人生は、欠けた茶碗のようなもの
さて、いよいよ、ここまで苦労して運んできた茶器を手渡す時が来ました。
厳重に梱包された箱を開けていきます。
すると、どうでしょう…
箱を開け、何重にも包まれた布をはずしてみると、その中に入っていた茶碗は縁の一部分が割れて、欠けてしまっていたのです。
「こ、これは…」
勇者アカサタは、驚きの顔を隠せません。
「そんな…あんなに大事に守ってきたのに!」と、少年ミケナルドも声を上げます。
百渓さんは、それを見て黙ったままです。
その場は、一瞬にして沈黙に包まれ、凍りついてしまいました。
それから、百渓さんは、こう言いながら欠けた茶碗を手に取りました。
「ちょっと失礼」
丹念に茶碗を調べ続ける百渓さん。
てのひらの上で、ゆっくりと茶碗を回しながら眺めたり、ひっくり返してみて底を確認したりしています。
「フ~ム、これは…」
ゴクリと唾を飲み込みながら、その様子を見守る勇者アカサタとミケナルド。
「安物の茶碗だな」とハッキリと断言する百渓さん。
「え?そんな…」と、ミケナルド。
「わざわざ、そんな安物茶碗を持たせるために、ここまで大変な旅をさせてきたってコトか?」と、勇者アカサタも驚きます。
「まあ、せっかくだ。茶碗の方はついで使ってやればよい」
百渓さんにそう言われて、アカサタは尋ねます。
「ついで?」
「補修して使うコトですよ」
そう、ミケナルドの方が答えます。
「そうだよ。ちょっと待ってなさい…」
そう言って、席を外す百渓さん。
戻ってくると、百渓さんはいくつかの陶器を手にしていました。
「これが、ついだ茶碗だよ」
見ると、どの茶碗も割れた部分に塗料が塗られ、修復されています。ヒビの部分が赤・銀・金などの色になっており、得も言われぬ美しさを醸し出しているのでした。
「なるほど。壊れた部分を、逆に利点と捉え、別の美しさに変えているわけですね」と、ミケナルドが感心して言います。
「そうだよ。これは、物を大切にする心から生まれた技法。場合によっては、元よりも価値が出るくらい。ついだ茶碗を専門で集めているコレクターもいるくらいだからね」
百渓さんの言葉に、アカサタもウンウンと頷いています。
百渓さんは、さらに続けます。
「人も同じ。誰しも、その人生で大きな失敗の1度や2度はしてしまうもの。そこで、どうするね?そこで『コイツは、もう駄目だ』と切り捨てるかね?そうではなく、その失敗を糧にして、さらなる成長を遂げる。そうすることにより、その人物の価値はグッと上がる。そういうことは、あるのではないかね?」
*
一通り話が終わり、3人はまた、温かいお茶を飲み始めました。
茶室の真ん中は、囲炉裏になっており、そこでお湯を沸かせるようになっています。沸騰したお湯が湯気となり、部屋全体を暖めてくれています。
「考えてみたんだが、この茶碗は最初から欠けていたのではないかね?」
「最初から?」
百渓さんの言葉に、ミケナルドが尋ね返します。
「そう。これは、イロハ・ラ・ムーの奴が仕掛けた1つのイタズラというか、遊びのようなものではないかね?私に、わざわざこの話をさせようとして」
「ウ~ン…あの人なら、やりそうなコトではあるかな」と、アカサタが答えます。
「それに、本当の届け物は別にあったのでは?」
「どういう意味ですか?」
「君たち2人のことだよ。茶器は口実に過ぎず、そちらが本命の届け物だったのではないかと思うのだが…」
そう言ってから、百渓さんは、茶器の入っていた箱を調べ直しました。
すると、箱の底から1通の手紙が見つかりました。
百渓さんは、手紙を読み終わると、こう言いました。
「よければ、君をここに置いて欲しいそうだよ、ミケナルド君」
「え?僕を?」
「そうだ。君は芸術に深く興味を持っている。なかなか熱心に働いてもいるようだ。どうだね?私の元に残って、美術品や茶道について、もっと学んでみる気はあるかね?」
少年ミケナルドは、しばらくの間、考えてから答えました。
「もしも、イロハ・ラ・ムーさんが許可してくれているのであれば。ぜひとも、お願いしたいと思います」
「では、決まりだな」と百渓さんは言いました。
「よかったな!ミケナルド!」と、勇者アカサタも喜んでくれます。
「はい!それも、これも、アカサタさんのおかげです!ここまで、連れてきていただき、本当にありがとうございました!」
「よせやい!恥ずかしくなっちまうだろ。オレは、ただ受けた仕事をこなしただけだぜ」
こうして、勇者アカサタは、イロハ・ラ・ムーさんの頼まれ事を終わらせ、東方の街イル・ミリオーネへの旅も終わりを告げたのでした。




