魔王の才覚
この世界のどこかに存在する魔王の城。
この魔王の城には、大勢の人々が暮らしています。魔物も、魔族も、人間たちも。
魔王ダックスワイズは、わけへだてのない人でした。ですから、仲間になりたいと申し出てくる者がいれば、それが誰であろうと受け入れるのです。
“それ”を人と呼んでいいかどうかはわかりませんが、とりあえず人の形はしています。便宜上、今は、そう呼ばせていただきましょう。
その魔王は、常に退屈を感じていました。ですから、毎日毎日、世界へと目を向けながら暮らしておりました。
大勢の者を世界へと放ち、何か変わったことがあれば逐一報告させているのです。
*
配下の者が、魔王に向って報告をしています。
「デザートローズ砂漠の動きが活発になっております。商人の行き来が以前の何十倍にも増え、それにつれて、それを護衛する人間の数も爆発的に増加しております。もはや、あそこに生息する魔物では手に負えないかと」
それに対して、魔王ダックスワイズは、ちょっと思案してから答えました。
「フム。そろそろ、ランクを上げてやるか。次の段階の魔物を投入せよ」
「ハッ!」
魔王は、もう1度、考えてから言いました。
「あの砂漠は、シュトゥルム国のグロシュタットに近いな」
「はい」
「世界でも、あの周辺だけ特に進歩が早い。投入している魔物のレベルも高い。均衡が取れていないか…」
「では、世界全体の魔物の強化をはかりますか?」
ここで、魔王はもう1度、考えるそぶりを見せます。
「いや、その必要はない。不均衡でよいのだ。差があっていい。だから、世界はおもしろい。それに、どこもかしこも強い魔物で固めてしまっては、新規の冒険者というものは生まれなくなる。それでは、つまらん」
「確かに。そうでございますね」
「死んでこの世を去る者がいれば、新しくこの世界に誕生してくる者もいる。それでいい。それが楽しい」
魔王ダックスワイズは、退屈さを感じる一方で、この世界の楽しみ方も知っていました。それは、他の人たちとはちょっと違う楽しみ方です。
単純に目の前の楽しさを享受するだけではありません。もっと複雑な…たとえば、死とか崩壊とか悲しみ・不幸・欠落・欠損・欠陥・欠点といった、普通に考えるとマイナスの要因に対してさえ、美しさや喜びを感じてみたりもするのです。
そこら辺が、普通の人とは違うのです。決定的な違いでありました。そして、その“違い”が能力の差となってもくるのでした。
*
“天才”と呼ばれる人々が、この世界には存在します。
才能の塊。他の人間たちとは違う人生を歩む者。全然違う視点でこの世界を眺め、全く別の感性を持ち合わせた存在。
それは、ある種の欠陥なのです。現実の世界に適応することができず、常に疎外感を感じながら生き続ける者。異端児。
自分を世の中の仕組みに上手く合わせて生きていけません。そうして、時には、自ら命を絶ってしまったりもします。あるいは、働くことを放棄してみたり。
「こんな、つまんない世の中で、つまんない労働をして生きて何になる?そんなものに意味などありはしない!意味も価値も何もない!」
そのように叫んでは、家の中にひきこもり、全く働こうとはしません。それは、その人自身が悪いとも言えましたが、同時に適応できないようにできている世界の方が悪いとも言えたのです。
勇者アカサタも、そんな人間の1人でした。決して能力がなかったわけではありません。ただ、その能力を生かすことのできる場所がなかっただけなのです。
アカサタ自身は「働くのは嫌だ!絶対に労働などしない!」などと声を大にして叫びまくっていましたが、実際はそうではなかったのです。
“労働”の概念そのものが違っていただけなのですから。
だから、この世界にやって来て、異様なコミュニケーション能力を発揮したりもしました。急激に成長を遂げたりもしました。普通の人にはできないようなペースでお金を稼いだりもできます。
アカサタには、この世界が合っていたのです。その仕事が合っていたのです。これまで、それを自分でも気づかなかっただけで。あるいは、今も気づいていないのかも知れませんが…
勇者アカサタは、どこか魔王ダックスワイズと似たところがありました。この世界に適応できぬ者。この世界を全く別の視点で眺めている者。そういう意味で。
だからこそ、アカサタは魔王を倒す可能性を持った者でもあったのでした。




