落水木と風揺葉
マービル摂理教には、2人の大人物がおりました。
どちらも人徳はもちろんのこと、戦いにおいても、その技量は敵を知らぬというくらい極められていると聞きます。
1人は、落水木。
髪もヒゲも真っ白な老人です。
その名の意味は、「木の板に流れる水が、上から下に自然に落ちていくが如く、人は自然の法則に素直に従って生きていくべきである」ということを示しています。
もう1人は、風揺葉。
落水木の弟子であり、まだ髪も黒々としています。いくらか、白いものが混じる程度。年齢は30代後半か、40代前半といったところでしょうか?
その名は、読んで字の如く。「風に揺られる葉のように緩やかに爽やかに生きていこう」という意味です。
2人は、マービル摂理教を支えているのと同時に、公平寺のトップでもありました。
落水木が、住職。風揺葉が副住職という立場です。ただし、2人とも、そういうモノにはあまり興味がありません。「それは、あくまで“役割”の違いに過ぎない。全ての人間は、高さ的には同じなのだ」と、そのように考えておりました。
それでも、周りの人々は、そうは考えません。
立場と年齢上、落水木の方が上だと思っています。けれども、風揺葉のその実力は、落水木に引けをとらないと噂されてもいます。
2人とも、尊敬され信頼され、何か問題が起これば、皆、相談に訪れるという風に普段から頼られていました。
*
さて、話は変わって、勇者アカサタです。それと、ゲイル3兄弟。
4人は、懲罰房に入れられてから、どうなったのでしょうか?続きを見てみましょう。
勇者アカサタが、修行僧たちに捕らえられてしまった翌日。
4人は懲罰房から引き出され、マービル摂理教のトップ2人である落水木と風揺葉の前に連れてこられました。
両の手は後ろに回され、縄で縛られています。
周りは大勢の僧侶たちに囲まれていて、とても逃げ出せそうにはありません。
「さてはて、どうするかね?」と落水木が切り出します。
「3人は、ここに留まらせ、基本の修業からやり直させる。残り1人の侵入者は解放する…といったところで、いかがでしょう?」と、風揺葉が半分自分に言い聞かせるように答えます。
「フム。悪くない判断だが。さて、おぬしらは、それでどうかね?」と、落水木が、縄で縛られたままの4人に問いかけます。
ゲイル3兄弟は…
「ヒェ~!またあの辛い修業を最初からかよ!」
「勘弁して欲しいぜ!」
「世の中、真っ暗だな…」
などと言いつつも、
「まあ、仕方がねえよな」
「これも、天の与えた罰というヤツか」
「世の中、そんな上手くはできちゃいねえか…」
と、半分諦め顔です。
それに対して、勇者アカサタは、猛烈に反論しています。
「オイ!コラ!そんな道理があるかよ!こいつらは、オレの大切な仲間なんだよ!兄弟だと思ってるくらいなんだ!悪いけど、一緒に連れてくぜ!」と、身動きも取れない状態で叫びまくります。
それを見て、落水木はちょっと感心したような顔つきをして、尋ねました。
「ほう。おぬし、名は何と申す?」
「オレか!オレは、勇者アカサタ!この世界に君臨する魔王を倒す者の名よ!!」と、普段は魔王討伐のコトなどスッカリ忘れているくせに、こういう時だけ堂々と胸を張って答えます。
「ほうほう、魔王をね」と、落水木が頷きます。
風揺葉の方も、ちょっと「オヤッ?」という顔をしながら、その様子を見守っています。
「それで、この3人を連れて、どうするね?一緒に魔王討伐にでも出かけるかね?」
落水木のその問いかけに、勇者アカサタは自信満々に答えました。
「ったりめーよ!このオレ様に、この3人が加われば100人力!鬼に金棒ってわけよ!魔王なんざ、一捻り!!」
それを聞いて、周りの僧侶たちは、クックック…フッフッフ…と笑い出します。
「何だよ!何がおかしいんだよ!!」と、アカサタが噛みつくと、風揺葉が片手をサッと上げて、僧侶たちを制するポーズを取りました。
それで、再び場は静かになります。
「ま、よかろう。放してやるがいい」と、落水木が決断したように言いました。
一同、驚きの声を上げます。僧侶たちだけではなく、ゲイル3兄弟も、勇者アカサタも、みんな驚いています。ただ、1人を除いて。
それは、風揺葉でした。そうして、こう反論します。
「お待ちください」
「不満かね?」と、落水木。
「いえ、判断自体は、それで構いません。ただ、1つ条件をつけたいのです」
「ほう。条件とな?それは?」
「はい。1度、この者たちの腕を見ておきたいのです。3人が、ここを逃げ出してからどのくらい腕を上げたのか、あるいは逆に落としたのか?それと、そのアカサタという者の実力も試してみたいと思うのです」
「フム。なるほど。ま、好きにするがいい」
「自分勝手なワガママをお許しいただき、どうもありがとうございます」
そう答えると、風揺葉は、アカサタたち4人の縄を解かせ、戦いの準備をさせました。