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誰かにとって幸せな世界は、別の誰かにとっては暮らしづらい世の中

 ここグロシュタットは、シュトゥルム国の首都。

 日々、新しい武器や防具の開発が行われ、量産化された製品がお店に並んでいきます。

 さすがは、軍事都市と呼ばれるだけあって、その品揃しなぞろえは、世界でもトップクラスとなっておりました。


 かつて、勇者であった頃のアカサタが、砂漠渡りでかせいだお金で購入した“稲妻いなずまの槍”も、この10年ほどの間に量産化が進み、価格もかつての10分の1程度にまで下がっていました。

 稲妻の槍だけではありません。“火炎シリーズ”“稲妻シリーズ”“氷結シリーズ”といった武器が製品化され、それぞれ剣や槍や弓として販売されるようになっていました。

 こうして、魔法を扱えない剣士や戦士でも、簡単に属性ぞくせい付加ふかさせた攻撃を行えるようになっていったのです。

 たとえば、“火炎の弓”であれば、魔術師の援護なしで、炎系の矢を放つことができます。“氷結のおの”であれば、攻撃によってダメージを与えた相手に氷雪属性の低温効果を付加し、時には敵を凍らせることさえあります。


 魔王となったアカサタが世界中に放った魔物たちは、かつての魔王ダックスワイズの時代に比べても、格段に強力になっていました。

 それに比例するかのように、人間たちの扱う武器や防具も、同じように強くなっていきます。

 それらを生産していたのは、貧しい一般市民たちでした。朝から晩まで牛馬ぎゅうばのごとく働かされ、手に入る賃金ちんぎんは、スズメの涙ほどしかありません。4~5人の家族をやしなっていくとなると、それだけで精一杯です。

 どこの家庭も、両親は朝早くから働きに出かけていきます。夜遅くになって家に帰ってくると、ヘトヘトに疲れ果て、あとは寝るだけ。他には何もする気が起きません。

 子供たちは学校に出かけ、家に帰ってからも、家事をしたり、弟や妹の面倒を見たりで精一杯です。悠長ゆうちょうに遊んでいるひまも、ほとんどありません。

 家庭によっては、おじいさんやおばあさんの世話もしなければならず、学校に通っている時間さえない子供もいました。


 世界は、このようにして成り立っていたのです。

 再び魔物があふれ返る世の中となって、確かに退屈はしなくなりました。剣や魔法の腕をみがき、急激に成長していく者も大勢います。

 けれども、それとは別に、いそがしい日々の生活に追われ、その日を暮らしていくだけで精一杯という人も無数に存在していました。たいしたお金にもならず、ゆったりとした時間を楽しむこともできず、人としてもほとんど成長できない。ただ働いて暮らすだけの人生。

 魔王アカサタは、そういった人をも、数え切れないほど生み出してしまったのでした。


 大きく利益をあげるのは一部の経営者や商人ばかり。

 あとは、魔物を倒して回る冒険者たち。ただし、彼らも、決して何のリスクも負わずにお金をかせいでいるわけではありませんでした。その戦いは、常に死と隣り合わせ。危険と共にあったのです。

 むしろ、冒険者たちの目的は、別にあったといえるでしょう。お金ではなく、その戦いそのもの。死が身近にあることで、誰よりも生き生きとし、人生を楽しむことができたのでした。

 かつて何の目的もなく路上でボ~ッとして暮らしていた者たちも、再びその手に剣を取り、戦場へと向っていきました。そうすることにより、“生きる希望”を取り戻したのです。たとえ、そこで死を迎えようとも、それでも満足でした。何の目的もなく、ただ時間が過ぎていくのを黙ってながめていた頃に比べれば、はるかにマシだったのです。


 こうして、魔王アカサタは、世界中の人々に影響を与えました。

 ある者にとって、それは地獄の苦しみであったでしょう。が、別の者にとっては、これ以上ない理想郷ともいえました。

 世界というのは、そういうもの。いつの時代も、どのような政治形態であろうとも、そこの部分は変わりません。ただ、立場によって違ってくるだけ。誰かにとって幸せな世界は、別の誰かにとっては暮らしづらい世の中なのです。

 “誰にとって”幸せな世界なのか?

 変わるとしたら、その部分だけでした。

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