策略と招待状
「クローディオ・クォーツ様ですね?」
静寂の中に響くように、力任せに扉を開けた人間、ボックスコートを羽織り綺麗な身なりをした白髪の老紳士が、クローディオの名を呼ぶ。
彼は唖然とした様子のクローディオの前まで足を運ぶと、一通の手紙を渡した。それにはベニーも見知った封蝋印がされている。つい最近見たのだから当然だ。あれは紛れもなくーー
「プランタジネット伯爵様から招待状が来ております」
「……は?」
突然の出来事にクローディオは瞠目する。
「待て、俺は被害があった場所を適当に回って捜査するつもりだ。犯行場所候補に行く気はない」
「しかし【ニル】の町長からも、晩餐会の主催者プランタジネット伯爵からも、連れてくるようにと命じられております」
「伯爵からも?」
「はい。【ニル】の町長から連絡を受けた旦那様が、今晩是非ご招待したいと」
「成る程、繋がっているのか。そして俺がまずカジノに来る事を見越して迎えを寄越したと……。ん? 待て、もしやこんなカジノに他のゲストを集合させたのは……」
「そもそもクローディオ様をお連れする為ですね。【ニル】の町長様から『クローディオ様は招待があっても無視し逃げる。故に油断させ確実に捕らえよ』との言伝てがありました。具体的には『町にあれば必ず向かうカジノで、裕福そうな方と交流をすれば気を緩める』との事でしたので、ギャンブルがお好きという噂の、尚且つ羽振りの良いドミニク様がいれば自然と交流をしてくださると思い、此方にお呼び致しました」
「っ、あのクソジジイが!」
「おい。まさか俺は、ここでこいつの相手をする為に招待されたのか?」
あまりにも的確な捕獲術を伝授されていた事に、クローディオは苛立つ。ついでにドミニクも餌として使われたらしい事実に苛立つ。クローディオの行動パターンは、【ニル】の町長に完全に読まれているようだ。それにしても随分と遠回しな手法である。
「既にお話になられたかもしれませんが、クローディオ様は【ドゥオ】に蔓延る恐怖《鳥狂い卿》を退ける力がございます」
「待て、俺にそんな力はない」
「その為、プランタジネット伯爵は晩餐会を気兼ねなく楽しんで頂く為に、クローディオ様も招待したのでございます」
「俺はそんな話、聞いていない。無効だ無効。俺は明日、連れと共に【ドゥオ】の観光を……」
「しかしこんな詐欺師が犯罪者を退けられるとは思えん。寧ろ金を盗って行くだろう」
老紳士の言い分を、必死に拒否をするクローディオを弁護して、ではないが、いいように金を取られたドミニクか口を挟んできた。
「彼の有能さはアルバート様がご存知でしょう」
信用のないドミニクの様子を見て、老紳士は事態をきょとんとした表情で眺めていたアルバートを一瞥する。
「アル、本当なのか?」
ベニーが問うと、アルバートは一切の迷いなく頷いた。
「はい。クローディオさんは確かにこういう魔法絡みの事件は強いです。私も以前、お世話になりました。頭が切れ、行動力もある頼れる方です。彼に命を預けろと頼まれたら、私は迷うことなく預けるでしょう。そもそも私は一度、彼に命を救われました。今更惜しむ物などありません」
「何をべらべらと余計なことを話しているんだ貴様ぁあああ! 木偶に感化されたのかは知らんが、恩を感じているなら仇で返すな!!」
「えっ? 私はただ思ったことを素直に……」
その素直さがクローを追い詰めているとわからないアルバートは、なぜ怒るのかと首を傾げた。
「……折角だから行かないか? “クロー”」
然り気なくクローディオことクローの隣に立ち、ぽんと軽く肩を叩くベニー。《鳥狂い卿》の噂は半信半疑だが、用心するに越したことはない。
「おい何故いきなり馴れ馴れしく呼ぶ。止めろ」
「如何でしょうか、クローディオ様。伯爵家の晩餐会となれば、振る舞われる馳走も別格でしょう」
「飯など要らんわ。おい、肩に手を置くな」
「万一事件が起きた場合、対処して頂けるというのならば。坊っちゃんを守って頂いたとして、旦那様に話をつけ此方からも褒美を用意致しましょう」
ベニーとは反対側に立ってクローの肩を握るトレーシーの目は、真剣味を帯びている。彼は主人の身を案じ、どうか被害を回避してくれるよう暗に頼んでいるのだ。
「過保護だなこの従者は! 魔法にかかったところで死人は出ん!!」
「いえ実際に自殺者が出ている訳でして……」
「使いは黙っていろ! その自殺と魔法は無関係だ!! 俺に対処出来ることは何もない!」
「魔法絡みでなくとも、思慮深いクローディオさんなら力添えが出来ると思いますよ?」
アルバートがさらっとクローを追い詰める。これで悪気がないのだから質が悪い。
「……! っ、そういう事かあのジジイ! 外堀を埋める為にアルバートを呼んだな……!」
「はい? 私はベニーの誘いで来たのであって、直接招待された訳では……」
「いえ、今晩の晩餐会に直接ご招待致しましたのはベネディクト様ではなく、アルバート様でございます。クローディオ様のお考えの通り、貴方を招待するのならば是非アルバート様も。と【ニル】の町長様が進言し、それを旦那様が承諾したのです。『仮にドミニク様と接する事がなくとも、お知り合いのアルバート様が一緒となれば、必ず交流してくださるだろう』との事でした。ちなみに、本来は貴方様と兄上様をご招待する予定でした」
「あっ、馬鹿……!」
ふと、パブの中に沈黙が訪れる。可笑しい。実際には騒々しい筈だ。だがアルバートの放つ無言の圧力によって、周囲の声が遠退いていく錯覚を覚えた。
「どういう事かなベニー。トレーシー、君も何か知っているんじゃないか?」
『……』
最早、誤魔化す手段はない。観念したベニーとトレーシーは事の子細をアルバートに話した。
「そういう事か。気を使わせてしまったね」
「こんなに早くバレるなんてな……」
「騙すような形となってしまい、申し訳ありません」
「何を謝るんだ。ふふっ、そんな事を考えてくれる人と居れて、私は幸せ者だな」
アルバートは朗らかに笑った。
「俺は知らん。知らんぞ、ホテルに戻る」
頭を振り顔を青くして、クローは無理矢理にでも立ち去ろうとする。
「しかし【ニル】の町長しかり、プランタジネット伯爵からも『多少乱暴しても連れてくるように』と言われておりますので……」
だが再び開いたパブの扉から、屈強そうな二人組の男がぬっと現れ彼の行く手を阻んだ。
クロー自身は勿論、ベニー逹の中で一番長身のトレーシーよりも背が高い、山のような男逹の登場に彼はたじろぐ。
「仮に解決するおつもりがなくとも構いません。どうか会場にだけでも、足をお運びください」
これはもうお願いではなく命令だ。拉致する勢いで佇む屈強な男二人を見て、クローは頬を引きつらせる。
クローは晩餐会に参加する事となった。