流浪の詩人、クリアクリスタル・クリスティーナ
ある時、アルファベ国の首都アルファベの街角に、ちょっとした人だかりができていました。
どうやら、有名な人がここを訪れているようです。
街の広場の一角に噴水があって、その前は大きな通りになっています。通りは、そのまま、王様のお城まで伸びています。
その噴水の近くに1人の女性が立っています。彼女の名は、クリアクリスタル・クリスティーナ。各地を旅しながら、人々に詩を聞かせて回っている詩人。その名は、このアルファベの街にも響いてきています。
さて、詩人クリアクリスタル・クリスティーナが、詩をうたい始めました。
ちょっと耳を傾けてみるコトにいたしましょう。
*
平和であった時代は終わりを告げ 戦乱の世に突入する
昨日まであった笑顔は 今日は、もうなし 明日には憎しみの表情へと変わる
けれども、どうしたことでしょう?
これまで無表情だった人が 今度は満面の笑みをたたえる
世は流転 笑顔の居場所も移り変わる
その数は変わらず ただ、微笑む者が変わるのみ
太陽は沈み 月も、その顔を雲に隠す
それを悲しむ人の数も多けれど 同時に喜ぶ者も、また多し
人の喜びは、人それぞれ
時と共に万民は、その環境に適応す
「ああ、なぜ世は変化してしまったのか」
そう嘆くより 時代の変化に合わせる方が楽なのだから
*
人々から、拍手が巻き起こります。
そうして、女性詩人の前に置かれた1枚の布を目がけて、銅貨や銀貨が投げ込まれていきます。
頭の禿げたおじさんが、こう叫びます。
「さすがは、高名な詩人クリアクリスタル・クリスティーナさんだ!」
赤ん坊を抱いた女性も、こう呟きます。
「クリスの詩は、いつ聞いてもいいわ。心に染み渡る…」
ヒゲをたくわえた老人も、こう語ります。
「クリスティーナの詩には、世界が詰まっておる。その言葉1つ1つに真実が含まれ、詩全体が世相を反映しておるよ」
群衆に混じって、ここにも詩人クリアクリスタル・クリスティーナの言葉を聞いていた1人の男がいました。それは、勇者アカサタです。
「ハ~ン…なんか、よくわからんな。ただ、言葉の意味はわからんけど、声はいい。非常に美しい声をしている。顔の方も、なかなかの美人だ。ただ、おっぱいは普通だな。普通よりも、ちょっと小さいくらい。それでも、形は整っている」
それを聞いて、女勇者ハマヤラは呆れています。
「あんた、またおっぱいの話をしてるの?こりないわね~」
その言葉を即座に否定する勇者アカサタ。
「いやいや、とんでもない!オレをおっぱいだけの男だと思ったら、大間違い!見ろ!あの詩人の体を!服の上からでもわかる。素晴らしいプロポーション!ちょっと痩せ過ぎな感じはあるが、芸術的なくびれ方をしている。背筋もピンッと伸び、ほっそりとした指先。欲を言えば、全体的にもうちょっとお肉をつけた方がいいな。特に、胸の部分は…」
「なんだ、やっぱりおっぱいじゃないの!」
「だから、ちげーって!おっぱいも必要なの!でも、全体的なバランスが重要!細部にもこだわる!オレは以前のオレとは全然違う!成長してんの!」
フ~ッと、1つ長いため息をついてから、女勇者ハマヤラは答えました。
「ま、確かに、前とちょっと変わったかもね。イロハ・ラ・ムーさんに会ってから、変わった。いろいろと影響を受けたみたいね」
「だろう~?それよりも、オレちょっと、あの人に会ってくるわ」
そう言うと、勇者アカサタは、さすらいの詩人クリアクリスタル・クリスティーナの方へと駆けていってしまいました。
*
間近で見ると、さらにクリアクリスタル・クリスティーナの美しさがわかります。
透き通るようなその白い肌は、まさに水晶のごとく。向こう側の景色が透けて見えてきそうです。
金貨1枚を渡しながら、勇者アカサタは、こう切り出しました。
「いや~!素晴らしい!実に素晴らしかった!詩の内容もさることながら、その声も、その髪も、その身も、皆、美しい!」
さっきまで、内容はよくわからないなんて言っていたのに、調子がいいですね。
しかも、金貨1枚というと、アカサタが元々住んでいた世界では10万円前後の価値があります。こういうところは、大盤振る舞い。お金に執着がないというか、なんというか…
後から、「お金がない~!」なんて言い出しても知りませんよ。
それに対して、詩人クリアクリスタル・クリスティーナは、静かにこう答えました。
「これは、どうもありがとう。あなたも、私のファンなのかしら?」
勇者アカサタは、即答します。
「たった今、ファンになったのです!それも、心の底からの大ファンに!真の芸術というものは、たった1度、耳にしただけで即座に理解できるものなのです。ぜひとも、あなたのお名前をお聞かせ願いたい!」
フフフッ…と微笑んでから、クリアクリスタル・クリスティーナは答えました。
「私は、クリアクリスタル・クリスティーナ。各地を旅して回る流浪の詩人。あなたは?」
「僕は、勇者アカサタ!この世界を守る仕事をしております!それにしても、美しい名だ。声や見た目だけでなく、名前までもお美しいとは!特に、クリって部分がいいですね。クリ・クリ・クリと3度繰り返すのがいい!エロティシズムを感じさせる!」
詩人クリアクリスタル・クリスティーナは、あっけに取られた表情を見せます。
「は、はあ…」
それでも、気を取り直して、こう言いました。
「あなたも勇者さんなのね。『この世界に自らを勇者と語る者は数知れず。けれども、いまだ真の勇者は現われず。その居場所は、いずこやら?』あなたは本物の勇者さんなのかしら?」
「もちろんです!僕こそが、この世界で唯一の真の勇者!唯一にして絶対!悪の魔王を倒す存在!!なのであります!!」
詩人クリアクリスタル・クリスティーナは、もう1度フフフッと微笑んでから、こう言いました。
「そう。だといいわね。それに随分と言葉の使い方が上手い方でいらっしゃること。あなたも詩を作ってみてはいかがかしら?」
勇者アカサタは、飛び上がって喜びながら答えます。
「詩!いいですね!詩!そうさせていただきます!僕は感銘を受けました!あなたのような美しい詩を奏でる、美しき人に!」
これが、勇者アカサタと流浪の詩人クリアクリスタル・クリスティーナの初めての出会いでした。