奇声を発する男
ある時、勇者アカサタが街を歩いていると、奇声を発している男に出会いました。
「デ~スティニ~!デ~スティニ~!」
そんな風に、路上で大きく響き渡る声を出している男。
道行く人々は、そんな男の横を歩いても、知らんぷり。おそらく、毎日のように聞いていて、慣れてしまっているのでしょう。
アカサタも、他の人々と同じように男をスルーして進もうとします。
すると、その男は勇者アカサタの顔を見るなり、すり寄って来て、こう叫びました。
「レ~ジェンド!レ~ジェンド!」
耳元で大声を出されたアカサタは、驚いて声を出してしまいます。
「な、なんだぁ~!?」
「あんた、勇者アカサタ様じゃねえですか!」
道端で奇声を発していた男は、まともな喋り方に戻って、そう言いました。
「そ、そうだが。お前は、誰だ?」
「あたしゃ、アカサタ様についていき、魔王討伐に出かけた者ですよ」
「おお~、そうか。そりゃ、ご苦労だったな」
「それが、今じゃ、こんな風に落ちぶれて…」
「大変だったんだな。けど、世界も平和になったことだし、マジメに働いて幸せに暮らせばいいんじゃないか?」
アカサタがそう尋ねると、男は悲しそうな声で答えます。
「それが、そうもいかないんでさぁ…」
「なぜゆえに?」
「『なぜゆえに?』と問われれば。答えぬわけにもいきませぬ。それもこれも、あなた様のせいでございますよ」
「オレのせい!?」
「いや、正確に言えば、そういうわけでもないんですけど。そうだと言えないわけでもないというか…」
「わけがわからんな。どういうこっちゃ?」
それから、男は説明を始めます。
男の話によると、こういうことでした。
その男は、他の兵士たちに混じって、勇者アカサタの後について、魔王を倒すための戦いに参加していました。そうして、魔王はこの世界から姿を消し、無事に世界の平和を取り戻すことができたのです。
その後、しばらくの間は、残った魔物を退治して暮らしていました。けれども、その数も徐々に減っていきます。そうして、ついに魔物退治の仕事はなくなってしまいました。
ところが、それまで、剣を手に戦うことしかしてこなかった男です。世界が平和になり、まともな仕事に就こうとしたのですが、どうにもいけません。単純で退屈な仕事に、すぐに飽きてしまい、投げ出してしまうのです。どの仕事も同じでした。剣を振るい、敵を斬りつける快感に比べると、あまりにも刺激が少なすぎるのです。
そうして、今では路上暮らし。浮浪者として、ボ~ッとしながら生きていくのみ。時々、こうして大声を出して叫びだしてしまいたくなる衝動に駆られる始末。
「…というわけでさぁ」
「なるほどな~」
と、勇者アカサタは納得すると共に、共感を覚えました。なぜなら、アカサタ自身、同じような心境にあったからです。
「お前の気持ちは、よくわかるぜ」
アカサタに言われて、男は感激します。
「ほんとですか!?アカサタ様!!」
「ああ、本当だとも」
「じゃあ、また、あっしを魔物討伐の旅に連れていってくださいまし!あの頃のように!」
そう言われて、アカサタも困ります。
「そうは言ってもな…」
「駄目ですか?」と、男はションボリと答えます。
「駄目も何も、こう平和な世の中になっちゃ、退治する魔物もいやしねぇ。それは、お前だってわかってるんだろう?」
「そりゃ、そうですが…」
「だったら諦めな。諦めて、まともな仕事をして生きてくんだな」
アカサタ自身、世界中をブラブラと歩き回っているくせに、このセリフです。
男はそれを聞いて、仕方がなく再び元の路上へと戻り、叫び始めました。
「デ~スティニ~!デ~スティニ~!」と。
「しかし、こりゃ、なんとかしないとならないかもな」
道で叫ぶ男を眺めながら、勇者アカサタは、そう呟くのでした。