伝説の画商イロハ・ラ・ムー
さて、芸術の街ラ・ムーへと到着した商人と傭兵グループの一行。もちろん、勇者アカサタと女勇者ハマヤラも一緒です。ここまで来れば、一安心。魔物たちが襲ってくる心配はありません。
さっそく、全員で、伝説の画商イロハ・ラ・ムーの屋敷へと向います。
伝説の画商と呼ばれるイロハ・ラ・ムーは、この街を作ったラ・ムー家の末裔です。
元々、大富豪の家に生まれながら、その環境に甘んじることなく、幼い頃から芸術の世界に没頭して生きてきたイロハ・ラ・ムー。
残念ながら、自ら芸術品を生み出す能力には恵まれませんでしたが、その見る目だけは本物です。有名な画家や彫刻家の作品だけではなく、名もなき絵描きの才能を見出す能力にも長けています。その才能をイロハ・ラ・ムーに見出されて、世界に羽ばたいていった芸術家が何人もいるほどです。
これから、その人に実際に会いに行くわけですが。果して、どんな人なんでしょう?
屋敷の前まで到着すると、傭兵のリーダーが、商人たちにこう言っているのが聞こえました。
「じゃあ、オレ達の仕事は、ここまでだから。また、次の街に出発する時に、声をかけてくれ」
それに対して、商人の1人が、こう答えます。
「わかった。数日間は、この街に滞在するつもりだから、出発の前の日にでも会いに行くよ」
「大抵は、いつもの酒場か、その上の宿場にいるだろうから、すぐに見つかるはずだぜ」
そう言って、傭兵のリーダーは立ち去ろうとします。が、歩みを止めて、勇者アカサタと女勇者ハマヤラに、こう言いました。
「おっと、忘れるところだった。お前さんらは、どうするね?とりあえず、ここまでの報酬は渡しておくが。一緒に酒場に来るかい?それとも、イロハ・ラ・ムーに会ってくかい?1度くらい、顔を見せておくのも悪くはないと思うが。今後、何らかの依頼を頼まれることもあるだろうし…」
勇者アカサタは、ちょっと考えてから、答えました。
「そうだなぁ~?伝説の画商ってのにも、会ってみたいかな~?伝説っていうくらいだから、どっか凄いんだろうし。どこが伝説なのか、この目で確認してみるのも、おもしろそうだ」
それに対して、傭兵のリーダーはニヤリとしながら言いました。
「そうかい。確かに伝説だぜ、あのオッサンは。ま、会ってみりゃわかる」
そうして、勇者アカサタと女勇者ハマヤラに護衛の報酬を渡すと、他の傭兵たちと共に去って行きました。
「さて、では一緒に行こうかね」
商人の1人に促されて、アカサタとハマヤラは、伝説の画商イロハ・ラ・ムーの屋敷の敷地内へと入っていくのでした。
*
伝説の画商イロハ・ラ・ムーは、陽気なおじさんでした。年の頃は、40~50歳といったところでしょうか?
ちょとばかし太っていて、頭の真ん中が道みたいに禿げ上がっていて、見た目は普通のおじさんです。あまり、お金持ちっぽくもありません。この人のどこが伝説なのでしょうか?
「やあやあやあ!お待ちしておりましたよ。さあさ、こちらへどうぞ」
そう言われて通されたのは、立派なロビーでした。壁には数多くの絵画が掛けられ、いくつもの彫刻やツボなどの芸術品が飾られています。
「私らは、これから商談があるからね。君たちは、そこら辺に飾ってある物を眺めていてくれたまえ。汚したり壊したりさえしなければ、自由に鑑賞してもらって結構だからね」
イロハ・ラ・ムーに言われて、勇者アカサタと女勇者ハマヤラは、ブラブラと歩きながら絵を眺めたりして過ごしました。
「ホ~ン…こんなもんに、どれほどの価値があるっていうのかね~?オレには、よくわからんね」
アカサタの言葉にハマヤラも同意します。
「確かに。ちょっと難しいわね。芸術っていうのは、理解するのに時間がかかるのかも」
「お?でも、この絵はちょっといいな。エロスを感じさせるな」
そう言って、アカサタが立ち止まったのは、裸の女の人が描かれた絵画の前でした。
「また、あんたは、そうやって…」
女勇者ハマヤラがたしなめようとするのを無視して、勇者アカサタは歩みを進めます。
「おお?そういう意味では、こっちも。あ、いやいや、これもいいな!オレ、ちょっと“芸術”ってもんがわかってきたかも!」
見ると、どれも裸の若い女の人が描かれた絵ばかりです。
「ま、あんたが喜んでるんだったら、それでいいわ。あたしも、気に入った絵がないか探してみよう~っと」
そういって、2人は別々に絵を鑑賞し始めました。
*
それから、数時間が経過しました…
2人の元へ、イロハ・ラ・ムーと商人たちが談笑しながらやって来ます。
「ワッハッハ!今回も、なかなかいい品が揃ってるじゃないか!」
「そうでしょう。そうでしょう。なにしろ、イロハ・ラ・ムーさんの好みを考えた品ばかりを厳選して運んできましたからね」
「ま、とりあえず、今日のところはここまでにして。今夜は泊まっていくといいよ。夕食と部屋を用意させておくからね」
「いつも、すみません。恐縮です」
「なになに、私を楽しませてくれたお礼みたいなものだよ」
「お礼だなんて。こちらも商売でやって来ているのに…」
「構わん構わん。では、また夕食時に」
「はい。それでは」
そんな会話が聞こえてきます。
商人たちは、屋敷の執事に案内されて、今夜宿泊する部屋へと案内されていきました。
後に残されたのは、伝説の画商イロハ・ラ・ムーと勇者アカサタ。それに、女勇者ハマヤラの3人だけです。
「いやいや、お待たせしてしまったね」
イロハ・ラ・ムーは、陽気に話しかけてきます。
「とんでもない。待っている時間に、いろいろと楽しませていただきました」と、女勇者ハマヤラは丁寧に答えます。
「いや~!オッサン!オレ、芸術ってものがわかってきたよ!芸術って楽しいもんだな~!」と、勇者アカサタは、友達に話しかけるみたいな話し方です。
それに対して、イロハ・ラ・ムーは全然気にした様子もなく、こう尋ねてきます。
「ほほう。芸術がわかってきたとな。ちなみに、どの作品が気に入ったのかね?」
勇者アカサタは、裸の女の人の絵ばかりを指さしながら、答えます。
「え~っと、これとこれ。それに、こっちの絵と…これもいいな!これなんか最高だぜ!!」
その瞬間、伝説の画商イロハ・ラ・ムーの目が鋭さを増しました。明らかに、これまでとは全く違う瞳の輝きをしています。真剣さの中に喜びをたたえたようなまなざしです。
「ほう。その絵がお気に入りとな。なるほど…」
それから、イロハ・ラ・ムーは、1枚の絵の前までツカツカと歩いて行き、2人にこう尋ねました。
「これは、何を描いたものかわかるかね?」
見ると、何が描いてあるのかよくわからない抽象画です。
「丸太…ですかね?」と、女勇者ハマヤラ。
それに対して、勇者アカサタは、ハッキリとこう断言します。
「いや、太ももだな!太もも!間違いねぇ!!」
「そんなわけないでしょう…」と、ハマヤラが否定しかけた瞬間、
「正解!!」と、イロハ・ラ・ムーが、勢いよく答えます。
「ええ~!?」と、女勇者ハマヤラ。
「だろう~?」と、自信満々の勇者アカサタ。
「君、名前は、なんというんだい?」
「アカサタです!勇者アカサタ!」
「私は、女勇者ハマヤラ」
「アカサタ君、君はなかなか見る目があるね」
イロハ・ラ・ムーに、そう言われて、鼻高々で誇らしげな勇者アカサタです。
さらに、イロハ・ラ・ムーは尋ねてきます。
「では、こっちは、なんだと思うね?」
ウ~ム…としばらく考えてから、アカサタは答えます。
「おっぱい!…と見せかけてお尻!!」
「残念、おっぱいだ。おっぱいの一部を切り出して描いたもの」
「あ~っ!くっそう!」
「けど、惜しかったね。君は、なかなかいい視点を持っている。芸術品を見抜く目だよ」
「ヘヘヘッ、そうですか~?」と、嬉しそうな勇者アカサタ。
伝説の画商イロハ・ラ・ムーは、何かを決心したように、こう言い放ちました。
「君にならば、あの部屋を見せても構わないな。ついてきたまえ。ついでに、そっちの君も」
勇者アカサタと、女勇者ハマヤラは、イロハ・ラ・ムーの後をついていきます。ただし、ここから先、女勇者ハマヤラは、全然会話についていけません。完全に蚊帳の外です。
さて、2人が案内された部屋、そこに広がっていた光景は…
なんと、リスでした!大量のリスが飼育されているのです。
「リス?これが何か?」
「よく見たまえ。このかわいらしいリスちゃんたちが食べているのは何かね?」
「クルミ?いや違うな…クリか?」
「そうクリだ!リスがクリを食べているのだ!」
「ああ!!なんと!リスがクリを!リスとクリ!これは凄い!」
次の瞬間、伝説の画商イロハ・ラ・ムーと勇者アカサタは、ガッチリと握手を交わしていました。
「あんたとは趣味が合うぜ!!」
勇者アカサタは、そう叫びます。
リスとクリ?
はてさて、なんのことなんでしょうね?
*
伝説の画商イロハ・ラ・ムーは、さらに奥の部屋へと進んでいきます。
「アカサタ君、実はこういうのもあるのだが…」
部屋の中には、無数の管楽器が並んでいます。
「これは、尺八という道具でな。異世界から流れてきた音楽を奏でる道具の一種なのだ。流れついた1つを元に、量産化を進めてみた」
「尺八!尺八ですか!尺八は、オレも大好きです!!」
「おお~、なんと!アカサタ君は、尺八をご存じとな!さすがは勇者の名に恥じない知識だ!」
「はい!そりゃ、もう!オレは勇者ですから!」
「私は、これらを使って、大尺八大会を開こうと計画しておる。何百人もの奏者が一斉に尺八を吹くのだ。もちろん、奏者は全員若い女性!!」
その瞬間、勇者アカサタは、イロハ・ラ・ムーの肩をつかみました。
そうして、伝説の画商イロハ・ラ・ムーとガッチリと肩を組み合う勇者アカサタ。
「あんた、やっぱり伝説だぜ!オレは、決めた!あんたに一生ついてくぜ!!」
こうして、年は離れているものの意気投合した伝説の画商イロハ・ラ・ムーと勇者アカサタ。2人は、今後、竹馬の友のごとく親交を深めていくこととなるのです。
その光景を遠くからポカ~ンとした顔で眺めていることしかできなかった女勇者ハマヤラなのでありました。