勇者アカサタが去った後
勇者アカサタが去った後、風揺葉は呟きました。
「惜しいな。アレほどの逸材…」
そこへ師匠の落水木が姿を現します。
「どうだったね?」
「ハッ!勉強になりました!あのような者がいるとは…」
「勇者アカサタといったな。あの3人も、あの者についていけば、そう大きく道を外れることもあるまいて」
3人とは、もちろん、アゴール・ハゲール・デブールのゲイル3兄弟のことです。
「それにしても、もったいない。アレほどの者。マジメに研鑽を積めば、数年で、あるいは…」と、風揺葉は、まだ未練があるようです。
「あるいは?」
「あるいは、本当に魔王を倒せるだけの能力を身につけてしまうかも…」
「必要かね?それが」
師匠の落水木にそう尋ねられ、しばらく考えてから、風揺葉は答えました。
「いや、それはわかりません。魔王を倒すという行為自体は必要ないのかも。けれども、それだけの力を持つ者を育ててみたいという気はあります。たとえ、自分がそこまで到達できぬとも、それだけの人物を育て上げるコトができれば、それはそれで本望でありますから」
「フム。わからんではないな、その気持ち。だからこそ、これだけの弟子たちをここに住まわせ、毎日のように修業をつけているのだから」
「そうですね…」
そう言いながら、いつまでもアカサタが去って行った方向を眺め続ける風揺葉でありました。
*
さて、一方、勇者アカサタたちは…
宿屋に戻って、大切な茶器を守っていた少年ミケナルドと合流していました。
「あ、おかえりなさい。アカサタさん」
「おう!待っててくれたか」と、アカサタ。
「そりゃ、そうですよ。僕1人じゃ、どうしようもありませんからね。それよりも、商人たちは出発しちゃいましたよ。いつ帰ってくるかわからないアカサタさんたちを待ってはいられないって」
「なに!?いつだ?」
「今朝です」
ただ今、時はお昼を過ぎております。公平寺で4人が立ち合いをしている間に、この時間になってしまっていたのです。
「なら、追いつけるな」
「兄貴~、腹減ったっすよ」と、デブのデブールが言い出します。
「そうだな。じゃあ、まずは腹ごしらえか。その後からでも追いつけるだろう」と、アカサタものんきなものです。
「よっしゃ!食うぞ~!」
「懲罰房に入れられて、まともなもん食ってませんでしたからね」
と、アゴールとハゲールも食べる気満々です。
こうして、アカサタたち5人は、泊まっていた宿屋を後にし、街の飯屋へと繰り出していきました。
*
さらに数時間後…
「オ~イ!待ってくれ~!」と、商人の一団を追いかけてくる者たちが地平線の彼方から駆けてきます。もちろん、勇者アカサタたちです。
あの後、街の飯屋で満腹になるまで食事をし、馬を借りて追いかけてきたのです。
アゴール・ハゲール・デブールの3人は、公平寺で辛い修行に耐え、基本的な気の使い方をマスターしていました。なので、それを使えば、馬よりも速く走ることができます。
けれども、少年ミケナルドはもちろんのこと、勇者アカサタもそのような技は使えません。そこで、仕方がなくマービルの街で馬を借りてきたのです。この馬は、帰り道に返却しなければなりません。そのために、馬の賃貸料だけではなく、保証金まで支払わなければなりませんでした。思わぬ出費であります。
しばらくの後、アカサタたちは商人たちに追いつきました。
「おお、お前たちだったか。悪かったな、帰りがいつになるかわからんかったものだから、先を急がせてもらった。戦力不足にはなるが、いたしかたがない。この先は、しばらく安全な道が続くと思って、置いていかせてもらったのだ」と、商人のリーダーに言われました。
「いえいえ、こちらこそ。申し訳ありませんでした」と、丁寧に謝ります。
アカサタは、実に自分勝手な性格ではありましたが、最近はこういうこともできるようになっていたのです。人に、素直に頭を下げるということが。もしかしたら、先ほどの風揺葉との戦いも効いたのかも知れません。
こうして、再び商人の一団に加わった勇者アカサタたちは、目的地である“イル・ミリオーネ”の街を目指して進み始めたのでした。




