賢者アベスデの過去の記憶
賢者アベスデは、1人こう呟きました。
「一体、何十年前になるだろうか…」
アベスデは、旅の途中、限りなく黒に近い焦げ茶色の馬に乗ったまま、考え事をしていました。
遠い昔のコトを思い出していたのです。過去に自分がおかした罪を。そして、その責任について…
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その昔、アベスデがまだ賢者と呼ばれる前のこと。老人ではなく、まだみずみずしい肌をした若者であった時代。俗世間から離れ、1人修業に没頭する日々。
「早く真理に到達しなければ。早く!早く!」
若き日のアベスデは、そんな風に焦っていたのです。けれども、焦れば焦るほど、真理からは遠ざかってゆきます。皮肉なお話です。
それでも、長く厳しい修行の末に、アベスデは自分の中に存在する欲望や嫉妬・戸惑いといった思いを心の中から追い出すことに成功しました。
けれども、それが全ての始まりであったとも言えます。
アベスデが心の中から追い出した思いは、邪悪な存在となり、1つの形を成していきます。魔王ダックスワイズの誕生でした。
もちろん、生まれた直後は、魔王も大した力は持ち合わせていませんでした。
ただし、魔王ダックスワイズには、誰にも負けない究極の能力がありました。それは“成長性”です。別の言い方をすれば“常に退屈さを感じる心”
退屈で退屈でたまらない。だからこそ、世界中の情報を学び、吸収し、成長してしまう。退屈であればあるほど、その成長度は増していきます。
魔王は、物凄いスピードで成長し、瞬く間に世界に敵は存在しなくなりました。魔王と肩を並べるほどの力を持った者は、この世界にはいなくなってしまったのです。
それは、アベスデも例外ではありませんでした。
自らの弱さや欲を捨て、賢者となったアベスデではありましたが、それゆえに魔王に勝コトはできなくなってしまったのです。成長するには、欲が必要なのです。誰にも負けない欲望が…
賢者アベスデは、それとは全く逆の存在となってしまっていたのです。
そうして、自分自身で魔王と戦うことは諦め、魔王を討ち倒す勇者を探し始めたのでした。
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その後も魔王は成長を続け、ますます手に負えない存在となっていきます。
ところが、ある日、その成長を止める日がやって来ます。この世界から学ぶコトがなくなってしまったのです。
魔王は、また退屈さを感じるようになりました。そうして、この世界に無数の魔物たちを放ったのでした。
「学ぶモノがなければ、生み出せばいい。この私が学べるような出来事や知識を生み出せる者を誕生させればいい。その為には、この世界の進歩の促進が必要。人間たちに試練を与え、成長を促そう」
世界は、魔王ダックスワイズの考えた通りに進んでいきました。
最初は、魔物にやられてばかりだった人間たちも、しだいにその攻略法を学んでいきます。そうして、扱う武器も魔法も、そのたびに進歩していくのです。
その後は、同じコトの繰り返し。人間が進歩すればするほど、魔王はより強力な魔物を世界に放っていきます。それと同時に、魔王の方も学び成長してゆくのです。
こうして、さらに魔王は手のつけられない存在へと変わっていきました。
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賢者アベスデが、砂漠の端っこに立っています。これから、この砂漠を越えようとしているところでした。
アベスデが乗っているのは、魔法の馬なのでしょう。どうやら、砂漠を渡れるようです。馬が歩くと、その先を砂が避け、大地は固まり、進行方向に道ができます。そうして、そのまま普段と変わらず歩を進め続けるのです。
それは、ちょうど勇者アカサタたちが砂漠を越えようとしている時のことでした。ただし、進行方向は逆。全く反対の方向へと向って進んでいたのです。




