エメラルドグリーンウェル嬢の想い
国家の会議が終わり、大臣は1人で考えていました。いつもアルファベ国王の側にいる、あの大臣です。
「あの勇者アカサタとやら、思いのほか成長を遂げていたな…」と。
初めて出会った時、それは他の冒険者と何1つ変わらなかった。その他大勢の内の1人。自ら“勇者”を名乗る者は多い。そんな中の1人に過ぎない。名前も顔も覚えちゃいなかった。
大臣は、そんな風に考えていたのです。
ところが、時と共にその評価は変わっていきます。
街では、何度となく“勇者アカサタ”という名を耳にします。大抵は、いい噂ではありませんでしたが。
「バカな奴が現われたぞ!」とか「また勇者アカサタが、犯罪まがいのコトをしでかしたらしい」とか、そういったものばかり。
それが、こんな風に変化していったのです。
「バカな奴だけど、なかなか見どころがあるぞ」
「よくよくつき合ってみれば、おもしろい奴じゃないか」
「悪さはするけど、なんだか憎めないのよね~」
といった感じ。
さらに時が過ぎ、評価は一変します。
「アカサタの奴、目覚ましい進歩を遂げているらしいぞ」
「また新しい能力を身につけたらしい」
「おかしな奴らを仲間にしたって話だぜ。それが、とんでもない強さを持った奴らだそうだ」
「あんな荒くれ共を味方にするだなんて、勇者アカサタ、一体、何者なんだ!?」
「実は、とんでもなく器のデカイ野郎なんじゃないか?」
街の人や冒険者の間でも、勇者アカサタの話は尽きません。常に何かしらの噂となり、話題をかっさらっていくのです。
そして、今回のこの騒動。
今度は、この近海を荒らしている海賊どもです。それを抑えただけではなく、味方にまで引き入れるとは。かなりの人物でなければ、できない行為です。性格的にも、政治手腕的にも。
この大臣、非常に頭が切れる人物でした。様々な事柄に頭が回り、一瞬にして思考を巡らせます。
だからこそ、この地位に収まり、王様を補佐するという役割をシッカリと果たすことができているともいえるのですが…
「もしかしたら、あやつならば本当に世界を引っ繰り返すやも知れん。現実に、魔王を討ち倒してしまうかも」
大臣は、そう考えます。
それは、ある種の希望であり、期待でもありました。大臣としても、魔王を倒す者が現わるとするならば、それはそれで望むところではあったのです。
けれども、大臣は、こうも考えます。
「だが、同時に、それは危険人物であるという証明でもある。ヘタをすれば、魔王が消えた後に、この世界を支配するだけの能力と権力を持ち合わせてしまうかも…」
大臣は考えを続けます。
「この世界に別の支配者が誕生すれば、アルファベ王の立場も危うくなる。その権力は弱体化し、最悪の場合、完全に失われてしまうかも。そうなる前に、どうにかする必要があるな。理想的なのは、魔王を倒した後に消えてもらうという形が一番なのだが…」
この大臣の考え方は、ある意味で当たっていました。ただし、この時点では、まだ全く関係がありません。魔王が存在し、陰から世界を動かしているこの時代においては、まだ…
*
話は変わって、エメラルドグリーンウェル嬢です。
いつものように全身を緑系統の部屋着に包み、1人、部屋で考え事をしています。その褐色の肌とのコントラストが美しさを醸し出しています。しかも、窓から入ってくる光をいっぱいに浴びて、なおさら輝いて見えるのでした。
初めて出会った頃とは違って、彼女のアカサタに対する感情は、完全に愛情に変わりつつありました。それが、今回の出来事でハッキリしたのです。
「いつも、街に寄りつかない人だけれども、これまではあまり心配していなかった。1つ所には長く続けていられない。そんな人。だから、いつも旅を続けている。世界中を飛び回って生きている。そんな部分が魅力的でもあるのだけれども…」
部屋の中、窓辺に立ち、紅茶のカップを手にしながら考えを巡らせるエメラルドグリーンウェル嬢。紅茶の表面には、鮮やかな薄緑色をしたミントの葉が小さく浮かんでいます。
「けれども、今回は駄目かと思ったわ。アカサタさんが、海に消えてしまったと聞いた時は…」
さすがに、この出来事にエメラルドグリーンウェル嬢も、肝を冷やしたのでした。
「それでも帰ってきた。しかも、大きな仕事を成し遂げて」
やっぱり、あの人は他の人とは違っているのだわ。と、エメラルドグリーンウェル嬢は考えました。
それは、たくさんお金を稼ぐとか、高い地位につくことができるとか、そういうのとは全然違う。もちろん、あの人ならば、そういうコトだってできるだろう。でも、それとは全く異質の何かを持っている。それがあるから、人々を惹きつける。
それを言葉にするのは難しいけれども、あえて言うならば“奔放さ”あるいは“何者にも縛られることのない自由”
人々が望んでやまない能力。けれども、どんなに望んでも望んでも決して手に入れることのできない性格。そのようなもの。
「だとすれば…」と、エメラルドグリーンウェル嬢は、他に誰もいない部屋で静かに呟きます。
「だとすれば、誰の手にも入らない道理。永遠に誰の手にも届かずに生きていくのかも。もちろん、このわたくしにも…」
そう。それは、勇者アカサタの魅力であり、能力であり、生まれ持った性格でもあり、同時に呪いでもあったのです。
勇者アカサタ自身を含めて、この時には、ほとんどの人たちが、まだそのコトに気づいてはいませんでした。この美しき植物系魔法の使い手以外には…