プロローグ
学祭まであと一週間。
ようやっとここまできたかと思う反面、もうここまできてしまったかと思う今日この頃。実行委員の仕事は忙しくなる一方で、部活のほうには全然顔を出せていない。
このどうしようもない忙しさが高校生らしくて、満たされているのかなと感じたりもするけれど、一日一日がなにか物足りない気もするわけだ。
――やっぱり美術室に行けないのは、ちょっと寂しい。
実行委員の仕事はとても単純で、先生たちに学祭の準備をしたいので教室を貸してくださいとお願いして、生徒たちにこういう催しものをするので手伝ってくださいとお願いして、学校のお金だけでは足りないから町まで出て高校で学祭をやるので資金か資材の面で協力してくださいとお願いして回る。
誰にでもお願いする裏側で、学祭までの予定を組んで、予定通り進んでいるか見て回る。実行委員は元々やる気のある人たちがなった――と信じてる――から問題ないけど、他の生徒たちにはそれぞればらつきがある。学祭に向かって、よしやるぞという人もいれば、準備なんてめんどくせーとサボる人間もいる。
協力している人たちには笑顔で感謝して回って、怠けている連中には蹴りを入れて回って、問題があればすぐに対応して教師の前に謝りに行く。
どたばたしていて、ついつい溜息を吐いてしまうこともあるけど、小中と運動部で鍛えてきたこの体、そう簡単に音を上げたりはしない。
……それでも。そうだなぁ。
充実はしている。もちろん、している。
小学校のときはたくさんのクラブをかけもちしていて、中学校のときもバスケと陸上の二つをやっていた。小学校のときは、バスケをやって、テニスをやって、野球をやって、サッカーもやってたかな。
とにかく体を動かすのが好きなんだ。体を動かしていると、気持ちいいとか、清々しいとか、そんな気分になる。体の中から熱くなるのが好きだし、その後で冷たいシャワーを浴びるのも好きだ。
やっぱり、若いうちに体を動かしておかないと、きっと後悔すると思うんだ。学祭実行委員をやろうと思ったのも、その延長かもしれない。結構、お祭り好きでもある。近所の神輿担ぎなんかは、よく参加していたし、地域のマラソンレースにもよく顔を出した。
学祭当日には思いっきり騒いでやろうと考えていたが、それは入学して一週間くらいの話。今は別の計画を密かに練っている。
……いやいや。
別に実行できるかどうかもわからないし。そもそも実行するのかも怪しいし。
ただ。なんていうのかな。できたらいいな、とか、こうなってくれたらいいのに、っていう、道端に百万円の入ったバッグを探すような希望的観測。百万円の宝くじのほうが現実味あるかな。って、そんなことはどうでもよくて。
……でも。
できるなら。
叶うなら。
一瞬でもいいから。
一緒にいたい。
――桜坂緋色は、初めて好きな異性ができました。
それが恋愛感情と呼べるものなのか、わかりません。だって、今まで恋というものをしたことがないから。
運動が好きで、スポーツが得意なこともあって、男子とはよく遊んだ。小中なんて、体力的には男子も女子も大差はないし、むしろ女子のほうが成長が早くて、男子と混ざってサッカーやバスケをすることが多かった。
男子とは、自然仲がいい。けれど、それは友達みたいな感覚で、恋愛に結びつくことはなかった。
……それが、いつからだろう。
気づけばあいつを見ていて。
気づけばあいつの近くにいて。
気づけば、あいつの姿を探している。
一目、一瞬でいい。一日一回でも、あいつに会えたら、嬉しい。ほんの少しでも、あいつのことを見れたら幸せ。そんなささやかな日常が、桜坂緋色にとっての楽しみ。
――雪火の横顔を見られるのが。
さあ。美術室へ行ってみよう。
今日もあいつは、夕日を描いているのかな。
明日も綺麗な夕日でありますように。そんなことを祈りながら、そっと教室の前を通り過ぎる。