第4話
真っ黒な男、ミラージュが狂気の笑みでこちらを見つめ、こう言った。
「さあ、楽しい虐殺を始めましょう!」
カウントダウンは、無慈悲に刻一刻と過ぎていく。
5
腕の中には、動かなくなった奏が居る。
その顔は血で汚れてしまっているけれど、僕の大好きな奏のままだ。
いつも優しい笑みを向けてくれる、奏のままだ。
どうしてこうなったんだ。
考えろ!
考えるんだ!
まだ奏が死んでしまったなんて決まっているわけじゃない!
そうだ、親父が言っていたじゃないか。
神になれるだなんて大仰な言い方をしていたけれど、まだ僕にはやれることが有るはずだ!
4
今の状況を整理するんだ。
僕が持っている手札を全て出すんだ!
何だって良い、奏でを救うためならば悪魔にだって尻尾を振ろうじゃないか!
3
そうだ、ゼロ。
親父と母さんが残してくれたPKGゼロ。あれを使えばあるいは・・・
2
「PKGゼロ、起動」
すると突然、後頭部に衝撃が走る。
処理速度の優先順位を変えたためか、他のPKGにラグが発生したのだろうか。
後頭部に走る激痛に耐えながら、PKGが起動するのを待つ。
痛みなんかどでもいい。
この身が張り裂けようと、絶対に奏を救ってみせる。
数秒経った頃だろうか。次第に頭痛が収まってきた。
頭痛が収まると同時に、背後に気配を感じる。
「誰だ!」
「・・・ずっと」
凛とした声で返事が帰ってくる。
そこには、少女が立っていた。
周囲の赤い景色を全て否定するかのように、それは真っ白な少女だった。
腰まで届くほど長く細く、生糸のような白い髪。
白磁器のように、まるで生気の感じられない白い肌。
僕を見据えて、黄金色に輝く瞳。
生物かどうかすら判断に迷う程に美しいそれは、こう続けた。
「貴方を、ずっと、待っていました。
マイマスター。」
今にも泣き崩れそうに、それでいて精一杯に笑顔を作る彼女に息を飲む。
まるで、何年も探し続けた人に出会えたような、そんな顔をしていた。
「お前がゼロか」
「はい、マスター」
そう告げると、真っ白な彼女は先ほどの表情が嘘のように表情をなくした。
「彼女を、奏を助けたい」
「かしこまりました。
選択肢として137通りの方法がございます。
まず、
「なんでも良い!
俺はどうなってもいいから、彼女を助けてくれ!」
「ですが、それではマスターが・・・いえ、それがマスターの望みなら」
真っ白な彼女は、悲しそうに微笑んだ。
「それでは始めます」
そのセリフを最後に、僕の視界は真っ暗になる。
---プライオリティを変更します。・・・クリア
---IPCクロック周波数を変更。・・・クリア
凛とした声が聞こえる。まるで機械のような、生気を感じさせない声だ。
---クロック周波数を900Thzに上昇・・・クリア。
---対象 西園奏 グローバルアドレスを解析・・・クリア。
---対象 西園奏 侵入経路を解析・・・クリア。
---対象 西園奏 Root権限を取得・・・クリア。
目の奥のほうが焼けるように熱い。
IPCが加熱でもしているのだろうか。
---対象 西園奏 IPC操作を実行、身体破損自動補修PKGを起動・・・エラー。
---対象 西園奏 IPC操作を実行、記憶領域スキャン・・・クリア。
---対象 西園奏 IPC操作を実行、思考領域スキャン・・・クリア。
---オーソリティ解除。プライオリティをマスターに移行。
その言葉を最後に、真っ暗な視界が回復した。
慌ててカウントダウンの表示を確認するが、2から減っている様子はない。
「奏は、奏はどうなった!」
「申し訳ございません、マスター。
身体の破損が激しく、IPCによるタンパク質操作PKGでは修復不可能でした」
「なん・・だって・・・?」
「申し訳ございません」
真っ白な彼女は、泣きそうな顔で僕を見つめながら言葉を紡ぐ。
「たった今、彼女の身体機能の停止を確認しました。
修復作業を試みましたが、修復不可と判断されました。」
「ははっ・・・」
乾いた笑いがこみ上げる。
「なんだよ神って。
好きな人一人守れない、こんな力が神だってのか!?
おい、答えろよ親父!」
「マスター、
先ほど彼女の意識レベルを調査した際に採取した記憶領域と思考領域の完全データを保存しました。
なんらかの手段により、こちらのデータを用いて彼女をサルベージするという手段もございます。」
「・・・なぁ、ゼロ。
わかるか?
体は死んで、でもデータは有るって、どういう事かわかって言ってるのか?
確かに、IPCは脳とつながっている。
脳が思考を司る、脳が記憶する、そんなことはわかってるんだよ。
だけどさ、奏は死んじゃったんだぜ・・・?
記憶をダウンロードした?思考をダウンロードした?
それがどうした!!!
奏は、もう笑わない!
奏は、もう泣かない!
奏は、もう僕の名前を呼ばない!!!」
「マスター・・・」
「もう、たくさんだ。
僕は、もう・・・。
僕は・・・、僕は・・・・」
「僕は、この世界を壊す」
真っ白な少女ゼロは、今にも泣きそうな顔をしていた。
「ゼロ、情報が欲しい。
まずはあのフザケた黒い奴を血祭りにあげよう。
親父と母さんが残した情報を全てをよこせ。
あと、俺のIPCのクロック周波数、もっと上げられるだろ?」
「はい、全てはマスターのお望みのままに」
ゼロは深く頭を下げると、小さな鍵を手渡した。
どこにでもある小さな鍵。
僕はその小さな鍵を手にとり、強く握りしめる。
奏との思い出を、思い出すように。
強く、強く、握りしめる。
そして僕は、全てを知った。