一般庶民の生活に触れてみる
こうして、魔王アカサタは、“魔王の4本の腕”と呼ばれた4人と会って話をし、自分の考えを深めたのでした。
それでも、まだ自分のやるべきコトが決まらないアカサタは、今度は街へ出て、一般庶民の生活に触れてみることにしました。
アカサタは近くの街まで飛行して移動しながら、こんな言葉を口にします。
「アイタタタタ…胃がいてぇ。ウエスタニアのところでコーヒーを飲み過ぎたかな?」
それから、全身に気を巡らせて、胃の痛みをやわらげました。かつて修業で身につけた“気の力”は、使い方しだいで、このようなこともできるのです。
*
近くの街に到着したアカサタ。
そこでは、魔物が、街や畑を荒らして回っています。
「助けてくれ~!」
叫びながら、逃げ惑う人々。
中には、勇敢な者もいて、敢然と魔物に向っていきます。けれども、あっさりとやられ、返り討ちに遭ってしまうのでした。
魔物たちは、以前とは比べものにならないほど凶暴化し、一般人では到底歯が立ちません。
「街や村は襲うなと言っておいたのに…」
そう呟きながら、アカサタは剣を抜きます。
いくら、魔物の力が強大化しているとはいえ、魔王となった今のアカサタからすれば、赤子の手をひねるのも同然。サクサクと斬り倒していきます。
「こんなはずじゃなかったんだけどな…」
グチをもらしながらも、剣を振るい続けるアカサタ。
そうこうしている内に、その行為にも快感を感じ始めてきました。
“戦いの中に身を投じるというのは、心躍るものだな。風のイースティンが言っていたように…”
アカサタは、心の中で、そう呟きます。
あらかた敵を倒し終わると、街の人たちが駆け寄ってきて、お礼を言ってきます。
「ありがとうごぜぇます!ありがとうごぜぇます!」
「あなた様は、神様じゃ~!」
「救世主だ!救世主が現われたぞ~!」
けれども、街を襲っていたのは、元々魔王であるアカサタが放った魔物たち。それを自分で倒しただけなのです。
“やれやれ、こういうのを自作自演っていうのか?”
アカサタは、心の中でそう思いました。
“けど、人に褒められたり、感謝されたりするっていうのは、確かに気持ちのいいものだな。愛のウエスタニアが言っていた通りだ”
*
アカサタは、それからも、しばらくの間、同じような行為を繰り返して旅を続けました。
街から街へと渡り歩き、困っている人がいれば助け、必要に応じて魔物を退治します。そうして、人々の話を聞いて回るのでした。
そこで聞いた話を総合すると、多くの人たちは、目の前の生活で精一杯。とても成長など望むべくもありません。時間もお金も足りません。
いくらか時間やお金にゆとりがある人たちにしても、それは同じ。余暇を楽しんだり、家族で過ごしたり、目の前の幸せを追いかけることで頭がいっぱい。先のコトを考えたり、自分の成長につながるように能力を伸ばしたり、学んだりしている暇などありません。
「結局、みんな、幸せを感じることさえできれば、それで満足なのだ。樹木のサウザンカが言っていたように…」
アカサタは、1人、そう呟きます。
それでも、人々の中には、少数ながら別の考えを持っている者もいました。
「このままではいけない!ただ目の前だけを見ているわけにはいかない!人は常に成長を続けなければならない!学び、努力し、技術を身につけたり、知識を増やしたり、能力を伸ばしながら生きていかなければ!」
そんな言葉を口にし、懸命に生きている人たちもいたのです。
ただし、そういった者たちが、みんな、自由に好きなだけ学べる環境にあるわけではありません。
「この者たちのために環境を整えてやりたい。心の底から満足できるくらい学べる環境を!氷雪のノーザンクロスが目指していた理想というのも、そういうものなのだろう!」
アカサタは、自分の決心を言葉にしてみました。
そうして、これまでの旅で学んだコトを胸に秘め、さらに先に進み続けます。




