腕試し
ゆっくりと勇者アカサタに向ってくる風揺葉。
「大丈夫。これは模擬試合に過ぎない。しかも、お前は“気の力”の使い方も知らぬ素人。本気でかかったりはせぬ。あくまで、武道として立ち向かおう」
勇者アカサタは、一目見てわかりました。
これは、かなりの使い手に違いない。真実を見極める目を持ってしても、弱点が見出せない。しょうがない。ただの模擬試合に過ぎない。腕試しのつもり、胸を借りるつもりでいくか…
さっきまでは、恐れや迷いもあった勇者アカサタでありましたが、ここにきて心は静かに落ち着きます。こうなっては、もはや逃げることもままなりません。戦うしかないのです。そうなった瞬間に、全ての雑念は消え、意識は1つに集中されました。
ここで、心は決まりました。
「小細工なしで行こう!」
このような者を相手に、いつもの調子で口を使って混乱させたり、中途半端な魔法など使っても通用するはずもない。それどころか、その心を見透かされ、1撃でやられてしまう。それだったら、自分の得意なモノで勝負するか。そう決心したのでした。
「武器は好きなモノを選ぶがいい」
そう言われて、アカサタはリーチの長い槍ではなく木刀を選びます。ここにきて、シンプルに立ち合いたくなったのです。
風揺葉も、同じ武器を手に取りました。
アカサタは声も出さずに、風揺葉に向っていきます。
振り下ろされる木刀。けれども、そんなものは簡単に受け止められてしまいます。
神経を尖らせて、サッサッサッと剣を振るうアカサタ。それらは全て、かわされるか受け止められるばかり。
「そんなもので、魔王を倒そうというのかね?」と、風揺葉は余裕の表情です。
それに対して、勇者アカサタは全ての意識を集中して、向っていきます。
“何か…何か1つでも学ぶものがあれば。たとえ、勝てはしなくとも、1撃も入れることはできずとも。たった1つでいい!何か身につけてから終わらせなければ!”
心の中で、そう叫びます。けれども、それを声にしたりはしません。その余裕もないのです。
風揺葉は、アカサタの剣をかわしながら、得も言われぬ違和感を感じ始めていました。
“ん?なんだ、この感覚は?素人とまでは言わぬが、最初は大した使い手とは思わなかった。ある程度の戦闘経験は積んできた太刀筋だ。けれども、気の使い方はてんでなっちゃいない。ただ、ガムシャラに剣を振り回しているばかり。それが段々…”
勇者アカサタは、“真実を見極める目”を使って、風揺葉の弱点を探ります。けれども、実際に戦ってみても、弱い部分は見つかりません。ただし、それとは全く逆のモノを見始めていました。
弱点が見つからない代わりに、長所が見えるようになってきていたのです。
“なるほど。そういうコトか…この人には無駄な動きがない。それも、全くと言っていいほどに。最小限のエネルギーだけを使い、最低限の動きのみで戦っている。ただし、要所要所で力を入れる瞬間がある。ならば、それをマネしてみるか…”
そう考え、見よう見まねながら、実践しようと努力してみたのです。
そうして、徐々にではありますが、その効果が発揮され始めていました。先ほどまでに比べ、アカサタの動きに無駄が減りました。ほとんど力も抜いています。ただ、必要な一瞬を見極め、その瞬間にのみ剣に力を込めます。
風揺葉が感じた違和感の正体は、それでした。
そうして、風揺葉も、それに気づき始めていました。
“これは…さっき、こちらが使った技。それに、動きもよくなってきている。さっきよりも体全体の力も抜けてきている。それでいて、必要に応じて、力を込めてくる。こいつ、成長しているのか?この短時間に?”
1度、体全体の力を抜き、そこから最小の動きのみ、最低限の力のみで技を繰り出す。それは、マービル摂理教における武術の基本でした。ただし、それは肉体的なものだけに限りません。むしろ、精神的なもの…つまり、“気”において、その真価は発揮されます。
体全体の気を1度、無にする。その後、必要に応じて、最低限の気を放出して戦う。それが、この武術においての基本。
勇者アカサタは、この戦闘中に無意識の内に、その基本を身につけつつあったのです。
風揺葉は、我慢しきれなくなって、叫びます!
「おもしろい!おもしろいぞ!それでこそ、立ち合った意味があるというもの!!」
風揺葉が基本的な動きを披露してみせればみせるほど、新しい技を繰り出せば繰り出すほど、アカサタはそれを吸収していくのです。もちろん、最初から完全にマスターしたりはできません。けれども、一番重要な部分を一瞬にして見抜き、拙いまでも、その動きをマネしてみせるのでした。
普通、それをやるだけでも何年もの修業を必要とします。それを、勇者アカサタは、この短時間の間にやってのけてみせているのです。
やがて、2人の動きがピタリと止まりました。
お互いが、最低限の動きのみで行動するとなると、こうなるのは必然!達人同士の戦いは、まずここから始まるのです。そうして、全く身動きの取れないまま、お互いの弱点を探り合う。
アカサタは、この戦闘中に、ここまでの領域に達してしまったのでした。
…とはいえ、そこは能力の差も経験の差も歴然です。
これまで防御と回避一辺倒であった風揺葉が、今度は攻撃に転じました。その瞬間、アカサタの負けは決定しました。攻撃はいくらか得意なアカサタでしたが、防御に関しては苦手。まるで、ド素人同然なのでありました。
簡単に1本を取られ、そこで頭を下げました。
*
模擬試合が終わって、風揺葉は勇者アカサタに声をかけてきます。
「アカサタと言ったな?」
「はい」
「どうだ?ここで修業してみぬか?お前ならば、数年で、とてつもない力を身につけることもできよう」
風揺葉は、勇者アカサタの中に素質を感じたのです。教えれば教えるほど、いくらでも吸収し、無限に成長していく。そのような可能性を。
けれども、アカサタはそれを望みません。カゴの中の鳥にはなれない性分なのです。
「断る!オレは修業だとか、マジメに一生懸命練習するとか、そういうのが、だいっきらいなんだ!!」
「そうか。それは、残念だな」
風揺葉は、心の底から残念そうにそう言います。
「そうだ!もっと自然に成長してみせる!」と、アカサタは、よくわからない自信を満々に持って答えます。
「自然にか…なるほどな。ま、気が変わったら、またここを訪れるがよい」
風揺葉は、クルリと方向を変え、ゲイル3兄弟の方へ向き直ると、続けて叫びました。
「他の3人も同じだ。アゴール!ハゲール!デブール!くれぐれも悪さはするなよ。そうして、世界を旅し、何かを学んだら戻ってこい。それで、新たに見えてくるモノもあろう。ここでの修業も、さらに意味あるモノとなろう」
こうして、4人は許され、公平寺を後にしたのでした。