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第五章 想い出の残り火

 丘ノ上高校では学祭を二日間行う。クラス展示はもちろん、各部活の盛り上がりは激しく、一日では周りきれないからだろう。模擬店あり、演劇あり、映画あり、有志によるライブありと、二日目になっても見るべきものはまだまだある。

 学祭二日目、夏弥(かや)はローズと一緒に放送部の映画を見ている。二日目は午後にクラス展示の手伝いを任されているので、ローズといられるのは午前中だけだ。その限られた時間の中で、夏弥はローズを映画に誘った。映画は二本続けて行われて、全部見るのに午前中を使ってしまうからちょうどいい。

 最初の映画は「ルービック・キューブ」。

 舞台はとある高校。その高校では生徒たちの間で奇妙な(うわさ)が広がっている。単にゲームと称されるそれは、選ばれたものたちによって行われる。参加者はまず、ゲームに参加するためのマスターカードを見つけなければならない。そこに、このゲームのルールが記されている。参加者は学校のどこかに隠されている問題を探し出し、それを解いていく。問題を解答するたびに、新たなカードが用意される。そして、そのカードをキーとして、最後の扉を開く。扉の向こうに、この学校の秘密が眠っている。

 映画の中ではまず、主人公たち四人の生徒が男子・女子でペアとなり、その二組でゲームに参加する。そして問題を解こうとしている間に自分たち以外の別の参加者の存在を知る。主人公たち四人はともに手を組んで、他のペアよりも先にこの学校の秘密を探ろうとゲームに挑む。

 話は丘ノ上高校の放送部のオリジナル、話の内容が高校生レベルなら、演技も高校生レベル。それでも、話の展開はそれなりに面白いと夏弥は思う。謎解きモノにあるような、楽しめるオチだった。ローズのほうは、夏弥以上に気に入ったようで「よくこんなものが作れたものだ」と感心していた。

 次の映画は「もしも神様がいるなら」。

 ある一人の女子高校生が主人公。その女子高生には恋人がいる。物語は、彼女と恋人の喧嘩から始まる。喧嘩の始まりは、ほんの些細なこと。二人のいがみ合いは激しくなり、そのまま喧嘩別れしそうな雰囲気。その後、彼女は一人になって泣いた。女子高生は、まだ恋人のことが好きだったが、同じくらい彼氏のことが嫌いになった。彼女は一人、自分の部屋で泣いて、そして最後に、彼氏への(のろ)いを(つぶや)く。

 翌日、女子高生は自分の知らない公園で目を覚ます。そこは間違いなく自分の住んでいる町なのに、けれど彼女が知っている人は誰もいない。自分の通う高校へ行っても、そこに知っている友達はおろか、先生さえも自分の知らない人たちばかりだ。誰も自分を知らない、そして自分も知っている人がいない、そんな不可解(ふかかい)境遇(きょうぐう)に泣いている彼女の前に、自分と同い年の男子生徒が現れる。その生徒にわけを話し、一緒に彼女が元の世界に戻れる方法を探すという物語。

 この話も放送部で作ったもので、最近できたばかりの新しい話らしい。映画を作るには、それなりの時間が必要だ。だが、高校の学祭で出すものだから、作成期間は一年以内。「ルービック・キューブ」は去年も上映されたものだから上級生たちはすでに知っているようだったが、「もしも神様がいるなら」のほうは今年が初めてらしく、誰もが興味津々(きょうみしんしん)で見ていたようだ。夏弥も、なかなか面白い話だと思う。だが、一方のローズは、今回の話についてはなにも語ろうとしなかった。


 午後はローズと別れて自分のクラスへと向かう。クラス展示の係りの時間はもう少し遅くからだが、見るものもないので早めに手伝うことにした。

 真っ先に任されたのが、昼飯の買い出し。ようするに、パシリだ。だが、夏弥は文句を言わない。彼らは折角の学祭でどこにも行かず、ずっと同じ場所でひたすら星の解説ばかりをしている。それくらいはやってもいいだろう。昼飯の注文内容に若干作為的なものを感じるが、きっと気のせいだ。昨日の、ローズと一緒にいたところなど、寛大(かんだい)な彼らなら無視してくれるはずだ、きっと。

「――で、昨日の女、ありゃ誰だ」

 その、夏弥の期待を()端微塵(ぱみじん)に裏切ってくれるやつなんて、夏弥は一人しか知らない。麻住幹也(あさずみみきや)が夏弥の隣から無遠慮(ぶえんりょ)に顔を寄せてくる。暑苦しい、早く顔をどけろ。

「親父の知り合い。説明面倒だから、これで納得しろ」

 うんざりだ、と夏弥はそっぽを向く。

 夏弥と幹也は裏方の係りに任された。説明なり受けつけなりと表向きの仕事は全てやる気の(あふ)れている男子たちが独占していて、その他の、たまに手伝いにやってくるような生徒たちは特に仕事もない。一応、緊急時の人手ということになっているが、係りの時間に()てられている三〇分を過ぎても、きっとやることはない。そもそも、この時間に割り当てられている生徒の姿を夏弥はまだ見ていない。

 おそらく、夏弥がここにいる意味ももうないのだろうと薄々感じてはいるが、その考えには無視しよう。外に出たら、この不良が大声であることないこと叫びかねない。まあ、教室(ここ)でそんなことをしたら、夏弥は真っ先に逃げる気でいる。

 幹也がさらに顔を近づけてくる。男に(せま)られても嬉しくないから、早く退()け。

「とかなんとかいって、彼女(コレ)なんだろ。いったいどこで見つけたんだ、この色男」

 小指を突きたてて、幹也は(ひじ)で夏弥の脇腹(わきばら)小突(こづ)く。幹也の下卑(げび)た笑いを見て、この男は心底楽しんでいるんだろうな、と夏弥は逃避したい気持ちでいっぱいだ。

「そんなんじゃないって」

「今日はいいのかよ。昨日みたいにデートしないで」

「こっちの手伝いがあるだろ。断っておくけど、デートじゃない。ただの案内」

 訂正はしたものの、幹也は聞く耳をもたない。幹也は(まゆ)を寄せながら口元を(ゆる)めるという、なんとも奇妙な表情を作る。

「んなもん、サボっちまえよ。あいつら以外、だーれも来てねーじゃん」

 あいつらとは、まあ、あいつらのことだ。学祭というお祭り騒ぎのときに星ばかり追いかけている彼らに、もっと敬意を払ってもいいんじゃないか、と夏弥は(にら)み返す。

「そういう幹也だって、時間もっと後だろ」

 正確には、夏弥の後に幹也が入ることになっている。夏弥が大分時間を繰り上げて来たから、幹也がこうして教室にいるのは不自然だ。そもそも、不良の幹也はこういう仕事をサボるのではないかと夏弥は予想していた。

 幹也は何度か首を(ひね)りながら答えた。

「俺も来る気なかったんだけどよ。おまえを見つけたから、来てやったんだ」

 感謝しろ、と思わず(なぐ)りたくなるような笑みで幹也は言い切った。夏弥は、自分は大人だ、と自身に言い聞かせてぐっと(こら)える。

「別に来なくていい。他のクラスでもひやかしに行ってこいよ」

 そう、言ってやった。

 それでも、幹也の意思は変わらなかった。

「他のクラスより、おまえをひやかしたほうがずっと面白い」

 これは、きっと殴っていい笑顔だ。

 なにかが吹っ切れたように。

 ――夏弥は思い切り幹也の(ほお)を殴った。

「へぶしっ」

 あまりのクリーンヒットに、幹也の口から妙な奇声が()れる。気絶したのか、幹也はぴくぴくと痙攣(けいれん)するばかりでそれ以上は動かない。

 今の内に、と夏弥は後ろの窓から逃げ出した。陸上部所属の幹也のことだ、このていどで死ぬことはない。夏弥は行く()てもなく、とりあえずどこかに行こうと思った。

 とりあえず――。

 誰とも関わらないで済むような、そんな場所。


 教室を飛び出してきた夏弥に、当然のように行く宛てはない。宛てはないけど、まあそのうち見つかるだろうと、その辺りをぶらつく。学祭中はどこへ行っても刺激で溢れているから、退屈になるということはない。

 大きく、息を吸い、吐く。慌てて飛び出してきたが、もう大丈夫だろう。

「…………」

 落ちついて、辺りを見て、いまさらだが人の多さに気圧(けお)される。

 学祭中は丘ノ上高校以外にも、他校の生徒たちもやって来る。見慣れない制服を着た生徒たちがそこかしこにいて、ああ、お祭りなんだな、とそんなことを思う。

 だが、こんな人混みの中にいつまでもいるわけにはいかなかった。美琴(みこと)にでも会って、一緒にいるであろうローズに見つかったら、なんのために教室を飛び出してきたのかわからない。

 そこで夏弥が選んだのは、特別教室が集まる校舎。文科系の部活が各々の催しものを開いている。昨日は直接美術部のやっている展覧会まで行ってしまったから、途中の階でなにがあるのか全く見ていない。とりあえず、今日は美術室までは行かないにしても、ちょっと見ていこうと足を運んだ。

 そこで、思いもよらない人物と出会った。

「あれ、雪火(ゆきび)くん」

 水鏡言(みかがみあき)は一階の廊下で夏弥に向かって手を振る。

「どうしたの?一人?」

 なんて言う水鏡には暗に「ローズさんは?」という意味が感じ取れた。

 水鏡もか、と夏弥は少しだけ気が重い。

「ああ、一人。ちょうどうるさいやつから逃げてきたトコ」

 え、と首を(かし)げる水鏡。

 ……わからなくていい。

 夏弥も特別に説明する気は、毛頭もない。

 水鏡もそれ以上の追及はなかった。すぐにいつもの笑顔を夏弥に向ける。

「雪火くん、いま時間ある?」

 ありきたりな誘いだが、いまの夏弥にはちょうどいい。

「むしろ学祭終わるまで時間を(つぶ)せるところを探してる」

 むす、と水鏡は(くちびる)(とが)らせる。

「そういう言い方はよくないよ。折角の学祭なんだから、楽しまないと」

 すぐに機嫌を良くして、水鏡は夏弥を誘う。連れて行かれた先は、一階にある教室の一つ。すぐ隣は調理室ではなかっただろうかと夏弥が思い出していると、不意に声をかけられた。

「お帰りなさいませ。御主人様、御嬢様」

 夏弥たちの前に現れた生徒は、ぺこりと礼儀正しくお辞儀をする。黒を基調とした制服に、エプロンにも見える白いレースをはためかせる。頭に白のカチューシャなどしているから、彼女のセリフはなんの違和感もない。

 扉の向こう側は、さらに場違いなくらい完璧だった。普通の教室に木の仕切りを設け、丸テーブルに雰囲気に合わせた椅子を選んでいるだけでも()っているが、それ以上に、女子生徒全員の完璧な正装ぶりには、もはや言葉が出ない。

「あの、ここって……」

 席に通された夏弥は、周囲を眺めながら正面の水鏡に問う。

 水鏡も、苦笑を浮かべながら(ひか)えめに答える。

「料理部の喫茶店」

「メイド喫茶です」

 案内をしてくれた女子生徒が堂々と答える。その完全な立ち振る舞いは、どこからどう見ても、メイドさんだ。

「オーダーはお決まりですか?」

 満面の笑みで訊かれて、夏弥も水鏡も目についた料理を手早く注文する。

「でも、なんでメイド喫茶?」

 さあ、と曖昧(あいまい)に笑う水鏡に、オーダーを受けた女子生徒がすぐに戻ってきて答える。

「いまどき、ただの喫茶店じゃウケないの。学祭なんだし、こういうのはノッたモン勝ちなのよ」

 確かに、学祭で普通の喫茶店をやっても面白くないだろう。恥ずかしげもなく、むしろノリノリで女子生徒はその場でターンする。スカートの白いレースがふわりと揺れる。

「言だって、部員みたいなもんなんだから、一緒にやったらいいのに。楽しいよ」

「あ、あたしには無理だよ。そんな……!」

 ぱたぱたと両手を振る水鏡。傍目(はため)で見てわかるくらい、耳まで真っ赤だ。

 はあ、とメイドの女子生徒は肩を落とす。

「これだもん。別にいいじゃん、コスプレくらい」

 それにかわいいし、なんてスカートの(すそ)(つま)む。

 こういうこと(コスプレ)を恥ずかしげもなくやる人間はいる。そういう人間は、目の前の彼女のように輝いて見える。

 同時に、誰がなんと言おうと、そういうこと(コスプレ)を絶対にやりたくないという人間もいる。水鏡はまだ恥ずかしそうに首を横に振っている。

「それになにも、メイドにならなくても、ホールも全然ありだよ」

 料理部の(もよお)しものだけあって、料理は部員自らが作る。見た目はアレだが、出てくるものは期待できそうだ。

 水鏡は控えめに答える。

「あたしは正式な部員じゃないから。みんなの邪魔、したくないの」

「別に邪魔だなんて思ってないよ。むしろ、あたしなんかよりずっと上手いじゃん、言は」

 彼女たちの会話に、夏弥が割って入る。

「水鏡って、料理部だとどんな感じなの?」

 にしし、と意地悪そうにメイドの女子生徒は笑う。

「真面目だよー。料理だってなに作っても美味しいし。あたしのほうがよく休むから、先輩に怒られるくらいだもん」

 流し目で視線を送る彼女に対して、そんなことないよ、と本気(ムキ)になって反論する水鏡。夏弥には実際のところはわからないが、それなり、というか、相当水鏡は頑張っているらしい。それほどならいっそ入部すればいいのにとも思うが、水鏡の家庭の事情を夏弥は知らないから口を(はさ)めない。

 じゃれ合う彼女たちに、もう一人メイドが割り込んできた。案内してくれた最初の生徒よりも少し背の高い女子生徒が、持っていた銀のトレーで仲間のメイドの頭を叩く。

(しゃべ)ってばかりいないで、仕事する」

 ぶたれた女子生徒は頭をさすりながら不平を口にする。

「えー、いいじゃん。御主人様と御嬢様の話し相手になってるんだよ」

 そう主張する女子生徒に、もう一人のメイドは平然と切り返す。

「なに言ってるの。二人の時間を邪魔しちゃダメでしょ」

 なんて、こっちに意味深(いみしん)な視線をよこす。

 あ、そうか、なんて言い含められて、ではごゆっくり、と二人のメイドは去っていった。このやり取りが他の女子生徒(メイド)たちにも見られていたから、夏弥も水鏡もなにも言えない。しばらく、お互いの顔すらまともに見れなかった。

 料理が運ばれて来ても、二人の間に会話は生まれない。昼食としてではなく、本当に喫茶店に立ち寄った気分でいたから、本当はいろいろとおしゃべりしてときを過ごすのだろうが、両者ともそんな心の余裕はない。

 夏弥も水鏡も早々に食事を済ませ、足早に店を後にした。背後からの「行ってらっしゃいませ。御主人様、御嬢様」という言葉(セリフ)には一切振り向かない。

 彼女(メイド)たちからの目がなくなって、ようやく夏弥が口を開いた。

「やっぱり美味(おい)しいね。さすが料理部」

 素直な感想を口にする。普段から料理をする夏弥にも、料理部の料理はかなり美味しい。時間があるときにでも、料理部の見学に行くのも悪くないかな、なんて真剣に考え始めている。

 対照的に、水鏡は曖昧に(うなず)くだけだ。まだ周囲の目を気にしているのか、それ以上に会話が弾まない。

 夏弥は勝手に話し続ける。

「水鏡の料理も、食べてみたい気はするけど」

 まだまだだから、と控えめに返す水鏡。

 以前、水鏡の料理を食べたことがある。お昼に、彼女のお弁当をわけてもらったときだ。それ以来、夏弥は水鏡の料理を口にしていない。お昼はいつも一緒だからいつでも機会があるのに、食べたのはそのときの一度だけだ。

 まあ、また機会があるさ、なんて考えていると、不意に水鏡が立ち止まる。あまりにも急だったから、夏弥も慌てて足を止める。

「ん?」

 正面を見ると、中間(なかま)が二人の前に立っていた。

 夏弥と水鏡は特別教室の集まる校舎から出て、校舎の周囲を周るように歩いていた。校庭では模擬店が密集して人々の活気で溢れているが、この辺りは人がいなくて落ちついている。だからこそ、夏弥も水鏡も話しながら歩いていたのだが、ここで人と擦れ違うのは珍しい。

 しかも、中間はさも二人に用があるとばかりに、そこから動かない。

「あれ、中間」

 声をかけたが、中間からの反応はない。中間には珍しいくらい、極上の笑みを浮かべている。夏弥には、その意味を理解できなかった。

「なに?」

 だから、自然に訊ねた。

 その問いに、中間はさらに自然に(こた)えた。

「雪火くん、最低です」

 そう残して、中間はすぐに二人の間をすり抜ける。

「………………」

 驚いて、振り返る。

 見えるのは、中間の後ろ姿。

 なんの迷いもなく、むしろ堂々と中間は去っていく。

 普段の中間からは、到底想像もできない言葉。いつもおとなしめで、あまり自己主張などしなさそうなのだが、しかし彼女は時々、夏弥も驚くくらい突き抜けたことをやってのける。

「……あ、あたし、このあと他の人と約束あるから」

 居心地が悪いとばかりに、水鏡も夏弥から去る。

 ……これは、一体なんだろう。

 夏弥は望んだ。

 誰とも関わらないで済む場所(ところ)へ行きたい、と。

 だが、これは一体なんの仕打ちだ。

 夏弥は一体、なにをした?

「……………………俺か。俺が悪いのか?」

 幹也を殴ったことが、そんなにいけなかったのか?

 理由(わけ)もわからず、夏弥はその場で頭を抱えた。


 賑やかなお祭り騒ぎも、日が傾くにつれてその色を変えていく。

 学祭始めには学校側からの開会式があったが、終わるときにはそういう明確なものは用意されていない。そのせいか、辺りが夕焼け色に()まり始めても、日中の盛り上がりはないにしても、まだそこかしこでお祭りの空気は漂っている。

 校庭の模擬店はすっかり片付けられて、代わりにキャンプファイヤーの準備が始まっている。教室の中でも片づけが始まり、それと並行するように空き教室や部室が並ぶ隅のほうで密かに新しい模擬店の準備が始まっている。

 諸々の準備が(とどこお)りなく終わって、辺りはすっかり夜の色に包まれている。なにもかも順調とでもいいたげに、校庭のキャンプファイヤーの周りには生徒たちが集まりだして、空き教室でもそれなりに人が集まってなにやら始まっている。

「やあやあ諸君。学祭ご苦労であったッ!」

 そして、ここでも始まっている。

 夏弥を含め美術部員一同は部長、北潮晴輝(きたしおはるき)の指示のままに、ここ特別教室が密集する棟の二階の一室に集結している。

 こうやって部員全員が集まるのは、実はこれが初めてなんじゃないかと思いつつ、実際にこうも男女比が(かたよ)っている現状をまざまざと見せつけられて、夏弥は居心地が悪く小さくなっている。

 そんな中で、この状況に全く動じていない晴輝は、さすがとしか言いようがない。彼女たちの前で堂々と司会役を引き受けている辺り、本当にそういう仕事が向いていると、心底夏弥は感じた。

「ただいまより美術部の打ち上げを開催する。後夜祭も存分に楽しんでいってもらいたい」

 わあ、と三年生女子から歓声が上がる。二年生の十宮(とみや)の沈黙っぷりは当然のこととして、一年生である夏弥を含めた桜坂(さくらざか)と中間はまだ状況についていけず、波に乗っていいのか控えるべきなのか迷っている。

 それでも、一年生唯一の男子である夏弥はなんとか勇気を出さなければいけないと、変な義務感から口を開いた。

「あの、ここって……」

 教室に備え付けられている蛍光灯はオフのまま、代わりに凝った装飾が施された明かりが薄く室内を照らしている。どこから持ち出したのか、大きなスピーカーが部屋の四隅に設置され、喫茶店のビー・ジー・エムよろしく、音楽を流している。流れる曲は静かなものだったりロック調のものだったり、統一感がない。

 夏弥の問いに、三年生の女子の中でスポーツ系の姫路扇(ひめじあおぎ)が答える。

「一年生は知らないか。丘ノ上高校は後夜祭も派手でね。こうやって非公式にあちこちでお店開いているの。一つ一つのお店はすごく小さいから、こうやって部活一個で貸し切り状態さ」

 確かに教室の中には美術部員と模擬店側の生徒数名がいるくらい。窓の外を見れば、校庭のキャンプファイヤーが良く見え、賑わいのほどはよくわかる。

 わかるのだが……。

「で、これはなんですか?」

 夏弥が問うた、その先。

 テーブルの上には人数分だけグラスが置かれ、その中にはすでに様々な色をした液体が注がれている。赤、青、緑、オレンジ、黒、透明なものまで、いろいろな飲み物が並んでいる。グラスを近づけてみれば甘い香りに心が(いや)されそうだが、日頃から台所に立っている夏弥はそれ以上に独特で強烈な香りを感じた。

 これに答えたのは、上品なお嬢様風の相澤翔果(あいざわしょうか)だ。

「大人の飲み物」

 相澤の前のグラスには透明な液体が(そそ)がれていて、上には緑色の、おそらくライムが乗っている。

 その言葉だけで、夏弥だけでなく、桜坂も中間も、ここがどういうお店なのか、すぐに理解した。いや、できてしまった。

「……………………いいんですか?これ」

 そんな不安も、もはや誰も聞いていない。北潮晴輝はグラスを片手にさっと立ち上がる。入っているのは赤い液体で、しかも晴輝だけ形が違う。液体を入れるところはラグビーボールを半分に切ったような形で、足は細い棒状、底は円形。俗に言う、ワイングラスというやつではないか。

「さあ、いまは多くは語るまい。語るのはこの後、存分に(おこな)ってもらいたい。では諸君、杯を持ちたまえ」

 三年生女子がグラスを手にさっと立ち上がるので、下級生たちである夏弥たちもそれに(なら)ってグラスを手に立つ。

「では、……乾杯!」

 乾杯!

 宙でグラスが踊る。

 一年生である夏弥たちは一瞬躊躇(ちゅうちょ)して。

 二年生の十宮は淡々と。

 三年生の先輩たちは勢いよく。

 席に着くと、不思議なことに上級生たちのグラスは(から)になっていた。

「店長ォー!お料理お願い」

「あと、カクテル追加!」

 もはや隠してすらいない。

 料理が運ばれてきて、新しいアルコール(カクテル)が上級生たちの前に並ぶ。

「一年生たちはなに飲む?」

 なんて姫路から訊かれたが、とりあえず首を横に振っておく。もう口をつけてしまったが、まだ躊躇(ためら)いがあった。

 しかし、そんな遠慮は意味をなさない。

 桜坂がおかわりを注文し。中間が次におかわりを。そんな空気に負けて、夏弥も追加。割とどうでもよくなってくるのだから、飲み物(アルコール)の力は偉大だ。

「そういや、自己紹介がまだだったっけ」

 全員が飲み物をおかわりして、姫路が声を上げた。

 続くように、深三(ふかみ)が高らかに声を上げる。

「そーだねー。じーこしょーかーい!」

 そんな彼女たちを見て、やれやれと晴輝部長が首を振る。

「まったく。そういうものは本来年度初めに終えているものなのだがな」

「まあまあ。では、まずは部長から」

 なんて相澤が(おだ)てると、わりと乗りよく晴輝は応じる。さっと立ち上がり、やっぱりなぜだかワイングラスを片手に前髪を揺らす。

「丘ノ上高校美術部部長を務めている、三年一組の北潮晴輝だ。今宵(こよい)は芸術について語り合おうではないか。以後、よろしく」

 続いて、とお嬢様系の相澤が立つ。

「同じく三年一組、相澤翔果です。肩書きは副部長だけど、あまり顔を出していなくてすいません。この機会に、覚えてください」

「三年三組、姫路扇。高校入るまで絵なんてやったことなかったから、芸術について話されても全然わからないけど。まあ、よろしく」

「おなじくぅ、さんねんさんくみぃ、深三ヤユでーす!ヤユ、って呼んでくださーい」

 三年生の自己紹介が終わって、続いて二年生。十宮は静かに立ち上がり。

「二年二組、十宮(はゆ)

 消え入りそうな声で呟いて、また静かに座る。

 二年生があまりにもあっさりと終わって、続いて夏弥たち一年生たちの番。部長である晴輝に、まず夏弥が立たされる。

「一年三組、雪火夏弥です。絵は昔からやっていて、結構好きです。よろしくお願いします」

「中間美帆(みほ)です。一年三組です。高校に上がるときに、この町に引っ越してきました。いまはもう慣れましたが、時々わからないことがあるかもしれないので、そのときはよろしくお願いします」

「一年五組、桜坂緋色(ひいろ)です。学祭実行委員を兼任しています。絵は、高校入ってからで、まだまだ下手くそですけど、よろしくお願いします」

 こうして、いまさらながら改めて自己紹介が終わると、すぐさま姫路が大声を上げる。

「晴輝!そろそろ、結果発表しろよ」

「そうだーそうだー。はっぴょおはっぴょおー!」

 両手をメガホン代わりに叫ぶ深三。薄暗くてよくわからないが、大分できあがっている。いや、()でもこんな感じなのか。

 ふー、やれやれ、と晴輝はいつも通りの芝居がかった仕草で立ち上がる。なぜかワイングラスを持ったままだ。

「全く気が早いものだ。あと二〇分ほどしたら始めようかと思っていたのだが。いたしかたない」

 十宮くん、と前髪を揺らしながら叫ぶ晴輝。わざわざ()いた手で前髪を上げるほどに、晴輝もハイになっていた。

 そんなテンションの中、十宮はいつも通り沈黙して席から立ち上がると、部屋の奥からホワイトボードを運んでくる。

 一位、二位、三位、と順に書かれて、その隣には紙が貼ってある。

「それでは、諸君らもお待ちかねであろう、今年の学祭の結果発表をしようではないか」

 わあ、と歓声。

 三年生だけでなく、桜坂も中間も乗っている。さすがに乗らないとまずいかと、拍手だけはする夏弥。

 同時に、ビー・ジー・エムも切り替わる。なかなかに凝っているが、晴輝が仕切ると様になっている。

「美術部主催の展覧会。まずは第三位から」

 十分に間を置いてから、今回の第三位はこちら、と晴輝が叫ぶ。

 びり、と脇で控えていた十宮が三位と書かれた文字の隣の紙を()がした。

「相澤翔果くん!」

 わあ、と歓声。

「さすが翔果!」

「おめでとー!」

 口々にはやし立てる三年生と、拍手を送る夏弥たち。

 お嬢様然りの気品さで、相澤は微笑む。

「あらあら。わたしが賞なんかもらって良かったんでしょうか」

 立ち上がり、晴輝の傍まで歩く相澤。十宮が手元の袋からなにかを取り出し、晴輝に手渡す。賞品だろうか、晴輝からそれを受け取り、にっこりと相澤。

「なんですか?それ」

 こういうところではあまり口を()かない中間が珍しく口を開く。

 一五センチメートルていどの直方体の箱。これ、と相澤は包みを剥がして、その箱を開いた。中から出てきたのは、底面の広い、背の低いグラスだった。

 わあ、と十宮を除いた女子の中から歓声。

 まったく、と部長は溜め息を漏らす。

「君たちも、また妙なものを選ぶ」

「あら、これはこれでいいものですよ?」

 相澤は店員を呼んで、それでカクテルを頼んだ。確かに、この場には相応しい賞品だ。

「では続いて、第二位」

 十分に間を置いてから、第二位はこちら、と叫ぶ晴輝。

 びり、と脇で控えていた十宮が二位と書かれた文字の隣の紙を剥がした。

「十宮映くん!」

 わあ、と歓声。

「すごいな映!」

「すごぉいすごぉい!」

 周囲の歓声を受けて。

「…………」

 ホワイトボードの下でスタンバイしている十宮はいつも通りに沈黙している。

 そのまま、手元の袋から二位の賞品らしき小箱を取り出して、じっとそれを見つめている。

「あぁ!それほしかったぁー」

「ここでは使えませんから、お家で開けてください」

 相澤の言葉に、十宮は小さく頷いて、そのままポケットにしまい込む。晴輝からの簡易表彰式は、今度こそ完全に省略された。

 自分の出番を失って悔しいのか、晴輝は一度咳払(せきばら)いしてから続ける。

「さあ、諸君。いよいよ第一位の発表だ。美術部主催の展覧会、()えある第一位は」

 充分以上に間が開く。

 緊張の一瞬。

 ビー・ジー・エムもあって、雰囲気がぐっと上がる。

 夏弥も、この瞬間だけは幾ばくか緊張する。夏弥はまだ一年生だし、一位なんてとれないかもと思っていても、やっぱり期待してしまう。

 晴輝がワイングラスを揺らし、悩ましげな表情のまま空いた手でずれてもいない眼鏡を直す。

「今年の第一位。最優秀者は、こちら!」

 叫ぶ。

 晴輝の前髪が、もう説明が不要なくらいに舞う。

 びり、と脇で控えていた十宮がいつも通りの沈黙のままに、一位と書かれた文字の隣の紙を剥がした。


 火照(ほて)った身体(からだ)に、夜風が心地いい。

 三階まで上がると、キャンプファイヤーは下のほうに見える。窓の外では、炎の周りで生徒たちが踊っている。なにかの音楽が聞こえるが、騒々しくてなにかまではわからない。キャンプファイヤーの周りでフォークダンス、なんて、定番すぎるなと思いつつ、でも一度もやったことはないな、とそんなことを思う。

「はぁ……」

 なぜか溜め息が出る、桜坂緋色。

 理由の一つははっきりしている。さっきの結果発表で、桜坂緋色は最下位を取ったからだ。学祭中に行われる部での展覧会。そこで最下位を取った生徒には、その後の打ち上げの代金を全額払わないといけない。

 案の定、発表が行われたときの打ち上げ代は全て桜坂持ち。折角盛り上がった気持ちが、一気に冷めてしまった。

「はぁ……」

 溜め息しかでてこないとは、こういうこと。

 打ち上げが終わった後、三年生の先輩たちは二次会と(しょう)してどこかへ行ってしまった。本当は桜坂たち一年生も誘われるはずだったが、中間が酔い潰れてしまって、その介抱に十宮が付き添って行ってしまった。途中まで桜坂も一緒にいたのだが、十宮のあまりの慣れた手つきに、桜坂の介入する余地などなかった。なので、いまはお店から出るときにもらった缶で暇を持て余している。

 甘くて、でも後に残る独特な香り。

 最初はその不思議な香りが嫌いだったが、いまはこの頭を(しび)れさせる匂いがむしろ好ましい。体が軽くなって、嫌なことをなんでも忘れさせてくれる。そんな不思議な魅力が、この匂いにはある。

 窓の外の、周囲の楽しそうな笑い声を聞きながら、もう一口。

 身体(からだ)が熱くなって、頬が熱い。頭の中まで、とろんと熱くなる。眠くもないのに、目の前が柔らかくなる。窓に寄りかかって、外の冷たい風を浴びるのは、とても気持ちがいい。

 また、一口。

 気づけばもう最後だったので、一気に飲み干す。空になった缶を、足元に置く。急にやることがなくなって、また溜め息を()く。

「ひーいーろーちゃーん」

「ひゃ……!」

 不意に、背後から誰かに抱きつかれた。女の子らしい悲鳴を上げて、桜坂は慌てて振り向いた。

「つかまえたよぉー」

 にへへ、と笑う深三。

 深三の波打つパーマがぴょこぴょこ揺れる。最初の打ち上げのときもこんな感じだったから、桜坂はいまさらだが、この先輩のことが心配になった。

「深三先輩……」

 途端、深三の笑顔がくしゃりと潰れる。

「やぁーん。ヤユって呼んでー」

 駄々をこねる子どものような深三。

 酔っ払い相手に本気になってはいけないと、桜坂は素直に訂正する。

「…………弥癒(やゆ)先輩、大丈夫ですか?」

 本当に。この先輩のことが心配になる。

 深三はぱっと桜坂から離れて、びし、と右手を突き上げる。

「はぁーい。だいじょーぶでーす」

 大声で宣言する、深三。

 ……傍目から見て、どうも大丈夫には見えない。

 そうは思ったが、口に出すのは控える。きっと、なにを言っても通じないのだろうと、経験の浅い桜坂にも理解できた。

「ひいろちゃんこそ、だいじょーぶ?」

 そこはこっちが心配されるところなのか、と桜坂は溜め息が出る。先輩の前、ということを桜坂は一瞬失念している。

「あたしは、だいじょう……」

 ――ぴた。

 言い終わる前に、なにかが額に触れる。

 はっとして目を開くと、目の前に深三の顔。額と額が当っているから、もうまつ毛とまつ毛が触れそうな距離。

「ひぁ!」

「ひいろちゃん、あついよ?」

 桜坂は慌てて顔を引っ込める。

 運動神経抜群の桜坂でさえ、深三の接近は気づけなかった。(あなど)れない人だ、と桜坂は動悸(どうき)を抑える。

「……それは、さっきまで飲んでたからっ」

 そうだ。飲み物(カクテル)のせいだ。そうでもなければ、桜坂が深三の接近に気づけないわけがない。桜坂は自分を落ちつけようと意識するが、なかなか鼓動は静かにならない。

「やぁん。そんなに泣かないでぇ」

 不意に、深三は心配そうに桜坂を覗き込む。

 一瞬。なにを言われたのかわからなかった。

 しかし、その言葉をようやく理解して、桜坂は慌てて口を開く。

「な、泣いてませんよっ」

 意味がわからない。

 自分は、桜坂緋色は、泣いてなんかいない。

 ――だって。

 泣く理由なんて、ないじゃないか――。

 ふふふ、と深三は(あや)しく笑う。

「しんぱいしない。来年には、もっとうまくなってるから」

 ああ、そっちのことか。桜坂は納得する。

 桜坂が最下位になって、打ち上げ代を払わされたことを気にしているのか。なにも考えてなさそうで、意外と見てるんだな、この人。

 それから、また深三はにっと笑う。

「……それに、せんせいからのお墨つきよぉ」

 まるで謎かけみたいに笑う深三。

 今度こそ、桜坂は理解できずに顔をしかめる。だって、わからないから。深三先輩がなにを言っていて、なにを言おうとしているのか、桜坂緋色には見当もつかないから。

 深三はキョロキョロと辺りを見て、他に誰もいないのを確認すると、小声で話し始める。

「実はね、発表のための準備したの、あたしと映ちゃんなんだ」

 それは、初耳だった。

 確かに、あの準備をした人が誰かはいるだろう。でも、なんでこんな話を自分にするのだろう。

「……そ、そうなんですか?」

 うん、と深三は笑ったまま頷く。

「結構大変なの。二人で投票結果をまとめないといけなくて。学校の生徒だけじゃなくて、外部の人の票も入ってるから、ものすごく時間がかかっちゃう」

「それは、大変ですね……」

 丘ノ上高校の生徒、教師だけでも相当な大人数だ。そこに外部の人、親御さんや他校の生徒なんかも入ったら、とても収集がつかない。

 それでも、あまり大人数ではできないだろう。人手が多すぎたら、今度は結果発表のときにすでにその結果を知っている人が多くなってしまう。それでは、折角の打ち上げで盛り上がらない。

 それでも、たった二人で、学祭が終わってから後夜祭が始まるまでに票をまとめきるのは、相当な労力があっただろう。

 その苦労を全く感じさせず、深三は楽しそうに笑う。

「でも楽しいの。誰がどの絵に票を入れたのかって、わかるから」

 なるほど、と思って、でも待てよ、と桜坂は訊ねる。

「わかるんですか?投票用紙に、名前って書きませんよね?」

 普通、投票用紙に名前は書かない。そう指摘すると、深三はきょとんとして首を傾げる。

「緋色ちゃんは、学祭中に美術部来なかったの?」

 はい、と桜坂は申し訳なさそうに頷く。

 とてもじゃないけど、行く気にはなれなかった。だって桜坂は最下位をとるほど絵が下手で、他の上手い人の作品を見るなんて、あまりにも自分が(みじ)めすぎる。

 そっか、と深三はすぐに説明する。

「本当は、書く必要なんてないんだよ。でも、実は投票用紙に名前を書く(らん)を作ってあるの。中にはそこに名前を書いてくれてる人がいるから、だからわかっちゃうの」

 ああ、そういうことか。桜坂は納得する。

 名前を書くことは義務じゃなくても、そういう欄があると、書かないといけないのかな、って思う人はいる。

「緋色ちゃんの作品にも、ちゃんと票が入ってたよ」

 どきり、と桜坂の胸が揺れる。

 桜坂の絵の腕前は、学祭の展覧会で最下位をとるていど、つまり美術部の中で最低だ。絵なんて、高校に入るまではほとんどやったことがなく、美術部に入部してからもあまり進歩はない。自分でも、小学生と勝負しても勝てるか(あや)ういと思っている。

 さっきの結果発表は、ショックだが受け入れられた。でも、深三の言葉はすぐには受け入れられない。他の、上手い人の絵が並ぶ中で、小学生レベルの絵を誰が評価するだろうか。しかも、周りがちゃんと色を入れている中、桜坂だけ鉛筆の下描き止まりだ。

 深三は声を落として、(ささや)くように続ける。

「……しかも、せんせいから」

「あの、せんせい、って……」

 さっきも聞いたが、その「せんせい」の意味が桜坂にはわからない。

 丘ノ上高校の美術部に、担当の先生はいない。一応、美術担当の先生がそのまま美術部顧問になってはいるが、はっきり言って名前だけで、その先生が美術部の活動に関わったことは一度もない。コンクールや今回の学祭のときだって、指示を出したのは部長の晴輝だ。だから、桜坂は先生の(その)存在すら知らない。

 小さく笑って、深三は体を起こす。

「もーすこししたら、美術室にいくといーよ」

 美術室……?

 桜坂は首を傾げる。

 美術室は、ここ特別教室が集まる校舎の中でも屋上に近い高い位置にある。普段から誰も近寄らないが、後夜祭のときなどはほとんど、というか、普通は誰も行かないだろう。階段を上るだけで疲れるようなところだ。

 深三は小さく囁く。

「いまはまだ、はるきくんとお話してるとおもうから」

 その言葉を、耳にして。

 桜坂の頭に、不意に理解が訪れる。

 頭で理解するより先に。

 頬が熱い。

 目元が、熱い。

「もー。泣かないで」

 深三の屈託ない笑顔。

 それが、遠い。

 言葉が、遠い。

 頬に触れる。

 熱い。

 そして、()れた感触。

「あおぎとしょーかが待ってるから、あたし行くね」

 くるりと、深三は背を向ける。

 数歩歩いて、すぐにまた振り返る。

「……あたしがはなしたってこと、ひみつにしておいて」

 小さく、それは唄うように。

 深三は口元に人差し指を当てて、ぱちりとウインクする。

「じゃ、がんばってー」

 なんて、ぱたぱたと去っていく深三。

 桜坂の()には、もう彼女の姿は映っていない。目が、鼓動しているみたいに、熱い。溢れるものを、桜坂は止めることができない。

 ――ああ。

 そうか――。

 深三は、それを言うために、桜坂の前に来たのか。

 二次会が終わったのか、これから三次会があるのか、深三はそれでも、わざわざ桜坂に会いに来た。そして、それを告げるためだけに、桜坂を探してくれた。

 ――ふざけているようで。

 案外、見ているんだな、と桜坂は妙に感心してしまった。

 なら、その言葉を信じて、もう少しだけ待とう。この涙を、もう少しだけ、味わっていたい。頬の熱を、もう少しだけ感じていたい。

 ――この鼓動を、もう少しだけ、()いていたい。


 校庭の明かりが消えただけで、校舎の中は深海のように暗い。窓から差し込む星の明かりで、そこだけ青く光っている。

 急に、学校全体が静かになった。みんな、疲れて眠りについたのか、あるいは夜の中でひっそりと息を潜めているのか、わからない。

 桜坂は夜の階段を一段一段上っていく。こういう静けさは、桜坂の(しょう)に合わない。大声でも出して気分を紛らわせたいが、いまは忍び足で歩みを進めている。

 窓から差し込む、自然の明かり。

 照らされて、階段が青く浮かび上がる。

 いつもなら、夜の学校が不気味だとか、そんなことを思うだろうに、いまはその幻想的な光景は、少しも嫌なところがなく、素直に綺麗(きれい)だと感じられる。

 階段の上に揺れる、白く、青い、光。それは波の中を泳ぐ魚のように、星明かりは段差を流れる。

 大きく、息を吸い込む。(のど)がハッカを含んだようにぴりぴりと痺れる。鼻の上まで突き抜けるように、その清涼感(せいりょうかん)に体が浮かぶ。

 息を止める。

 目を閉じる。

 本当に、辺りは静かだ。耳に意識を向けても、聴こえるのは(シン)という静寂だけ。誰も彼も、深夜の海に眠ったよう。身体(からだ)は波に揺れるように軽く、このまま(ただよ)える気さえする。

「……」

 ふぅ、と息を吐く。

 (まぶた)を上げると、階段の先に窓が見える。窓から差し込む光だけが、(しるべ)を照らす。

 また、階段を上り始める桜坂。一歩踏み出すそのたびに、波が揺れるように風が流れる。頬を()でるその感触が、火照った体には気持ちがいい。夏ももうまもなくという時期だからそんなに(すず)しくないはずなのに、そのささやかな風はひんやりとしている。きっと、体のほうが熱くてたまらないのだ。風の冷たさを感じながら、桜坂は一歩一歩と、階段を上る。

 夜の学校というものは、とても不思議だ。普段は入れないということもあるだろうが、高校生の桜坂には、夜遅くに、一人で、こんな広いところにいるということが、珍しいからだ。そもそも、桜坂にはこういう静けさは性に合わない。

 ――でも、なぜだろう。

 いまは、いまだけは、こんな空気も、悪くない――。

 階段を上り切り、目的の階へ。白い窓ガラスから差し込む、夜の青い光。廊下が、深海のように浮いて見える。

 夜の学校は、決して真っ暗ではないということを、桜坂は初めて知った。蛍光灯の光などなくても、窓から差し込む星の明かりだけで、先が見える。昼間のそことは違って、不思議な静けさを漂わせる。

「……」

 一度、深呼吸。

 身体(からだ)が、ぴりぴりと痺れている。金縛り、というわけではない。むしろ、体の底から熱くて熱くて、仕方がない。足先から、指先から、震えているみたい。その震えが、体を熱く、熱く、燃やしている。

「…………」

 茶化(ちゃか)そうとして、止めた。

 そんな、気分じゃない。

 いま、こうして見ている風景は、どこか似ていると思ったから。だから、いまこの場に、そういう空気は合わない。

 ――らしくない。

 とも思う。

 けど、それを笑えない。

 ――だって。

 桜坂緋色は、その風景に()かれたから――。

 青く光る、廊下。

 一歩、歩き始める。

 あのときとは、違う風景。

 でも、思い出に(ひた)るのは、あとにしよう。

 歩くたび、いや、近づくたびに、体の奥から、熱くなる。鼓動は足を()きたてるのに、体の先は震えて少しずつしか進まない。もどかしいけど、冷えた風が心地()い。息をするたびに、喉が冷たく()ける。どくん、どくん、と、呼吸よりも早く心臓が揺れる。

 ぴたり、と止まる。

 ふわ、と風が通り過ぎる。

 いってしまった風を、頬は惜しむように見送る。

 ――目的の、場所。

 目の前の教室。目的地だとわかっているので、桜坂は扉だけに目を向ける。扉に手をかけようとして、慌てて手を引っ込める。

「…………」

 胸前で戻した手を握りながら、きょろきょろと辺りを確認する。

 静寂は静寂のまま、そこに()け込む人の姿はない。誰もかれもが、ただ自分の夢に(おぼ)れている。この()、その波に漂いて、揺れるままに、流れのままに。

 音を立てず、桜坂は息を吐く。

 他に、人はいない。

 それを知っただけで、また心臓が熱く跳ねる。

「……」

 息継ぎでもするように、肩を揺らす。

 鼓動が、早い。

 酸素が、足りない。

 溺れないように、桜坂は大きく深呼吸。

「……」

 ふう、と吐息。

 もう一度、手を伸ばす。

 それだけなのに、自然、目を閉じる。自分の耳のすぐ傍で、自身の鼓動を聴く。震えは、なんとか押さえつけよう。体の熱さは、少しだけ我慢しよう。

 息を止める。

 深海に落ちたように。

「……」

 がらがら、と扉を開く。

 目を開く。

 桜坂は、息を吸った。


 その光景に、桜坂は呼吸を忘れた。

 ――広がる風景。

 ――()に映る世界。

 窓から差し込む、(あかね)の光。明かりは壁を、床を、天井を。彼女自身もその色に染め上げる。窓に当たった光は、屈折して明るく輝く。

 放課後の、夕焼け。

 ほとんど人が立ち入らない特別教室が集まる校舎。そこで眺めた、永遠に続く夕焼け。茜色の空を、ただ(ぼう)と見入る。

 綺麗だとか、美しいだとか。いくらでも言葉にできるだろう。でも、ここでは言葉なんて必要ない。

 ただ、見たい。

 ()て、いたい。

 人を魅了して、心を(つか)んで、離さないものに、それ以上のお膳立てが必要だろうか。

 見ている。視ているだけで、心が惹かれる。

 体が熱くて、胸が熱くて、心が熱い。

 その風景に、言葉はいらない。

 どんな飾り付けも、それを前にしたら無意味。

 ただ広がる。

 辺りを、自分を。

 全てを、染め上げる。

 どこまでも。

 いつまでも。

 それはずっと。

 それをずっと。

 遠く、遠く。

 ――それが、桜坂緋色の原風景。

 雪火と、二人で眺めた、茜空――。

「なんだ。桜坂か」

 振り返った雪火に声をかけられて、桜坂はハッと我に返る。

 窓から流れる、星の光。青い明かりが、()の落ちた美術室を優しく照らしている。夜の校舎は、海の底のように、静かだ。

「……なんだ、とはなによ。あたしが来ちゃいけなかった?」

 憤然(ふんぜん)と、桜坂は美術室の中へと入る。学祭が終わってから簡単に片付けたため、美術室には飾ってあった絵画はなく、部屋を覆っていたパネルもまとめて(すみ)に置いてあった。

 美術室の真ん中に、夏弥は座っていた。他の教室から持ってきたのだろうか、ご丁寧に椅子だけ二つ置かれていた。桜坂は自然と夏弥の隣に腰かけた。

「そういう意味じゃない。こんなとこまで人が来るとは思ってなかったからさ」

 つい、と夏弥は笑う。

 夏弥の顔を、桜坂は()ねた表情で眺める。雪火が、こんなふうに笑っている顔を、あまり見たことがなかった。

 気づかれないように、桜坂はすぐに視線を窓のほうへと向ける。窓の外には、白い星空と、青い夜が広がるだけだった。

「キャンプファイヤー、終わっちゃったね」

「うん」

「静かになったね」

「……うん」

 たった、それだけ。

 それだけのことで、二人の会話は一瞬途切れる。

 後夜祭の打ち上げで散々盛り上がって、校庭では他の生徒たちがキャンプファイヤーを囲んで盛り上がっていたのに、いまは全てが眠りに()いたように静かだ。桜坂も、学祭が終わって疲れているからすぐに眠れそうなはずなのに、体が熱くて、眠る気にはなれない。

 気まずい沈黙を破るように、夏弥が口を開く。

「もう、遅いからね」

「後夜祭で、遅いもなにもないでしょ」

 お祭りには、不思議な魔力がある。

 それだけで、時間が永遠になったかのようだ。夜という限られた時間でさえ、いつまでも続いていくかのように錯覚する。

 でも、同時にそれは決して永遠ではないと気づいてしまう。だから、この一瞬を忘れないように、人は眠らず、祭りに踊る。

 この一瞬、この一夜。それが消えないように、この胸に残るように。

 かけがえのないものに、なりますように――。

 祈るような言葉に、夏弥は複雑な顔をして視線を落とす。

「…………今日は、用があるから」

 もう、とうに日をまたいでいる。

 そんな律儀な返事に、桜坂は言葉を失った。

「……」

 その意味は、すぐに理解できた。

 咄嗟(とっさ)になんて返したらいいか、わからなかった。

「それって……」

 言いかけて、すぐに口を閉じた。

 夏弥の目から逃げるように、桜坂は表情を隠す。いつもの桜坂なら、きっと気にせず口走っていただろう。そして、口にしてから激しく後悔する。しかし、今夜だけは口を閉ざす。……今夜は、妙にらしくない。

 桜坂はすぐにいつもの調子に戻って口を開く。

「雪火は、あの後ずっと一人でいたわけ?」

 打ち上げが終わって、三年生の先輩たちは二次会と称していなくなってしまった。それよりも前に、夏弥の姿がなかったことを、桜坂は覚えている。

 ああ、と夏弥は微妙な表情で頬をかく。

「少し、って結構前か。……晴輝先輩といた。ずっと晴輝先輩に、『芸術とはなにか』について話されてた」

 なるほど、と桜坂は納得する。晴輝は、なにかと夏弥に話しかけることが多い。内容は、晴輝の専門分野だから、至極まっとうだ。

 いつもの二人のやりとりを思い出して、桜坂は微笑する。

「それって、期待されてるからじゃない?」

 素直に訊くと、夏弥は苦笑を浮かべる。

「単に構いたいだけだよ。男子部員、俺と晴輝先輩だけだし」

「なに謙遜(けんそん)してんのよ。優勝しといて」

 今度はからかい半分に、夏弥の胸を小突く。

 夏弥の顔はさらに苦いものを()んだように(ゆが)む。

「………………あそこまでされるとは思ってなかった。他の人の見てる前でさぁー」

 美術部全体の打ち上げで、最優秀賞受賞者、雪火夏弥のお祝いは盛大に行われた。晴輝部長直々(じきじき)に行った表彰式は言うに及ばず、その後は三年生の女性陣によるおめでとうコールは、素面(しらふ)であったならついていけなかったかもしれない。加えて、その場で夏弥の絵が(さら)されて、店の生徒たちも巻き込んで相当盛り上がった。

 盛り上がったのは、(はた)から見ている桜坂たちには楽しくていいのだが、当の本人は桜坂の前で溜め息を吐いている。

「いいじゃん。評価されてる、ってことなんだし」

 にやにやする桜坂に、はいはいと夏弥は肩を落とす。

 そう、評価されてるってことは、いいことだ。

 だから桜坂は、夏弥に訊ねる。

「――――あたしの絵は、評価してくれる?」

 (のぞ)き込むように、桜坂は夏弥の顔を下から見上げる。

 驚いたように、夏弥は顔を引っ込める。桜坂の目がまだ夏弥を見ているから、夏弥は焦ったように視線を泳がせる。そんな、狼狽(ろうばい)した夏弥が面白くて、桜坂は挑発するように夏弥を黙って見つめる。

「さっきはごちそうさま。おいしかったよ」

 取り(つくろ)うように、夏弥は笑う。

 ……打ち上げ終了の直前に、晴輝は最下位の生徒を発表した。桜坂はその場で万札数枚ほどを提供するハメになった。

 いつもの桜坂なら、夏弥に()ってかかるところだ。

 しかし、今日の彼女は一瞬ムっとして、すぐに口元に微笑を浮かべる。

 ――本当に、今日はらしくない。

 でも、今だけは、そんな自分に感謝――。

 誘うような()で、桜坂は夏弥に訊いた。

「入れてくれたんでしょ。あたしの絵に、一票」

 さすがの夏弥も、これには困ったようだ。バツが悪そうに、下を向く夏弥。そんな夏弥が、入れた、と小声で呟いたのを、桜坂は聞き逃さなかった。

「どうだった。あたしの絵――?」

 さらに、桜坂は追い打ちをかける。

 桜坂と目を合わすまいと、夏弥は逃げるように目を()らす。そんな彼の姿が、妙に可愛らしい。我ながら、変なことを考えていると思う。でも、たまにはこんなシチュエーションも、悪くないと思う。これはこれで、結構楽しい。

「どうだった?」

 なんて、からかって訊ねる。

 ようやく、夏弥が小声ながらも答える。

「…………もう少し、上手く描いてほしかった、てのが本音」

 ――ああ。

 だろうね――。

 桜坂は満足そうに笑う。

「あれ、雪火だからね」

「うん、知ってる」

 言った。

 ――言ってやった。

 それだけで、学祭中にやっておかないといけないことを、全部やり遂げた気分。

 調子に乗って、桜坂はうん、と背伸びする。

「人が見てわかるんだから、あたしの絵も、少しは上達したかな」

「だから、もう少し上手く描いてほしかった」

 なんて、言われても気にしない。

 描く前までは、雪火から下手だとなじられるのが怖かった。でも、いまは自分の絵が通じて、それだけで満足だ。他の人に評価されなくても、ただ一人、評価してもらえれば、それで十分。()いか悪いかは、そのついで。ダメだったら、次に挽回すればいい。

「――――――」

 そう。

 挽回すればいい。

 だから、ダメとかムリとか、そういうことは最初に決めない。

 なにもしないうちから諦めるなんて、それこそらしくない。そんな自分は、さすがに桜坂緋色も見過ごせない。

「桜坂……?」

「――雪火さぁ」

 夏弥の言葉を遮って、桜坂は立ち上がる。

「あたしの告白、聞いてくれる?」

 独り言のように、桜坂は呟く。

 返事はない。

 ただ、胸の鼓動だけを聴く。

 とくん、とくん、と()せるように、血潮(ちしお)が血管を抜ける。それが一つの旋律(せんりつ)みたいだから、桜坂は自分が舞踏会にでもいるかのように錯覚した。

 薄い闇。

 舞踏会の音楽は遥か遠く。

 聴こえるのは、この胸が(かな)でる独奏。

 夜の闇が、こんなにも(あお)いなんて、知らなかった。

 手を伸ばせば、触れられそうな。振り返れば、目が合ってしまう。

 夜の中に、けれど人は眠らない。舞踏会で眠ってしまうなんて、あまりにも意味がない。踊り疲れて眠ってしまうなんて、それこそ子どものやることだ。この体は熱くて、だからちっとも眠くない。

 また一つ、鼓動を聴く。

 流れる音は、湧き出る水のよう。地の底から湧き出でて、小さな泉が、大きく広がる。

 くるりと、(まわ)る。

 少し背伸びした、小さなお姫様のように。

 花を振りまいて、妖精の真似事。

 ただこのときだけ、最高でありたい。

 この一夜だけ、魔法にかかったように、世界で一番美しい姫になりたい。

 たった一夜。

 一夜だけの、舞台。

 一人で踊る。

 その踊りに誘うように、手を差し出す。

「――――――」

 桜坂は夏弥の前に立つ。

 少しだけ離れて、二人の間には一メートルほどの距離。

 近づきたくて、でも近づけない。

 離れたくて、でもこれ以上は離れたくない。

 お互いが、お互いが認識できる、ぎりぎりの距離。

 互いの気持ちが感じ取れる、確かな距離。

 体が、熱い。

 鼓動が、早く早くと急かしている。

 急ぎすぎて、胸が止まってしまいそう。

 荒い息は、乱さないように隠している。

 ぼう、と。

 頭が熱い。

 頬が、熱い。

 ただ一言。

 その一言を言うだけなのに、まるで麻薬みたいに息が熱を帯びている。含んだ息に、舌が痺れる。(あか)い唇が、恐怖と羞恥(しゅうち)に震えている。

 (てのひら)に、汗が浮く。

 ぎゅっと握って、もう感覚がない。

 ああ。

 早く。

 早く、言ってしまえ。

 体中の熱に(おか)されて、桜坂ははあと息を吐く。

 気づかれないように、桜坂は微笑して、最後の言葉を呟く。

「――――桜坂緋色は、雪火夏弥が好きです」


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