なまった体
翌日、勇者アカサタは、風揺葉に誘われて、ひさしぶりに立ち合いをすることになりました。
ところが、どうしたことでしょう?思うように体が動きません。
全く実力を出すことができず、コテンパンにやられてしまいました。
それはそうです。長い間、魔物と戦うこともせず、修業もサボってばかりいたのです。アカサタが、この数年間にやっていたコトと言えば、部屋の中でゴロゴロするか、酒場に繰り出してお酒を飲むことくらい。
自堕落な生活がたたって、戦闘能力は劇的に低下してしまっていました。体の方も贅肉だらけ。以前の引き締まった肉体は、見る影もありません。
かといって、精神的に高揚しているかといえば、そういうわけでもなし。そもそも戦う気どころか、生きていく気力もあまりないのです。
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ここで、勇者アカサタは目が覚めます。
翌日から、修行僧たちに混じって、稽古に参加することになりました。
稽古は、常人からすると、非常に厳しいものであり、過酷を極めます。
しかし、そこは、さすが勇者アカサタ!最初の数日こそ、泣き言をもらしていましたが、2週間もすると、以前の感覚を取り戻し、段々と戦闘意識を尖らせていきます。
体の方も徐々に鍛え上げられていき、最盛期ほどとまではいきませんが、基本的な動きをするのは支障のないレベルまで持っていくことができました。
それは、まるで錆び付いたなまくら刀が、一流の鍛冶職人の手によって再び命を吹き込まれ、切れ味と輝きを取り戻したようなものでした。
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こうして、勇者アカサタは、再び風揺葉との立ち合いに臨みます。
風揺葉は、真剣そのものといったアカサタの眼差しを一目見て、思います。
「ほう。これは…かつて、対戦した勇者アカサタの姿そのものではないか。いや、あるいは、それ以上か!」
見た目だけではありません。
戦いが始まり、1歩足を踏み出した瞬間から、その動きは誰の目に見ても明らかでした!
アカサタの動きは、まるで大地を駆け抜ける一陣の風のごとく。
それに対して、風揺葉も風のような動きを見せます。ただし、こちらは激しい疾風ではなく、春の野原に吹くやさしく爽やかなそよ風のようです。
風と風がぶつかり合い、混ざり合って、周りで観戦していた人々の脳裏に幻想を映し出します。
頭の中に、激しくも調和したハーモニーを奏でる交響曲が鳴り響き、2匹のウサギがケンカし、じゃれ合いながら野原を駆け回る光景が見えてきます。
結局、最後は決着がつかず、引き分けとして試合は終わりました。
ここまで、勇者アカサタは魔法を全く使っていません。己の肉体と“気の力”のみを用いて対戦に臨んでいたのです。
もちろん、それは風揺葉の方も同じでした。
ここで、その光景を眺めていた1人の老人が立ち上がります。
それは、真っ白な髪とヒゲをした落水木でした。
「勇者アカサタよ。よくぞ、ここまで立派に成長したものじゃな。おぬしは、魔王討伐を掲げ旅を続け、その果てに様々な能力を身につけたと聞く。それらを一切使わず、己の肉体のみを駆使して、これだけの戦い。感服いたしたぞ」
「いえいえ、それほどでも…ありますけどね」と、アカサタは冗談交じりに答えます。
「では、次はこの私のお相手をしていただこうか…」
そう言って、白髪の老人は、勇者アカサタの前へと立ちはだかりました。




