世界で最も愚かであり、賢き者
賢者アベスデは、世界を旅して回り続けました。
“真の勇者”を探して。
そうして、当然のように勇者アカサタの噂を耳にします。
アベスデは、伝説の画商イロハ・ラ・ムーや、東方の街イル・ミリオーネに住む百渓さん。それから、マービル摂理教の落水木や風揺葉とも顔見知りでしたので、それらの人々からも話は聞いていました。
けれども、最初はアベスデの興味を引きませんでした。人によって、その姿、その反応が違っていたからです。勇者アカサタが一体どういう人物であるのか、どうにも要領を得ません。
賢者アベスデが思ってきた“理想の勇者像”とは程遠いモノに感じてしまっていたのでした。
それが、ある日、突然、変わりました。
「そうか。私が間違っていたのか。真の勇者とは、完全無欠の存在ではなかったのだ。理想に燃え、世界を平和に導こうとするだけの者、それではいけなかった」
そのような考えに変わったのです。
「その姿がわからないから、人によって評価が違うからこそ、類い希なる存在なのかも知れない。それこそが、特別な者。実は、理想の存在であったのだ。探すべきは、世界で最も愚かであり、賢き者だったのだ」
アベスデが、自分の考えをそのように変えた瞬間、全てが見え始めてきました。まるで、これまで月の陰に隠れていた太陽が顔を出したかのように。
それから、賢者アベスデは、急いでアルファベの街へと向いました。勇者アカサタが、その街を拠点としていると聞いたからです。
そこは、同時にアベスデの故郷でもありました。アルファベ国が、まだ今のように大きな国ではなかった頃。街も今ほど活性化していなかった時代。アベスデは、アルファベ国の王族の1人として生まれました。
もちろん、今となっては、そんなコトを覚えている人は誰1人としていません。アベスデ自身も、そんなコトはどうでもよいと思っていましたしね。
*
勇者アカサタが目を覚ますと、そこには自分を介抱してくれている老人の姿が目に入ってきました。
「じいさん。あんた、つええな…」
アカサタが最初に発した言葉は、それでした。他の一切を捨てて、ただ心に浮かんだ思いを言葉にしてみたのです。
「そうかい。それは、ありがとうよ」と、賢者アベスデは答えます。
それから2人は、荒野の真ん中に座って、話をしました。何時間も何時間も。
主には勇者アカサタが喋って、アベスデの方が聞き役です。それでも、時折、ちょっとした助言をしたり、自分の過去の話をするコトもあるアベスデでありました。
もしも、その光景を遠くから眺める者があったとすれば、「2人は孫と祖父のような関係なのではないか?」と思ったことでしょう。
それくらい親密で、微笑ましい姿であったのですから。
*
どれくらいの時が経過したでしょうか?
気がつくと、日は沈みかけ、大地は鮮やかなオレンジ色に染まりつつありました。
「どうじゃ?勇者アカサタよ?私の元で修業してみんか?そうすれば、いずれ魔王を倒すだけの知識と能力をも身につけられるやも知れん」
その誘いに対して、アカサタはハッキリとした言葉で、こう答えます。
「いや~だね!オレは、修業とか努力とか、そういうのがだいっ嫌いなんだ!!大大大大ダ~イキライッなんだよ!」
その言葉を聞いて、賢者アベスデは考えます。
フム。そうきたか。なるほどな。確かに、コイツなら、そんな風に答えそうなもんじゃて。
はてさて、一体、どうしたものか?実際に立ちおうてみて、話を聞いてみて、「コイツは、世紀の逸材かも知れん」という思いは確信に変わった。
じゃが、このワガママさ。それが、才能でもあるのやも知れんが、同時に最大の欠点でもある。これを、いかにするか?
そこで、賢者アベスデは、こう答えました。
「わかった。修業はなしじゃ。代わりに、勇者アカサタよ、お前の旅に私を同行させてもらえんかな?それで、何かしら助言の1つも与えてやれるじゃろう。成長のヒントの1つくらいには、なるのではないかな?」
これには、勇者アカサタも同意します。
「いいぜ!その代わり、オレはオレの好きにさせてもらう!自由に生きさせてもらう!魔王を倒すにしろ、倒さないにしろ、生き方自体は自由気まま!誰にも邪魔はさせはしねえ!それが、この勇者アカサタ様の生き様よ!」
こうして、旅の仲間に、賢者アベスデという強力な助っ人が加わったのでした。