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偶然に生まれた名器

 ここは、アルファベ国のはるか東に位置する街。東方の街イル・ミリオーネよりも、さらに東の街。

 人口は、あまり多くはないのですが、和風の建物が建ち並ぶ温泉街となっていて、年間を通して多くの観光客が訪れます。

 この街の端に、観光客も近寄らないような静かな山があり、その山の中腹に1軒の山家やまががありました。


 ここは、茶人である百渓ひゃっけいさんの別荘なのです。

 百渓さんが、師匠から引き継いだ大切な家で、一種の“隠れ家”なようなものとなっておりました。


 その隠れ家の敷地内には、いくつかの茶室があります。

 その1室で、2人の人物がたたみの上に座って、静かに会話をしています。

 1人は、この屋敷のあるじである百渓さん。もう1人は、伝説の画商として世界中に名が知れ渡っているイロハ・ラ・ムーさんでした。


「さてはて、世界も平和になったものだが…」と、イロハ・ラ・ムーさんが切り出します。

「ご不満ですかな?」と、百渓さんがたずね返します。

「もちろん、平和はよいコトだよ。魔物の数も激減し、この頃はその姿もメッキリ見なくなってしまった。人々は、安全に畑や田んぼを耕し、漁に出かけられるようになった。ただ…」

「ただ、退屈が過ぎると?」

「まあ、そんなとこだな」

「フム…」

 ここで2人は、1度沈黙し、静かにお茶をすすります。

 

 再び口を開いたのは、百渓さんの方でした。

「まあ、『芸術は、激動の時代にこそ生まれる』という言葉もありますからね」

「そうなんだよ。そうなんだ…」

 イロハ・ラ・ムーさんは、“そうなんだ”という言葉を繰り返し、感慨深かんがいぶかそうな表情をしました。

 それから、こう続けます。

「物だけではない。人も同じ。平和な時代には、平凡な人間しか生まれない。それは、生まれ持った才能だとかどうとか、そういうものとは違う。環境そのものが、凡人しか生み出さなくなってしまう。仮に天才が生まれたとしても、時代がそれを埋没まいぼつさせてしまう」

「…かといって、無理に世界を荒れさせ、混乱に導くのも、どうかと思う。そうでしょ?」

「そうなんだ。そうなんだよ。そこが難しい所」

「フム」

「それを、かつての魔王はやろうとしていた。その行為は決してめられたものではなかった。だが、時代としてはおもしろかった。おもしろい人材も誕生したし、数々の傑作も生み出された」


 ここで、一瞬、間があって、百渓さんが尋ねます。

「たとえば、勇者アカサタとか?」

「そう、勇者アカサタ。そうなんだ。彼は、偶然に生まれた名器のようなもの。まるで、この茶器のように」

 そう言ってイロハ・ラ・ムーさんは手にした茶碗ちゃわんを顔の高さまで持ち上げて示します。

 それは、奇妙な色と形の茶器でした。全体は緑色をしているのですが、部分的に黒やげ茶色に変色しています。あちこちいびつに変形しており、お世辞せじにも「完成度が高い」とは言えません。

 けれども、それゆえに価値が高いのです。

 真の傑作というのは、創作者の腕だけではなく、偶然がさいわいして生まれるものなのですから。


編出焼あみでやきですね。吉田編出よしだあみでが、職人に命じて作らせたという。しかも、その職人自身、『偶然から生まれた産物。2度と同じ物は生み出せない』という言葉を残したと聞きます」

 百渓さんの言葉に、イロハ・ラ・ムーさんも答えます。

「そう。アカサタも、それと同じだのだ。この世界、この時代が偶然に生み出した産物。2度と同じ人物は誕生しないだろう」

「なるほど」

「アカサタだけではない。数多くの逸材が、荒れた時代から生まれた。これからの平和な時代に、そのような者が、どれほど誕生するというだろう?」

「わかりませんよ。平和な時代には平和な時代なりに、変わり者や、貴重な人材が生まれてくるかも知れません。もちろん、それは、アカサタ君とは全然違うタイプの人物でしょうが」

「そうだな。それに期待するかな…」

 それから、2人はまたお茶をすすります。

 こうして、静かにゆったりとした時間は流れていくのでした。2人の間にも、この世界にも。

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