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百渓さんのお茶の作法

 百渓ひゃっけいさんの後をついて歩く勇者アカサタと少年ミケナルドの2人。

 3人は、百渓園の小道をスタスタと進んでいきます。道の両側は、ひたすらに高い木がしげっていて、道は少し暗くなっています。

「どこまで行くんだろう?」と、勇者アカサタ。

「さあ?どうなんでしょうね?」と、少年ミケナルド。

 その言葉が聞こえたらしく、百渓さんが、こう答えます。

「もうすぐだよ。そこに景色のいい場所があってね」


 その言葉の通りでした。林の中の小道を抜けると、そこには大きな湖が広がっており、その向こう側には赤や黄色に色鮮やかに紅葉こうようした紅葉もみじの木が乱立していたのです。紅葉もみじの木々の間からは、5重の塔が顔をのぞかせています。

絶景ぜっけいかな!絶景かな!」と、アカサタは喜びます。

「確かに、これは素晴らしい景色ですね」と、ミケナルドも感心しています。

「ホッホッホ」と、うれしそうに顔をほころばせる百渓さん。


 湖の前には、1軒の和風の建物が建っています。そこが、茶室になっているようです。

「では、お茶の1杯でもさしあげようかな」

 そう言って、茶室へと上がっていく百渓さん。この時、くつは脱いで上がります。

 2人も、その通りにマネをして靴を脱いでから、部屋の中へと入っていきました。


         *


 部屋の中はかなり狭く、4畳半ほどしかありません。部屋は、縦横の長さが同じ。正方形をしています。いえ、高さも同じなので、立法形と表現すべきでしょうか?

 入ってきた方向は障子しょうじになっており、残りの3方は壁になっています。一方は完全に壁になっており、残りの2面には小さな窓が取りつけられています。

「楽にしてくれていいよ」と、百渓さんは言ってから、お茶の準備をする為に隣の部屋へと消えていきました。


 アカサタは、ズカズカと部屋に入ってきて、あぐらをかいて座りました。ミケナルドの方はシズシズと慎重に部屋に入ってきて、正座をします。

「アカサタさん、畳のへりは踏んじゃいけないんですよ」と、ミケナルドが注意します。

「え?そうなの?なんだか、めんどくせえな」

「あと、こういう場所では、ちゃんと正座をしないと」

「は?なんだ?それ?別にいいだろう、足が痛くなるし」と、アカサタは全然いうことを聞きません。


 それを耳にした百渓さんが、隣の部屋から顔を出してきて笑いながら言いました。

「ハッハッハ!別に構いはせんよ。楽にしたまえ」

 それを聞いて、アカサタは得意そうです。

「ほら見ろ!こういうのは、客優先なんだよ。だから、客の好きにすればいいんだって」

「そんな…」と、困り顔のミケナルド。

「そちらの少年も楽にして座りたまえ。これは正式なお茶会ではないからね。好きに座ってもらって構わないよ」

 そう言われますが、ミケナルドは正座したままです。

「いえ、このままで結構です」

「そうか。それにしても、君はなかなか詳しいね」

「はい。ある程度、勉強して参りましたので」

「ほう」と感心した顔の百渓さん「君、名前は?」と尋ねてきます。

「ミケナルドと申します」

「ミケナルド君か。覚えておこう」

 そう言って、百渓さんは再びお茶の準備をする為に隣の部屋へと消えていきました。


         *


 3人の前には、大きな茶碗に注がれたほうじ茶が1杯ずつと、お茶菓子が並んでいます。

「アレ?抹茶をたてるわけじゃないんですね。茶碗も1つの物をみんなで使って飲むわけじゃないみたいだし…」と、ミケナルドが疑問を浮かべると、

「本格的なお茶会ではないからね。気軽に楽しんでもらおうと思って」

 百渓さんは、そう答えます。


 勇者アカサタの方は、全然気にしていないようです。

「いただきま~す!」

 そう言って、パクパクとお菓子を食べ、ゴクゴクとお茶を飲む勇者アカサタ。

 それを横目で見ながら、少年ミケナルドは驚いた顔をしています。

 それに対して、百渓さんもパクパクとお菓子を食べ、ゴクゴクとお茶を飲み干します。

「ええ!?」と、さらに驚きが増すミケナルド。

「ミケナルド君、君もどうぞ」

 そう言われて、ミケナルドは上品にお茶菓子をいただき、静かにお茶を飲みます。

「ハッハッハ!君は、実に礼儀正しいね」と、百渓さんは笑っています。

「なんだか、思っていたのと全然違いますね…」

 ミケナルドがそう言うと、アカサタも同意します。

「ほんと!ほんと!もっと堅苦かたくるしいヤツかと思ってたぜ。これなら、ゲイル3兄弟もつれてきてやればよかったな」

「ほう。何者かね?その人たちは?」

 そこで、勇者アカサタは、今回の旅の顛末てんまつを語って聞かせました。

 それを聞いて、百渓さんはうなづいたり、笑ったり、興奮したり、驚いたり、大忙しです。

 そうこうしている内に、ミケナルドの足がしびれてきました。そうして、ついに耐えきれなくなってこう言いました。

「す、すみません…足を崩してもよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろんだよ」と、百渓さんはやさしそうに答えます。

「だ~から、言っただろう!こういうのは客優先なんだよ。無理したってしょうがないんだよ」と、勇者アカサタ。

「すみません…」と、ミケナルドは再び謝ります。


 ここで一瞬の間があって、百渓さんが語り始めました。

「君は非常に礼儀正しいよ。感心するほどに。事前にいろいろと学んできたようで、とても偉いと思う。しかしね、ミケナルド君。アカサタ君の言うコトにも一理あると思うんだよ。むしろ、ある種の真理を突いているとさえ言える」

「真理?」

「そう、真理さ。元々、作法などというものは存在しなかった。茶会というのは、お客様をもてなすためにもよおされる。礼儀作法というのも、そこから生まれたのだ。そう考えれば、大切なのは人の心の方だとわかる。礼儀などというものは、オマケに過ぎない。補助的なものなのだよ」

「なるほど…」と、ミケナルドは感心顔です。

「それと同じように、客の方に生まれた礼儀作法というものもある。茶会を催した亭主に対する心づかいが、それだよ。アカサタ君の方は、ちょっとそちらの方に欠けているかな」

「は、はあ…」と、アカサタ。

 それから、百渓さんは、大笑いしながら、まとめました。

「ワッハッハ!ちょっとつまらんコトを言って場をしらけさせてしまったかな。ともかく、みんなが楽しめれば、それでいい。細かいコトは気にせずとも、最終的にみんながハッピーになれれば、それで最高!それでいいじゃないか」

 これが、百渓さんなりのお茶の作法であり、同時に極意でもあったのです。


「それでは、そろそろ、苦労して運んできてもらった品とやらを見せていただこうかな」

 そう百渓さんに言われて、ミケナルドはイロハ・ラ・ムーさんに渡された茶器を取り出しました。

 ところが、この後、大変なコトが起こるのです。

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