愛の、優しく、幸せなキスをした。
「聖和……」
「斉人くん……」
「あのー、お二人さん?余韻に浸ってるところ悪いんだけど、もうすぐ授業始まるぞー」
「あぁ、聖和、無事で良かった!助けられなくてごめんねぇ……っ……!」
「うぅん。いきなりさっさとだったし、全然気にしないで!それに、ゆうちゃんに何もなくて良かった!」
「せーなー!」
結月は聖和に抱きついた。
これは友情である。
「お、お前ら……いつからそこに……?」
「『斉人くん、強いんですね……』辺りからかしらね」
「いぃい、一番最初からじゃないの!?」
「しかもめっちゃ声真似上手い!?」
「ま、まぁ、藤中が無事で何よりだ!斉人も色々言えたしな!えらいぞー!」
「だからお前は母さんかって」
「穂高くんの指切れないの残念だわ?」
「だ、だめだよ、ゆうちゃん!」
「ふふ、冗談よ」
「冗談でさらっと怖いこと言うなよ!?」
「てか斉人、手から血!」
授業開始のチャイムが鳴る。
「あぁ、授業が始まってしまいました!」
「まぁ、良いじゃない聖和。皆で仲良く遅刻しましょ?」
「そうだなぁ、ゆうー!」
「もうこれは仕方ないもんな」
斉人の手には可愛らしいハンカチ。
四人の笑い声が桜とともに風に乗って流れていく。
楽しげな笑いを含んだ風は、またどこかで優しさや楽しさを集めながら、そして、誰かに分け与えながら進んでいくのだろう。
そして、またどこかで、楽しげな声が聞こえる。
君が好きだと、声がする。