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第一章 第1話

柊裕也(ひいらぎ ゆうや)です。

 趣味はIPCのパッケージ作成、特技はM5のジャンル格闘、

 得意な教科は数学です。よろしくお願いします。」


若干の冷え込みが残るけれど、春の暖かな日差しに眠気がぶりかえしてきた。

あくびをかみ殺しながら、今日から通うことになる国立第二高校への道を歩く。


柊裕也(ひいらぎ ゆうや)です。

 趣味はIPCのパッケージ作成、特技はM5のジャンル格闘、

 得意な教科は数学です。よろしくお願いします。


 ・・・はぁ」



新しいクラスというのはどうしても緊張してしまうものだけれど、

それでもこうしてため息をついているのは理由がある。


何を隠そう、小学校から中学校卒業まで、ずっとボッチだったのである。

いや、別に隠す必要はないけれど。



話は遡り。



きっかけは単純だった。


まずは小学校で習った掛け算。

クラスの皆は当然のように順当に九九を覚えてゆくなか、いつまで経っても3の段から勧めない。


「4×1は4、4×2は8、4×3は12、4×4は16、4×5は・・・・

 だめだ・・・」


この調子である。


純粋な計算問題なんかは、むしろ他者と比べても負けない自信すら有るのだけれど、

どうしても暗記すること、例えば社会や国語になるとなぜか覚えられない。


他人と比べて暗記できる容量が圧倒的に少ないのである。

さすがに義務教育期間における、しかも圧倒的な基礎ともいえる九九に関しては時間をかけて覚えたけどね。


さて、この年頃の子供というのは実に残酷なもので。

例えば特撮物の悪役を純粋に憎むように、

例えば得体の知らないものを食べたくないように、


全員が当たり前のようにできることに着いていけない僕は、クラス全員からハブられた。


たった「九九を覚えるのが遅い」、そんな小さなきっかけでクラスの輪に溶け込むことができなくなった。


決してイジメだとか、そんな重い話にはなっていない。

むしろ自分から塞ぎ込んだと表現したほうが正しいだろうか。

普通と違う自分が周りに溶け込めるのか、それが不安で友達を作るということを諦めてしまった。


そんな時にのめり込んだのがIPCである。


IPCとは、インプラントパーソナルコンピュータの略称であり、文字通り脳内に埋め込むパソコンである。


今では歴史資料館にまで足を運ばなければ見ることはでいないが、

僕が生まれる何十年も前には個人で大きなパソコンを所持し複数人で使いまわしていたというのだから、

当時に比べれば相当な技術革新なのだろう。

PCを持ち歩けないというのは何たる不便なことか・・・


閑話休題。


ともかく僕は、ボッチになってからIPCへとのめり込んだ。


現在の日本では、1歳の誕生日を迎えると同時に脳内へのIPC格納手術が義務付けられている。


手術といっても、ナノマシン技術の発達した現代では注射を一本打つだけで完了というお手軽さである。

例にもれず、僕も1歳の頃からIPCの恩恵を受けており、当初から暗記ではなくロジックの解明と組み立てが得意だった僕はIPCのOSであるM5上で起動するパッケージプログラム、略してPKGに没頭するようになった。


そもそも、国の掲げるIPCの利用目的とは、


曰く「国民の健全で豊かな生活を保証する」だそうだ。


プリインストールされているPKGの多くは、生活基盤の補助をするものが大半である。


例えば地図PKG。

ブレインスキャンインターフェイスによって、念じることにより起動するPKGの一例であるが、

これは日本国内全ての屋外を網羅した地図データベースにアクセスし、その場所の風景や気温、音や匂いといった情報をダウンロードし、それを脳内に再生。

同じ状況を脳に錯覚させることでその場所に居ることを擬似体験することができる。

街頭のカメラで逐次屋外の様子をアップデートしているので、家に居ながらにして日本全国を旅することができる。


他にはマネーPKG。

所持金を管理したり、もちろん支払いや金銭の授受もこのマネーPKGによって行われる。

昔の日本では「硬貨」「紙幣」といった現金という概念が有ったようだが、紛失してしまったり盗まれたりしなかったのだろうか・・・。


それら数多く存在するPKGの中でも特にやり込んだのが、ジャンル「格闘」である。


そもそも「ジャンル」とは何か。


M5には日本国民全てが利用することを考慮して、娯楽性の有るPKGが入れられることになった。

ジャンル「スポーツ」では、日本のどこかにあるサーバにアクセスして、仮想空間でサッカーやテニスなど様々なスポーツをプレイすることができる。


他にも「テーブルゲーム」「モータースポーツ」など無数の娯楽PKGが存在するが、

その中で最も人気が高いのが「格闘」であり、全日本ランキングは常に順位が入れ替わり賑わいを見せている。



当時小学生だった僕は、この格闘にのめり込んだ。

物心ついた頃から両親が居なかったし、学校に行ってもボッチ。


決して淋しくはなかったけれど、今思うと誰かとのつながりを持っていたかったのかもしれない。


とにかく格闘で戦った。

何百、何千、何万と戦った。


自分の作成したアバターを操り、他者よりも優れていることを証明できる唯一の存在。

それがジャンル「格闘」に対する僕の評価だった。


気が付いたら、全国ランキング1位になっていた。


その頃である。

マンションの隣室に住む幼なじみである西園奏が我が家に突撃してくるようになったのは。


「・・・」

「・・・」


「えいっ」

「うぼぁ!」


いつものようにベッドに寝転がり格闘PKGを起動させ乱入対戦を行っていたところ、

急にみぞおち辺りを攻撃された。

PKGの中では対戦相手のみぞおちにお見舞いすべく掌底の構えをとっていた最中であるため、敵の反撃かと体をこわばらせる。


「えっ!・・・えっ?」

「おはよー、ゆーくん」


いつもの天井を見上げて混乱するなか、どこか間延びした女の子の声が聞こえる。


「か、かなで・・・?

 え?なんで居るの?相手は?えっ?」

「なんかえっちーPKGでもみてたのー?」


というか(かなで)だった。

視線を天井から下に移動させると、みぞおち部分に奏の拳が見える。

どうやら体感型PKG起動中のセーフティが起動したみたいだ。


西園奏(にしぞの かなで)

僕よりも2歳年上であり、マンションの隣室に住む幼なじみである。

特徴の有る間延びした声が示すように、本人も間延びした性格である。というかマイペース。

無駄に発育した胸部に脳の養分でも吸い取られているのではないのか。


「ゆーくん、なんか今失礼なこと考えなかったー?」

「ななななななんでもありません」


腰の辺りまで伸びた長い黒髪を垂らしながら、ベッドに横たわる僕に向け首をかしげる姿に、少しだけ顔が赤くなるのを感じる。

やばい、かわいい。何それ反則。


「じゃあ、私の目をちゃんと見て言ってみてー?」

「・・・・・」


あーもうホントかわいい。やめて、上から見下されるとなんかゾクゾクするような・・・


駄目だ!なんかイケナイ扉が開きかけた!


「ゆーくん?」

「・・・・っていうか!

 どうやって部屋入ってきたの!セキュリティPKGどうなってんの!」


さも当然のように我が家に侵入している奏だが、もちろん我が家のセキュリティは専用PKGによって守られてる。

通常の手段では住人の許可無く入ることができるようなものではないし、もちろん通常以外の手段によっても侵入は許さない。というか、できない。


「あー、お母さんがトークンわたしてくれたよー」

「おかあさああああああああん!!!」


奏のお母さんは、両親の居ない僕の後見人として色々と世話を焼いてくれている。

世話といっても、何でも人任せにしたくないということもあり、家事や炊事は全て僕がやっているので実際には保護者としての立場をお願いしてることと、金銭の管理をお願いしている程度ではあるが。


「ゆーくん、それよりね?

 私のことは”奏おねーちゃん”って呼んでって言ったよね?」

「ぐっ・・・」


「私のことは”奏おねーちゃん”って呼んでって言ったよね?」

「お・・・ねぇ・・・・」


「私のことは”奏おねーちゃん”って呼んでって言ったよね?」

「おねぇ・・・ちゃん」


「私のことは”奏おねーちゃん”って呼んでって言ったよね?」

「奏・・・おねーちゃん」


「私のことは”奏おねーちゃん”って呼んでって言ったよね?」

「奏おねーちゃん!!!これで良いですか!もう許してください!」


「うん、いーこいーこ」


満面の笑みである。

もうね、ほんとかわいい。

あぁ、頭撫でないで。

髪がね、こう、ふわーっと良い香りがして僕の中のオスが暴れだしそうだよ。

まぁ暴れる度胸はないんだけれど。


物心ついた頃から一緒に居ることもあり、奏ではどうしても僕を弟扱いしたいようで。

いつもこんな調子で子供扱いをされるのは、彼女に淡い気持ちを抱いてる僕にとっては、若干都合の悪い話である。


「と、ところで奏ねーちゃん、

 今日は何の用事だったの?」

「あー、わすれるところだったー

 実はね、ゆーくん来月から国立第二高校に行くでしょー?

 ついに同じ学校だねー

 楽しみだねー」


奏さんニッコニコである。


「そうだね

 そういえば小学校も中学校も別だったし、考えてみたら同じ学校に行くのは初めてだね」

「そーなのー

 私、とーっても楽しみで、我慢できなくて先に来ちゃったのー」


繰り返す。

奏さんニッコニコである。


「それでねー?」

「うん?」



「ゆーくん私に隠してることあるよねー?」



奏さんニッコニコ・・・じゃない。

口元は満面の笑みを残しているのに、目元だけ笑っていない。

何これ超怖い。


「・・・奏ねーちゃんに隠し事なんてする訳ないじゃない!HAHAHA!」


何のことだ!?いったい何がバレたんだ!!?


奏の盗撮画像・・・あれはかなり深い階層にしまいこんでディレクトリ名も偽造している!バレるはずがない!


まさか、あれか!前に西園家にお邪魔した時に、奏の枕でモフモフハフハフした件か!

いや、あれも奏が帰ってきていないことは確認しているし、奏のお母さんだって「あらあらー」なんて笑ってたし!


いや、西園家にお邪魔した時に、奏の靴下をお借りした事か・・・?

あれは奏のお母さんも何も言っていなかったが・・・いや、今思い返せば若干ひいていたような表情だった気もするが・・・


考えたくはないが・・・まさか靴下を毎晩クンクンしてることがバレたのか!!!



「私は全部お見通しだよー」



背中に汗が流れるのを感じる。


いや、まだ諦めるような時間じゃない。

何か手は有るはずだ。


というか、そもそも靴下をお借りする事の何が悪いというのだ!

僕は、綿20%ポリエステル80%の布をお借りしただけである。


布をお借りすることだって、有るじゃない。だってご近所さんだもの。


そう、使用用途だ。


あれから毎夜、奏の靴下をクンクンしていることは流石に知らないだろう。

ならばどうする・・・?


そうだ、靴下の形状に注目すべきだ。

靴下とは、足を覆う目的で作られているのであって、クンクンするための形状はしていない。


覆うもの・・・


あ、ひらめいた。

あれは鍋つかみだ。


他家の鍋つかみをお借りするわけにはいかず、西園家が所有している手を入れてものをつかむのに最も適した形状をしており、かつ最も市場価値が低い「使用済みの靴下」を選んだという事にならないだろうか。


いや、もちろん僕が試算する市場価値としてはグラム単価はゆうに金をも超えるであろう。

そんな敬愛すべき奏の使用済み靴下様の価値を貶めるのは正に断腸の思いではあるが、背に腹は変えられない。


ここは、「NTK(鍋つかみ借りたよ)」作戦で行こうじゃないか。



意を決して、NTK(鍋つかみ借りたよ作戦)を発動する。



「あー、あの鍋つかみ最高だね!」


「・・・えっ?」

「えっ?」


「・・・」

「・・・」


沈黙が部屋を支配する。

うん、なんか違ったらしい。



「ゆーくん、私の見てない間にこんなにも大変なことになってたなんて・・・」


あ、なんかカワイソウな子を見る目になってる。

大事なもの(靴下)を守る代わりに、なんだかわからないけれど何か大事なものを失った気がした。



その後気を取り直すように小さく「よしっ」と呟いた奏は、こう続けた。


「ゆーくん、あのね?

 私は、ゆーくんのこと大好きだよ?

 ずーっとゆーくんのおねえちゃんだよ?」

「あ、はい」



「それでね・・・?

 やっぱり・・・お友達は作ったほうがいいと思うんだー」 

「ぼぼぼボッチちゃうわ!」



ということで、高校生でボッチを卒業するため奮闘記が幕を開けたのである。



時は現在に戻り。



柊裕也(ひいらぎ ゆうや)です。

 趣味はIPCのパッケージ作成、特技はM5のジャンル格闘、

 得意な教科は数学です。よろしくお願いします。」


通学路をうつむきながらボソボソと呟く怪しい男子高校生がそこには居た。

というか僕である。


隣には、いつになく上機嫌な奏の姿が有った。


「ゆーくん、ふつーにしてればいいとおもうよー?」


奏さん、今日も絶好調だね!

普通が難しいんだよ普通が!

こんちくしょう!メロン揉むぞ!そのでっかい2つのメロン!


「奏、そうは言うけどね・・・」

「奏おねーちゃん」


「・・・奏ねーちゃん、そうは言うけど、

 普通って難しいよ・・・」

「そうかなー?

 でも、何が有っても私はゆーくんの味方だよー

 ゆーくんは、一生私の自慢のおとーとだよー」


出ました一生弟宣言。

やめて、もう僕のライフはゼロよ!

当たってないのに玉砕とかイヤだよ!届け僕の淡い思い!


「奏ねーちゃん、

 あのね、僕さ・・・」



パリィィィィン!!!



その時、世界が割れる音が聞こえた。











訂正。

×カプセルを飲み込むだけで完了

○注射を一本打つだけで完了

追記。

どうやら体感型PKG起動中のセーフティが起動したみたいだ

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