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ある少女は思う

 1人の少女が、思いました。

「お父さんは、なぜ、死んでしまったのだろうか?」と。


 その理由は明らかでした。

 少女の父親は、働き過ぎと肺の病気で、この世を去ったのです。もっといえば、工場での過酷かこくな長時間労働と、劣悪れつあくな労働環境が、その命を奪っていったのでした。


 ところが、少女には、それが感覚的に理解できませんでした。

 頭では理解できても、心ではわからなかったのです。

「お父さんが長い時間、働き過ぎていたのはわかっていたはず。工場の空気が悪いのだって、誰が見てもすぐにわかる。だったら、どうして、それを変えようとしなかったのかしら?」

 それが、少女の純粋な思いでした。


 けれども、大人たちの理論は、そうではありません。

「人なんてものは思っているよりも丈夫にできているものだ。無理をさせて働かせても、どうにかなるだろう。それで、何か起こったら、それから対処すればいい。そうなるまで、ギリギリまで働かせておいてみよう」

 それが、工場を運営する人たちの考え方です。

 実際に、病気になる人もたくさんいました。睡眠不足からくる不注意でケガをする人も、何人もいました。それでも、一向に労働環境は改善されません。

 病気になったり、ケガをした人が出たら、その時はお金を払えばいいのです。その方が、安くつくのですから。


 根底から労働環境を変えるには、莫大ばくだいな資金が必要となります。

 それに対して、“ケガをしたり、病気になったりした時に、お金を払う方式”だと、その数分の1の支出で済みました。

 工場を経営している人たちからすれば、どちらの方法を取った方がとくかは、一目瞭然いちもくりょうぜんです。

「なあに、代わりはいくらでもいる。仕事は後から後から生まれてくる。働きたい者も、次から次へと現われる。そいつが駄目になったら、新しいのを見つけてくればいいのさ。1人が駄目になったら、次の1人を。その1人も壊れちまったら、次の1人を雇えばいい。人なんて、いくらでも生まれてくる」

 経営者たちは、そんな風に言い出す始末。


 それは、働いている人たちにしても同じ。

「オレたちゃ、雇われている身。経営者様に逆らったら、どうなるか、わかったもんじゃねぇ」

「私たちは、おとなしく働いているしかないのよ。そうすれば、毎月、決まっただけのお給金をもらえる。それで、好きな物だって買える。それ以上に、何を望むというの?」

「黙っておけばいい。決して反抗しようだなんて考えるもんじゃあない。そんなコトをすれば、どうなると思う?アッという間にクビを切られて、無職で無収入の人生よ。そんな風になりたくなけりゃ、このまま黙って働き続けるんだよ!」

 大人たちは、口々にそんな言葉を吐き、家畜のごとく生き続けるのでした。


 少女には、そういう考え方が理解できなかっただけなのです。


         *


 この少女のような家庭は、例外ではありません。

 むしろ、まだマシな方だとさえいえました。いくらかでも補償金がもらえただけでも。

 ケガや病気で入院したり、死んでしまったりしても、全くお金をもらえない人も大勢いました。

「そんなものは、工場で働いていたせいではない!本人の不注意や体調管理がなっていなかったせいだ!」と突っぱねられる例も数多くありました。

 この時代、まだ裁判所も、あまりうまく機能していませんでした。

 たとえ、裁判でうったえたとしても、裁判官はみんな買収されてしまっています。結局、世の中、お金をたくさん持っている人の方が強いのです。


 時代は、“強力な魔物を倒すような戦闘能力”から、“いかにお金を稼ぐか?という能力”が必要とされるように変化していました。

 今や、「お金さえあれば、なんでもできる!」「お金がなければ、何もできやしない!」そんな時代へと移り変わってしまっていたのです。

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