酒場のオヤジの苦悩
ある夜、勇者アカサタは、いきつけの酒場のカウンターで食事をしていました。
すると、酒場のオヤジが、こんな風に話しかけてきたのです。
「けどよ、アカサタ。こんな世の中も、悪くはないと思うんだよな」
アカサタは、大きな肉にかぶりつきながら、生返事をします。
「ン?」
「いやな、こういう魔物が闊歩する世界も悪くないんじゃねーかって話よ」
「なんで?」
「だって、そうだろう。おかげで、オレらみたいな人間がオマンマ食えてるわけだからな。オレだけじゃないぜ。お前だって、そう。他の冒険者の連中だって、そうさ」
「ウ~ム…ま、そうかも」
酒場のオヤジは、続けて昔話を語り始めます。
「この辺りだって、今は発展してるがよ。オレがガキの時分にゃ、もっと寂れてて、街だって閑散としてたんだぜ。こんな風に人が増えたのだって、金の流通がよくなったのだって、魔物が現われてくれたおかげよ。そういう意味じゃ、魔王様様ってわけよ」
「なるほどね」
「失業者だって多くてな。仕事もなく家もない人間が、その辺りにゴロゴロしてたもんよ。もちろん、今でもいるにはいるが、あの頃に比べりゃ、その割合は低くなったもんよ。それもこれも、魔物が現われて、王様が魔王退治のための冒険者様を集め始めてくれたおかげよ」
勇者アカサタは、伝説の画商イロハ・ラ・ムーの屋敷で聞いた話を思い出していました。
魔物が出没するようになったおかげで、武器や防具を売る商人が儲かり、美術品の価格が高騰したという話です。
「じゃあ、魔王は倒さない方がいい?」と、アカサタは酒場のオヤジに向って尋ねます。
「いや、まあ、そういうわけでもないけどよ。そこら辺が、オレとしても苦しいとこよ。ただ、上手い具合にこのままの状況が続いてくれりゃ、オレらみたいな者としちゃ、最高なんだがね」
「誰かが損すれば、誰かが得するか…」と、アカサタは酒場のカウンターにヒジをついたまま呟きます。
「結局、どんな世の中になろうが、世界的にはあんまり違いはないのかも知れんなぁ。ただ、幸せになる奴と不幸になる奴が変わるだけで。その総量みたいなもんに違いはないのかもな」
街の外では、近くの山に住むトロールの「オオオオオオオオオ」という低いうなり声が響いてきています。
こんな風にして、その日も夜はふけていくのでした。




