落水木vs勇者アカサタ
真っ白な髪とヒゲをした落水木は、勇者アカサタの前にヒョイッと立ちます。
一見したところ、その姿は、何の変哲もない老人のように見えます。何も知らない人に向って、「この人が、武道の達人だ」と言ったところで、誰がそれを信じるでしょうか?
そのくらい何のオーラも感じさせない普通の老人に見えたのです。
しばらくの間、落水木と勇者アカサタの2人は、お互いを正面に見据えて立っていました。2人とも、何の武器も手にしていません。
その周りを、マービル摂理教の僧侶たちが取り囲み、固唾を飲んで見守っています。
先に動いたのは、アカサタの方でした。
スッと、1歩目を踏み出すと、次の瞬間には天高く跳び上がっています。
その攻撃を、水が流れるようなスムーズな動きでかわす落水木。続けて、アカサタに向って掌撃を放ちます。
それを真っ向から受け止める勇者アカサタ。両の手で、老人の腕を包み込むようにして攻撃を防ぎます。
その後は、流れるような攻撃と防御の応酬。まるで、“一陣の風”と“水の流れ”がダンスを踊っているかのごとく。
ここで再び、観衆を幻影が襲います。落水木と勇者アカサタの高度な拳技のやり取りが、ありもしない光景を映し出したのです。
そこは、山と山の間を流れる小さくも激しいせせらぎ。その上を、疾風が駆け抜けていきます。
かと思えば、いつの間にか川の流れは大河へと変わっています。風はゆったりと吹いていますが、先ほどよりもずっと重さを感じさせる動きです。
さらにその先は、滝となっており、激しく濁流が地面に向って叩き落ちてゆくのでした。
気がつくと、勇者アカサタの体が濡れています。これは、幻影ではありません。戦いの最中、落水木の発した気が水へと変り、攻撃するたびにアカサタの体を濡らしていったのです。
そうして、その水の重さにより、アカサタの動きが鈍くなっていきます。
たまらず、勇者アカサタも“気の力”を使い、手から電撃を放って反撃しますが、全身が濡れてしまっているために、逆に自分がダメージを負ってしまいます。
さらに、空気中に霧が立ちこめていきます。落水木の放った気が水蒸気へと変り、辺りを霧で覆い尽くしてしまったのでした。
アカサタは、敵の姿が見えず、相手の気配だけで戦わなければいけません。
逆に、落水木の方は慣れたもの。同じ条件下にも関わらず、ヒョイヒョイと動き回り、的確にアカサタの位置を察知してくるのです。
たまらず、アカサタは根を上げました。
「参った!参ったよ、じいさん!」
そう言って降参した勇者アカサタの周りから、霧が引いていきます。
「ホッホッホ。どうじゃな?まだまだ若い者にも引けを取らんじゃろう?もっとも、おぬしが全力を尽くし、魔法での攻撃も繰り出してくれば話は別じゃろうがな」と、落水木。
「さすがに、そうもいかんだろう。これは一種の模擬試合。しかも、拳法家との立ち合い。同じ条件でないとな。けど、楽しかったぜ。おかげで、かつての勘も、いくらか取り戻せたし」
そう言って、勇者アカサタは笑いました。
周りで観戦していた人々も、それにつられて笑顔となり、先ほどまで真剣な空気に満たされていた場は、一気になごやかなものとなったのでした。




